44.お宝鑑定団
次の日の朝、人が動く気配で目が覚めた。
目を擦りながら上半身を起こすと、毛皮に包まって寝ていた聖龍がちょうど目を覚ましたところのようだ。
大口を開けて欠伸をしながら体を捻ってほぐしている。
ぼーっと眺めてたらぐいんと腰を逸らした聖龍とばっちり目が合った。
あ、おはようございます。
「なんじゃ、もう少し寝てても構わんぞ。村の奴らが欲しがりそうなものを取りに行くからの」
すぐ近くに動いてる気配があるのに寝られるほど不用心じゃないんだよなあ。
それに、薬草探しとかならなんか手伝えることがあるかもしれない。
お母さんに色々教わってるし。
「手伝う?」
「いらんいらん。ちょっと下ったところに川があるから水浴びでもしてこい」
手でしっしっとやるかのように払われた。
臭いって言いてえのかてめえこの野郎いい匂いとは言わなくとも臭くはねえだろうがよ!
これでも水浴びとかはしっかりしてるんだぞ!
ムカッと来つつも水浴びはしたいので大人しく従ってベッドから降りる。
「あ」
そのまま洞窟の外に向かおうとしたら、後ろで聖龍が声を上げたから振り返って顔を向ける。
なに?
「あまり南に行かんようにな。村の連中に龍の姿を見られると面倒じゃ。お主が高高度を飛んでるのを見たときは肝が冷えたわ」
ほーん。
まあ見られたら面倒なのは私も同じだし、それは頷いておこう。
いや、まじで。
今は撒けてるけど、また騎士どもに追いかけられるのは勘弁願いたい。
しかも今後は明らかに帝国に協力する敵として追いかけられることになるだろう。
面倒だなあ。
まあいざとなれば蹴散らしてやろう。
たとえ勝てない奴がいたとしても空を飛べる私に追いつく手段なんてないだろうし対した問題じゃない。
さー水浴びしてこよー。
いそいそと袋やら鉈やらを準備してる聖龍を背に洞窟の外へ向かう。
わざわざそんなもの使わなくても魔法でどうとでもなりそうだし、てか龍になったらむしろ邪魔になりそうなもんだけどな。
なんてことはもちろん口には出さない。
私がとやかく言う事でもないし、そんなこと聖龍が気づいてないわけがない。
なんか理由があるんでしょ。
外に出て、ささっと服を脱いで龍になり、空へ飛びあがる。
さて川は、と。
昨日飛んでるときも見かけてるしわりかしすぐに見つかった。
川岸に降り、水面に口を付けて水をがぶがぶ飲む。
あ~寝起きの喉に冷水がしみる~。
北の方に来たからかやたら水が澄んでいるような気がする。
目をやれば山々の頂上付近には白く雪が積もっていて、前世でいうならエベレストのような景色だ。
てか全然気にしてなかったけどこの山脈高いな。
ホントにエベレスト級って感じだ。
私がいるのは麓もいいところ、聖龍の巣穴の少し上からは下草しか生えておらず、これがいわゆる森林限界ってやつだろう。
さて、そんな小難しいことは置いといてさっさと水浴びを済ませよう。
龍のまま飛び込むにはいささかどころかだいぶ深さが足りてないので、大人しくまた人になって入水。
うん、まあそれでも私の膝くらいまでしかないんだけども。
そんな深さなので体を横にして水流に身を任せてみる。
はあ。
その状態で肘から先がない右手を掲げる。
ほんとに治るのかなこれ。
断面を見ると、さすがに私の対処に出た冒険者が治しただけあって傷口は綺麗なものだ。
だけどここから腕が生えてくるようには思えない。
なにせ元から腕なんかなかったかのように完全に塞がってるのだ。
一体どうやるつもりなんだろうな……あれだけ自信満々に言ったんだからできないなんてことはないと思うけど。
それにしても。
まさかただのほほんと治るのを待つわけにもいかないよね。
その間にできそうなことはやらないと。
魔法の練習、できる。
首飾りの解析、できる。
聖龍から技術を盗む、模擬戦でも挑めば相手してくれそうな気配はある。
この辺りは進めておきたい。
折角すぐ近くに私より腕が立つ相手がいるんだから吸収しておかないと。
特に人間の姿でも龍の私と同じだけの力を発揮できた理由については絶対に聞きださないと。
あれはアドバンテージが大きすぎる。
そんなところかな。
よし、じゃあ戻ろう。
ついでにそこらへんの動物を狩って帰ろう。
朝ご飯は大事だ。
そう決めると私は魔力探知で手ごろな獲物を探しつつ龍の姿で飛び立った。
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私が大型の牛のようでそうでない何かを咥えて帰った時、聖龍は不在だった。
なんか採取にでも行ってるんだろう。
そう遠くない位置に魔力を感じる。
ま、それなら戻ってくるのを待とうかね。
巣穴の入口の脇で狩った獲物を放り投げ、柔らかい脇腹にかじりつく。
うむ、そこそこうまい。
まあ故郷の森の鹿に敵う程ではない。
そうして取ってきた牛を食べきり、のんびり日向ぼっこを楽しんでいるところに聖龍が帰って来た。
で、帰ってくるなり呆れてるような恨みがましいような目で見てくる。
何さ?
