35. 勇者とそれらにまつわる話③
今回ちょっと暗い感じになってしまいましたが、次回のお話は明るいものを予定しています。
魔王城にある一室。
そこは沢山の書物が丁寧に本棚に敷き詰められた、いわゆる「図書室」という部屋だ。
だがしかし本に興味を持つという悪魔がごく少数しかいないため、利用する者は少ない。それ故に、基本的にこの部屋では「お静かに」というのが暗黙のルールである。
その部屋に今いるのが、この2人。レイドとリリだ。
「悪かったな、呼び出したりして」
「いえいえ。大丈夫ですよ」
大魔王がレイドの部屋を去ってから、およそ2時間後の現在。
「もうすぐ皆さんの昼食を用意する時間になりますので、あまり長くは居られませんが……」
時刻は昼飯時。この時間は、リリを含む城の給仕係たちが腕を振るう時間でもある。
「ああ、それなら大丈夫だ。ちょっと聞きたい事があるだけだからな」
レイドがそう返すものの、その言葉を聞いてリリは胃が痛くなった。
レイドがリリに聞きたい事_____そんなものは決まっている。
_____きっと私がゼットカリバーを勝手に持ち出したことを怒っているに違いありません……!!_____
そう考えると今すぐにでもここから逃げ出したいリリだが、そういうわけにもいかないようだ。
あの子供のベゼルがレイドに謝ろうという姿勢を目の当たりにして、リリも同じように謝ろうと思ってここに来たのだ。そして、リリは腹を決めた。
「リリ、お前、あの剣_____」
「すみませんでした、レイドさん!」
「…………は?」
リリは頭を下げ、レイドの言葉を遮る。
「レイドさんの大切な剣を勝手に持って行ってベル様にプレゼントしたり、接着剤でくっつけちゃったり……! やっぱり、怒ってます、よね……?」
リリの精一杯の謝罪。だがしかし、レイドはキョトンとしているようで……
「いや……別に怒ってはいないんだが……」
「えっ?」
自分の右頬を掻きながら放たれるその言葉に、リリは顔を上げた。
「怒ってないんですか……?」
「えーと、そもそも俺はその時剣を『捨ててた』訳だから、誰の手に渡っても何も言えないんだよなぁ」
レイドは腕を組み、腰掛けていた椅子の背にもたれる。今度はリリがキョトンとした顔をした。
「す、捨てた……? 捨ててたんですか、伝説の剣を……?」
「ん、まあ正確に言えば、『国に還した』っていうのか? 魔王を倒して平和になったと思ってたからな、あの時は。国王に頼み込まれたのもあって、王都の城に飾らせて貰ってたんだよ」
最も、レイド以外の者がゼットカリバーに触れると小さな短剣と化してしまうことから、見栄えは良くなかったらしいのだが、とレイドは付け加えて言う。
「そうなんですか……。……え? でも……」
リリがふと、何かを疑問に思う。レイドも同じ事を考えていたようなのか、軽く頷く。
「リリ。あの剣、一体人間界の何処から持ってきたんだ?」
3年前、人間界『プロスパレス』の城に飾られていた伝説の剣『ゼットカリバー』。
当時の城の警備は厳重で、見知らぬ者_____ましてや『悪魔』のリリが城に入るなどできる筈がない。
「それは……」
リリは少し口ごもると、一拍置いてから答えた。
「あの剣は……実は、プロスパレスの城下町の狭い路地裏で見つけたのです。その場所と、道端にぽつんと置いてあったことから、私はてっきり『捨てられた只の短剣』だと思って魔界に持ち帰ったのですが……」
それがまさか本物の聖剣だとは思う筈もなく、かくしてこの様な偶然が起こったわけだ。
レイドが再びゼットカリバーを手にし、大魔王サルタンと対峙するという偶然が。
「路地裏……。なんだってそんな所にゼットカリバーが……?」
顎に手を当て、考え込むレイド。
「そんなの、私にもわかりませんよ。お城の倉庫にもめぼしい物は置いてありませんでしたからね」
「そうなのか……って、え!?」
その言葉に驚いたレイドは、思考を中断した。
「リリ、お前……城に忍び込んだのか!?」
「え? ええ。結局は無駄骨でしたけど」
リリの行動に、レイドは素直に感心する。
「よく無事でいられたな……。もしバレてたら、どんな事になってたか……」
加えてリリは魔界の住人『悪魔』だ。問答無用で『死罪』となっていても、何らおかしくはない。
「あはは、それについては大丈夫でしたよ。それにもし見つかっていたとしても……」
リリは少し俯き、両手を重ねるように胸に当てる。
「私たち悪魔には、『死』に対する恐怖がありませんから」
「…………え?」
彼女が哀しそうに放った言葉。それはレイドが魔界に来てから、いちばん信じられない事であった。
