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事後処理

 ナタールの屋敷の会議室。

 そこでは現在文官達と、直接戦ったグラムロックとラウムが集められてその処理について話し合っていた。


 だが、その中にあってラウムの意識は全く別の所にあった。

 どうして、あの子は裏切ったのか。あの時初めて笑顔らしい顔を見せてくれたのは、何故だったのか。彼女と接していた期間は、ラウム自身が眠っていた事もあって短かったが、その短い間でも彼女と親しくなれたと思っていたのに。

 何故彼女はあんなにもあっさりと裏切ってしまえたのか。悪く思って無かったというのなら、そのままいてくれても良かったのではないか────。


「ラウム、聞いているのか?」


 名前を呼ばれて、ラウムははっと顔を上げた。見ると机についていた文官達は既に退室した後で、変わらず椅子に座っているナタールが厳しい目でラウムを見ていた。


「あ、はい。えーと、なんでしたっけ?」

「ケクロプスと名乗った龍人の事だ。グラムロックは膂力や反応速度は凄まじいが、どこか鈍いところがあると言う。お前はどう思う?」


 聞かれて、ラウムは先程の戦闘を思い返してみた。

 その中でラウムは短い間だったがケクロプスと一対一でやり合うことができたのだ。

 確かに、言われてみればグラムロックと互角以上に渡り合ったケクロプスとラウムがやり合えるのは少しおかしい。

 そもそもラウムは力が強くない。避けて、流して、薄皮一枚の所で切り結ぶのを得意とする。あれ程の力の差があっては流そうとしても衝撃を受けて手が痺れていただろうし、そうなれば即座に斬られていた。

 そうならなかったということは、何か理由があるのだろう。


「確かに、グラムの言う通りですね。心ここに在らずというか、太刀筋が鈍いというか……てか、やり合いながらよく気付いたねそれ」


 グラムロックはそう言われて肩を動かした。

 普通気付くだろうとでも言わんばかりの仕草だが、あれだけの死闘の中で普通はそんな余裕はない。相変わらず勘がいいものだ。


「そうか……。魔法はケクロプスには意味が無いからな。どこまでの剣士なら奴と渡り合える?」

「副団長と団長なら一人でも余裕だろうな。技術が違いすぎる。あれは力は強いが、それだけじゃどうにもならねえだろ」

「それぞれの小隊でもギリギリどうにかなる可能性はありそうですねー。第一の小隊長のグルニルさんなら一人でもどうにかなるんじゃないかなー?」


 そう、小隊長の中でも頭一つ抜けた実力を持つ騎士の顔を思い浮かべながら言った。いかにも騎士然とした、嫌味ったらしい騎士ではあるがその実力は高い。彼ならば一人でもどうにかなるだろう。


「ふむ……一人に対し、こちらは隊を動かさねばならないのか。対抗できることを喜ぶべきか、戦力差を嘆くべきか。……いや、これは後者だな」


 顎に手を当ててナタールは苦笑した。

 全くだ。たった一人に騎士の十分の一が総掛かりでは世話がない。実際の戦力は騎士だけではないが、それでも痛いものは痛い。

 これでは噂に聞く、皇帝の近衛が戦場に出てきた時にはどうなるのか分かったものでは無い。


「それと例の黒龍もある」


 黒龍、と聞いて息が詰まった。

 この時に話されるということは、それは間違いなく彼女の事だ。名前のない、記憶を失ったあの少女の事だ。


「確定した訳ではないが、まず帝国の側に着いたと見ていいだろう。最も長くいたお前達の意見が聞きたい」

「あれをやれる人間なんざ、龍殺しの英雄くらいしかいねえだろうな。あれは団長でも無理だ」

「その英雄に話を伝えるのに、帝国との国境を抜けなければならないというのが問題だな。そうでなくとも冒険者はほとんどが帝国の兵となるだろう。こちらの傭兵のようなものだ」


