4.5 魔王様としょっぱいクレープ【番外編】
最近魔王様が出てないので、今回は番外編といった形で登場させてみました。なので本編とは一切関係ありません。4話と5話の間に起こったお話です。
ここは魔王城。魔界一大きな城で、魔王とその臣下たちが暮らしている城。今日も学校を終えた新米魔王のベゼルは、元気いっぱいで玄関のドアを開けた。
「ただいまー!」
「ベル様、お帰りなさいませ」
ベゼルの帰りを出迎えたのは、魔界の法律家『エリス』。魔界で起こる事件の弁護だけでなく、法律を作る事も担当しているエリート悪魔。真っ直ぐな黒のショートボブで凛々しい顔立ちの、いかにもエリートである。
「学校はいかがでしたか?」
自慢のインテリメガネの位置を手で修正し、ほんの少し笑みを浮かべた。
「うん! 今日も楽しかったよ!」
エリスに笑顔を返して靴を脱ぐと、ベゼルは何か探すように辺りを見回した。
「あれ? リリはいないの?」
「ええ、リリはウル太郎さんとゾン吉さんとお出掛けしていますよ」
「ええーっ、ウル太郎もいないのー?」
ベゼルは少しばかり気落ちし、小さな頬を膨らませた。
「お出掛けに行くなら僕も連れてって欲しかったのに……」
「ベル様は学校があるでしょう? それに宿題だってありますし、リリと遊んでる暇なんてありませんよ」
「もー、うるさいなエリスは」
ランドセルを背負って、さみしげに城内を歩いて行く。その背中を見ながら、依然口うるさくベゼルに声をかけた。
「うるさいも何も、当然の事です。そんな事では立派な魔王様になれませんよ」
「いいよ別に。僕は勇者になるんだから」
「そんな夢を見るよりも、偉大な魔王様目指してお勉強を……」
「さっきからうるさいってば!」
ベゼルが振り向いて、エリスに怒りをぶつけた。
「エリスと話しててもつまんない! いっつも勉強勉強って、うるさいよ!」
顔を真っ赤にして、大きな足音を立てて奥の部屋へと歩いて行く。
「あっ、ベル様……」
「ついてこないでっ」
ついてこようとするエリスを、声で抑制する。部屋のドアの前に立つと、エリスに舌を出した。
「口うるさいエリスなんて、嫌い!」
へそを曲げたまま、ベゼルは部屋に入ってしまった。
ドアが閉まってからもエリスは暫く呆然し、やがて突然、膝と両手を床につけ落胆し始めた。
____またやってしまった____いつもは口うるさいエリスだが、それも全てベゼルの将来を思っての事。しかし本心では、彼女もベゼルと一緒に遊んだりしたいのである。
「今日は邪魔なリリがいないから、ベル様と遊べると思ったのに……! 私の馬鹿……」
「何土下座してんの、エリスさん?」
その一部始終を観察し、けらけら笑いながら近づいてくる男の子。人を小馬鹿にするような少し高めのその声の持ち主を、エリスは知っていた。
「マ、マーシュ……」
「やぁ、エリスさん。」
手で挨拶しながら、マーシュはエリスを見下ろす。エリスはそそくさと立ち上がり、照れ隠しなのかメガネをくいくい上げてごまかす。
「土下座じゃないわよ。ち、ちょっとメガネを落としたから拾ってただけよ」
「ふーん、そうなんですか。」
マーシュは被っている三角帽子のツバをつまみ、エリスを横目で見ながら薄ら笑いをする。
「まぁ、遠くから全部見てたんですけどね。」
「ぬぬ……!」
エリスは聞こえないように軽く舌打ちした。
この子供、見習い魔法使いのマーシュは、気まぐれで面白い事が大好きな男の子。黙っていれば女の子のように可愛らしい顔立ちなのだが、口を開けばすぐ人を馬鹿にする為、エリスから言わせてみれば可愛くない。だが見習いではあるものの魔法の腕は中々のものであり、周囲の者からは一目置かれている。
そんなマーシュがこの場にいるという事は、何かよからぬ事でも企んでいるのだろうか。エリスは冷や汗を垂らし、警戒する。
「で、魔王様の事、どうするつもりなんですか? 一緒に遊びたいんでしょ?」
「えっ?」
しかし、予想外の言葉にエリスは素っ頓狂な声を出し、目を丸くした。
「……何ですか、その目は。」
対してマーシュは目を細めてエリスを怪しむ。
「いえ……あなたの口からまともな言葉が出るなんて、思ってなかったから……」
「あんた僕を何だと思ってんだ」
