43.ロリババアってか、ロリ(3歳)とババア
聖龍の洞穴は当人が言ってた通り驚くほど狭かった。
狭いのなんのって、龍になることができないほど狭い。
人になるとそこまで大きくない私ですら手を伸ばせば天井に手が届くほどだ。
横幅も、すれ違おうと思ったらどっちかの腕が擦れてゴリゴリ削られると思う。
これ、窮屈じゃないんかな。
龍とかそういうの云々抜きにしてもこれじゃ狭すぎると思うんだけど……。
と思ったけど、奥に行くと聖龍が維持しているであろう魔法の淡い光に照らされている、それなりに広い空間に出た。
洞穴にあまりにも不釣り合いな机や椅子、その他衣装棚とか箪笥とかが置いてある。
ああ、居住スペースがあるのね。
その衣装棚を開けて、聖龍がなにやらごそご漁ってる。
なにやってるんだろう。
あ、さっき水浴びするとか言ってたし着替え探してるのか。
結構埃に塗れてたし、そりゃ早く着替えたいわな。
やったの私だけど。
「ほれ」
ん?
なんで私に?
差し出された服を受け取らずに見ていると、聖龍が呆れたようにため息を吐いた。
ちょっと腹立った。
「ワシの巣にいる間は素っ裸なんぞ許さんからな。少し小さいが、ま、辛抱しておれ」
むぅ……まあいいけどさ。
仕方ない、家の主人には従ってやろう。
諦めて服を受け取って広げてみると、下着と膝丈のワンピースだった。
複雑なものでもないし手早くパパっと着る。
「それでよい。さて、まずは簡単な方から済ませるかの。そこに座っておれ」
椅子を指してそう言われたので素直に座る。
「回復魔法はの、何も考えずに使っても傷を癒す万能な魔法ではないんじゃ。傷が重くなるほど、どこが最も傷ついているかを考えねばならん。皮膚か、筋肉か、骨か。それが出来んと治るものも治らん」
聖龍が椅子に座った私のあちこちを手に取って診ながら説明する。
確かに私が治すときにそんなことを考えたことはない。
大体は皮膚で止まるから気にしなくていいんだろうけど。
屋敷の時は抑えてたけど、ケクロプスと初対面の時は本気で撃とうとして自爆したからかなり酷いことになってたし、あの違和感はそこに問題があったんだろう。
「今のお主は全身の神経がよく分からん繋がり方をしておる。魔力の通りも悪い。阿呆なことをしたもんじゃな」
阿呆だろうがなんだろうがあいつは死んで、私は生きている。
それで十分だ。
「ま、ワシの仔でもあるまいし主がどうしようと勝手じゃがな」
そう言った聖龍の指先に光が灯った。
そして私の左腕を持ち上げ、なぞる。
するとその光が腕に移り、腕全体に広がって光った。
うわ……凄い。
「……綺麗」
思わずそう呟いていた
そう、とても綺麗だ。
魔法は使えても構築なんてこれっぽっちも分からない私でもそう思うくらい、聖龍の回復魔法は洗練されていて、目を奪われた。
私の呟きを聞いて聖龍が得意げに言う。
「この分野でワシを超える者はおらんじゃろう。ああいや、何人かおるな。まああいつらは色々規格外なんじゃが。ほれ、どうじゃ」
促されて左手を握ったり開いたりする。
おお、治った!
特に違和感とかはなかったつもりだったけど、実際はいかに不自由していたのかがよくわかる。
使い手によってこうまで変わるものなのか。
「その様子だと上手くいったようじゃな。他もやるぞ」
特に厄介な左腕が終わったからか、残りは纏めて治すつもりのようだ。
聖龍が広げた手の間に光の波が張られた。
そしてそのまま宙に浮かべるようにして手から離れた光が、私に流れ込んできた。
体がじんわりと温まるような気がする。
それが収まった時、喉に引っかかっていた小骨が取れたようなスッキリ感を覚えた。
凄いな……関節に磁石でも仕込んでるのかってくらい反応がいい。
私が今までどれほどボロボロだったかがよく分かるってもんだ。
「して、あとは右腕じゃな。まあそう急くこともなかろう。一先ず傷だけでも見ようかの。見せてみぃ」
聖龍が私の腕を持って持ち上げた。
顔を近づけてまじまじと見られる。
なんか居心地悪いな。
「ほう、お主龍殺しとやり合ったのか」
「何故?」
「あやつの剣には薄気味悪い呪いがかかっておるからな、切られた傷は見ればわかる」
聖龍がこれ以上無いほど嫌な顔をしている。
やっぱりあれ龍特攻付きか。
厄介なもんだよ。
薄気味悪いなんてレベルじゃない。
最後に私の腕をバシッと叩いて聖龍が手を離した。
「うむ、大方分かった。問題なく治る。呪いが悪さをせんかと思ったがそういうわけでもなさそうじゃな」
それは良かった。
てか、治すって話で停戦してるんだから治らないって言われたら出てくのもやぶさかではなかったんだけど。
診終わった聖龍は部屋の片隅に寄せられた木箱に近づいて蓋を開け、中から琥珀色の液体が入った瓶を二本取り出した。
おや?