 舌が張り付いたように動かない。

 二人の会話が頭の中を滑っていく。頭を巡るのは黒髪の少女の事ばかりだ。


「ラウム、お前はどうだ? 何か、打開する糸口はあるか?」


 遂に、その矛先がこちらに向いた。考えが纏まらない。上手く口が動かない。だが、伝えたい。彼女と戦うのは嫌だ,


「どうしても……あの子と戦わないとダメですか?」

「当然だろう。彼女は我々に魔法を向けて戦う意志を示した。加えて、帝国との戦争において脅威となりうるケクロプスを庇い、その逃走を助けた。彼女が帝国の兵として我々と対立するのなら、我々は国の為、民の為、女王陛下の為にも彼女を打破しなければならない」

「でもあの子は……記憶を無くして……だから不安で……それが戻るかもしれないから……」


 自分でも驚く程弱々しい声だった。自分でも信じていない。そんなわけがないと知りながらも、そう言わざるを得ない、そんな声音だ。


「だから大人しく蹂躙されろと? ラウム、事は我々の命だけで済む話では無い。それは分かっているだろう」

「でも……」

「ラウム、てめぇはよ」


 ナタールに諭されてなお渋るラウムに、今まで黙っていたグラムロックが荒々しく声をかけた。

 ラウムはビクッと、急に怒鳴られた子供のように身を竦める。


「同情してんだろ? あれを拾った時にも言ったがな、てめぇはいちいち甘いんだよ。てめぇが記憶を失くした後、剣を取ったんだろ? 恩に報いてえから騎士になったんだろ? あれだって同じじゃねえか。てめぇは未来を見て、あれは過去を取った。自分を重ねんなら、選んだ末路まで重ねろよ。てめぇがいざ殺されるとなった時に哀れんで躊躇してもらえるとでも思ってんのか?」

「違う! そんなんじゃない!」

「違うのか? ならあれを哀れむのはやめろ。あれは哀れみなんて求めてねえよ。いつまでガキのつもりで甘えてんだ」


 不機嫌そうなグラムロックの目が静かにラウムを見据える。対するラウムは怒りと、恥と、色々な気持ちがごちゃごちゃになった感情に肩を怒らせてグラムロックを睨む。

 だが、心の奥底ではわかっていた。グラムロックの言ってる事は正しい。それでも、正しい事は分かっていても、それを素直に受け入れたくは無かった。


「みんながみんな、あんたみたいに強い訳じゃない……!」


 そう言い残して足音も荒く部屋から出て行ってしまった。残されたグラムロックとナタールは何も言わなかった。

 ただ、その足音が遠くに行く音だけが響く。

 それから、屋敷の慌ただしさが遠くに聞こえる頃になってようやくグラムロックが口を開いた。


「あいつはいつになってもああだ。ガキの頃から見てるがなんも変わらねえ。今も内側に傷だらけのガキを抱えてやがる」

「それが分かっているなら少しは優しくしてやれ。何故そう口が悪いんだ」

「性分だ。改める気もねえ」


 また、会議室に静寂が流れる。

 それを破ったのはやはりグラムロックだった。ポツリと独り言の様に呟く。


「甘い事を信じるのはいい。人を信じるのもいい。だが過ぎれば簡単に人を殺す。傭兵ってのはそういう世界だ。……てめぇも知ってんだろ。てめぇの世界は、信じた奴から死ぬ世界じゃなかったのか?」


 ナタールはなにも答えない。だからグラムロックはお構い無しに続けた。


「察しの良過ぎるてめぇは、俺よりもっと色んなものが見えてんだろ。俺は見たくもねえがな。だから俺は今しか見ない。周りしか見ない。あの鼻たれ小娘と、小隊のヤツらだけで手一杯だ」

「……黒龍の件は、私が昔の伝手を辿ろう。魔法を封じる手段ならいくつか心当たりがある。裏の裏まで手を伸ばせばほぼ間違いなく探し当てられるだろう。それを持って黒龍の魔法への対策とする」


 その返答は、ナタールがこれ以上この話を続ける気がないという意思表示だろう。

 そう判断してグラムロックは立ち上がった。


「んじゃ、俺は甘ったれたガキでも慰めてくる。ついでに久々に訓練でもつけてやれば気も晴れんだろ」


 そうして背を向けてドアへ向かう。


「一つ忠告しよう」


 ドアノブに手をかけた時、背後からナタールが声をかけた。グラムロックは動きを止めて、振り返らないまま続きを促す。


「お前の言っていることはほとんどが正しい。甘さは剣だ。信頼は毒だ。人が尊ぶそれらは我々の世界では弱みにしかならない。だがな、それを失くした世界では人は容易に狂うぞ。狂ってまで長らえた生に、本当に価値はあるのか?」


