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勇者魔王の日常冒険譚  作者: ゆーひら
【勇者探索編】
9/122

8. 勇者宅へ

 絶体絶命の状況。周囲は人間たちに囲まれ、逃げようにも逃げられない。

「そこのゾンビたち、動くなよ! 抵抗しないで大人しくするんだ!」

 闘技場のスタッフたちに声で抑制され、場内は緊迫する。いつの間にか場内全体がその異変に気付き、試合も中断されていた。

「さぁーっと、どうした事でしょうか! なんと観客の中にゾンビが混じっていたではありませんか! これは一体どういう事だーー!?」

 闘技場の真ん中では司会進行を務める男が試合そっちのけで実況を始める。まるでこちら側で新しい試合が起きているかのようだ。

「リリさん、どうするんすか? こいつらぶっ倒しますか?」

 ウル太郎が指をポキポキ鳴らし、目には闘争心をたぎらせていた。試合を観戦して体が(うず)いたのか知らないが、その策はあまりよろしくない。

「いえ、あまり大事にしてはいけません。ここは穏便に済ませるべきです」

 この状況でもリリは目的を忘れていなかった。『勇者を探す』……その目的の為に人間界まで来たのだ。下手に手をだして指名手配でもされたらかなわない。

 ……かと言って、この状況を打破する妙案が浮かんだわけでもない。その間にも周囲を取り囲む人間たちは増えていき、好奇心や恐怖の視線がリリたちにあてられていた。

「うわ、マジでゾンビだ気持ちわる」

「何であんな生物がこの世に存在するわけ……?」

「おい、スタッフ! 早くあいつらを捕まえろよ!」

「あのメイドのゾンビ可愛いな……ゾンビじゃなかったらなぁ……」

 鳴り止まない『ゾンビ帰れ』コール。ガラスのハートのゾン吉は勿論、ゾンビと勘違いされているリリとウル太郎まで悲しくなってくる。

「あっしなんて……あっしなんて所詮ゾンビですから……」

「クソ……これだから人間は……」

 全方位から容赦無く聞こえてくる『ゾンビ』の単語。しかしそれがリリを閃かせ、思わぬ突破口になる。

「ゾンビ……ゾンビ……そうです、ゾンビですよ……!」

「へ? リリさん、どうしたんですか?」

 リリは悪い笑みを浮かべ、人間たちに叫んだ。

「そうです! 私たちはゾンビですよ!」

 胸に手を当て、高らかに宣言する。

「そして私たちゾンビに噛まれた人間も、みーんなゾンビになっちゃうんですよーーっ!」

 半ばヤケクソにとれるその行動だが、リリにとっては大真面目だ。いや、現状を考えれば最も良い作戦かもしれない。

「う………」

 ついさっきまでゾンビをバカにしていた人間たちの顔は、みるみる真っ青になっていく。リリが一歩近づくと全員が肩をビクつかせて驚き、場内は大騒ぎになった。

「うわぁーーー!! 逃げろ、ゾンビにされるぞーー!!」

「キャーーーー!!」

 口々に恐怖の感情を表に出し、人間たちは我先にと逃げて行った。

「……どうです、見事なものでしょう?」

 リリは鼻を高くして2人を見る。機転を利かせたその行動は確かに大したものだった。

「……でもこれ、十分大事になりますよね…多分」

「う……でも、怪我人が出なかっただけいくらかマシですよ! ねっ、ゾン吉さん!」

「あっしなんて……あっしなんて……」

 リリは唯一の心の怪我人に声を掛け、仕切り直して親指を自分の下唇にあてる。

「でもこれからどうしましょう……正体がバレた以上、ここにもいられませんし……」

 暫くすれば、国の親衛隊か何かが駆けつけるだろう。そうなる前に闘技場を離れたいが、それでは勇者の手がかりが見つけられない。まさに八方塞がりだった。

「こうなっちまった以上、一度魔界に帰るしかないんじゃないですか?」

「そうですね……それしかないかも……」

「勇者の手がかりなら……ありやすぜ……」

「えっ?」

 少しばかり耳障りな、山賊の子分のような声。肩を落とすリリの言葉を遮り、ゾン吉がフラフラの足で立ち上がって答えた。

「ゾ、ゾン吉! 大丈夫か!? イヤ、それよりも今何て言った!?」

