48. ハイガー再び⑥
_____バカな……、そんな筈はない……!
私の最強の技なのだぞ……! それをこの男は……!
おのれ、おのれ勇者……! 貴様は一体どこまで……!!____
魔界上空。
自身の最強の技『ハイドラ』がぶん殴られ、うろたえるハイガー。レイドはハイドラを殴って負傷した右手をポキポキと鳴らし、ハイガーに鋭い目つきを向けた。
「ハイガー。魔界はな、思ったよりも悪い所じゃねぇ。それがわかんねぇようなら、お前に勝ち目はねぇよ」
レイドがこれまで見てきた魔界の風景。それは彼にとって、とても居心地のいいものだった。普段は決して相容れぬ2人だが、この時だけはハイガーにもそれを解ってもらいたい……そういう思いが、レイドにあったのかもしれない。
「黙れ……! 堕ちた貴様の言葉など、誰が耳を貸すものか!」
だが、やはりその思いはハイガーに伝わるはずもなかった。
「ハイドラァァァァ!!!」
ハイガーの号令でハイドラは再び目に執念の火を灯し、唸り声を上げる。
『ギシャァァァ!!』
それは、ハイドラという風の塊が発する、とてつもない轟音である。だがしかし、確かに一つの生物としてそこに在るかのようにも感じさせる。
ハイガーという男の、レイドに対する執念……。それがまるで、ハイドラにも宿っているかのように……。
唸り声を上げたハイドラは、自身の身体を幾つも切り離し分離させ、無数の部位へと変貌を遂げた。
「なに……」
その光景を眺めるレイドに、ハイガーはギラリと眼を光らせる。
「どうだ!! いくら貴様でも、これだけの数を相手に避けきれまい!! それとも全て倒してみせるか!? 一つ一つが超スピードで動くこのハイドラを!!」
ハイガーが手をレイドに向けて振ると、ハイドラの部品たちが一斉にレイドに襲いかかりはじめた。
「フハハハハ!! 今度こそ終わりだ、勇者!!」
レイドの周囲を覆い囲むように、迫り来るハイドラ。
逃げ場はどこにもない。
待っているのは、全身をズタズタに引き裂かれる未来だけ。どれだけの恐怖が訪れることだろう。
だがレイドは____静かに、その剣を目の前に構えた。
「……確かに避けきるのはムリだな。それなら……」
レイドが剣を振るう。先程ハイドラに弾き返されたその剣先は、閃光のような速さで対象を貫き____
「…………!!」
「全部『消す』までだ」
もとの風へと、その姿を消滅させた。
「貴様、今、なにを……? ハイドラが、消え……」
ハイガーは絶句したのち、目の前の光景を疑った。
高密度の風の集合体であるハイドラが、幾らその一部分だけになったとして、消滅するだなんて事はあり得ない。
一体なにが起こったのか______全ては、レイドの口が物語った。
「風剣ウィムは、風を操る剣。だがな、もう一つだけ能力がある」
剣を1度斬り払い、また元の状態へと構えると、ゆっくりと言葉を続ける。
「『真空を創り出す』……それがこの剣に隠されたもう一つの能力。真空の中で風は起きねぇ。終わりだ……ハイガー」
ハイガーにとって、全く予想外の能力_____そう、彼の風魔法は、もうレイドに届くことはない。
「バカな……バカな!」
喚くハイガーを横目に、レイドは自身の周囲を飛び交っているハイドラの部品を一つ残らず消し尽くす。
「はぁぁぁぁーーー!!」
そして、レイドはハイガーに突進し、その剣を彼に振るった。
「ぐぁぁぁぁ!!!」
ハイガーが悲痛の叫びを上げる。
風剣ウィムの前では、風魔法など無力……。
だがしかし、ハイガーの眼はまだ_____諦めてはいなかった。
「!!」
剣を振るったレイドのその右手。
ハイガーは、その腕をこれまでにない力で掴んだのだ。
「まだ、だ……! まだ終わらぬ!」
不敵な笑みを浮かべるハイガー。彼にはまだ、策があった。
「貴様は全てのハイドラの身体を消滅させた気でいるが……残念だったな! まだ残っているぞ……念のために、ひとつ遠くへ待機させておいた最後の右腕がなぁ!!」
その声とともに、ハイガーの正面、レイドの背後から迫り来るハイドラの右腕。しかしレイドはハイガーに掴まれ、避けることが出来ない。
「ククク……さぁ、食らうがいい! そして、人間界を滅ぼそうとした事を後悔しろぉぉ!!」
満身創痍の一撃。おそらくこれが、ハイガーの最後の攻撃だろう。
そして、ハイドラの右腕がレイドに当たる寸前_____
「知ってたよ、そんな事は!!」
レイドは見越していた。
だからこそ、出来たのだ。
迫り来るハイドラの腕を、振り向かずにキャッチする事が_____。
