81. 聖剣の秘密
「……よし、勝った……!」
天使兵長フォーレンを打ち倒し、レイドはガッツポーズをとる。
王都の存続、ひいては人間界の存続をかけた勇者対天使兵の闘い。
1000にも及ぶ天使たちの軍団は、レイドによって打ちのめされた。
「嘘だろ……!? フォーレン隊長が負けるなんて……」
「あれが『勇者』の力かよ……。冗談じゃないぞ……!」
かろうじて残されている天使兵は散り散りになりながらも、レイドによって返り討ちにあった事を実感する。
そして、事態はそれだけにとどまらなかった。
「お、おい。今連絡が入ったんだが……ドライ様もどうやら、人間にやられたらしい」
「な……!?」
天使兵の1人が所持していた連絡用小型機械……その機械に、さらなる報せが入ったのだ。
それは、天使兵長ドライ率いる別動隊の敗戦の報せ_____。
同じ頃、ハイガーがドライを退けたのだが、その事など彼らには分かるはずもなく。
最早天使兵たちは、言葉も出せずに立ち尽くすほかなかった。
「おーい、お前ら」
そんな彼らに追い打ちをかけるように、レイドがあっけらかんと声を上げる。
天使兵たちはビクリと肩を震わせてレイドを見やる。
レイドがその手に持っているのは、天使長フォーレン。その姿はまるで首根っこを掴まれた猫のように、見るからにグッタリしていた。
「コイツ返すよ。気失ってるみたいだからさー」
レイドはひょいっとフォーレンを高く放り、一番近くの天使兵へとパスをする。天使兵はやや慌てながらもしっかりとフォーレンをキャッチし、それを見届けてからレイドは続けた。
「……そんで帰って伝えろ、アイツに。『首洗って待ってろ、アホ神様』ってよ」
「…………!!」
天使兵たちは戦慄する。
レイドは本気だった。
本気でこの世界の創造神、アドネーを相手にするつもりなのだ。
それは彼の目自信が告げていた。
誰も疑う者はいなかった。
そして、それを否定できる者もまた……この場には1人もいなかった。
「……て、撤退だ……! そしてアドネー様に報告を……」
戦意をとうに失った天使兵の残党は、誰か1人のその号令と共に空の彼方へと消えていく。
空には依然として青空が広がり、吹き通る風が束の間の平和を告げるかのよう。
「……やれやれ、取り敢えずはひと段落だな」
レイドはふう、と息を吐き、『シーカー』の中へと剣をしまう。
「おーい、レイド!」
後方から聞こえるのは、アルフの声。隣にはベゼルもいる。レイドは振り返り、屋根から飛び降りて中央広場にいる彼らの元へと着地した。
「アルフ、ベゼル。何とか終わったぜ」
激闘を終えた筈なのに、ケロっと疲れを知らぬ様子で2人に駆け寄るレイド。そんなレイドを、アルフはヘラヘラ笑いながら迎え入れた。
「ああ。流石だな、『勇者様』は」
「……なんだよ、その言い方は」
少々バツが悪そうに、レイドは口をごもらせる。
だが、アルフの反応も当たり前だろう。
あれだけ人間に偏見を持っていたレイドが、人間界を守ったのだから。
「ゆうしゃーーー!!」
「ぐわ、危ねぇってベゼル」
レイドの右脚に抱きつくベゼル。どうやらレイドの凄まじい闘いに大興奮のようだ。
「すごいよ、ゆうしゃ! あんなにたっくさんいた悪い人たちを、ぜーんぶ追い払っちゃうんだもん!」
「ん、まーな。言ったろ、任せとけって」
「うん!」
レイドはベゼルの頭をくしゃくしゃと撫でる。そうして2人の仲間と無事を分かち合ったところで、彼は『彼ら』の存在に目を向けた。
「勇者……」
王都の住人たち_____。レイドたち3人と距離を隔て、ざわつきながら畏怖の目を向ける彼ら。
「勇者がなんで俺たちを助けたんだ……?」
「わかんない……でも……」
「ああ……やっぱり、とんでもない強さだ。軽く1000人はいたぞ、あの得体の知れない軍隊」
「それを1人でやっつけるなんて……」
「やっぱり怖いよ、『勇者』……」
ひそひそとレイドたちに辛うじて届くほどの声で、非難する彼ら。レイドが人間界を救ったこと……それに対する感謝は、そこから感じられない。
「…………」
レイドは口を閉じ、ふいと視線を逸らす。アルフも溜息をつき、やれやれと額に手を当て顔を振った。
「はぁ、やっぱ無駄か。今更人間の理解を得ようとしても……」
「いや。それは違うぞ、アルフよ」
アルフの言葉を遮り、住人の列を割って現れた人物……。
