92. 限界突破
「何を使うってぇ……!? 勇者ァァ……!」
ジンはレイドへと歩を進めながら、尖った牙を見せる。
『伝説の剣』の全ての能力を受け継いだ男____それが『ジン』。その無敵の如き実力は、全くもって計り知れない。
「ははははぁ!! 何をする気か知らねーが、無駄な事ぁやめるんだな! テメェじゃ勝てねぇよ、俺には!」
かすり傷程度しか付いていないその強靭な身体と、アドネーに与えられた獣の半身。二足歩行で君臨するライオンのような毛並みは、その実力を裏づけしているかのよう。
相対するのは、人間ではない。天使でも、悪魔でも。
だが、レイドは怯まない。
「……『炎剣』」
ボサボサの前髪を血で滴らせながら、剣を構えて前を見る。
「うおぉぉぉぉ!!」
その視線の先に映るジンに向けて、レイドは咆哮とともに足を走らせた。
「……は? テメェ、正気か……!?」
ジンは目を疑った。
レイドが手に持っているのは、炎剣フレアノックのみ。風剣ウィムのスピード抜きで、ジンに一騎打ちを挑んだのだ。
「おらぁぁあ!!」
突き出す剣は見事なまでの紅い色。今にも爆発しそうなその軌跡は、ジンの頬を紙一重で掠めていく。
だが、それだけだ。ジンには届かない。
「そのスピードで俺に敵うわけねぇだろうが!!」
ジンは叫び、爪の長さを通常に収める。そしてそのまま、レイドの腹に拳の重い一撃を浴びせた。
「がは……っ!!」
レイドは衝撃により僅かに後方に下がり、たまらずその場に膝を落とした。
「気でも狂ったのかァ、勇者……! ったく、見苦しいぜ」
関節を動かして指を鳴らすジン。最早つまらないものを見るように、レイドを見下ろした。
剣を突き立て、かろうじて倒れ込まないようにするレイドの息は、激しく上がっている。
だがレイドはそんな中で、彼の口元が微かに笑みを見せたのは……見間違いだろうか。
「……た……」
「あァ?」
「たまっ……たぜ。やっと……!」
レイドは呟きながら、膝を上げて立ち上がる。そしてその手に構えた剣は_____今までで最高の、灼熱のような炎を放っていた。
「『炎剣』、最大出力……!」
レイドが見出した、勝つための『可能性』。それは最大まで攻撃力を高めた、炎剣による一撃____。
しかしジンはそれを見て、半ば呆れながらに耳をほじった。
「……アホか。テメェの剣だけが強くなったわけじゃねぇぞ。闘えば闘うほどに俺も強くなる。今更そんなモン、話にならねぇよ」
「それは、どうかな……。お前はまだ、俺の力を完全に把握出来てないだろ?」
レイドは呼吸を整えながら、灼熱の剣を横に構える。
ジンはほじっていた指にフッと息を吹きかけ、レイドを睨んだ。
「だから何だってんだよ」
「やってみなきゃ、わかんねーって事だ」
大した自信_____。ジンはそう思った事だろう。それと同時に彼の表情に湧き上がるのは、「ハッタリかます事も出来ないくらい、徹底的に叩き潰してやる」とでも言いたげな、真っ黒な微笑み。
「……っは! んなら、おもしれぇ!!」
再度爪を鋭利に尖らせ、獣は牙をのぞかせた。
「見せてみろよ、テメェの最後の足掻きをよォ!!」
そのまま彼は力を込め、暗黒の瘴気をその身に宿す。
それはいわゆる一種の『溜め』_____。ジンは次の一撃で、確実にレイドを仕留めるつもりだ。
「知ってるぜェ!! フレアノック、最大出力は一振りしか持続出来ねぇ! その後は一番はじめのナマクラに元どおりだ!! つまり、テメェが『ソレ』を放つチャンスは一度だけだ! ひゃはは、しっかり当てろよ!?」
