66. 天界、襲来④
「こ、壊すって……!! あの巨大な球体をですか!?」
リリは思わず目を丸くした。
空から迫り来る隕石のように巨大な赤い球体……。それをレイドは破壊すると言ってのけたからだ。
「おう」
自信ありげに頷くレイド。しかし、それは余りにも現実離れしている。
「それは……流石に無理じゃないかしら? 『アレ』、この王都全域を丸ごと呑み込むほどの大きさなのよ?」
「え……そんなデカいのか? アレ……」
エリスの言葉にレイドは一転して、覗き込むように額に手を当てて球体を眺める。続けて、リリもエリスに賛同した。
「そうですよ! だからまずは、ベル様を探さないと……」
「そんなにのんびりしている時間はないと思いますよ」
それに対して、冷静に言葉を返すのはロゼだ。
「え……ロゼさん?」
リリは振り向いて、ロゼに視線を向ける。ロゼはふいと空を見上げて続けた。
「見てください。あの球体……少しずつ速さを増して近づいてきています」
「え……?」
促されて球体を見ると、案の定。視界のほとんどが、赤く迫り来るそれに埋め尽くされていた。
「本当だわ……! さっきよりも随分速い……!」
普段落ち着いているかキレているかのエリスだが、これには流石に驚きを隠せない様子。たらりと、頰に汗を流した。
「このまま速さを増していけば、王都に墜落するまで……10分もかからないでしょう」
しかしロゼはこんな状況でも焦りを見せず、球体が落ちる時間を分析する。その推測時間は僅か『10分』……。現在地が王都の端っこに位置することもあって、避難するだけならばギリギリ間に合う時間ではあるが、余りにも唐突すぎるタイムリミットだ。
「そんな……! これでは、ベル様を探していたら間に合わないですよ……!」
「そうです。ですから、破壊する以外に方法はありません。……ねえ、レイド?」
取り乱すリリを横目に、ロゼは先程のレイドの提案を再び持ち出した。
「ん……そうだな。やるしかねぇか」
レイドも準備運動をしながら軽く答える。その光景は何とも信じ難いものだった。
「正気ですか……!? あんなの、破壊出来るわけがありませんよ! それに、失敗したら死んでしまいますよ!?」
いくらレイドが『勇者』で、絶対の自信を持っているとはいえ、今回は相手が悪すぎる。
だが、そんな中でロゼはクスリと笑った。
「大丈夫ですよ。レイドなら」
「え……?」
「私はレイドを信じています。だって……『仲間』なのですから」
リリは、ロゼのその言葉に嘘偽りなど何ひとつ感じなかった。その笑った顔が、安心しきった表情が、それを何よりも物語っていた。
「______仲間……」
「……へ、相変わらずうるせーんだよ。お前も、アルフも」
準備運動を終えたレイドが、そっぽを向きながらロゼに返す。
「それはお互いさまよ」
ロゼはそう言って、口を尖らせた。
リリたちに対しては丁寧な言葉遣いのロゼだが、レイドと話す時は多少声のトーンも下がり、砕けた口調になるようだ。
「……んじゃ、行ってくる。『風剣』!」
レイドはロゼとのそんなやり取りを懐かしむかのように笑ったかと思うと、『シーカー』から『風剣ウィム』を取り出し、天を仰いだ。
「うおらああああ!!」
叫びながら、ウィムの飛行能力で赤い球体目掛けて一直線に飛んでいくレイド。大きさで比較するならば、一匹の蟻が像に闘いを挑むようなもの。無茶で無謀な突撃だが、蟻はただの蟻ではない。万に一つの可能性かもしれないが、或いはもしかしたら______。
「アルフさんと……ロゼさん……」
その姿を不安気に見届けたリリは、やがてロゼに向き直って問いかけた。
「そうでしたか……貴女が、3年前レイドさんと冒険を共にした、最後の1人なんですね」
ロゼは目を閉じ、隠すでもなく答える。
「ええ、その通りです。レイドとアルフと、私。それはもう、いろんなところを訪れました」
目を閉じながら、彼女は微笑む。
まるで、瞼の裏にそれまでの大冒険の思い出が映っているかのように。
