宛先:読者様 件名:安らぎは一瞬です
◆◆ PM 21:51 ◆◆
「特効薬を作成するために」と大量に血を抜かれたあげく、今までの疲労も相まって顔色が悪くなってしまった兄を休ませようと、綾乃は晋の肩を担いで市役所の中に入った。
一階のフロアは自衛隊が設置した機械やら何やらで色々とゴチャゴチャしていたので、二人は吹き抜けになっている二階へと移動する。
しかし、二階の休憩所には他の生き残った市民達が場所を占領していたため、身体をゆっくり休められるスペースがなかった。
仕方なく、綾乃は奥の通路を渡り、応接室と書かれた場所に晋を連れていく。
「よく……応接室なんて……みつけられたな……」
「うん。ここには小学生の時に一度だけ社会見学にきたことがあったから」
「あぁ……そういえばそんなのあったっけ……。俺も行きたかったんだよなぁ……」
綾乃は小学生の頃に社会見学で市役所を訪れたことがあり、大体の部屋を見学した経験があったのだ。
ちなみに、晋も綾乃と同じ小学校の出身だが、社会見学の日に高熱を出して休んでしまったため、市役所の構造はよく知らない。
「まさかこんな形で社会見学が役に立つ日が来るなんて、夢にも思わなかったけどね」
「……だろうな」
いざというときに自衛官の声が聞こえないと困るので、扉は開けっ放しにしたまま部屋に入る。
綾乃は持っていたアタッシュケースを目の前のガラステーブルに置いた。
晋を大きな黒いソファに座らせ、綾乃も隣に座る。
ソファにぐったりと座った晋は、力なく頭を背凭れに預けた。
「せめてものお礼とお詫びです」といって、新井がビタミン栄養剤を入れた点滴をつけてくれたのだが、逆にそれが痛々しい光景を演出している。
「……さすがに……疲れが溜まった状態であんなに血を抜かれると……辛いな……」
「あ、そうだ!」
そこで何かを思い立ったのか、綾乃は座っていた位置をソファの端っこにずらすと、自らの膝を叩いた。
――ポンポン。
綾乃の行動が何を意味するのか瞬時に理解した晋は、気恥ずかしさからやせ我慢して言った。
「いや……平気だよ」
――ポンポン。
「大丈夫だから」
――ポンポン。
「あの……」
――ポンポン。
「人の話聞いて――」
――ポンポン。
「負けたよ……」
妹の執念に降参した晋は、ゆっくりと身体を横に倒す。
それを迎えるように、綾乃は兄の頭を自らの膝に乗せた。
柔らかい感触が晋の頭を包み込んだ。
「感想は?」
「ノーコメン――」
兄の耳にそっと息を吹きかける綾乃。
「ひあぁっ!?」
思わず変態的な悲鳴をあげてしまった晋は、羞恥に顔を紅くした。
「コホンッ――感想は?」
「……気持ちいいです」
「素直でよろしい」
満足げに頷いた綾乃は、晋の頭を優しく撫でる。
「むぅ……」
――視界が徐々に霞んでいく。
何だかんだいって体力が限界にきていた晋は、そのまま意識を失うように眠りに陥った。
眠った兄を慈母のような微笑みでみつめる綾乃と、安らぎを得た子供のような寝顔をみせる晋。
現在の時刻は午後十時零分。
焼肉店を発ってから約3時間半。
今まで生きてきた人生の中でもとびきり濃厚な一瞬を駆け抜けた二人は、ようやく安息を手に入れた。
――その安息すらも、一瞬で終わってしまう運命にあるとは知らず……。