崩壊した宮殿で、獣の雄叫びがけたたましく鳴り響く。白で塗りつぶされた背景に映る邪悪な『それ』は、明らかに他の何よりも異質。目の前に立ちはだかる勇者という存在を完全に飲み込むため、『それ』は強く、地面を蹴った。
「ひゃははは!! まァ仮に_____当たったとしても、俺様に効くかどうかは分かんねェけどなぁ!!」
レイドの眼前に迫り来るジン_____。ただ真正面から炎剣を繰り出しても、恐らくは避けられてしまうだろう。風剣を持っていない今、スピードでは完全にジンの方が上だ。
確実に攻撃を当てるにはどう動くべきか_____。周囲には白い瓦礫以外何もない。そして両者が踏みしめる大地は、サルタンにより地割れ近い亀裂が所々に点在している。
レイドがこの状況を打開するためには、『地形』を利用するほかない。
真っ直ぐ見つめる視線の先はジン。
その意識は『足下』に_____。
「でりゃあああ!!」
レイドは迷いなく己の左足を大地の亀裂に差込み、思い切り蹴り上げる。
元より柔くなっていた地面だ。蹴り上げられた衝撃でそれは勢いよく剥がれ、『岩の壁』となってジンとレイドの間に立ち塞がった。
「っち!! 小癪なマネを……」
ジンは視界のほぼ全てを壁によって奪われる。レイドの姿も壁の向こう側だ。
だが彼にとって、それを破壊するのは全くもって容易いこと。まるで豆腐か魚ように、自身の爪を以て3枚、6枚、9枚へと斬り下ろしていく。
_____しかしその視線の先にレイドの姿はない。
「! いない!?」
ほんの一瞬の出来事だったはず。まだそう遠くへは行っていない、とジンは辺りを見回す。しかし、何処にもレイドの姿は見当たらない。
「こっちだ、ジィィィン!!」
刹那、反応が遅れるジン。レイドの声がしたのは、彼にとって予想外の位置_____。
「上かァ、勇者ァ!!」
顔を上げるとそこには____。
燃え滾る灼熱の剣を振り上げながら下降していくレイドの姿。逆光で若干の見にくさを感じつつも、しかしながらそれは、ジンにとって些細な問題に過ぎない。ジンは両の爪をレイドの前でクロスさせ、『防御』という形で迎え撃つ姿勢をとった。
「ひゃはは! 甘ェぜ、勇者ァ!!」
この一撃で全てが決まる_____。
炎剣の最大出力。その威力がどれほどのものなのか計り知れないが、ここで決まらなければ、倒さなければ、レイドに勝ちはない。
そしてレイドの剣が、ジンの爪にこれ以上ない威力でぶつかる。
レイドの最高の攻撃。
最大の剣撃。
激しく拡散する魔力が渦となり、周囲に唸る。
だが、ジンは。
「ひゃははは……」
ジンはそれすらも受け止めた。
「ひゃーーーはははァ!! 残念だったなァ、勇者ァー!!」
けたたましい獣の笑い声が響く。
最大最高の一撃は、今。
その威力を発揮することなく_____
「これでテメェの『切り札』は終わり_____っ!?」
「それは……どうかな!?」
_____否。
まだだ。
レイドの剣は、意志は、魂は。
まだ_____潰えてはいない。
ジンは目を疑った。
そこにあったものは____。
「なっ……!? 『フレアノック』じゃない!?」
見たこともない、近代的なデザインの剣。
それは、伝説の剣じゃない。
レイドの右手にある『炎剣』は、依然として灼熱の輝きを放ちながら上に掲げられている。
そしてジンの爪とぶつかり合ったその剣は。
レイドの左手に装備されたその剣は、間違いなくジンの意識の範疇外で存在していた。
「何だ、勇者! その剣はァ!?」
完全に一杯食わされた、そんな表情をジンはする。
「驚いたか? この剣は『レーディエイト・アブソーバー』。とある友人に造ってもらった、俺の一番大切な剣だ」
