69. 天界、襲来⑦
気付けば、彼はいつも救けられていた。
魔界に連れられた時。霧の森で遭難した時。
ハイガーとの決戦の時。
彼の心は、ただひたすらに、純真で無垢な心を持ったその少年に救われ続けてきたのだ。
長らく忘れていた、『人と関わる事』。『喜びを分かち合う事』。そして……大切なものを『守り抜く』事。
それら全てを思い出させてくれたのが、その少年だった。
この出会いが_____彼を今回も、暗闇から救い出す何よりの、たったひとつの手段だったのだ_____。
「ゆうしゃーーーーー!!」
「ベ……ゼ……ル……?」
ベゼルの声に、レイドは微かに反応する。
自分の背にベゼルとアルフを乗せ、猛スピードで王宮からやって来たウル太郎。一番近くの民家の屋根に飛び乗り、足を止めて二人を降ろした。
「ゆう、しゃ……?」
心配するベゼルの目に映ったのは、迫り来る球体と、黒い瘴気に全身を包まれ、苦しみにもがくレイドの姿。
両手で顔を覆ったその隙間から伺える獣の様な眼光が、ベゼルの顔を強張らせた。
「な、なんだァ!? 勇者の周りに気持ちわりー黒いモンがうじゃうじゃいやがる!」
「レイド……」
ウル太郎とアルフも、レイドの異変に目を疑う。
レイドを覆う黒い瘴気は少しずつその体積を増しながら、レイドの顔部分以外を完全に覆い尽くした。
異様な光景だった。
その異常事態を、全員が肌で感じ取っていた。
「みん、な……。ダメだ、早く……逃げろ……!」
レイドが、その全てを埋め尽くされる前にそう訴えた時……。
「ぐ……うおお、おおおおあああ!!!」
叫び声と共に黒い瘴気はドクンと脈を打ち、弾けるようにしてレイドから離れ、一瞬にして消え去った。
一瞬ののち、静寂が訪れる。
瘴気から解放されたレイドは息を激しく切らしながら、ベゼルたちのいる民家の屋根へと降り立ち、ぐったりしてその場にへたり込んだ。
「だ、大丈夫!? 勇者!!」
ベゼルが駆け寄り、身を案じる。
「ぜぇ、ぜぇ……。あぁ……」
その目に映るのは、疲れてはいるものの、いつもと同じレイドの姿。
先程垣間見えた獣のような眼光も消え去っており、ベゼルはひとまず安心をした。
「なんだ、結構やベー雰囲気かと思ったけど、大丈夫みたいだな」
ウル太郎は腰に手を当て、レイドを見下ろす。
だがレイドは、深刻な表情を浮かべ、ウル太郎の言葉を否定した。
「イヤ……、すまねぇ。それがそうでもないみたいだ
」
「は……?」
気になるのは、黒い瘴気の行方。
レイドを覆い尽くした時、それは確かに『人の形』を成していた。
そして、その瘴気が弾けた時。
ただひとり、アルフは見逃さなかった。
遥か上空で弾けた瘴気が集まり、再び形を形成していたところを。
そして、今。その瘴気は_____。
「ちっ……。何だよ、折角もう少しでそいつの身体乗っ取れると思ったのによぉ」
レイドたちを見下ろしながら、意志を持って君臨した。
「!?」
ドスの効いた低い声に、その場にいた全員が反応する。
声の主____全身を黒い瘴気に覆われ、獣のような鋭い眼光を持ったその男は、顔を手で抑えながら一転して高らかに笑い出した。
「がぁーっはっはっはぁ!! やっと出てこれたぜぇー!!」
けたたましい笑い声が一帯に響く。
そこに在るのは、先程までの瘴気ではない。
邪悪な意志を持ち合わせた、ひとつの個体だった。
「ぐ……。お前は、一体……?」
レイドが、ひどく憔悴しきった様子で瘴気の男に問いを投げる。
「あーー? 何眠い事言ってやがる。俺様が一体いようが二体いようが、カンケーねーだろ」
しかし男は、耳をほじくりながらレイドの質問をさらりと流し、上方の球体を見上げた。
「それよりもよぉ。暑ぃな、ここ」
そう呟いたかと思うと、次の瞬間_____。
「っはぁ!!!」
臆することなく球体へと突撃していく男。
そして、その勢いのまま獄炎の中へとズボリと侵入し_____、球体を構成する中心の『核』を貫き、一瞬によって破壊した。
「な……!!」
「あの球体を1撃で……!?」
「…………!」
驚愕するアルフ、ウル太郎、レイド。
瘴気の男により、図らずも球体は破壊されたが_____しかし、それにより事態は最悪の方向へ向かっていった。
「!! 球体の欠片が!!」
アルフは叫び、屋根から住宅街を見下ろす。
男によって破壊された球体は、その形を無数の隕石の欠片に変えて、次々に王都へと降り注ぎ始めたのだ。
広場に集まっていた王都の住民たちは、驚異的なスピードで迫り来る欠片から逃れようと、目の色を変えて八方へ散らばっていく。
「うわああああ!!」
「きゃあああーー!」
「たっ、助けてくれぇぇ!!」
そんな助けを呼ぶ声も虚しく、球体の欠片は人々を襲い、民家を炎に染めていく。
一瞬にして王都は、火の海になる一歩前の状況にまで作り変えられてしまった_____。
そんな中、幸いにもレイドたちがいる民家は、球体に一番近い場所に位置するため被害を受けにくいようで、欠片の魔の手から逃れている状況にある。
しかし、だからと言って、この悪夢のような状況に思うところがない彼らではない。
「てっ……テメェ! なんてことしやがる! このままじゃ、民衆が……!!」
逃げ惑う民衆に指を向け、瘴気の男を睨みつけるレイド。
だがそれに対し、男は悪どく口角をつり上げ、見透かすようにレイドの顔を遠目から覗き込む。
「ハッ! 善人ぶるなよ。お前もああやって壊すつもりだったんだろ?」
「な……!」
男は獣のような眼を見開き、核心の言葉をレイドに告げた。
「わかってんだろ? 『俺』は、『お前』だ。」
「………………!!」
絶句するレイド。それと同時に、アルフとウル太郎も驚きの声を上げる。
「アイツが、レイド……!?」
「どういうことだよ、勇者なら今そこにいるじゃねーか!」
「ボケが。俺様は、勇者の人間共を憎む『黒い感情』から生み出されたんだよ。いわば、俺様と勇者は一心同体なワケだ」
そう言って男は舌を出し、
「ま……今はもう違うがな」
奇妙に笑いながら一言付け加えた。
「ゆうしゃ……」
ベゼルは、空に浮かぶ黒い男とレイドを交互に見やる。しかし、そんなベゼルの心配も耳に入らず、レイドは地に膝をついて男を見上げていた。
「俺が……お前を……」
「ちっ、本当は身体を乗っ取って『勇者』になってやろうかと思ってたのによ。だが……まあいい」
男は悪どい笑みを浮かべながら、レイドに言い放った。
「ここで勇者を殺して、俺が新しい『勇者』になってやるよ」