マーシュがやれやれという風に腕を組む。
「僕だってねぇ、困ってる人がいたら助けたりしますよ。」
「そうなの……いえ、助かるわ。ありがとう」
エリスが軽くお辞儀をする。敵となればウザい事この上ないマーシュだが、味方となれば非常に頼もしい。
「それで、どうしたらいいと思う? やっぱり謝った方がいいかしら」
「それは当然ですね。毎日録音テープのように勉強勉強言ってたせいで怒ったんですから、まずはそこを謝らないと。」
いちいち癪にさわる言い回しに軽く血管を浮き出させるエリスだが、今だけは我慢と自分に言い聞かせた。
「で……その後はどうするの?」
「それで許してもらえたら、公園に行って遊ぶんです。」
「公園? 別にお城の中で遊べばいいじゃない」
ベゼルが入って行ったのは、おもちゃ部屋。わざわざ外に行かなくても遊ぶ事は出来る。しかしそれではナンセンスと、マーシュは人差し指を振った。
「分かってませんね。この時間帯だと、公園にクレープ屋がやってくるんです。」
「クレープ屋?」
「そうです。これがどういう事か、エリートのあなたなら分かるでしょう?」
「クレープ屋……」
エリスは脳内で妄想を始めた。
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「ベル様、楽しいですかー?」
ブランコに乗ったベゼルの背中を優しく押すエリス。
「うん! すっごく高いよーっ!」
半円の弧を描きながら、ベゼルを乗せたブランコは揺れている。
「はーっ、楽しかった! でもお腹がすいちゃったよ」
「それでは、あそこのクレープ屋さんでクレープを食べましょう」
「うわーい! クレープ!」
「はいどうぞ、ベル様。クレープですよ」
「ありがとう! エリス!」
ベゼルはクレープを受け取り、満足そうな顔をした。
________
「………そして最後に魔王様はこう言うんです。」
マーシュは腕を組んだまま、目を閉じて映像を想像している。
「な、何て言うんですか!?」
息を荒げながらエリスはマーシュを急かす。マーシュはもったいぶるように少し間をあけて、やがてその目を開いた。
「『リリといるより、エリスといた方が楽しいや!』……ってね。」
「ふぉぉぉぉ……!!」
声にならない声を出し、エリスは真っ赤に染まった頬を手で抑えた。
「どうです? これ以上ない作戦でしょう?」
「素晴らしいわ、マーシュ! 天才よ!」
マーシュの作戦にエリスは大絶賛した。脳内に映像を再度思い浮かべ、胸が高鳴る。ベゼルのいるおもちゃ部屋を指差し、マーシュに言った。
「それじゃあ、早く行きましょう! おもちゃ部屋に!」
「はいはい、了解です。」
数歩先をスキップで行くエリスを見て、後頭部で手を組みながらマーシュは呟いた。
「エリートで馬鹿ってのも、新鮮だなー。」
_______
ドアをコンコン叩く音。1人寂しくおもちゃで遊んでいたベゼルは、音のするドアに話しかけた。
「だれ?」
ドアが静かに開き、入ってきたのはエリスとマーシュ。
「失礼します」
「やぁ、魔王様。1人で遊んでるの?」
マーシュがベゼルにタメ口で話しかけた。その辺りの理解はまだ子供なのか、彼は年上の者以外には決して敬語を使う事はない。それは魔王が相手でも例外ではなかった。
「あっ、マーシュだ」
ベゼルがマーシュに指差し、首を傾げる。
「今日は学校じゃないの?」
マーシュの通う魔界魔法中学校は、小学校よりも長い時間授業がある。本来この時間帯なら、まだ授業中の筈だが……。
「僕は成績がいいからね。ちょっとくらいサボっても問題ないのさ。」
肩をすくめて、マーシュが余裕の鼻息を吹く。
「そうなんだ、じゃあ遊ぼ!」
それを聞いたベゼルは立ち上がり、両手を広げて嬉しそうに笑った。
「うん、いいよ。でもその前に……」
マーシュが後ろのエリスに視線を向け、それを合図にエリスがマーシュの横に並ぶ。
「エリスさんが魔王様に謝りたいんだって。」
「エリスが?」
エリスは胸元のリボンに触りながら、緊張した面持ちで頭を下げた。
「ベル様……申し訳ありませんでした。毎日勉強だのうるさく言ってしまい……」
「うん、いいよ」
「本当に申し訳……って、え!?」
突然のお許しにエリスは顔を上げた。
「本当に、許してくれるのですか……?」
