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勇者魔王の日常冒険譚  作者: ゆーひら
【人間界と魔界編】
51/122

47. ハイガー再び⑤

_______________


「とーちゃん! 魔界に行くの!?」


 1人の少年が、父親と思しき人物に尋ねる。


「ターク。お前、それを何処で聞いた?」

 少年の名前はターク。父親はハイガー。

 どうやらこれは、ハイガーの最近の記憶のようだ。2人の会話からして、およそ1ヶ月前の記憶だと思われる。


「兵士のにーちゃんが教えてくれたんだよ! ずるいぜ、とーちゃん! 俺も一緒につれてってくれよ!」

 タークは、父ハイガーに憧れる10歳の少年だ。そして、父親が魔界へ行くと知って行儀よく留守番していられる程大人ではない。それはハイガーもよく知っていた。

 だがハイガーからすれば、実の息子を何処ともわからぬ危険な地に連れて行くわけにはいかない。


「駄目だ。お前は大人しく待っていなさい」

 ハイガーはタークに目を合わせず、突き放すような言葉を浴びせる。しかし、タークも引き下がらなかった。

「えーっ、いやだよそんなの! 俺だってとーちゃんの息子だい! たくさん訓練して強くなりたいんだ!」

「なら尚更だ。ついこの間、ノラ犬に追いかけ回されて泣きベソかいていたのはどこの誰だったかな?」

 ハイガーの切り返しに口ごもるターク。

「うぐ……。あんなの、次来たら絶対に倒してやるさ! あの時よりも強くなったもん、だから俺も魔界につれてってよ!」

 頑として聞き入れないこの性格は、間違いなく親譲りだろう。

 だが、言っている事はまだまだ子供。ハイガーは小さくため息をつき、タークを見た。


「やれやれ。その調子では、お前は何も変わっていないな」


「え……?」


 ハイガーは、片膝をつきタークの頭にポンと手を置く。


「いいか、ターク。『強くなる』とは、何かを成し遂げる事。『強さ』とは、誰かに認められる事だ。だが、努力なくしてそれらは得られん。『魔界に行きたい』にしろ『ノラ犬を倒す』にしろ、口ではどうとでも言える。肝心なのは、その為にお前が『何をしたか』という事なんだぞ」


 ハイガーの言葉に黙って聞き入るタークは、やがて自分を指差し呟いた。

「俺が……?」


 ハイガーは深く頷き、続ける。

「そうだ。父さんが人間界(ここ)を留守にする間、ユミナを……母さんを守ってあげなさい。それはお前にしか出来ないことだ」

「…………」

 タークは、余程ハイガーを尊敬しているのだろう。彼の言葉にしっかりと耳と目を傾けているのが、その証拠だった。


「父さんはお前の『強さ』を誰よりも知っている。だから、母さんの事は任せたぞ」

 やがて、タークも強く頷いた。

「……俺にしか、できない……。……うん、わかった! 任せてとーちゃん、母さんは俺が守るよ!」

 その返事にハイガーは優しく微笑み、タークの頭を撫でた。

「そうか。頼りにしているぞ」

 タークもニッと歯を見せて笑う。

「うん! ……あ、そうだ。とーちゃんの技の名前、新しいの考えたんだ!」

 そしてふと思い出したように、そんな事を言い出した。

「本当か。ふふ、助かるな。丁度新しく編み出した技の名前をタークに考えてもらおうと思っていた所だ」

 ハイガーは普段、自分の技をタークに名付けてもらっている。今回も例によって考えてあるようだ。

「へへ、知ってるよー。あのカッチョいい竜の奴だろー?」

「良く知っているな。国王様に見つかってはいかんから、離れた場所で編み出したのだが」

 というのも、この一ヶ月間、ハイガーは国王に『傷を癒すのに専念』するように言われていたのである。だがしかし来たるべき勇者との再戦に備え、身体が(うず)くのも事実。その為、王国から少し離れた森で魔法の特訓をこっそりとしていたのだが……、その光景が派手すぎて王国から丸見えだった、とは今まで誰も言えなかったようだ。


