93. 予想外の出会い
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「____はっくしょい!!」
魔界上空。
黒龍の『ゲンさん』に乗り、アルフたち一行は天界を目指す。
「相変わらず大きなくしゃみね。大丈夫?」
突飛にくしゃみを出したアルフに、ロゼはティッシュを一枚差し出した。
「あー……。誰か俺のこと噂してやがるな?」
特に寒いわけでもなく、むしろ過ごしやすい季節のこの頃。
受け取ったティッシュで「ちーん」と鼻をかむアルフに、ロゼはクスリと口元を緩めた。
「ふふ、アルマかしら? 『はやくかえってこーい』って」
「はは。だとしたら、ちゃっちゃか終わらせねーとな」
これから始まる決戦の前の、束の間の団欒。ベゼルたち他の悪魔も来たるべき時に備えて休息を楽しんでいるように見える。
だが、それは本当に僅かな時間。
黒龍のゲンさんがある程度空を上昇したところで立ち止まり、背に乗る皆に声をかけた。
『見えたぞい。『天界の境界線』じゃ』
全員が同じ方を向く。見上げたその先にあるのは_____魔界と人間界にも同じように存在していた、渦巻く次元の壁……『異世界の境界線』。
この境界線を越えた先にいる。
全ての元凶、アドネー。
そして、アドネーと闘う為、一足先に天界へと向かっていったレイドが。
境界線を前にして、静けさが訪れる。
各々、理解しているのだろう。これからの闘いが厳しいものになるという事を。
引き返す事が出来たら、とどれだけ思うだろうか。
それでも彼らは前に進まねばならない。
……世界を平和に導く為に。
「……おーい。誰か『異界の結晶』持ってる奴いねーか?」
静寂を一番はじめに破ったのは、意外にもウル太郎。
ただ単に沈黙に耐えられなかっただけかもしれないが、彼の言葉を皮切りに時間は進み出していく。
「おー。俺持ってる、もってる」
アルフはそう言って、ポケットから『異界の結晶』を取り出した。
「へへ、念のためレイドから一個貰っといて良かったぜー」
ポーンと結晶を軽く上に投げて、パシッとキャッチする。そしてアルフは後方をちらりと見て言い放った。
「そんじゃあ、行きますか! 悪魔さんがた、準備はいいかい?」
「ええ!」
「おうー!」
「もちろんだぜ!」
「いいですよ!」
口々に言う魔界の住人たち。もはやそれは、聞くまでもなかったようだ。
「よし、それじゃあ……よっと」
アルフは意識を集中させ、結晶を砕く。
結晶は淡い光に姿を変えて、ゲンさんもろとも全員を優しく包み込んだ。
それは同時に、別世界へ渡る通行証にもなる。この光を見に浴びている数分間だけ、天界へと進むことを許されるわけだ。
準備は万端だ。
各々の想いを代弁するかのように、アルフが先陣を切って言い放った。
「行くぜ、みんな!」
そして一行は進みゆく。
未知なる世界、『天界』。
渦巻く次元のうねりに身を任せ、たどり着いた先___。
「ここが、天界……」
『異世界の境界線』を越え、アルフが一足先に大地を踏みしめる。
そこはまさに、『浮遊島』ともいえる場所。人間界と同じように大地は存在するが、上も下も『空』に挟まれている世界。遠くに幾つもの浮遊島が存在し、最奥の島には半壊した真っ白の宮殿が見える。
「雲の上みてーだな。真っ白だ」
ウル太郎が上を見上げてゲンさんから降りてくる。それに他の悪魔たち、ロゼ、ミレトスと続く。
「空も真っ白ですよ。なんだかまるで、作りかけみたいな……」
リリも見た事がない景色に驚きを隠せない様子。魔界の住人も、流石に『空が白い』とは思っていなかったようだ。
とはいえ、全体を通して神秘的な情景。空気も澄んでいるのか、ロゼやベゼルが深呼吸をする。ゾン吉なんかはその空気に浄化されるかのように、今すぐにでも昇天しそうな勢いだ。
そんな中で、ふと遠くの高台に目を送るリリ。
「…………? 見てください、皆さん。あそこ……誰かいます」
全員がリリに続き、高台を見上げた。だが、確かに人影はあるものの、若干遠いのもあり人物の特定まではできない。
「勇者かなぁ……?」
ベゼルがつま先立ちしながら額に手を添えて眺める。
「いや。違うっぽいな」
アルフが声色を落とし、身構えたその時だった。
高台の人影は一瞬にして姿を消し、アルフたちの真上へと姿を現した。
「待ちわびたぞ。_____『アルフ』」
その人影_____全身を鎧に包んだ男は、手に持った剣を思い切り振り下ろしながら着地する。
「!! あぶねぇ!!」
アルフは咄嗟に重力の球体を展開させ、皆を安全な場所へと引き寄せた。
「うわっ!」
「きゃあ!」
「ひぇー!」
鎧の男により、大地は衝撃で僅かに振動する。仲間の全員は無傷_____それを見てホッとしたアルフは、男を睨みつけた。
