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THE RED MOON  作者: 紅い布
18/26

宛先:パソコンor携帯の前の読者様 件名:別れは辛いものです

◆◆ PM 02:50 ◆◆


生き残った市民を護送するための輸送ヘリがもうすぐ到着するということで、晋と綾乃の二人は市役所に隣接した駐車場に待機していた。

周囲には同じように生き残った市民合わせて約50名が、思い思いの場所で輸送ヘリの到着を今か今かと待っている。


市役所の周りには重厚なバリケードが展開されており、ゾンビが進入してくると思われる箇所には重機関銃を積んだ装甲車に、あまり見たことがない小さな戦車(装甲戦闘車というらしい)が配置されていた。

各所では全身フル装備の自衛官やスペシャルでアサルトな警官さん達がショットガンやらサブマシンガンを持って警戒にあたっている。

その人数は双方合わせて200人前後。

ここまで重武装な人達がいれば、さすがにそう安々とバリケードが突破されることはないだろう。


約5時間程の睡眠と点滴のおかげで顔色が良くなった晋は、G36Cが仕舞われているアタッシュケースをブラブラと手に持ちながら、綾乃と共に輸送ヘリの到着を心待ちにしていた。

愛するバイクをこの場に置き去りにしてしまうのは、とても心苦しく思わず泣いてしまいそうなくらい悲しいが、背に腹は変えられない。


――どうやらアタッシュケースの中身をさらすことはなさそうだ。うまくいけば、このままお持ち帰りできるかもしれないな。


アタッシュケースをみつめながらにんまりと笑みを零す晋に、綾乃は怪訝な顔を見せる。


「お兄ちゃん、ずっと気になってたんだけど、そのケースの中身って何が入ってるの?」

「んー……お前は知らなくてもいい代物」

「……」

「まぁ、そう気にするな。おっ、ヘリの音がする」


じっと睨んでくる綾乃の視線を受け流した晋は、闇に染まった夜空を見上げ、音の根源を探す。


しばらくして、闇の中から徐々に姿を現したのは、プロペラが前後に二つくっ付いた大きなヘリだった。

何やら機体下部に、大きなコンテナをぶら下げている。

さらに、左右を二機の戦闘ヘリに護衛されているようだ。


――もしかして、あれってアパッチか?