「うん、それよりも早く遊ぼうよ!」
どうやらベゼルの頭の中は遊ぶ事でいっぱいのようだ。そういった意味でも、エリスはマーシュに感謝した。
さて、話は変わって遊びの話。2人は互いの目を見て頷き合った。
_____ではこれから作戦を開始する。エリスさん、準備はいい?_____
_____ラジャ!_____
何故だか伝わるテレパシーの後、マーシュはベゼルに話しかける。
「じゃあ魔王様。公園に行かない?」
「公園?」
「ほらベル様。こんなにいい天気ですのに、外で遊ばないのは勿体無いですよ?」
エリスが窓を指し示す。空が赤く染まりつつあるものの、確かにいい天気だ。
「こんな日は、公園でブランコに限りますよ。」
「うーん……そうだね! ブランコ乗りたい!」
少し悩んだ後でOKを出したベゼルに隠れて、エリスはガッツポーズをした。
「やった!」
「どうかしたの、エリス?」
「いえ、何でもありませんよ」
エリスはメガネをくいくい上げてごまかす。そして一行は、作戦通りに公園へと向かって行った。
_______
「わぁーい、公園だー」
ベゼルは1番乗りで公園の芝生を踏みしめる。ブランコ、ジャングルジム、シーソー……たくさんの遊具がベゼルを待っていた。
ブランコに向かって走って行くベゼルを遠くに見ながら、マーシュはエリスに今一度説明した。
「いいですか? ブランコを思いっきりこいであげて、クレープ屋の屋台が来たらクレープ、ですからね。」
「ええ、分かってるわ」
エリスは力強く頷く。ここまでくればもう大丈夫だろう。あとは事の成り行きを見守ってクレープを奢ってもらえば、まぁまぁの暇つぶしにはなる。マーシュはそんな事を考えていた。
「じゃあ、行ってくるわ」
「ええ、お気をつけて。」
エリスはベゼルの所へ歩いて行った。
「ふーっ、やれやれ。それにしても……」
マーシュは手頃な岩に腰掛け、ボソッと呟く。
「リリさんも皆も、魔王様の事甘やかしすぎなんじゃないかなー……」
マーシュは悲しげに空を見上げた。
「ベル様、私が背中を押してあげますよ」
「うん!」
ベゼルは、地面を蹴ってブランコをこぎだした。ブランコが描く弧は次第に大きくなり、いよいよエリスの立つ場所に届き始める。その頃マーシュもやってきた。
「おおー、やってますねー……」
マーシュはベゼルの背中を押すエリスを見た途端、コケた。
「えい、えい!」
エリスは迫り来るベゼルの背中を優しく抑えながら、そのまま勢いを殺して前に送り出しているのだ。
「どうですか、ベル様。楽しいですかー?」
「うーん……あんまり」
「ええっ!?」
「何やってんですか、あんたは!!」
服に着いた芝生を手で払い、マーシュが叫んだ。
「思いっきりこぐ、って言ったじゃないですか!」
「い、いやでも、思いっきりこいでブランコが永遠に回転したままになったらと思うと……」
「どこの拷問道具ですか! ありえませんよ、そんなの! ちょっと考えれば分かるでしょ!」
しかしここでエリスは新たな可能性を探り出していた。
「それにほら、もし勢い余ってブランコから身を乗り出したベル様が怪鳥にさらわれて偶然落ちて来た隕石に当たったりでもしたら……!」
彼女のあくまでも真剣な訴えに、マーシュはオーバーリアクションで返した。
「もっとありえないよ!!」
両手で顔を覆い仰け反ったかと思うと、勢いよく背中を曲げて手を前に出す。
「何手先まで読んでるんですか! プロの棋士ですかあなたは!」
ツッコミ疲れて息を切らしたマーシュがエリスを避難させ、ベゼルに近づく。
「いいですか!? こうやってやるんですよ!」
マーシュが手を前にかざすと、ブランコ一帯に風が吹き始めた。それは徐々に強さを増し、ベゼルを乗せたブランコは自然に動き出す。
「わぁ、すごい! こがなくても勝手に動くよっ!」
「まだまだ、こんなもんじゃないですよ!」
今度は手を上にかざすと、空から隕石やら雷やらがブランコを紙一重でよけるように降り注いできた。
「うひゃーっ、凄い、楽しいー!」
「ベル様! 大丈夫ですか!?」
エリスが心配するが、ベゼルには何一つとして怪我はなかった。
「大丈夫ですよ。風以外、全部幻ですから。」
スリルと迫力満点のブランコに、ベゼルは大満足だ。
