ご成長、ありがとうございました!(1/1)
それから半年後。騎士団本部にある多目的ホールでは、盛大なパーティーが開催されていた。
「騎士団長様、温かいお言葉をありがとうございます。どうぞお席にお戻りください」
司会者が、ホールの奥に設置された舞台に立つ団長さんに呼びかけた。彼の頭上には、『フェルナンド・ダンジュー様、副騎士団長就任おめでとうございます!』と書かれた横断幕が掲げられている。
スピーチを終えた団長さんが一礼すると、会場から大きな拍手が鳴り響いた。彼が席に戻るのを見届けたあと、再び司会者が声を上げる。
「続いて、キャンディス・ダンジュー様、お願いいたします」
「はいっ!」
司会者に名指しされ、わたしは手を挙げながら元気よく立ち上がった。でも、勢いをつけすぎたせいで、つんのめって転びそうになる。
危うく近くに座っていた人の膝の上にダイブしかけるわたしの体を支えてくれたのは、隣にいたフェルナンド様だった。
「大丈夫か?」
「すみません。ちょっと上がっちゃって」
正式な任命式のあとで開かれる砕けた雰囲気のパーティーとはいえ、会場には大勢の参加者がいるのだ。そんなとんでもない人数を前に喋るのかと思うと、足が震えてしまったのである。
「また転んだら大変だ。舞台までエスコートしよう」
フェルナンド様がわたしの腰を抱いて歩き出した。これなら安心だ。まだ緊張はしているけれど、夫の手の温もりに少しリラックスした気持ちになる。
客席の間を並んで舞台まで移動していると、こちらを見てパーティーの参加者たちが囁きを交わすのが聞こえてきた。
「ダンジュー夫妻は仲がいいって噂、本当だったのね」
「ダンジュー副騎士団長様は、団長様と交渉して、執務室を本部から自分の屋敷に移し替えたらしい。家で仕事ができるようにするためだとか。おそらく、奥方と離れたくなかったのだろうな」
「ダンジュー夫人も堂々とした方ねえ。素敵だわ」
わたしは参加者の中に親友たちの姿を認め、小さく手を振った。サロメとミケットは、「頑張って」と言いたげに、ニコリと微笑んでわたしを励ましてくれる。
ミケットの隣の席には旦那様がいた。わたしの興奮はなぜか彼にも伝わったようで、息を乱しながら妻の手をギュッと握りしめる。でも、ミケットは肩を竦めただけで、その手を振り払おうとはしなかった。
サロメのほうは、ランジャック博士の助手さんと一緒だった。二人は先月婚約したばかりである。
婚約者となってからも助手さんは相変わらずサロメに夢中のようで、視線が彼女のほうに釘づけになっていた。サロメも時々彼に目配せして、親密そうな笑みを漏らしている。
「ここで待っているからな」
舞台の下まで来ると、フェルナンド様がわたしの耳元で囁いた。甘い吐息が耳をくすぐり、思わずうっとりとなる。
でも、いつまでもぼんやりして参加者たちを待たせるわけにはいかない。わたしは「行ってきます」と言って、舞台上へ続く階段を一段一段、ゆっくりと着実に登っていった。
「ご紹介にあずかりました、フェルナンド・ダンジューの妻、キャンディスです」
舞台に設置されたスピーチ台の前に立ち、わたしは用意してきた原稿を広げて声を張り上げた。
ちょっと声色が固いかなと思ったけど、何人かの参加者たちが頷いてくれたのに勇気づけられ、先を続ける。
「本日はわたしの夫のために、このような華やかな場を用意してくださったこと、心より感謝いたします」
よし、いい感じだ。皆もわたしの立派な姿に胸を打たれているみたい。
でも、感心するのはまだ早いよ? スピーチの山場はこれからなんだから!
「夫の昇進の話は、まさに『青天のへきへき』でした。『寝耳にミミズ』と言ってもいいでしょう。虫は嫌いですが、夫が副騎士団長になるのは嬉しいです。どれくらい嬉しいかというと、『怒髪天を衝く』くらいのお祭り気分になりました。これは、『すごく嬉しくて逆立った髪が天に届いてしまう』という意味です。とても難しい言い回しなので、知らなくても恥ずかしがらないでくださいね。『鞭の知』という言葉もありますから」
ちょっぴりのユーモアも交えながら、聴衆のフォローもする。わたしの完璧な気遣いに、皆は感動して言葉も出なくなっているようだ。参加者の大部分が、口を閉じるのも忘れて話に聞き入っている。
「わたしはまだまだ未熟者です。でも未熟なりに、世界で一番大好きな夫を、これからも支えていきたいと思います。ご成長、ありがとうございました!」
わたしはぺこりとお辞儀をして、スピーチ台から降りた。演説に感激しすぎて進行を忘れている司会者の前を横切り、階段を駆け下りる。そして、下で待つ夫の胸の中に飛び込んだ。
「すごくよかったぞ。やはり君は最高だ」
感想を聞く前から、フェルナンド様はべた褒めしてくれる。そして、わたしの体をひょいと抱き上げた。
「愛してる、キャンディス」
「わたしもフェルナンド様のことが大好きです」
愛を囁き合いながら、何度も口づけを交わし合う。まだスピーチの余韻が残る静かな会場に、わたしたちの長々としたキスの音が楽しげに響いていた。
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