「……な……」
レイドは少しだけ俯き、思いつめた表情をする。しかしハイガーには、その顔を伺い知ることが出来ない。
そして静かに、その口を開いた。
「ハイガー。お前は凄ぇ奴だよ。いくら怒りに身を任せても次の一手を最後まで用意する用心深い奴だ。……人間界の為にここまでする心意気も見習いてぇ。それでもな」
レイドは決意する。
その顔を勢いよく上げると、静かに語っていた言葉を荒げ、ハイガーに叫んだ。
「俺にもあるんだよ、譲れねぇモンが! 俺はもう一度……その為に闘ってやる! 邪魔したって構わねぇ! 俺だって、負けるわけにいくかぁぁぁぁ!!!」
最後の一撃_____。
ハイドラの右腕____手に掴んだソレを、レイドはハイガーにぶち当てた。
「ぐ、おぉおぉぉぉぉあぁあ!!」
「っ……!!」
ハイガーの叫び。
風の衝撃波が互いを襲う。
レイドもダメージを受けながら、ハイドラを押し当てたまま超速で地上へ急降下していった。
凄まじい衝撃、薄れゆく意識の中、ハイガーは思う。
_____おのれ……! 何故だ、何故勝てぬのだ……!
譲れぬものとは何だ……!? 国の為、世界の為に闘う事か……!?
いや、違う……そうではない……
私は一体……なんのために闘って_____
__________
『とーちゃん!』
_____なんだ、これは……そこにいるのは、ターク……?_____
気が付けばそこは、何処とも知らぬ場所。
いや、そうではない。
知っている。ここは、人間界のあの場所だ。
『どうした、ターク。まだ魔界に行きたいとせがむのか?』
_____タークと、私、か……?
……そうだ。これは魔界へ行く前の……_____
そう。
これは、ハイガーが魔界へ訪れる前日の記憶。
息子タークと、会話をしている記憶。
何故だか彼は今、その記憶を思い出していた。
『ううん。とーちゃん、勇者と闘うんでしょ?』
『ああ、そうだ』
『そっか……』
少し俯き、悲しそうな顔を見せるターク。
ハイガーは、そんなタークの頭を撫でた。
『……心配するな、ターク。今度こそ父さんは負けないぞ。タークが考えた最強の技で、勇者を必ず倒してみせるからな』
『……うん』
『……? どうした? 不安なのか?』
『とーちゃん……勇者って、ほんとに悪い奴なのかなぁ?』
タークの不安。それは、レイドについてだった。
アルフと仲のいいタークだからこそ、不安に思うことなのかもしれない。
『なんだ、そんなことか。そうだぞ、勇者は悪い奴だ。人間を裏切り、魔界へ寝返った許せん存在だ。だから父さんが倒しに行くんだぞ。この世界の人々が安心して暮らしていけるようにな』
だが、タークは本当は解っていた。
何故、父親がレイドと闘うのか。その本当の理由を……。
『うん……そっか! じゃあとーちゃんが勝つんだよね!』
『ああ、そうだ。だからタークは安心して待っていなさい』
『うん! ……とーちゃん!』
立ち去ろうとするハイガーを、タークは呼び止める。
そして、次にその口から出る言葉_____
『……絶対勝ってね! とーちゃんは、世界でいっちばん強いんだから!』
_____それこそが、彼が闘う理由だった_____。
__________
「おいおい、どこいったんだよあいつらは」
ところ変わって。
レイドたちの激闘の最中、魔王城に取り残されたウル太郎たち。
もちろんウル太郎は自分が闘いに混ぜてもらえなかった事もあって、ふてくされながら上空を見上げていた。
「ったく……俺も闘いたかったぜチクショー」
ウル太郎たちが座っているのは、魔王城入り口付近。
ピクニックシートを張った上に、みんなでお弁当やらお菓子やらを食べている。完全に遠足気分だ。
「まあまあ、ウル太郎さん。そう膨れずに……」
リリがティーカップを手に持ちながら、ウル太郎をなだめる。普段はよく暴れまわるウル太郎だが、何故だかサルタンとリリの言うことだけは素直に聞くのである。
「ていうか、さっきからあっちでサル様と話してる人間は誰すか?」
ウル太郎がふと、少し離れた場所にいるサルタンと『彼』に視線を向ける。どうやら、ここに来て初めてその存在に気がついたようだ。
「あ、えっと……あの方はアルフさんといって、レイドさんの昔の仲間だそうです」
「! 勇者の……!? なるほど、後でケンカ売って……」
驚いたのち、ニヤリと笑うウル太郎。何を考えているのかは丸分かりだ。
「……ウル太郎さん」
リリが目を細めながら静かにウル太郎を睨んだ。
「っと、いやぁ、なんでもないっす! ははは……」