「人の巣穴の前を血塗れにしておいて、よく平気な顔で寝られるもんじゃな」
ふむ。
なるほど。
地面に目をやる。
すっごい血だ。
ここが地獄ですかってくらい血塗れ。
そりゃあ血抜きも何もしてない大型の動物が解体されてたんだから当然だね。
しかも解体人は血管もなにも気にしてないときた。
そしてその中心には毛皮と骨しか残ってない残骸と、口周りを血で汚しながら満足げに寝そべっている龍。
まあ汚い。
すごく汚い。
何を隠そう犯人は私なんだけど。
聖龍の小言は無視無視。
さて、帰って来たってことは目当てのものは手に入ったってことでいいのかな。
「……あとで片付けておくんじゃな」
嫌だけど。
顔を背けてそっぽを向く。
呆れたような声が聞こえた。
「治さんぞ」
『殺すよ』
「お主にできるかの」
チッ。
聖龍は腕組みをして面白がっているのを隠そうともせずそう言ってくる。
反射的に返してしまったものの今の私じゃ勝てないんだよなあ。
ぐぬぬ…仕方ない。
身震いしてほとんど乾きかけている血を吹き飛ばし、身を起こして血の海から出る。
で、闇魔法を発動。
規模はちょうど血の海と同じくらい。
「あのなあ……」
聖龍がなんか呆れたように言ってるけど気にしなーい。
昼間であってもその全貌を把握することができない闇魔法は、ギャリギャリと血の付いた地面を削り取ってゆく。
ついに直径3mくらいのクレーターを残して闇魔法は霧散した。
はーすっきり。
これで文句ないでしょ。
滅茶苦茶文句ありそうな目で見てくるロリがいるけど。
「お主覚えておくんじゃな」
そう言うなり聖龍は惨事の跡に手を掲げた。
魔法で直すつもりなのか。
それなら早速盗ませてもらおう。
じっと凝視する私の前で聖龍が不敵に笑い、魔法を発動させる。
くるくるとかき混ぜるように手を動かすとそれに合わせるように穴の周りの地面が動き始め、渦を巻きながら中心が盛り上がりって円錐状になる。
そして、最後にそれまでのゆったりした動きが嘘みたいに、まるで水面に水滴を落とした後のように波紋を残して消えた。
私が起こした破壊なんかなかったように元通りだ。
おおー。
これが土魔法か。
よし真似してみよう。
私が他の魔法を使う時の構築と比べるとえらくシンプルだったんだよね。
練習してるときのように目を閉じ、眼前に陣を浮かべるようなイメージで構築してみる。
うん、こんな感じ……かな?
じゃあ、早速発動してみよう。
構築に魔力を通し、発動。
あ、あれ?
発動しない?
や、正確には魔法自体は発動している。
なのにさっきみたいに綺麗に魔法が現れないのだ。
なんでなんで?
えっ?
構築自体は完璧……なはず……だよね?
だとするとそれ以外?
ムムム……全く分からない。
喉の奥で唸りながら考え込んでたら、聖龍がにやにやとしながら訳を教えてくれた。
「ワシの魔法は色々省いておるからの」
ほう?
それは興味深い。
続きを促すように視線を送ったら、聖龍が詳しく解説してくれた。
「よいか? 魔法の構築はな、魔法を発動し、制御するためにある。効果、規模、対象、時間、その他全てが一つの構築に含まれておるんじゃ。故に複雑怪奇な魔法ほど構築が大きく、発動までに掛かる時間が長くなる。もちろん個人差はあるがの」
なるほど。
まあそれはイメージしやすい。
要はプログラミングなんかと同じ話だろう。
できることを増やそうとすると容量がどんどん大きくなっていくってこと。
で、省いてるってのは?
「そこが魔法を使う者の腕の見せ所じゃな。ある程度魔法を扱えるようになった者は、次に自らの魔力操作の実力に合わせて基本の構築から肉抜きしていく。極端に言うなら、自信がある者は発動に必要な最低限の部分のみを残し、他の部分を抜くこともできるぞ。そうなれば初歩的な魔法の構築時間から要塞すら一撃で破壊する魔法が放てる。……その様子だと知らんかったんじゃろ」
うん、知らなかった……。
今まで何となくそうすれば使えるってのだけ知ってたから気にしすらしなかった。
じゃあ、ただ練習するだけじゃなくてその構築をちゃんと理解すればもっと早く魔法を使えるってこと?
「ある程度はお主もやっておったぞ。むしろ理解せずにあれだけ省いた構築を作っていたなら驚くべきことじゃな。それは素直に誇ってよい」
褒められた。
ちょっと嬉しい。
そういえば前に謎男にも同じようなこと言われた気がする。
「それで続きじゃが、優れた術者は省いた部分を魔力操作で補う。お主がワシの構築を再現しても使えなかった理由はそこじゃな。どこを省いたか、それに合わせてどう魔力を扱うか。他人の魔法を見ただけで発動できるのは、相手が教えるためにわざと素のままの構築を見せたときかそもそもの力量に大きな差があるときくらいじゃな」
なるほど……あ、待って待って。
色々知ってるみたいだしケクロプスから奪ったペンダント見せたらなんか分かるんじゃない?