そこには、アドネーに身体を乗っ取られていたこの国の王、そして行方不明になっていた兵士のうちの3人の姿があった。
「国王様……! 意識戻ったんだな!」
アルフは驚き、国王の無事に感激した。
「うむ、全てお主たちのおかげじゃ。そして……」
国王はチラ、と住民たちに目線を向ける。
「国王様だ! 国王様がいらしたぞ!」
「本当だ、国王様だ! これでもう安心だ!」
「国王様! この恐ろしい勇者を、どうかこの街の……いや、国外へ追放してください! 平和の為に!」
住民たちの歓喜の声。そして、『勇者の追放』……その言葉を聞いた時、国王は深い自責の念を感じたかのように上を向いた。
「……ふう。もとはと言えば、全ては私の所為、じゃな」
そして、小さくそう呟いたあと。
国王はレイドに近づき、後ろの兵士共々……地に頭をつけて土下座をした。
「!! ちょ……」
アルフは……いや、レイド、その場にいる全員は驚愕する。
一国の王による土下座。その相手が、国民より忌み嫌われている勇者レイド。その光景は、国のどんな大事件よりも一大事な事に違いない。
「勇者よ……。こんな事で許してもらえるなどとは露ほども思っておらんが……それでも!」
国王は土下座をしながら続ける。
「すまなかった……!! 罪のないお主を、3年間追いやってしまったこと……。本当にすまなかった!」
これより分かりやすいものはない。
回りくどくもなく、只々『謝罪』……。しかし、国王がそれを行う事にこそ、意味が伴う。
そして何より。形だけではない。
国王のその言葉には、込められていた。
確実な誠意が、心よりの謝罪の感情が。
それは、確かにレイドに伝わっていた。
「国王……」
レイドは思わず、口を開く。
何か思うところがあったのだろう。一歩、その足を動かそうとしたその時だった。
「国王様! 何言ってんですか、そいつは悪ですよ!」
前方から聞こえたその声に、レイドは足をピタリと止める。
声は、はっと目覚めたかのように、後から後から続いてゆく。
「そうだそうだ! それに罪がないって……『不可解な事件』を起こしているのが勇者だって、国王様が仰ったじゃないですか!」
「そんな奴のために国王様が土下座する必要なんかないですよ! 今すぐやめてください、国王様!」
まるで雨のように降り注ぐ、レイドに対する罵声の数々。
フォーレンの槍技と、どっちが痛いだろう?
彼は勇者だ。
痛いのなんか、へっちゃらだ。
_____でもそれは、痛みに強いわけじゃない。
心が強いわけじゃない。
人間は弱い生き物だ。そんなことは分かっている。
だからこそ、彼は逃げ込んだ。
暗い雨の奥に。どしゃ降りの中に。
溶け込んでいる方が楽だった。逃げている方が、すうっとした。
『人間は俺を恐れてんだ!』
『俺は強すぎるからな。魔王を倒した勇者なんだから』
『俺は_____』
だけど。彼の中に残っている『何か』が、何処かで屋根を求めている。
必死に光を探している。
『俺は_____……』
もう、逃げるのは終わり。
立ち止まるのは終わり。
『勇者!』
『勇者さん!』
『勇者』
『レイド!』
『レイドさん……』
『……ゆうしゃ!』____
「…………」
光は、すぐそこに……。
雨が止むのは、すぐそこまで______……。
王都の住人たちの、レイドへの非難の声。
「そうです、国王様! そして勇者を追放_____」
土下座する国王の姿を見てか、分からない。
たが、小さく。
「……でも、凄かった」
ポツリと呟かれた誰かの言葉に、場の熱気は一瞬にして静まった。
それは、20代程の女性の声。
友達と一緒に中心街に来ていたのか、その隣の女性も同調して口を開く。
「ねー。隕石降ってきたりして怖かったけど……でも、今私たちがこうやって生きてるのって……勇者のおかげだよね」
それは、紛れもなくレイドへの感謝の声。
その声は確かに混じっていた。
非難の声の中に、僅かながらも。
そしてそれを皮切りに、今まで聞いたこともなかった言葉がどんどんと聞こえてくる。
「あぁ。俺、スカッとしたよ。闘技場で見たどんな試合よりも迫力があった!」
「地面からデカイ腕が生えてきたのにはたまげたなぁ。あの時はさすがにもうダメかと思ったよ」
「結局、助かったんだよな? 俺たち。勇者のおかげで」
やがてレイドを称賛する声は、非難する声をかき消すほどに大きくなる。
レイドはそれを、信じられないとでもいうような驚きの表情で、只々見つめていた。