「まあねー。で、聞きたい? 技の名前!」

 タークもその事実には触れず、両腕を後頭部に組んで答えた。

「ふふ、そうだな。またいつものように『ハイガー○○』といった名前か?」

 いつもは威厳のある顔つきで構えている彼も、息子の前では父親らしい顔つきに変わるようで。

「あったりまえじゃん! 自分の名前が入ってる技が一番カッチョいいんだからさ! その名も『ハイガードラゴン』! どうこれ!?」

 だが、嬉々として声を上げるタークに、率直な感想を述べる。

「……なんというか、そのままだな……」

「あーっ! なんだよその反応! 一生懸命考えたのにー!」

 思い描いていたのと違う反応をされ、むすっと口を尖らせるターク。

「おお、すまんすまん。そうだな、たしかにいい名前だ」

 しかし、多少慌てながら弁解するハイガーを見て、はっと閃いた。

「んー、あっ! ちょっと待って! そんならやっぱし、これならどう? 『ハイガードラゴン』をちょっと縮めて______」


_______________



「くらうが良い、勇者! 私の最高傑作、『滅旋風竜(ハイドラ)』!!」

 時は戻り、魔界上空。

 ハイガーの作り出した風の竜『ハイドラ』が、レイドに向かって牙をむく。

「うおおおお!!」

 猛スピードで突進してきたそれを、レイドは紙一重でかわす。

 が。しかし、そう簡単にいくものではない。ハイガーは目を光らせ、鋭い声を上げた。

「甘いわ! そう簡単にこの技が防げると思うなよ!!」

 その声に呼応するかのように、ハイドラは方向転換し再びレイドの眼前に立ちはだかる。

「!? ちっ!」

 レイドに再度迫り来るハイドラ。さすがの彼も、避けきれないと悟り剣で受ける。だが、思った以上にハイドラの威力は強烈。ジリジリと押されていく。

「く、そ……! 凄ぇ力だ……!」

 凄まじい轟音を上げながら、確実にレイドを飲み込まんとするハイドラ。だが、ここでレイドは機転を利かせた。

「なめんなぁっ!!」

 ハイドラに押し切られる、ほんの一瞬のタイミングで自ら剣を引き、上体を逸らして受け流したのだ。

 ハイドラの勢いは止まらず、レイドの上空スレスレを列車のように通過していく。すかさずレイドは、その土手っ腹に剣の一撃を浴びせた。が……

「っ!? な……」

 元が風でできているハイドラには全くダメージを与えられない。それどころか、その高密度の風に剣が弾き返されてしまう。


「マジかよ……!!」

「無駄なことだ! いくら『伝説の剣』であろうが、『ハイドラ』に傷をつける事など出来はせん!!」

 ハイガーがそう言うと共に、レイドの下に潜り込んだハイドラの突撃がモロに直撃する。

「ぐあぁぁっ!!」

 ハイドラはそのままハイガーの元へと舞い戻り、彼の周りを纏うようにして圧を放つ。

「終わりだ、勇者……!」

 ハイガーはレイドを睨みつけ、剣を横に構える。


「安心しろ、殺しはせん……。貴様を人間界へと連れ戻した後の処理は、国王様がお決めになるからな」

 その言葉に、レイドは息を切らしながら反応した。

「こ、国王だと……? そうか、アルフの言ってた『命令』っつうのは……」

「そうだ。勇者、貴様を連れ帰る事。強大な力を持った貴様が魔界の者たちに寝返ったとなれば、人間界に被害が及びかねんからな」

 確かにレイドが魔界側についたとなれば、魔界は大きな戦力アップだ。逆に言えば、人間界は大幅な戦力ダウンである。もし今の状態で人間界が攻め入られたとしたら、勝ち目はないと言ってもいいだろう。