「おぉ、なんか凄いな」

「迫力あるね」


ふと周囲を見回してみると、他の市民も全員同じ気分なのか、輸送ヘリの一団に釘付けになっている。


『市民の皆さん!急いでこちらへ整列してください!』


声を張り上げる自衛官。


市民達は言われた通りに整列を始めた。


それをみた晋は、一人眉をひそめる。


「むぅ……輸送ヘリの積載人数って何人までだ?」

「……え?」

「いやさ、今ここにいる人数って軽く見積もっても40人以上いるだろ?ちゃんと全員乗れるのかなって思ってさ」

「もし乗れなかったら、また二人でバイクに乗って逃げなくちゃね」

「俺は血をありったけ提供したんだぜ?無理言ってでもお前だけは乗せるよ」


これを聞いた瞬間、綾乃の表情が一気に険しくなった。


「……そんなの絶対嫌だから」

「……」


輸送ヘリが駐車場の上空に到着した。

それを見届けた戦闘ヘリ二機は、いずこかへ散開していく。

輸送へリがゆっくりと降下し、まずはコンテナを降ろした。

待機していた自衛官十数人が、迅速にコンテナを回収し、運んでいく。

周囲に障害物がないことを確認した輸送ヘリは、今度こそ地上に降下した。


輸送ヘリのローターが巻き起こす凄まじい風圧に、市民達は目を開けていられない。


着陸した輸送ヘリの後部ハッチが開き、中から完全武装の自衛官が次々に飛び出してきた。

その数は実に30人。

つまり――


「なるほど、このヘリの積載人数は30人か……」


市民たちが今か今かとヘリに乗る機会を窺っているなか、晋一人だけが冷静に状況を把握していたところへ、一人の自衛官が駆け寄ってきた。


「我々にウィルス特効薬に必要な血液を提供していただいたため、貴方には優先権が与えられています!さぁ、どうぞ!」


――むぅ、新井さんが手を回してくれたのかな?何にしてもありがたい。


「そういうことなら遠慮なく。よし、いくぞ綾乃」

「うん」

「あ!ちょっと待ってください!」

「は?」

「優先権が与えられているのはあくまで貴方だけです。残念ですが、お連れの女性は……」

「ちょっと待てッ!」

「お兄ちゃん!私はいいから、先に乗って?」


優先的にヘリに乗れるのは晋だけだと言われ、思わず激怒しかかる晋を綾乃が宥める。


「優先権とやらを破棄します。どうぞ他の人達から乗せてあげてください」

「は?いや、しかしですね……」

「ゴチャゴチャ抜かしてないで、さっさと市民を乗せろッ!!!」

「はっ、はい!」


晋の怒声に圧倒された自衛官はそそくさとその場を去り、市民達を輸送ヘリのハッチへ誘導を開始した――その時だった。


『イーグル1より通信!南西と北東よりウィルス感染者の大群を確認ッ!数は……計測不能!?このままでは、あと十分足らずでこちらに到達します!!』


その声と同時に遠方から爆音が轟いた。

恐らく、例の攻撃ヘリが搭載されたロケットランチャーで感染者の進行を妨害しているのだろう。

一気にパニックへと陥った市民達が、順番を無視して我先にと輸送ヘリに乗り込もうとする。

それを数人の自衛官が必死になって抑えようとしていた。


『子供と女性が優先です!!子供と女性を優先させてください!!』


その光景を一歩後ろから冷めた瞳で眺める晋と綾乃。


押し合い圧し合い、転んだ人間を踏みつけて、横から割り込もうとする人間を殴り飛ばして……生きた人間同士の醜い争いを黙ってみつめている。


「このタイミングで攻めてくるなんて……ゾンビの奴等も空気読みすぎだろ……」

「お兄ちゃん……」

「何も言うな。これが人間ってモノさ」

「……ん」


輸送ヘリに市民をギリギリまで押し込んだ自衛官達は、最後まで事態を見守っていた晋と綾乃に向き直った。


「お待たせしました!お二人が最後です!あなた方の非常に冷静な対処、感謝致します!!」


大声を張り上げて敬礼する自衛官の男性。

醜い闘争を繰り広げた市民達への皮肉が大いに込められていた。


自衛官に苦笑いを返して、確保されたスペースに二人は乗り込む。


そして、いざハッチが閉まろうとしたところで――


『ま、待ってくれー!!』


遅れたらしい三人の家族が駆け込んできた。


ようやく逃げ出せると思ったところに『待った』をかけられ、市民達の冷たい視線が集中する。


その様子に辟易しながらも、なんとか三人が乗れるように場所を詰める晋と綾乃。

だが――


「申し訳ありませんが、これ以上は乗せることができません!」


女性と子供を乗せたところで、自衛官が立ち塞がった。

限界まで詰めたが、最後の男性一人を乗せられるだけのスペースが確保できなかったのだ。


『あ、あなた!!?』

『いやーーーッッ!!!おとうさぁぁんッ!!!』


泣き叫ぶ母親と、父親に向かって必死に手を伸ばす女の子。


よく見ると、ヘリに乗れないでいる男性は、数時間前に医療テント前で晋に謝罪してきた市民Aだった。


なんとか自分も乗ろうと頑張る父親に対し、遂に痺れを切らした他の市民の罵声が飛ぶ。


『さっさと諦めろッッ!!!俺達を殺す気か!!!』

『そいつをさっさとブッ殺して、ハッチを閉めてくれ!!』


他人が犠牲になっても自分達だけが助かればいいという身勝手な思考。

そんな光景を目の当たりした晋は、焼肉店で自分がとった態度を思い出し、恥ずかしくなると同時にとても悲しくなった。


『絵里!!香奈を頼んだぞ!!』

『あなた!?あなたぁぁ!!』

『おとうさぁぁぁんっ!!』

『早くハッチを閉めろ!』

『そいつを放り出せ!!』


阿鼻叫喚の地獄絵図。

これが人間という生物の本質だ。


それに我慢出来なくなった晋は、


「俺の代わりにその人を乗せてあげてください」


自ら輸送ヘリを降り、市民Aに命の権利を譲った。


「君は……!」

「さ、早く乗って」


狼狽する市民Aを無理矢理ヘリに乗せる。

それを見た綾乃が驚愕し、自分も兄と残ろうと身を乗り出した。


「お兄ちゃんッ!?なら、私もっ!!」

「お前はダメだ。ヘリに乗りなさい」

『ハッチを閉めます!下がってください!』


晋の真意を把握した自衛官達が綾乃を力ずくでヘリに押し込んだ。

綾乃は半狂乱になって何とかヘリから降りようとするも、鍛え上げられた大人の男性数人相手では為す術もない。


「いやぁああああっ!!!お兄ちゃん!お兄ちゃぁんッ!!」


とうとう南のバリケード付近で銃撃が開始された。

ウィルス感染者の大群は刻一刻と近づいてきている。


「いやぁ……いやあぁ……私も残りたい……お兄ちゃんの傍にいたいよぉ……!」

「綾乃……」


泣いて、喚いて、叫んで、疲れ果て……嗚咽を漏らしながらもそう訴える綾乃。

晋は、そんな義理の妹の頬を右手でそっと撫で上げ――


「……」


その唇を自らの唇で包み込んだ。


――数秒の時が流れ、晋はゆっくりと唇を離す。


そのまま、大人しくなった綾乃をぐっとヘリの中へ押し込んだ。


「じゃ、またな。お袋ともう一人の妹によろしく」

「お兄……ちゃ……」


――ガチャン!


ハッチが閉められ、ローターの回転速度が増していく。

そして、完全に上空へと飛び立った輸送ヘリは、生き残った市民と綾乃を連れて闇夜へと姿を消した。


輸送ヘリの中で、綾乃はひたすら嗚咽を漏らす。

その様子を気まずそうにみつめる周囲の人間。

綾乃は、兄がヘリを降りた理由を的確に理解していた。


――お兄ちゃんは……目の前にいる三人家族に同情したワケじゃない。


自分さえ助かればいいという自分勝手な人間が喚き散らす醜い罵声に耐えられなくなったのだ。


隣に座っていた青年が、兄を想い泣き続ける綾乃の肩に手を置こうする。

その表情は一見すると綾乃を憐れんでいるようにみえるが――内心では、綾乃の心の傷に付け込み、彼女を自分の物にしようという下劣な下心を隠していた。


しかし――自分に手を伸ばそうとしている青年が、さきほど三人家族に罵声を浴びせた人物の一人であると知っていた綾乃は、


「私に触るなッッ!!」


あらん限りの憎悪を込めて、青年を睨みつける。


「ひっ!?」


一瞬で気圧された青年は、情けない悲鳴と共に伸ばしていた腕を引っ込めた。


「人間なんて……汚いッ!!!」


心の底から搾り出された綾乃の言葉に反論できる者は、誰一人としていなかった。


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