 その問いかけに、グラムロックは振り返って答えた。


「それを決めるのはそいつ次第じゃねえか?」



 ─────────────────



 会議室を出て、グラムロックはラウムの居場所を考えながら屋敷の出口へと足を進めていた。

 さて、ラウムはどこへ行ったのだろうか。とはいえ心当たりはある。恐らくあの黒龍に貸していた部屋だろう。

 ラウムは甘く、ともすれば子供の様だが、当然ながら子供では無い。何もしなくても勝手に乗り越えるはずだ。だとするならゆっくりと考えて、噛み砕いて飲み込めばいい。グラムロックはそれに少し手助けをするだけ。

 そう考えて屋敷の扉を開け、無駄に長い道を歩いて正門に差し掛かった時、てっきり宿舎に居るものだと思っていたラウムの赤い髪が見えた。誰かと話しているのか、少し困ったような身振りをしている。

 それを訝しみながら近づくと、ラウムが話しているらしい相手が見えた。

 歳は30半ばから、行ってても50頃だろうと思える壮年の男だ。少し白いものが混じり始めた茶髪を短く刈り揃えている。

 剣士ならばそろそろ引退だろうという頃合いだろうが、その体つきはがっしりとしていてあと10年は剣を振るえそうな体をしている。

 町の傭兵か、とも思ったが、腰に差している長剣は質素ながら品のある逸品だし、左手に持つ盾も何で作られているのか日を浴びて煌めいている。あれはここらの傭兵が持てるような物じゃない。

 それを持つ男に警戒しつつ大股で近づくと、その男がこちらに気付いた。その視線を追って、ラウムもこちらを振り向く。


「げっ、グラム」

「ぴーぴー泣き腫らしてるかと思ったら、ずいぶん元気そうじゃねえか」

「……喧嘩売ってんの?」


 そう言ってジト目で睨んでくるラウムは無視して、その後ろに立っている男に目を向ける。優しげだが、油断のない目だ。新たに現れたグラムロックの実力を測るように見ている。


「で、てめぇは何者だ。この町の傭兵ではねえな? どっから来た」

「申し訳ないが、それは話せない。この屋敷の主に会いたい」

「身分も明かせねえやつを会わせられると思うか? まず名を名乗れ」


 グラムロックが言い返すと男は顔を顰めた。一瞬躊躇ったが、それでも話さなければ話が進まないとと思ったのかすぐに答えた。


「ギルバート・グランベルだ。町に着いた途端、この屋敷で戦っている音が聞こえて様子を見に来た」

「そーかよそりゃどーも。だが、残念ながらそれはもう終わった。終わってなくても、部外者が関われることじゃねえ」

「それは分かるが。だが私は君達に危害を加えたい訳じゃない。話を聞きたいのだ」

「話ぃ?」

「ここで争っていた人影が飛び立つのが見えた。大凡の方向も分かる。だが、あの速さでは馬でも追いつけないだろう? どこへ向かっているのか心当たりがあれば聞かせて欲しい」