レイドは力を込めた。ありったけの力を、その左手に。
「ありとあらゆる魔法を吸収し、2倍返しで相手にぶつける能力! その意味が分かるか!?」
ぱき、と。
ジンの爪にヒビが入る。
そして、その頬に初めて、「汗」と呼ばれるものが伝う。
レーディエイト・アブソーバー。
それは吸収の剣。
魔法を吸収し、倍返しでお見舞いする剣。
対象となる「魔法」は……『伝説の剣』とて、例外ではない。
炎剣に込められた膨大な魔力は、『最大出力』と銘打って君臨している。
「ま……まさか……」
「うおおおおおーーーー!!」
レイドは振り上げた炎剣を、己の魂まで込める勢いで『吸収剣』にぶつけた。
瞬間。
はじけるように。
とどろくように。
『吸収剣』に吸収された炎剣の紅蓮の炎は、爆発的な規模で刀身に宿る。
「『炎剣』吸収!! 『限界突破』!!」
あり得ない輝き。
この世の全てを飲み込めそうな程の、煌めくマグマを宿した剣。レイドとジンの間に、それは存在している。
「…………バカな……!!」
焔に灼かれ、ジンの爪は形を消してゆく。
勝利を確信していた男の、一転して青ざめた表情。
決して、逃れられない一撃_____。今になってジンはようやく理解した。
これこそが、レイドが見出した『勝利の可能性』だったのだ。
「バカな! お前が持ってるのは『伝説の剣』だけじゃなかったのかァァ!?」
「んな事、誰も言ってねー! 喰らえ、ジン!! これが俺の、最強の技だぁぁぁ!!」
レイドはジンの身体を斬り裂いた。
その灼熱の剣で。
伝説の力を宿した剣で。
「ぐぁぁぁぁぁあ!!!」
身を焦がれたジンは、もはや立ち上がれなかった。
膝から地に着き、乾いた音と共に地面に倒れこむ。
「バカな……この俺が、最強の力を手に入れた、この俺が……」
「お前、言ったよな。人間界での隕石を止める時、どうやって止めるのかを」
レイドは両の剣が灼熱の力を出し尽くしたことを確認し、『シーカー』へとしまう。そして身体を動かすことも出来ないまでに疲弊したジンを見下ろして言った。
「俺は最初っから、人間界に被害を出すつもりなんて無かった。今の技で、隕石を消滅させるつもりだったんだ」
レイドは思い詰めた表情で、自分の右手を見つめて続ける。
「『力』ってのは、誰かに思い知らせるためだけにあるんじゃない。自分を認めてもらうためだけに使うもんでもない。……『大事なモンを守る』。そういう使い方だってあるんだよ」
「ウルセェ……! 俺ァまだ、闘える。俺の方が強いんだ、俺が最強_____」
ジンは立ち上がろうと腕を動かす。だが自身の思いに反して思うように動かせず、再び地面へとへたり込ませた。
「な……んで、うごかねぇ……?」
レイドは後ろを向き、背中で答えた。
「お前が『限界突破』に反射的に反撃した時、既にお前も『最大出力』になってたんだな」
最大出力状態で攻撃をした時、剣は只のナマクラに戻る_____。ジン自身が言った言葉だ。そしてそれに則ればジンもまた、強化前の一番はじめの段階に戻ってしまったのだろう。それゆえ、身体が限界を迎えているのだ。
「くそ……くそォ、ありえねぇ!! 俺が負けるはずは、そんな事は……!!」
ジンは口だけを動かしながら、その場を去って行くレイドを睨みつける。
「いいよ。またキズを癒したら、とことん闘り合おうぜ。そん時ゃまた、いつでも相手するからよ」
レイドはその場を立ち去り、サルタンの元へと足を動かした。
「クソ、クソがぁぁあ!! 待ちやがれ、勇者ァァ!!」
激闘の後には、1人。
獣の男の声が虚しく響いていた。