「死に対する恐怖がないって……嘘だろ? そんなこと、ある訳が……」
「本当ですよ。私もウル太郎さんにも大魔王様にも、そして……ベル様にも、その感情がありません。何より、それが当たり前だとずっと思っていましたから」
「そんなバカな……」
そこでレイドは、はっと思い出す。
前にリリが言っていた_____千年前の魔界では、争いが絶えない世界だったと。
それはもしかして、死を恐れないからこそ起こり得た事態だったのではないのだろうか。
只、戦うためだけに戦う_____。そんな地獄のような世界が、かつての魔界だったと。
だからこそ、レイドに当然な疑問が浮かぶ。
「じゃあ……今の魔界はなんだよ? この平和な世界に、どうやってなったっていうんだ? これまでの千年の間に、一体何があったんだよ……?」
その質問に、ほんの少しの間静寂が訪れる。
そして彼女は哀しそうなその顔に、一瞬だけ誰かを想うような暖かい表情を浮かべると、その口を開いた。
「太陽、です……。真っ暗な私たちを……魔界を、明るく照らしてくれたお方……。あのお方がいたから、今の魔界があるんです」
遠い目をするリリ。それはまるで、千年前に起きた何かを思い出しているかのようだ。
「あのお方……? 誰だよ、それ。そいつは今、何処で何をしてるんだ……?」
レイドのその言葉に、リリは寂しげな笑みを浮かべる。
「……もう、今は何処にもいません。あのお方は、太陽になってしまいましたから……」
レイドには、それが何を意味しているのかすぐに分かった。
恐らくもう、『あのお方』とやらは、遥か昔にこの世を去ったのだろう。魔界を平和へと導いて……。
リリにとっても、辛い記憶なのかもしれない。昔を語る彼女の表情が、それを痛く物語っている。
だがしかし、それでも、レイドはどうしても知りたかった。
魔界という哀しい世界を、根底から変えてしまった人物……。その『名』を。
そしてそれは、言わずともリリにも伝わっていた。
「……『フィア様』。それが、あのお方の御名前です。ここより遥か空にあるといわれる『天界』の、『天使』と呼ばれる一族。そして……ベル様の母上様です」
それを聞いたレイドは、思わず立ち上がる。それまで腰掛けていた椅子が、後ろへと音を立てて倒れた。
「ベゼルの、母親……。いや、それよりも、天使……? じゃあアイツは、天使と悪魔の間に産まれた子供ってことか……?」
「はい、そうです。お城のみんながベル様に優しく接するのも、フィア様の面影が残っているからなのかもしれませんね……」
リリが話した数々の出来事。それを知った時、レイドは何を思ったのだろうか。
そこまで話し終えたところで、給仕係のメイドの内の1人が、リリを呼びに図書室に入ってきた。
「リリー。あぁ、やっと見つけた。そろそろ昼食の準備の時間だよー」
「あ、はい、すみません。今すぐ行きます!」
メイドにそう返し、リリは最後に一言レイドに声をかける。
「忙しなくてすみません、レイドさん。また聞きたいことがあれば、いつでも聞いてくださいね」
「あ……ああ。悪かったな、忙しいところ。ありがとな」
リリはニッコリ笑って「では」と軽く手を振り、図書室を後にする。それを見送った後で椅子に座りなおし、残されたレイドは一人、情報を整理させた。
「……まだ頭がこんがらがってるな。まさか、ベゼルが天使と悪魔のハーフだとはな……」
だがしかし、リリの話を聞いて、レイドが抱いていた疑惑は確信に変わったようだ。
「ゼットカリバー……そして千年前。魔界が平和になった後で『あの出来事』が起こったのだとしたら……」
レイドは拳を握り、窓から空を眺める。
「……一体何考えてやがんだ? 『国王』……!!」
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同じ時刻、人間界『プロスパレス』にて_____
『あともう少し……もう少しで忌まわしき結界が解かれる……」
『そうすれば、ふふ……やっと手に入るぞ、『完成品』が……!」
何処かの部屋にて、謎の独り言を呟く者。
そして、その部屋を誰かがノックする。
「失礼いたします。アルフ殿が例の件でお呼びでございますが……いかがなさいましょう_____『国王様』」
『……ああ、分かった。今すぐ行くから、少し待っているよう伝えてくれ」
「はっ! かしこまりました!」
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物語は加速する。
決して逃れられない、『再生』と『崩壊』に向かって……。