それはまさか……。
「酒じゃ。飲めるかの?」
お酒!
前世では未成年だったから飲んだことはないけど、ちょっと飲んでみたいとは思ってたんだ!
「まあこの程度では酔えんのじゃがな……まったく、あの酒が懐かしいわ」
残念そうに指し出された酒瓶を受け取り、中の酒を光に翳してみる。
おお、こういうのを宝石みたいって言うんだろうか。
大して強くもない光なのにキラキラして見える。
「ワシら龍が酔える唯一の酒じゃった。700年前に最後の酒造蔵が潰れてな、少ない蓄えを大事に大事に飲んでいたのじゃが400年前に尽きてしまった。採算が合わなかったんじゃろうなあ。何しろ人相手には売れんほど強い。どれほどの酒豪であろうとひと舐めで酔い潰れるんじゃからな」
それ酒っていうかアルコール直飲みなのでは……え、ていうかこのお酒だと酔えないの?
せっかくのお酒なのに?
私が飲んでみたかったのって、酔った感覚を体験したかったからなんだけど?
「ま、それでも飲むんじゃがな。気分じゃ気分。酔ったと思えば酔ったようなもんじゃろ」
むう。
お酒が美味しいかどうかはまだ分からないけど、残念だな。
酔えないのか。
闇魔法をコルクにぶっ刺して貫通したところで先端を二又にして引っかけ、掴んで引き抜く。
ポン、と小気味いい音を立ててコルクが抜けた。
結構気持ちいい。
だが、代償に私の手が酷いことになった。
超痛い。
「器用な事をすると思ったら、お主無茶苦茶やるの……おまじないしてやろうか?」
栓抜きを持った聖龍がアホを見るような目で見てくるが無視。
おまじないってあれだろ、回復魔法じゃなくて痛いの痛いの飛んでけーの方だろ。
馬鹿にしくさってくれおる。
ていうか、私だって何も考えずにこんな事したわけじゃないわ。
聖龍が言ってた回復魔法の使い方をやってみたかったんだ。
私の体は全部治されたし、新しく傷作るしかないんだよ。
さて、どこが一番傷ついているのか、だったか。
まじまじと見てみる。
うえ、一箇所骨まで見えてるんだけど。
これやり過ぎたかな……やり過ぎたな。
そりゃ痛いわ。
てか、もしかして闇魔法ってただ刺さるだけじゃなくて表面で削り取ってる感じもある?
手が紅葉おろしみたいになってる。
へー新発見。
全くもって何に使うか分からないけど。
おろし金がない時とか便利なんじゃない?
よし、大体分かった。
治してみるか。
しっかり傷を見ながら回復魔法を構築する。
けどすぐには使わない。
一番傷ついているのはどこか。
もちろん皮膚だ。
手にはほとんど筋肉はないし、骨も一部しか見えていからそこまででもない。
あ、けどどうすればいいんだろう?
意識するって言ってもなー。
何がなんやら分からん。
うーん・・・手の表面を新しい皮が覆う感じ?
それでやってみよう。
指の背側から皮膚が伸びて、前まで覆うようにイメージしながら回復魔法を左手に宿し、放つ。
暖かい光がじんわりと広がった。
んんん?
うーんあんまりわからん……けど痺れるような感じはない。
すっかり元通りだ。
成功と言ってもいいんじゃないだろうか。
グーパーして確かめてたら、聖龍がドン引きしてた。
えっ、私なんかした?
「いやお主怖すぎるじゃろ……まさかとは思うが、それを試す為だけに自ら傷をつけたのかの?」
頷いて返答する。
「あのじゃな、お主。そんなもの何かあって傷ついた時でもよかろう。気は確かか?」
忘れるかもしれないし、ついでだからいいやと思いましたまる。
てかわりとドストレートに狂人呼ばわりしやがったな貴様。
「うへぇ……光龍よ、お主教育間違っておるぞ」
ほっとけ。
聖龍はブツブツと有り得ないだの言いながら栓を開けると、諦めたようにため息を吐いて酒瓶を掲げた。
ん?
ああ、そういう事か。
「光龍の小娘に」
「お母さんに」
続いて厚いガラスがぶつかる音。
そしてお酒を一気に煽った。
う!?
「ゴホッ! ゲホッ!」
いった!?
喉が痛い!
よくお酒を飲んで喉が焼け付くようって表現するのを聞いた事あるけど、それってこういうことか!
何が楽しいのか、聖龍は歯を見せて笑いを押し殺している。
「くくく、飲み慣れとらんようじゃな。まあ酔えんとは言えこれもかなり強いほうじゃからの。初めはそんなもんじゃ」
そう言ってまた瓶を煽った。
私ももう一口飲む。
く~痛い!
