銀の髪の調停者
【政略結婚は素敵な人と】と同世界別主人公の、姉妹編です。
完結しています。
今日から毎朝4時更新、全4話の予定です。
よろしくお願いいたします。
この世界でもっとも古い血筋を持つ“調停者”と呼ばれる王家がある。
魔除けの刺繍が入った、フード付きの雨雲色のマントと灰色のシャツとズボン。植物の端を曲げた杖を突き、世界中を巡って災害を防ぎ、諍いごとや戦争を止めて歩いている。
その姿はみな美しく、銀の髪と、灰色あるいは青の瞳の者が多いのだと言われている。
幼い子供でも存在を知っているが、実際に会ったとか見たとかいう人はめったにいない。
囁かれている目撃談は、噂を想像で水増ししたような話がほとんどだ。
この世に魔法は無いはずだが、魔物や魔術師に近い、この世ならぬ存在というイメージを持っている者が多いだろう。
調停者が治める国の名前はシェレン。山脈の奥にあるという神秘の国だ。
◆
「調停者さま。もうお許しください」
べつに、頭を下げて欲しかったわけじゃないのだけど……。枯れかけた細い川を挟んだ両岸で、村人たちが地面にひれ伏している。
わたしは深呼吸して息を整える。
威厳を込めた、友人や血のつながらない弟妹たちには神秘的とも言われた、独特の発声法で宣言する。
「そなたたちはもう、無為に争うことはしませぬね? 幼い子供たちに怪我をさせるなぞ、許されることではありません。川のどちらも同じ村ではございませんか」
「ははあっ」
名指しも同然の指摘に、いちばん手前の村長がさらに地面にめり込みそうな勢いで伏せた。その後ろにいる、怪我をさせた馬鹿息子は座り込んで泣きじゃくっている。
元はありがちな諍いごとだった。
秋になりかけてますます細ってきた川を、村の右と左のどちらの畑にどのように水を通すのか、どちらも自己中心的な主張をしてモメたのだ。
村の生命線とはいえ、細くて頼りない水源で、すべてを満たすほどの勢いは無い。
たまたま(不幸にも)通りがかった“調停者”ことわたしエレオノーラが、なぜか裁判することとなった。
時間ごとに取水側を交代させる……そして、片方が朝イチに取水弁をひらいたなら、もう片方が翌日の朝イチとする。システムは我ながら公平性が高いものだったし、村人たちの多くが「それなら……」と、納得しかけた。それなのに、村長をはじめとする幾人かの老人たちが、自分たちだけが得しようとモメたのだ。
その有り様は、はっきり言って醜い強欲なものだった。
とくに村長の息子はほかの子よりも年かさなのか体格が良く、その太い腕で反対側の子をひどく突き飛ばして怪我をさせた。
わたしはついキレて、
「そうですか。この川が元凶なのですね!」
と、川が生まれる場所に杖を突いたのだ。
争いには四種類の解決法がある。
◆どちらも満足するほど、たっぷりと与える
◆得られなかった者に、同等の価値があるものを与える
◆有るだけを、どこから見ても公平に等分する
◆争いの原因を取り上げて消す
わたしが選んだのは四番。
わたしはなぜか、水の流れを感じ取れる。雨が降るタイミングは二週間ほど前から察することができるし、森の中でも水の在処や地下の水脈が分かる。これは幼い頃に、山奥で数ヶ月間さまよった経験からなのだろう。
滝というよりも水が石の隙間からこぼれ落ちているような、山のふもとの水源。泉とすら言い難い小さなため池に落ちて、そのまま細い川となって流れていく……はずが、わたしが池の底に強く打ち下ろした杖の衝撃で、水はさらに地中深くへと潜り込んでいった。
大きな音に振り向いた村人たちが見たのは、水が引いていくため池。
「これならば、争うことも無いでしょう?」
川へ流れる水は止まった。畑には残さないほどに。
――というわけで、現在の枯れかけの川と土下座する村民たちという光景である。
