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――やっちまった……。
人気のない夜道だった。まさかこんな時間に人が飛び出してくるなんて思わなかった。
「かもしれない運転」は運転手にとって基本の心構えだが、可能性すら疑わなければ何の意味もない。
仕事に疲れていた。趣味の少ない俺にとってのストレス解消の一つがドライブだった。休みの日はあてもなく未開の地を走り、仕事終わりの平日には気晴らしに夜の静かな道を運転するのが好きだった。しんどい事も嫌な事も、車内で好きな音楽をかけ運転に浸る時間が最高の癒しだった。
そんな俺にとって、その瞬間はまさに天国から地獄に突き落とされたかのような感覚だった。激しい衝突の感触は身体に残ったままだった。恐る恐る車を降り、自分が轢いたものを確認しにいった。
地面に寝そべったそれは一切動いていなかった。
本当に自分が轢いたのは人だったか? 人だとしたら、本当にこんなにもあっさり死んでしまうのか? 頭の中でぐるぐるぐるぐると思考が目まぐるしく駆けずり回った。
倒れているそれを覗き込んだ。
「うぐっ……」
思わず口を押えその場を離れたが、こらえきれずに路肩に情けなくびしゃびしゃと胃の中のものを吐き出した。
金髪の若い男だった。二十代ぐらい、だろうか。やんちゃをしてきたのだろうと思う彼の顔は半分が削り取られたかのように皮膚がぐしゃぐしゃになり赤い肉が剥き出しになっていた。
「ふーっ……ふーっ……」
口元を拭い、呼吸を整えようとするも息も身体も震えっぱなしだった。
――どうする?
男は明らかに死んでいる。事故だ。だが事故とはいえ、いくらこの状況を説明した所で、結果として俺が轢いて殺したという事になるだろう。
そうなったら、どうなる? 親の事はどうでもいいが、俺自身はどうなる?
破滅。
独り身のつまらない人生だが、平穏には生きている。こんな所で潰されていいものではない。
――逃げよう。
死んだ男の顔を思い浮かべる。真面目に働いている俺と違って、どうせ悪さしかしていないしょうもない人間だろう。こんな奴に、人生を奪われる必要などない。
そう自分に強く言い聞かせた。今なら誰もいない。逃げれる。
逃げろ、逃げろ、逃げてしまえ。
早く、早く、早く。
俺は慌てて車に乗り込みエンジンをかけた。そして勢いよくその場を走り去った。
二十七歳。これが人生最初のひき逃げだった。