けど、美味しい!
甘い!
へーお酒っていいものだなあ。
「して、光龍の話をするという約束じゃったな。どこから聞きたいんじゃ? ワシはあやつが生まれて巣立つまで面倒を見ておったからな。全てとは言わんが、まあワシ以上に知っているものもおるまい」
巣立ちまで?
何それ気になる。
話してー。
「初めから」
「欲張りじゃな、長くなるぞ。何せ一つ、二つ……四つか。あやつも4000年近く生きたからな」
「構わない」
そう、なんでもいい。
お母さんの事ならなんでも知りたい。
特にそんな昔の事、知ってるのなんて聖龍くらいしかいないだろうしちゃんと聞いておきたい。
どうせ腕が生えるまで短くても二ヶ月かかるんだし。
「あやつが生まれたのはな、ワシが生まれた200年後じゃった。ワシが生んだ訳では無いぞ。巣穴の入口に一つだけ卵が置いてあったんじゃ。はてさて煮て食おうか焼いて食おうかと考えているうちに孵ってしまってな」
そんな感じで、酒瓶片手に聖龍が次々とお母さんとの思い出を語っていく。
私も時々思い出したように瓶に口をつける以外は身じろぎもせず聞いていた。
時間は飛ぶように過ぎていった。
酒で酔えないとは言っていたけど、それでもやはり気分なのか聖龍は饒舌にお母さんとの思い出を話してくれた。
「ワシらは子やらいをする。巣立ちの時が来れば、どれほど愛した子であろうと巣から蹴り落とし、近付こうものなら噛みつかんばかりに牙を剥いて唸る。ワシらの縄張りは広いからの、いつまでも共に過ごすわけにはいかんのじゃ。その時のあやつの顔が、まあ悲しげでな。仕方のない事とはいえ酷く胸が痛んだわ……」
子やらいねえ……私も何事もなくお母さんと過ごしてたらそのうちされてたのかな。
そりゃあ母親に急にそんな事されたら悲しいだろうな。
私だってお母さんにされたと考えるだけ締め付けられるようになる。
けど、それでもお母さんと聖龍には交流があったみたいだしそれっきりではないんだろう。
そう考えれば少しはマシかもしれない。
「もうそろそろいい頃合いじゃろう。寝ろ寝ろ。どうせ酒が溜まって腹も空いとらんじゃろ」
ん?
もうそんな時間?
洞穴の中だから時間が分からない。
けどまだ話を聞いていたい。
まるでお母さんがそこでいるように感じたんだ。
だけど、聖龍はもう話す気は無いようだ。
空になった瓶の栓を閉めてまた箱にしまった。
「この調子で飲むとなると、また仕入れねばならんのう。明日は村に降りるぞ。お主の靴も用意せねばならん」
ポンポンと聖龍が箱を叩きながら言った。
村?
こんな山奥に村があるのか。
聖龍の感じだと何回も行ってるみたいだな。
龍、山奥の村。何も起きないはずがなく……。
「……村の連中はワシが龍であることは知らんからな。お主が考えとるようなことはしとらんぞ」
あ、そうなの。
てっきり供物を差し出せば命は助けてやろう的なあれだと思ったんだけど。
「よし、そうと決まれば明日は早い。寝ろ寝ろ。ワシは毛皮でも敷けば寝られるからベッドはお主が使ってよい」
そう言うなり聖龍は私の返事も待たずにさっさと毛皮を敷いて横になってしまった。
水浴びするんじゃなかったのかい。
耳を澄ますと静かな寝息が聞こえてくる。
むう。
年寄りは寝付きがいいな。
というか、さっきまで殺しに来てた奴の目の前でよく寝られるもんだ。
何も考えていないのか、はたまた寝込みを襲われても返り討ちに出来るという自信の表れか。
多分後者だな。
同じ人化状態とはいえ、私と聖龍じゃ身体能力に天と地ほどの差がある。
魔法を使おうにも多分魔力に反応して飛び起きてくるだろうし。
そういえば、なんで聖龍は人の姿でも龍と遜色ない力があるんだろう?
前に謎男が言ってた訓練次第ってやつか?
一度聞いてみた方が良さそうだな。
他にも色々と教われそうな事は聞いておこう。
素直に教えてくれるかは分からんけど、2ヶ月という期間、目の前に先駆者がいるなら何も聞かないのは惜しいってもんだ。
教えてもらえなくても回復魔法みたいに目で見て盗むのもできるかもしれないし。
まあ、なんにせよ今日はもう聖龍が寝てしまったからまた明日だな。
言われた通りベッドは借りさせてもらおう。
他人の匂いがするから落ち着かないけど。
ベッドに横になり落ち着く位置を探して目を閉じる。
寝る前にお母さんの話を聞いたせいか、その日見た夢は、まだ私と同じくらいのお母さんと一緒に空を飛ぶ夢だった。
だって、黒龍の身体年齢3歳ですし……