「ずっと見てきたからわかります。『レイドがいれば大丈夫』だと。だってレイドは_____『勇者』ですから」
そうして開いた瞳に映るのは、一点の曇りもない『信頼の証』。
レイドなら大丈夫。
理屈も説得力もあったものではないが、不思議とその言葉を聞く度に、リリも心の不安が安らいでいくのを感じていた。
「……レイドさん。どうか、無事でいてください……」
祈るリリをチラリと見たエリスは、話を変えてこれからの目的を切り出す。
「じゃあ、どうしましょうか。勇者を信じて、ここで待つ?」
「いえ、それとこれとは別です。一刻も早く避難しましょう」
エリスの言葉に、ロゼは迷いなく言い放った。
「わ……割り切ってるのね、そこは……」
「ええ。私たちが避難していなければ、レイドも集中出来ないでしょうから」
そうして入り組んだ路地裏の行き先を指差し、リリたちに告げる。
「さあ、こっちです。ここを通れば、すぐに王都の外に出られますよ」
球体が王都を呑み込むタイムリミットまで、残り______8分。
リリ、エリス、ロゼ、アルマの4人は、再び王都の脱出を図るべく足を動かした。
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ところ変わって、王宮サイド。
途中でレイドと入れ違ったベゼルたちと、アルフ、ハイガー、国王の3人は、状況を把握する為に現状の整理をしていた。
「それにしても人間界へ帰って早々、こんな事態になるなんてな……」
「なんとかして止めねーと、街全部焼けちまうぞ」
アルフの言葉に、ウル太郎はあっけらかんと答える。
彼にとって、正直なところ人間界がどうなろうが知ったこっちゃない様子。唯一守るべき存在であるベゼルも隣に身を置いているのも相まって、ぶっちゃけ他人事モード全開である。
アホ面で鼻くそをほじくるウル太郎に怒りマークをひとつ浮かべながらも、アルフはハイガーに問いかけた。
「ハイガーさん。ユミナさんとタークは今王都にいないのか?」
ハイガーはコクリと頷く。
「今日はいつも通り、ユミナもタークも家にいるはずだ。間違っても王都に来ているということはない」
「あー、そういえば、ハイガーさんの家は王都からかなり外れた森の中だったっけか。あそこなら被害も出なさそうだし、安全圏か」
「うむ。だが、やはり被害を最小限に抑えるには……」
赤い空を見上げるハイガー。アルフもそれに同調する。
「ああ。あの球体を消す以外にないみたいだな」
が、ここでアルフは『ある異変』に気がつく。
「…………ん? あれ……」
徐々に球体が王都に接近するスピードを速めている事は薄々感じてはいたが、それとは違った別の異変。球体目掛けて、下方から何かが急接近しているではないか。目を凝らし、その正体が何なのか気付いた瞬間、アルフは声を上げて叫んだ。
「!? おい、あれレイドじゃねーか!?」
言われて全員、バッと同じ方向を注視する。
そして2秒で確信。
あれは間違いなくレイドだと。
「んげ……ホントだ! 何やってんだァ!? 球体目指しちゃって……」
ウル太郎が慌てて、鼻に突っ込んだ指を引き抜く。
「まさか……勇者の奴、アレを破壊する気か!?」
ハイガーも頰に汗を垂らす。しかし、球体に向かっていくという事は、そういう事なのだろう。
「なっ!! 1人でか!? そりゃ流石に無理だろ!」
ウル太郎がそう返すが、違った反応を見せる者が1人。
「はっははは、アイツ、やっぱり相変わらずだなぁ」
アルフは呑気にも、レイドを指差したままケラケラと笑っていた。
「笑ってる場合かよ!? このままだと……」
「ウル太郎!」
ウル太郎は言葉の途中で、名前を呼ばれて遮られる。だが、ここにいるメンバーで自分の名を呼ぶ者は1人しかいない。
「はい! って、ベル様。どしたんスか?」
ウル太郎を呼んだのはベゼル。
ベゼルは子供ながらに深刻な表情で、突然に信じられない事を言い出すのだった。
「おねがい、ウル太郎! 僕を勇者のところへ連れてって!」