「おい。テメー、何者だ。いきなりあぶねーじゃねーか!」
「…………」
「それに……なんで俺の名前知ってやがる」
質問にだんまりで答える男に対して、アルフは眉を尖らせる。そして男を睨んだまま、周囲に散らばる白い重力の球体を自分の背後へと遠隔操作で引き寄せた。
それは恐らくこれから始まるであろう闘いに備えた挙動……。
だが、仲間が闘うのを黙って見ているほど悪魔たちも薄情ではない。重力魔法により助けられたリリたちは、アルフの元へ駆け寄った。
「ともだち? アルフ」
張り詰めた雰囲気のなかで、ベゼルはおずおずとアルフに尋ねる。しかし、その返答は決まりきっていた。
「……いや。違う」
アルフは鎧の男に視線を向けたまま、一向に動こうとしない。
「外野は散れ。俺が用があるのは、アルフ。お前だけだ」
鎧の男は剣を斬り払い、鮮やかに構える。
「……悪いな。みんな、下がっててくれないか。どうやらコイツは、俺をご所望みたいだからな」
アルフの真剣な顔つきに、リリたちは半ば心配そうな顔を浮かべながらも従う。
だが_____そんな中でロゼもまた、リリたちとは違う『不安』を抱いていた。
「……アルフ?」
いつにないアルフの表情。いつもは楽観的な思考の彼が、見知らぬ相手と対峙しただけでこれ程真剣になるはずが無い。何より、その頬からは汗が滲み流れている。ロゼにとって、こんなアルフは初めてだった。
「_____……!」
何か違和感を感じたロゼは、鎧の男を見やる。
全身を鎧で覆ったその男の表情は伺い知ることなど出来ないが_____。ロゼはその時、『気づいた』。
アルフ同様に、その違和感の正体に_____。
「俺と闘え、アルフ。俺の方が強い事を思い知らせてやる」
一対一の構図が出来上がり、アルフと鎧の男は再び向かい合う。
「…………」
先ほどの沈黙が逆になったかのよう……。気づけば今度はアルフがだんまりを決め込んでいる。
しかし鎧の男はそれに構わず、跳躍してアルフに斬りかかった。
「!! くっ!」
寸前で我にかえり、左に避けるアルフ。
「どうした、何故避ける!」
アルフに対して、男は剣を振り続ける。
アルフはその剣撃をかろうじて避けつつ、遠い『なにか』を思い出していた。
「何だ、この……感じは……。こいつ……」
額を強く押さえ、アルフは記憶を辿る。
それは、決して『嫌な感じ』などではなかった。
それは……懐かしい記憶。
子供の頃の、いつかの思い出。
しかし、その『あと1歩』が思い出せない。
「俺はこいつを知っている……? 何処かで、会った……!?」
「どうしたアルフ! 逃げてばかりでは、俺は倒せないぞ!」
「違う……そんな筈は……」
アルフは知っていた。
鎧の男のその声を。言葉のニュアンスも、名前を呼ばれる暖かさも。
……なんで知っているかって?
当たり前だ。
だって……
_____「アルフ!」
『兄さん!』_____
だって彼は_____
「________っ!!」
アルフの胸の内に、『なにか』がこみ上げてくる。
全ての景色がスローモーションに見え____。そして彼は、迫り来る剣も構わずに、完全に動きを止めた。
「終わりだ……!!」
そして鎧の男の剣がアルフに襲いかかろうとした瞬間。
「待って! あなたは_____」
「!?」
男は、横から聞こえたロゼの声にピタリと剣を止めた。
そして男はロゼを見た途端、顔に手を当てて苦しみだす。
「うぁ、あ……!!」
同時に、男の顔を覆っていた鎧の仮面がパキリにヒビが入り、その素顔を露呈させた。
その顔は、どこか幼さの残る青年の顔。凛々しく整った顔立ちからは、何処かアルフの面影を感じさせるようだ。
「……さん。」
まぎれもなかった。
疑いようもなく。
彼の正体は、アルフの____。
「ロゼ……姉……さん」
青年は苦しみにもがきながら、二歩、三歩と後ずさる。
「ぐうぅぅ!!」
そしてその場にいることを耐え兼ねて、剣をしまい怒涛の速さで高台へと登っていくのだった。
「あ____! まって……!」
ロゼの引き止める声も虚しく____青年はその姿を消した。
そして……一帯に静寂が訪れる。
青年を退け、アルフは汗だくの顔を腕で拭った。
「違う……そんな筈はねぇ。だけど、アイツ、アイツは_____」
天界に踏み入れた瞬間訪れた、驚異の刺客……。
その正体は、アルフにとって、ロゼにとって。
あまりにも衝撃すぎる人物だった。
「____オリハ……!?」
アルフの弟、オリハ。
生まれつき身体が弱く、その病気により既にこの世を去ったと思われていた。
そんな彼が、何故生きていたのか_____。
それは、この先で明らかになることだろう。
54話でオリハという名前だけは出していたのですが……。印象が薄すぎた事に反省。