「勇者の手がかり、ほんとにあるんですか!?」

「ええ、ありやすよ。千里眼で居場所特定済みです。あー人間怖い」

 ゾン吉のいう事が本当なら問題が全て解決する。しかしリリは喜びの反面、疑問にも思った。

「本当ですか!? ……でもなんで急に勇者の居場所が?」

「それはですね……これですよ、これ」

 ゾン吉が手にとって見せたもの……それはまさに、予期せぬ出来事だった。

「これって……!」


__________


「ねぇママ、あの人たちわるい人だったの?」

 闘技場を出て、アルマとその母親は近くの市場を歩いていた。

「んー? そうね…悪い人たちには見えなかったけど……悪魔みたいだったからね」

「あくま?」

 母親と右手を繋いだまま、覗き込むように斜に見上げる。

「悪魔はね、魔界っていうところに住んでる、いろんな悪さをする人たちの事よ。だからもしもう一度会っても、話しかけたりしたらダメよ」

「はぁい」

 アルマは間延びした返事をする。ふと通りがかったクレープ屋さんの、甘い匂いがお腹の虫を起こす。でも家に帰ったらお昼ご飯。まだ少し時間はあるけれど、今日はみんなでご馳走を食べにいくから、アルマはぐっとガマンした。

「あら? アルマ、その帽子…」

 母親はふと、アルマの頭を見下ろす。被っていた麦藁帽子は、先程のゾンビが被っていたソフト帽になっていた。

「ママの麦藁帽子はどうしたの?」

 しゃがみ込み、アルマの背中や手を見る。しかし、どこにも麦藁帽子は見当たらなかった。アルマは無邪気に左手を上げて答える。

「んーとね、ぞんびにあげちゃった!」

「まぁ……!」

 アルマの母親は口に手を当て、暫くソフト帽を見つめていた。


__________


「いやーそれにしても、とんでもなくラッキーでしたね」

 ウル太郎が上機嫌で言う。帽子とコートを外していつもの格好に戻り、風を感じていた。

 今リリたちは上空にいる。___魔界タクシー『黒龍』___。電話一本で魔界の果てから人間界まで、距離に応じた料金で連れて行ってくれる、便利な商売屋。名前の通り『ドラゴン』……黒龍そのものが迎えに来て、背中に乗って優雅に空の旅が出来るため、魔界でも大人気である。

「それにしても……この麦藁帽子で勇者の居場所がわかったということは、あの親子も勇者の知り合いってことですよね」

 リリが麦藁帽子を持って、いろんな角度から見る。内側には、刺繍(ししゅう)のようなもので名前が書いてあった。

「えーと、『ロゼ』……? あの娘は確かアルマと呼ばれてましたから、母親の物でしょうか?」

 正座している膝の上に麦藁帽子を置き、小さくため息をつく。

「はぁ……確かに勇者の手がかり得られて良かったのですが、この帽子はいつ返せば良いのでしょうか……」

「まぁいいんじゃないですか、勇者にでも預ければ勝手に返してくれやすよ」

「それはそうかもしれませんが……」

『おーいゾン吉さんよぉ、この道はずーっと真っ直ぐでええのかい?』

 渋く貫禄のある声が下から聞こえる。黒龍の『ゲンさん』が、目的地の確認をしてきたのだ。

「あ、はい、ここは真っ直ぐでお願いしやす。すいやせんね、詳しい住所までは分からないものですから」

『気にするこたぁねぇよ。ワシも人間界に来たのは久しぶりじゃからなぁ』

 老黒龍と何気無い会話をし、一行は勇者の元へ向かって行く。その姿を、大地から見上げる男がいるのには気づかずに……。

「あれは……魔界の黒龍? バカな、何故こんなところに……!?」

「隊長、どうかしたのですか?」

 ただならぬその様子に、重い荷物を持った2人は顔を見合わせる。

「……お前たちは先にその荷物を行商人の所へ届けに行け。私は一度戻る」

「はっ! 了解しました! お気をつけて!」

「ウム。頼んだぞ」

 隊長と呼ばれた正装の男は来た道を戻り荒野へと走って行く。

「あの方角は……! まさか勇者め……!」


 様々な思いが交錯し、舞台は荒野へと移りゆく。そしてついにリリたちは『彼』、勇者と出会う………。

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