5-4 二人の誓い
14年前、魔界の統治者により魔界の花嫁として連れ去られた涼子は魔界の統治者に、つまり城に軟禁された。玉女守門を手に入れれば、永遠にその地位が安泰であるという言い伝えがあるが、魔界の統治者はその言い伝えより、涼子自身に興味を持ったらしい。というのも、魔界に落ちた者たちから涼子の美しさや明るさの噂を聞いたからだ。
そこで内結界に穴を開ける計画を練り、異形どもを操作した。見事に結界の破れが生じた。そして禁じられているにも関わらず、自ら人間界に姿を現し、強引に涼子を連れ去った。それが神界の逆鱗に触れ、魔界の統治者は城に姿を変えられてしまった。しかし城に姿を変えられてもなお、魔界の統治者は涼子に執心し、魔界の統治を放棄。全ての時間を涼子と過ごすようにした。おかげで魔界は荒れ放題に荒れ、人間界や中界、そして空界にまで異形がにじみ出てくるようになった。再び内結界にほころびが生じると、魔界の統治者は舌なめずりをしたという。
「あいつは、娘の夕子を愛妾にして、一緒に城に住まわせるって言いだしたのよ」
涼子の目に怒りが浮かんだ。
「あの時にわたしにしたことを、もう一度、今度は娘にするんだ、そう思うと許せなかった」
「だから俺に連絡をくれたんだろ」
観が、震える涼子の肩を抱いた。
「ごめんなさい。まさか以前と同じように儀式の最中に狙い定めてくるとは思わなくて。しかも観ちゃんを封じるように手を打ってくるなんて」
涼子が泣き出した。
「泣くなよ。俺は別に構わないんだから」
「でも観ちゃんを死なせちゃうなんて」
「まあ、おかげで奴の考えを掴むことができた。奴は夕子の夢に侵入し、衰弱死させようと目論んでいた」
「なんで美住を、いや夕子さんを魔界に連れて行かせたんだ」
「夕子を魔界に行かせたというより、西方守護の四天王である優、お前を魔界に来させることが目的だったんだ」
フェスが毛づくろいした毛を吐きだした。
「どっ、どういうことだ?」
「お前が、“白虎炎陽剣”であいつを斬る必要があった。でもこの話を夕子にしたら、絶対に反対したはずだ。とにかく夕子はお前のことが……」
「フェス!」
美住が怒ったような顔をした。
フェスが舌を出した。
「まあとにかく、夕子を追いかけさせるのに成功したんだ。そして“白虎炎陽剣”で無事に斬ってくれたってわけ」
「でも、なんかおかしい。もしあのお守りの巾着袋がなければ、俺は魔界には行けなかったはずだ」
「あ~あ、あれか、全部仕込みだ。第一、あの巾着を空界で落とし、俺が飲み込んで、いや預かっていただろ? それをお前のポケットの中に滑り込ませた」
あの時のハグでか……信じられない。なんだよ、この一か八かみたいな計画は!