「ええっと……これどうするんで? エレオノーラさま」
わたしが調停する元凶になった赤味がかった金茶の癖っ毛の眼鏡男が、小声でこちらを伺う。村人たちは、横に立つ彼をわたしの従者か何かだと思っているようで特に気にする様子はない。
普通の町民の格好をした、整った顔立ちのわりには地味な青年だ。
これは、さきほど町で拾う羽目になった作家だった。……作家というのが道に落ちているのかは知らないけれど、大きな町の古書店には落ちているものらしい。
名前はリベルタス。わたしでも知っている、児童書からサスペンス、少女向けのロマンチックな話など幅広いジャンルを書いている人だ。顔なじみの店長が身元を保証しなければ、こんなに若い著者だとは信じられなかった。
わたしを見るなり「取材のため、ぜひ、シェレンの人の仕事を観察させてください!」と、くっついてきて、断っても撒こうと走って逃げても、離れなかったのだ。
わたしはひそかにため息をついた。
シェレンの調停者ならば、魔法のような何かを持っているのだろう。
しかしわたしには、わたしに出来るチカラ任せの解決法しかない。
わたしの癖の無い銀の髪は染めたもの。もとはタマネギのような亜麻色だ。
灰色のマントも服も、古着から自分で作ったもの。端を曲げた木の杖を突いているとのことなので、頑丈な枝を見繕って持ち歩いている。
わたしは偽者だ。
調停者を名乗ることはどこの国でも重い罪になるけれど、この手段を選ぶことしか思いつかなかった。
ここにいたのが調停者エレオノーラではなく、孤児院のエレナだったなら……どうしたろうか。考えても仕方ないことだけれど。
少しだけ下流寄りに歩み出る。水が止まった川は小魚が苦しそうに暴れ、沢蟹がどこに隠れようかと駆け抜ける。
「……ここを掘ってください」
村人たちもリベルタスも、顔を見合わせて戸惑っている。
「ここを、掘って、ください」
繰り返すと、みな慌てたように立ち上がり、あちこちから大きなショベルや鍬をかき集めはじめた。さっきため池の底を抜いた時のように、杖を軽く持ち上げてみせたからかもしれない。
右岸の村人も左岸の村人も協力的で結構なことだ。よく言われているではないか。“共通の敵があれば、仲が悪い者も団結する”と。
「このあたり?」
枯れた川底に真っ先に鍬の鉄先を突き刺したのは、リベルタスだった。新年のパーティでお楽しみ箱を開けるときのような顔をしている。
わたしがうなずくと、じゅくじゅくと水が染みてかすかに流れている、小石だらけの底を掘りはじめる。他の村人たちもだ。
わたしは川から上がった。
この世界に魔法は存在しない。
だけどわたしは水の流れが感じ取れる。動物に近いのかもしれない。それに、似たような地質を知っていた。この川は二重なのだ。表の枯れかけた川と、地中の豊かな川。ここの下流で地表に現れて、そこは国内有数の水源地帯として知られているけれど……。
歓声が上がった。
予想が当たっていてほっとした。
「水が出た!」
みんな叫んでいる。地中の川をうまく掘り当てられたらしい。そこから勢いよくあふれて、表面の枯れかけた川を潤して下流へとこぽこぽと流れていく。
みんな慌てて岸へと登ってきた。
世間一般の川からしたらまあ普通の水量だけど、今までの頼りない水源からは比べものにならない豊富な水が海へと押し寄せていく。
争いには四種類の解決法がある。
◆どちらも満足するほど、たっぷりと与える
◆得られなかった者に、同等の価値があるものを与える
◆有るだけを、どこから見ても公平に等分する
◆争いの原因を取り上げて消す
わたしが選んだのは一番。
気が付いたらリベルタスが隣に立っていて、観察するようにわたしを見つめていた。
しまった。
彼が川底を掘っているあいだに逃げ出せば良かった。
続く