 だが____それは『もしも』の話。



「……が、決めんなよ……」



 もう分かっているはずだ。この魔界がどういう世界で、どんな悪魔たちが存在するのかを。



「……?」

 耳を傾けるハイガーに、レイドは続ける。

「魔界の奴らが……俺が、人間界に被害を……? 何にも知らねぇテメーが、勝手に決めんじゃねぇ……」


 ハイドラによってダメージを負いながらも、レイドは尚も喋り続ける。


 たった少しの間ではあるが、彼がこの魔界で過ごした時間。触れ合った人々。その暖かな思い出が、人間界での3年間の苦痛を和らげてくれた。

 それを否定されるのが_____彼には堪らなかった。


「ハイガー……テメーは魔界に来て何とも思わなかったのか……? 空が青かったり、太陽で照らされてたりよ……この景色を見て、まだそう思ってんのか……?」


「…………」

 ハイガーは、無表情のままチラリと景色を見下ろし、口を開く。

「確かに……そうだな。『魔界』というからには、もっと禍々しいものを想像していたが……で、『それ』がどうした?」


 ハイガーが鋭い眼光をレイドに戻す。すると彼もまた、景色を見渡していた。

「はは、いい景色だよな。ほんとによ、ベゼルたちにも見せてやりたいぜ」

 ハイドラの一撃を受けて尚、苦しげのない表情。それどころか少々嬉しげなその顔がハイガーの癪にさわった。


「貴様……気でも狂ったか? よかろう、すぐにラクにしてやる」


 そう言ってハイガーは大人しくさせていたハイドラをレイドに向かって放つ。

 これが直撃すれば、おそらくレイドもタダでは済まない。そうなれば今度こそハイガーの勝利だろう。


 だが、そうはならなかった。


 何処にそんな力があるのか分からない。


 しかし目の前の光景を信じないわけにもいかない。


 ほんの一瞬の出来事。


 気づけばレイドは、時速100キロをゆうに超えるであろうハイドラの突撃を、片手で受け止めていた。


「…………!!」


 ハイガーは絶句する。

 無理もない。彼の最高最強の技、『切り札』が、あんなにも容易く止められてしまったのだから。




「とあるオオカミが俺に言った。『魔界はいいところ』だと」


 レイドはそう言いながら、ハイドラを止める手を強める。


「とあるメイドはこう言った。『ケンカをするな』と」


 ハイドラは『風』そのもの。触れるもの全てを傷つける。だが、そんな事も今のレイドにはお構いなしだ。レイドの力の前になす術もなく、そこに意思があるかのように、ハイドラは悲鳴を上げていた。


「んで、どっかの大魔王は俺に会うなり、いきなり茶を勧めてきたっけなァ」


 レイドは語る。魔界の思い出を、自分の存在を確かめるように。


「さらにそいつの息子は、魔王のクセに勇者に憧れる、とんだ変わり者でよ。『ようこそ魔界へ!』なんて俺を歓迎してくれた。笑っちまうよな」




 レイドは魔界へ来て思い出したのだ。


 自分が勇者であることを。


 ……『居ていいのだ』ということを_____。




「バカな……!! ハイドラが……」

 ハイガーはただ、目の前の光景を信じられないでいた。今正気を保っているのは、レイドただひとり。


「人間界の為? 成し遂げる事? 国王(うえ)から命令された事に疑いを持たねぇその忠誠心は見上げたモンだぜ。だがな、ハイガー!!」

 徐々に言葉に怒気を混ぜ、受け止めていたハイドラの脳天一部を握りつぶす。握りつぶしたその部分は、穏やかな風となって散ってゆく。

自分(てめえ)が本当に眺めたい景色くらいは自分(てめえ)で選びやがれぇ!!」

 その言葉と共に、レイドは握りつぶした拳でハイドラをぶん殴った。


「貴様……一体どこにそんな力が……」

 ここでハイガーは我に返る。

 汗を流すハイガーと、本気になったレイド。

「まだ終わりじゃねぇ。俺の……この剣の全力を見せてやる」

 果たして勝利は一体、どちらの手に_____!?

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