「まあおかげで、魔界も崩壊せずに済んだ。お前たちには礼を言う」
フェスが羽根を広げた。
「涼子ならびに観。空界と魔界の新たな統治者フェスの名において命ずる。お前たち二人は魔界から空界に移す。そしてすぐに生まれかわりのサイクルに戻すことにする」
「なんだよ急に、フェスは空界の統治者だったんじゃないのか」
とまどう俺の前で、涼子と観がフェスに膝をついた。
「ありがとうございます」
頭を下げる二人にフェスが笑った。
「今更、改まる必要はない。ところで夕子」
フェスが今度は美住を見つめた。
「そろそろ戻る時間だ」
フェスの言葉に美住が首を横に振った。
「お母さん、わたしやっぱりお母さんと」
「それ以上言わないで」
涼子が抱きしめると、美住が声を上げて泣いた。
「大切な娘だから言うわ。夕子、あなたにはあなたにしかできないことがあるの。たとえ過酷な宿命だとしても、あなたなら大丈夫。倒れても倒れても立ち上がって、自分の宿命に立ち向かいなさい」
抱きあう二人を、観が上から包み込むようにして抱きしめた。
「観ちゃん、ありがとう。最後まで約束を護ってくれて」
涼子が観を見つめた。そこには二人だけしか分からない言葉があるようだった。
「俺はいつだって涼子の味方だから」
「ありがとう。でもこんなに早く死なせちゃって。それがやっぱり……」
「言うなよ。お前が行くところは俺の行くところだ。それがたとえ地獄であっても魔界であっても」
涼子の頬が赤くなった。
「ガキのくせに、生意気ね」
観が涼子の頬を包みこむようにした。
「享年でいけば、俺の方が年上なんだけど」
観の顔が涼子の顔に近づいていく。
「そういうのは二人だけの時にして」
美住が怒ったように言った。
「わたし達、もう帰るんだから」
「そうだったな、プリンセス、元気で。優、お前も元気でな」
観があの涼やかな眼を向けた。
「お前もな、観」
「だから何度言えば分かるんだ。観先輩だろ。次会う時までに……」
言いかけて観が笑った。
「次はないな、二度と。優、プリンセスを頼んだぞ」
「分かっている」
これでお別れだと思うと胸が詰まりそうになる。
「いくぞ」
フェスが俺と美住の頭上を飛んだ。すると黄金色の光に包まれた。
☆☆☆☆☆
気づくと、弁天池の脇で寝ていた。起き上がって悲鳴を上げた。隣に美住が横たわっている。しかも髪の毛が短く切られている。
「しばらくは、玉女守門の役目をしないで済みそうだな。まあ謹慎というやつだろう」
フェスの声が頭上から降ってきた。目の前の木の枝に止まっている。
「神界の連中の考えそうなことだ」
フェスが鼻を鳴らした。
「優、夕子を頼んだぞ」
フェスの身体が黄金色になって消えた。その残像が消えた時、泣きはらした顔のジイさんが現れた。
全てが終わった。
ショートカットの美住は学校内で「髪を切って美しさが際立った」と、学内に本人非公認のファンクラブまでできるほど、ちょっとした騒ぎになった。髪の毛が伸びるまで、因縁に縛られることはない。もちろん俺も。受験勉強を再開した。今度こそ全てが元に戻ったが、でもこのままではやっぱり……
俺は取っ手に手をかけると、一気に屋上へと出た。青い空が視界いっぱいに広がる。美住がこちらを振り返り、俺の胸は高鳴り始めた。今日こそ、今日こそ、言うんだ。
「あのさ美住、俺、ずっと前から言いたかった事があるんだ」
「偶然ね。私も優くんに言いたかったことがあるの」
美住の頬が赤らみ、俺の心臓がドキリと音を立てた。
その時強い風が吹き、美住がスカートの裾を押さえた。
「俺、ずっと美住のことが……」
「わたし、ずっと前から……」
まっ、まさか美住も俺と同じ気持だって言ってくれるんじゃ。心臓がおかしくなりそうなほど鼓動が速くなる。その時、美住の背後が金色に光った。
「お前たち二人そろっていて良かった」
光りの中からフェスが現れた。
「神界で問題があるらしいんだ。夕子、それから優。今から神界に行くぞ」
「ちょっと待って。神界へはわたししか行けないんじゃないの」
「いや、連中が特別に優を召喚できることにしたんだ。つまりそれだけヤバい状況だってことだ」
フェスが俺達の周りを飛び始めた。
もう少しで告白できるって時に、くそっ。
「なんだ優、そのアホ面は」
ますます腹立つ。文句の一つでも言ってやろうとしたその唇が塞がれた。一瞬、何が起きたのか分からなかった。美住がつま先立ちになり、その柔らかい唇を押し当てている。
「好き」
声にならない声を感じながら、気が遠くなっていく。全てが黄金色に包まれ、俺達は神界へと飛んだ。
(了)
今まで読んでいただき、ありがとうございました。