 グラムロックは訝しんで眉を寄せた。視界の端に何か言いたそうにチラチラと伺ってくるラウムが写るが、それは無視して聞き返した。


「それを聞いてどうする」

「奴を殺す」

「ゔぇっ」


 驚いたラウムが鶏みたいな奇声を上げた。グラムロックはうるさそうに、ギルバートと名乗った男は驚いた様にラウムを見る。ラウムは慌てて口を抑えた。


「いや、えーと、ちょっと待って。確認したいんだけど、あなたが言ってるのってどっち?」

「どっち、とは?」

「ケクロプスかあの子か」


 ケクロプス、と聞いてギルバートは聞いた事が無いように首を傾げた。


「その名前に心当たりはないが。私が言っているのは隻腕の少女の事だ」

「殺す……って、どうして?」

「奴は私がいた町を襲撃した。幸い撃退はしたが、それでも決して少なくない死者が出た。それに、あれ以上力をつけては手に負えられなくなるだろう?」

「あれ以上、っつーのがいつの事を指してるのか知らんけどな、それならもう手遅れかもしれねぇぞ」

「なに?」

「あれはもう人の手に負えねえ。本物の化け物だ。あんたが最後に見たのはいつだ?10年前か?20年前か?」

「いや、半月ほど前だ」


 ギルバートの言葉にグラムロックは驚いた。そして1つ、頭の中にある疑念が浮かんだ。


「剣を抜け」

「なに?」

「その剣を見せろ」

「何故?」

「別に盗ろうなんて考えてねえから安心しろ。ただ見せるだけでいい」


 グラムロックの命令口調の言葉に、しかしギルバートは柄に左手を置いて渋った。


「ちょっとグラム、どうしたのさ?」

「確かめてえ事がある。剣を見りゃわかんだよ。早くしろ」

「あまり見せたいものじゃない」

「そうか?ならその剣の刀身の色を言え。別にそれくらい構わねえだろ?」

「は? 色?」


 ラウムは分かっていないようだったが、グラムロックは教えてやる気は無かった。

 ただ、隣に立つラウムが腰の後ろに差している短剣を抜き、閃くような速さで渋るギルバートに向けて振り下ろした。

 ギルバートは慌てることなく、グラムロック以上の反応速度で受け止める。


「ちょっ、グラム!?」


 だが、そう動くだろうと考えて、敢えて自分の剣は残してラウムの短剣を使ったのだ。

 すぐさま自分の剣を抜き、横からギルバートに叩きつけた。短剣を防ぐのに盾を使っている都合上それを防ぐのには剣を抜くしかない。ギルバートは思惑通りに腰の剣を抜き、肉厚なグラムロックの剣を受け止めた。


「あ」


 その刀身を見てラウムが声を上げた。

 それは陽の光を受けて、上質なルビーの様に深い紅に輝いていた。

 ギルバートの顔が苦々しげに歪む。


「力技に出るとはな」

「これではっきりしただろ。俺も噂にしか聞いた事がねえけどな」


 剣を握るものも、そうでなくとも必ず一度は耳にしたことがある噂。

 それはつまり。


「深紅の剣と、煌めく盾を持った冒険者。彼の名は、龍殺しの英雄、ライオス」

「積極的に隠そうとしてなかったとはいえ、こうもすぐバレるとは思ってもみなかった。王国まで噂になっているのか」

「てめぇの話は有名だぜ。どこまで事実かは知らねえけどよ」


 そういった、剣に生きる者達の噂というのは大概が誇張して語られるか、酔っ払って大袈裟にされてしまった話が多い。だが、それを抜きにしても龍殺しの英雄の噂は別格だった。


「どうして帝国の冒険者のお前がこの時期に、この国にいる?おいおい、あんまいい想像はできねぇな」


 つい先ほど、帝国の手の者がこの町で暴れまわったばかりだ。ほとんど宣戦布告と言っても差し支えない状況。グラムロックが警戒心を強めるのも当然のことだ。だが、ライオスは慌てることなくそれを否定した。


「君が何を言いたいのかはわかる。だが、私は帝国の密偵としてこの国に来たわけではない。ただあの黒龍を追ってきただけだ」

「そんなあっさり信じられると思うか?」

「ならばこの剣に誓おう。私は決して外交的な意図は持っておらず、ただあの黒龍を追っているだけだと」


 剣士が、自分の剣に誓う。それは何よりも重い誓いだ。その誓いに背けば、たとえ英雄といえどその名声は地に落ちる。それだけの気概を見せるのなら、グラムロックは信じざるを得ない。


「グラム……」


 ラウムが不安そうに呟く。龍を殺しに来た、龍殺しの英雄。ライオスなら確実にあの黒龍を仕留めるだろう。


「来い。ナタールに会わせてやる」


 そう言ってグラムロックは踵を返してナタールの元へ向かう。振り返る一瞬、ラウムの悲しげな顔が見えたが、グラムロックはそれを無視して歩いた。

 ナタールはこの機会を逃さないだろう。この英雄を利用して確実に黒龍を始末する。

 騎士としてそれは喜ばしい。王国の勝利のためには必要なことだ。

 だが、そう納得しようとしても。

 自分で選んだ道とは言え、ラウムに自由にさせてやれないのが酷く不快であった。

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