「ハイガーの言った通りじゃ。お主はまた……この世界を救ってくれた」
国王が立ち上がり、振り向いて住民たちを見やる。
「皆の者。確かにこの青年はとんでもなく強い力を持っておる。それは時として……恐ろしく見えるかもしれん。じゃが、この者はその力を悪しきことに使ったりはせん。皆も本当は気づいているはずじゃ。何故ならこの者は……」
そこで言葉を切り、一拍置く。そしてありったけの感謝を、3年前のあの気持ちを込めて、続けた。
「……この者は2度もこの世界を救ってくれた、『勇者』なのじゃから」
「…………」
静寂が訪れる。
住民はそれぞれの顔を見合わせ、やがて誰か1人が声を上げた。
「ありがとう、勇者。」
言葉は別の人間へとバトンタッチし、繋がれていく。
「……ありがとう! 王都を救ってくれて!」
「カッコよかったよー、勇者!」
「やっぱスゲーじゃんか、お前ーー!」
「おおおおお! ありがとー!! 勇者ー!!」
鳴り止まなかった。
その光景は、3年前。レイドが魔王を倒した時と同じ。
2度世界をレイドに救われ、彼らもようやく目が覚めた事だろう。
「…………」
レイドはポカンと口を開けて、彼らの感謝を身に浴びる。
突然の事で実感できてないようで、しかしその分、隣でアルフが泣きながら喜んでいた。
「良かった……。やっとレイドの疑いが晴れてよぉ……」
それを見て、レイドはやっと我にかえる。
「な、なんでお前が泣いてんだよ、アルフ」
「だってよお……」
アルフは涙を腕で拭い、国王に視線を向けた。
「……で、どうすんだレイド。国王様が自ら謝ってんだぞ?」
「……ああ」
レイドの目の前に映るのは、喜ぶ王都の人間の姿と、壊れた街並み。
街はまた直せばいい。みんなで力を合わせれば、何度だって甦る。
レイドは彼らの姿を見て思い出した。3年前の気持ちを。
決して見返りが欲しかったわけではない。
見たかったのだ、人々が一丸に喜ぶこの景色を。
「そうだな……もう、いいよ。もう……」
満たされた彼の心に、今望むものは何もなかった。
「ゆうしゃ……」
ベゼルもレイドを見上げる。
住民たちを見て微かに微笑むレイドを見て、ベゼルも微笑んだ。
「んで、これからどうするんだ? アドネーのとこに殴り込みに行こうにも、どうにも居場所がわかんねーし」
人間界の襲撃事件はひと段落し、アルフは次なる問題を提示する。
今回の事件を仕組んだ首謀者である、創造神アドネー。
彼の目的は、人間界を破壊する事。
それを阻止するためにも、レイドたちはアドネーを倒さなければならない。
「そうだな……。あの天使兵、アドネーの場所を聞き出してから返せばよかったな……」
天使兵フォーレン……。
彼ならば、アドネーの居場所を知っていただろう。
それだけに彼を天界に帰してしまった事に、僅かながらレイドは後悔する。
もっとも、フォーレンからアドネーの居場所を聞き出そうとした所で、それが容易く叶うとも思わないが。
「あ……そういえば」
レイドは考えにふけりながら、とある事をおもいだした。
「ん、どした?」
「アドネーと王宮で闘った時、大魔王が言ってたんだ。『ゼットカリバーだけはアドネーに奪われるなよ』って」
王宮での一件。
確かにあの時、サルタンは消える前に言っていた。
突然の事で深くは知りえなかったものの、あの時のサルタンの言葉には、何か核心に迫ったような言い方を含んでいた。
まるで、ゼットカリバーに重大な手がかりでもあるかのように……。
「大魔王が……? 一体どういう意味だ……?」
アルフが首を傾げる。
「わかんねぇ。けど、あいつは知ってんだ。俺たちの知らない『なにか』を」
レイドはそう言って、『シーカー』からゼットカリバーを取り出す。
「ゼットカリバー……この剣がどうしたって_____」
この剣に何かがあるはず。
その正体は未知であるが、鞘に収まったままのその剣を掲げ_____。
その時だった。
『バカタレがーー!! 何故ワシを使わんのだ、貴様はーーっ!!!』
突然聞こえた誰かの声。
レイドはその声にいきなり罵倒される。
「……_____っ……!??」
どこから聞こえたのか、その声の主が誰なのか。
レイドは突然の出来事に圧倒され、言葉を失う。
「…………え?」
そして思い返し、レイドは目を擦って剣を凝視した。
そう。
今の声は紛れもなく、ゼットカリバーから聞こえた声だった____。