『これ』
そう思ったのでその辺に置いておいたペンダントを咥えて見せる。
「昨日から思っておったが、お主ヴィズル教徒か? 面倒な祈りはどうした?」
は?
はぁあ!?
違うが!?
なんだ!?
なにからそう思った!?
話聞く限りあんなやべえ奴らと同じとか思わないでくれますか!?
てかそんなことはどうでもいいんだよ!
これを見ろ!
「んむ? は……お主これをどこで手に入れたんじゃ?」
魔力を流して構築を表示させたら、聖龍が目を丸くしてそう言ってきた。
『殺した奴が持ってた』
「人か?」
『魔族』
を名乗る一般龍人だけど。
そしたら聖龍は牙に引っかけてるペンダントの飾り部分を手に取り息を吐いた。
「ふむ……その首飾り、ヴィズル教の象徴じゃぞ。二つの頭を持つカラスはな。それを魔族が持っておったじゃと? 魔族と奴らはここ何十年か小競り合いを続けるような仲じゃ。よっぽどのことが無ければ寄り付きすらせん」
ふぅん。
じゃあそのよっぽどがあったってことか。
まあ死んだ奴に興味はない。
あいつになにがあったとしても私に関係あるわけでも無し。
知ったことか。
『解析したい』
私がそう伝えると聖龍はペンダントから手を離し、忌々しいようなそうじゃないような複雑な視線をそれに送った。
「無理じゃ。諦めることじゃな」
は?
無理?
なんで?
「転移じゃろ? それは特別な才がなければ扱えん。魔法を扱う才ではない。空間を操る才じゃ。もしそれを持ったものが現れたなら世界を統べることになるじゃろう」
世界を統べる?
そんな、なにかの証みたいなものなのか?
これが?
にわかには信じがたいけど……ここは魔法のある世界。
そんなものがあったとしてもおかしくはない。
そんな感じで信じかけたら、聖龍が肩を竦めて冗談めかして言った。
「ま、それは言い過ぎかもしれん。要はそれほどに希少な才ということじゃ。世界を統べる、なんて想像できんじゃろ?」
あーそういうことね。
現れる可能性は0に等しいって言いたいわけだ。
そんな希少なのか。
ふむ。
の、割には謎男はやたら確信をもって進めてきたけど。
てか多分あいつ使えるよね?
バシバシ転移してくるし。
聖龍の口ぶりだと有り得ないみたいな感じに聞こえるけど、じゃああいつはなんだろう。
『人に教えられた』
「転移をか?」
『空間魔法。転移が使える人物』
「転移が使える? まさかそいつ、全身黒づくめで気味の悪い笑みを浮かべるやつじゃなかろうな」
わーすごい合ってる。
胡散臭くて気味の悪い顔でニコニコしてるあいつです。
名前は知らん。
深い同意を示すために頭をぶんぶん立てに振って頷く。
それを見て聖龍が深くため息を吐いた。
「よ~~く知ってるやつじゃな……。そやつ、詐術に長けておるからの。どうせその転移も幻惑の魔法かなんかを上手く使っておるんじゃろ」
そう……なのか?
そうは思えないんだけど。
なんというか、あの空気感はそういう塗り固められた感じではない気がする。
ただの勘だけど。
そういうんじゃない確かな自信に裏付けられたが何かを感じた。
「あやつの詐術は尋常ではない。それっぽいことを言って人をからかうのが趣味みたいな男じゃ。信じるのは構わんが、常に一歩引いて俯瞰するようにするんじゃな」
ふぅむ……なんか納得いかないけど、どうなんだろう。
いや、どちらも嘘をついてる可能性はある。
どっちもいまいち信じきれないなら、私は自分を信じよう。
謎男は確かに胡散臭いし、信じきれない部分はある。
けどあの実力については本物だ。
私はそう感じた。
ならそれでいい。
他人の意見に左右されることはない。
「……ま、お主がどう思おうが勝手じゃがの。忠告しておくが、あやつと関わるとろくなことにはならん。常に警戒を怠るでない」
それは当然。
あいつ相手に油断なんて……なんて……割としてた気がするな?
……気をつけよう。
マジで。
死にたくないし。
私が改めてそう心に決めたところで、聖龍は振り返って洞穴の中へと歩き出した。
「ま、それは良いからさっさと村に行くとするかの。今日は足があるから、荷物は軽くて済みそうじゃな?」
は?
乗せろと?
「振り落とすでないぞ。落としたらその角もいでくれるからの」
そういうなり聖龍は洞窟の中へと入ってしまった。
『乗せない!』
なんで私の背中に誰かを乗せなきゃいけないんだ!
おい!
聞いてんのか!
なんて念話での私の抗議を、聖龍は同じ念話での大笑いという形で返してきたのであった。




