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THE RED MOON  作者: 紅い布
7/26

宛先:読者様 件名:思い浮かばないので無題です

◆◆ PM 18:29 ◆◆


薄暗い夜道を一台の大型スポーツツアラーが猛スピードで疾走していた。

乗っているのは二人の男女。

言うまでもなく、さきほど焼肉店を脱出した晋と綾乃の兄妹だ。

時折、物陰からゾンビが現れるが、バイクのスピードについてこれるハズもない。


「うぅ……俺のヘルメット……高かったのにぃ」

「――あ、あはは……」


綾乃はヘルメットを(ゾンビに向かって投げつけてしまった)無くしてメソメソしている兄の気を紛らわすべく、話題を変える。


「そ、それよりもさっきの蹴り凄かったね。まだ極真空手続けてるの?」

「ん?あぁ、空手は黒帯取ったからやめたよ。今は遊び半分でテコンドーやってる」


まだ落ち込んではいるようだが、とりあえず兄と会話が成立したことに綾乃はホッと胸を撫で下ろした。


「それにしても、綾乃。お前はもう少し周囲に気を配りなさい。……お前が化け物に襲われたときは本当に心臓が止まるかと思った」

「――うっ……」


兄からの手厳しいお叱りに言葉を詰まらせる。

今度は綾乃が落ち込む番だった。


「……うん、気をつける。ごめんね、お兄ちゃん。それから――ありがとう」

「ドントマインド、モーマンタイ」


決して背が高いワケでもないが、それでも広くて逞しくみえる兄の背中を綾乃はじっとみつめた。

晋が家を出てからは会う回数もめっきり減って、今では数年に一度しか会わない。

メールは時々しているが、実際に顔を合わせたのは実に2年ぶりである。


綾乃からしてみれば、少しは自分も成長したと思う。だが、それ以上に、兄の背中は大きくなったようにみえた。


綾乃は兄を抱く腕の力を強め、その背中に顔をくっつけた。


――特に香水もつけてないのに、相変わらずいい匂い。


生きるか死ぬかの状況で、不思議なほど自分の心が落ち着いてることには特に疑問も抱かず、綾乃は2年ぶりである兄の温もりを満喫する。


「あれ?綾乃、胸成長した?」


途端に、晋が多少意地悪い感じで口を開いた。

ちらっと振り返った顔から覗いた瞳が、獲物をいたぶって弄ぶ猫の目に変貌している。

この目つきに嫌というほど覚えがある綾乃は、兄が自分をからかおうとしているとすぐに思い当たり、


「うん。2年もあれば嫌でも成長するよ。今いくつだと思う?」

「――っ!……んなことは知らんがな」


素直に答えることで兄への逆襲に成功した。


一瞬だけみせてしまった動揺を悟られまいと平静を装う晋だが、綾乃はちゃんと感づいている。

綾乃は、親しい友人にすら滅多に見せない小悪魔的な笑顔を深めた。


「お兄ちゃん、今照れたでしょ?」

「……照れてない」

「照れたんだ〜」

「照れてないってば」

「お兄ちゃんの嘘つきぃ」

「嘘じゃないし!超絶嘘じゃないし!!」

「お兄ちゃんってば、可愛いなぁ」

「うわーん!妹が苛めるよ〜!」


妹の手痛いカウンターに、とうとう泣き出してしまう晋。

――無論、ふざけているだけだが。


「くっ!しばらく見ない間に小賢しくなりおって!!兄を苛め返すとは、なんて妹だ!」


街がこんな状況にも関らず、兄の代わり映えの無さに思わず綾乃は笑ってしまった。


いつでも自分を護ってくれた、強くて優しい兄。

少し意地悪で子供っぽいところもあるけど、そこがまた可愛かったりする。

――血は繋がってないけど……。

綾乃にとっては、誰にでも誇れる自慢の兄だ。


「お兄ちゃん」

「んー?」

「――大好き」

「……うん」


絶望の渦中にいるからこそ、兄妹の絆はさらに深まっていく。


だが――それに呼応するように、二人を包む闇はますます濃くなっていくばかりだった。


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