「今のすっごく楽しかった! マーシュ、もう一回もう一回!」
「え、もう一回?」
つい手助けをしてしまったマーシュだが、これ以上作戦からそれるとマズイと思い、無理矢理軌道を修正した。
「い、いやーそれよりも、何だか魔法を使ったらお腹がすいちゃったなぁー。ねぇ、エリスさん?」
「え? そ、そうね、確かにお腹がすいたわ。」
2人のお腹がすいたとなると、それに便乗するようにベゼルもお腹を押さえて俯いた。
「魔王様もお腹がすいたのかい?」
「うん、お腹すいた。何かないかなぁ」
「それなら、丁度あそこにクレープ屋さんがありますよ」
「クレープ屋さん!? ほんとだ!!」
タイミングよくクレープ屋がやって来て、2人は安心する。ベゼルは屋台に釘付けだ。
「ベル様、私がクレープを買って来て差し上げますよ」
「わーい! クレープクレープ!!」
「それじゃあエリスさんお願いします、クレープ3つ。」
「え、3つ……そうね、分かったわ」
ちゃっかりマーシュの分まで奢るハメになったが、これまでのお礼だと割り切り、クレープ屋へと向かって行った。
「良かったね、魔王様。クレープ食べられるよ。」
「えへへー、バナナがたくさん入ってるやつがいいなー」
「おまたせしました」
案外早くエリスが戻ってきた。その手には、3つのクレープが握られている。
「おっ、早かったですね。ありがとうございます。」
マーシュは受け取ったクレープの中身を確認し、固まった。
「どうぞ。はい、ベル様も」
「ありがとー。何味のクレープ?」
「ほうれん草クレープです」
エリスがニッコリと答えた。あろうことか彼女は数あるクレープの中で、惣菜クレープを迷いもせず買ってきたのだ。
「どうですか、ベル様。美味しいですかー?」
「うーん……あんまり」
「ええっ!?」
「何やってんですか、あんたは!!」
ついさっき見たやり取りをもう一度繰り返し、マーシュはダメ出しした。
「おやつなんですから、甘い果物が入ってるクレープ買って来るに決まってるでしょう!」
「でも、栄養のバランスを考えないと……」
「クレープに栄養も何もないですよ! 晩ご飯じゃないんだから!」
あーもう、と三角帽子の上から頭を掻き、ベゼルのクレープに何かの魔法をかけた。
「はい魔王様、そのクレープもう一回食べてみて。」
「? ……うん」
恐る恐るベゼルがクレープを食べると、口の中に甘いバナナの味が広がってゆく。
「わぁ! ほうれん草がバナナの味になってる!」
ベゼルは驚いて、マーシュを見上げた。
「今魔王様が食べたのはバナナ味。ここはイチゴで、こっちはブドウ味だよ。」
「ほんとだ!! すごーい!」
次々と味が変わる魔法のクレープに、ベゼルは夢中でかぶりついた。
「ほら、魔王様くらいの年頃なら果物満載のクレープの方が好きなんですから。…もちろん僕も。」
エリスに軽く説教し、面目ないと言う風にエリスは気を落とした。
「…申し訳ありません、ベル様。ベル様のご期待に添えられずに……」
頭を下げるエリスに、ベゼルは笑顔を見せた。
「ううん、今日は楽しかったよ! ありがとうエリス!」
「ベル様……」
その一言でエリスは救われた気がした。マーシュに相談して良かったと、そう思った。何にせよ、今日一日でベゼルとの距離が近くなった気がした、そんなエリスであった。
「マーシュもありがとう!」
「どういたしまして。」
するとベゼルはマーシュに抱きついた。
「マーシュ、明日も遊ぼ!」
「え?」
突然の言葉にマーシュは呆然とする。いや、1番呆然としていたのはエリスだった。
「いや、ほら、エリスさんとは遊ばないの……?」
「マーシュと遊びたい! ブランコもう一回やってほしいし!」
「………!!」
その一言はエリスのハートを破壊するのには十分だった。膝から崩れ落ちたエリスは石の様に固まり、暫く動く事はなかった。
「えっと、これはフォローできないな……。何かすみません、エリスさん……」
「…………」
手を繋いで2人が城に帰って行った後、エリスは地に膝をつけたまま手に持ったクレープを一口かじった。それは今までで1番、しょっぱい味がしたそうだ……。
次回は本編の続きを描こうと思います。つーか、各話での話の長さが毎回違くて酷いな……。