「まったく……」
リリが呆れながらに言葉を吐く。そうした所で、上空から激しい轟音が聞こえ……。
「あ! みなさん、アレを見てください!」
リリの声にみんなが上を見上げる。その後、すぐに言葉を放ったのはゾン吉だった。
「勇者さん……と、ヒゲの人!? 凄いスピードで落ちてきてやすよ!」
「うおおおおおお!!」
「ぐあああああ!!」
ハイドラの右腕をハイガーに押し当てたまま、下降していく2人。それは勢いを増しながら、魔界の大地へ激突した。
周囲に衝撃が走り、やがて静かになる。大地は一転して砕け、その中心にいるのは……レイドとハイガーだ。
「はあっ、はあっ、……」
息を切らしながら、ボロボロの右腕を見つめるレイド。いつの間にかハイドラの右腕は消え去ってしまっていた。
ハイガーはというと_____凄まじい衝撃で地面に叩きつけられたはしたが、彼もそんなヤワな鍛え方はしていない。死んではいない筈だ。
だが意識は飛び、暫く動けはしないだろう。
今回も_____彼は、敗北したのだ。
「やった! やりました! レイドさんの勝ちですよ!」
入り口付近から、みんなの歓声が飛び交う。
だが今回は、いつもと様子が違った。
こんな時、真っ先に喜ぶ人物が、何故だかそうではなかったからである。
「? ベル様? どうかしたのですか?」
ただまっすぐ、遠くのレイドを見るベゼル。
憧れの勇者の勝利に、彼は歓喜しなかった。
「うん……なんだか、勇者……」
リリの問いかけに目の向きを変えず、少しだけ不安そうに口を開くベゼル。
こんなことは初めてだった。
そして、この決闘は思わぬ展開へと導かれる事となる。
「あ……みんな、見て! あのヒゲの人、まだ……」
マーシュがそう言ってハイガーを指差す。
ハイガーはあれだけの大ダメージを受けて尚、立ち上がったのだ。
しかしもう、限界だということは誰が見ても明らかである。これ以上は_____
その姿を見て、ベゼルは即座に走り出す。
一目散に、その方向へと。
それは、誰にも止められなかった。
「ベル様!?」
リリの声も、ベゼルには聞こえていなかった。
「……まだ立つのかよ、ハイガー」
息を切らしながら、フラフラと立ち上がるハイガーと対峙するレイド。
「……あ、当たり前だ……! 私は、貴様を連れ戻しに、来た……! こんな所で、寝ている訳にいかぬ……!」
ハイガーは最早、言葉もおぼつかない。
レイドも大概のダメージだが、ハイガーに比べたらかわいいものだった。
だが、ハイガーはそれでもまだ、諦めていなかった。
「さぁ……剣を、構えろ、勇者……! まだ……終わりでは、ないぞ……」
血を流しながら、ガクガクと剣を構えるハイガー。
「ハイガー……。もう止めろ、お前じゃ俺には……」
レイドもこれには目をつぶった。
しかし、すぐに思い直し、ゆっくりと目を開ける。
「いや、知ってるさ。お前がそういう奴だって事は……」
レイドも、静かに剣を構えた。
ハイガーとレイドは互いにいがみ合ってきたが、長い付き合いだ。それこそライバルとでも言えるであろう。
それ故に、レイドは剣を構えたのだ。
この男が、これしきの事で引く男ではないという事を解っているから。
「……それでお前の気がすむってんなら、やってやる。手加減……出来ねぇからな」
残念そうな表情。
申し訳なさそうな表情。
悲しそうな表情。
今レイドは、自分がどんな表情をしているのか分からないでいた。
だが、ただひとつ言えることは……
「……それでこそ、貴様だ。私の、倒すべき相手……」
ハイガーが、どこか笑ったような_____そんな気がした……。
「行くぞ……勇者……」
「…………」
レイドに剣を振るうハイガー。
レイドはそれを容易く受け止め、弾く。
「…………!」
手から離れたその剣は、回転しながら宙を舞い、やがて地面へと鋭く突き刺さった。
ハイガーを守るものは……もう何もない。
「これで最後だ……! ハイガ……」
正真正銘、最後の一振り。
レイドとハイガーの因縁も、これで終わる。
そう思えた_____
しかし、そうはならなかった。
レイドが剣を振り下ろそうとした瞬間、そこに割って入ったのは_____
「ゆうしゃーーーーー!!」
ベゼルだった。両手を広げ、ハイガーを庇うようにレイドの前にベゼルが立ちはだかった。
「な、ベゼル……っ!? お前、どうしてここに……」
レイドは剣を止める。
ベゼルは、悲しそうな顔でレイドを見上げていた。
「ダメだよ、勇者! そんなことしないで!!」




