5-3 魔界の花嫁
「それ以上言うな」
観が耳元でささやいた。いつの間にか観がすぐそばにいる。
「こいつは俺が外に連れ出します」
観が大声で言うと、
「化け物の餌にでもしてやりますよ」
観に腕を取られ、立ち上がらされた。
「観ちゃん、止めて」
美住が涼子の手を振りほどいた。
「優くんを殺さないで」
ガラスの割れるような音が聞こえ、反射的に上を向いた。クリスタルをぶら下げたシャンデリアが徐々に大きくなって、迫ってくる。シャンデリアの紐が切れて、落ちてくるのと観が叫ぶのとが同時だった。
「伏せろ」
観が俺と美住を突き飛ばした。直後、轟音を立ててシャンデリアが落下した。
「観ちゃん」
涼子と美住が叫んだ。
きらめきながら割れたクリスタルから炎が上がった。細かい破片となって俺達に襲いかかろうとしていたクリスタルまであっという間に赤い炎に包まれた。
「観ちゃん」
燃え盛るシャンデリアに飛び込もうとしている美住の手を掴んだ。
「ダメだ、危険だ」
「でも観ちゃんが……」
「このままじゃ美住まで焼け死んじゃうだろ」
「それでも目の前でいなくなられるのはもう嫌」
「ダメだ」
腕を引っ張り、こちらを向かせた。美住が泣いている。
「俺だって、二度と美住が目の前からいなくなるのは嫌だ」
「えっ」
美住が驚いたように顔を上げた。
すると突然、涼子が美住と俺の手を包み込むようにした。びっくりして見ると、涼子がにやりと笑った。
「逃げるわよ」
言うなり、涼子が美住と俺の手を掴んだまま駆け出した。
ドレスにヒールという格好なのに、オリンピック選手かってくらい速い。あっという間に扉まで着いた。しかしさっき入ってきたばかりのあの大きな木の扉は固く閉ざされている。こういう時は、映画とかテレビでやるみたいに、扉に体当たりをするしかない。
「俺に任せてください」
勢いをつけて扉に突進しようとすると、涼子の声が飛んだ。
「タックルしても開かないわ。それよりあなたの持っているのって“白虎炎陽剣”でしょ。扉を斬って」
「この刀は、物は斬れません」
「異形は斬れるでしょう」
涼子が典雅に微笑んだ。
確かにその通りだ。この城が異形なら斬れる。俺は“白虎炎陽剣”を構え、扉に斬りこんだ。瞬間、
「フェス、今よ」
涼子が叫んだ。背後で炎が上がり、目の前が真っ赤になった。
☆☆☆☆☆
全身を覆う熱さに呻きながら、地面に転がった。目の前が紅い。鮮やかな赤い炎を上げながら城が燃えている。そして俺も……って、あれ? 火だるまになっているはずなのに。燃えていない。火傷もしてないし、なんならもう熱くない。
「お母さん」
美住の叫び声に驚いて立ち上がった。
美住も燃えていない。しかし側に立っている涼子は燃えている。炎の中で、苦し気に眉を寄せている。
「お母さん」
美住が涼子に手を伸ばそうとすると、涼子が微笑んだ。
「来ないで、大丈夫だから」
炎の中で涼子の真っ白いドレスが真っ黒いパズルのピースのような形になった。かと思うと、黒いピースがはじけ、細かな黒い粒子となり、赤い炎が消えた。黒い粒子が蒸発するように消えると、中から一糸まとわぬ真っ白い身体が見え始め、くぎ付けになった。
「ガン見するな、クソガキ」
後頭部を殴られ、驚いて振り返ると観が立っている。
「観」
嬉しさがこみ上げた。
「生きていたんだ!」
手を広げ飛びつこうとした俺を観が素早く避けた。おかげで地面に転がった。
「なにすんだ」
「なにもしてないだろ。お前が勝手に転がっただけだ」
観は涼子に長めのチャイナ服のような上着をかけてやっている。
「ありがとう、観ちゃん」
涼子は観に微笑むと、燃え盛る城を振り返った。
「ありがとう、フェス」
炎の中から、一羽の鳥が黒い矢のように一直線に飛んできた。そして涼子の肩に優しく止まった。この毛並み、そして小ばかにしたような目!
「フェッフェッ、フェス」
フェスがそっぽを向いた。
「なんだよ、空界に帰ったんじゃなかったのか? フェス、無視すんなよ、フェス」
「フェス、どうしたの。そんなにこの子を気に入っているの?」
涼子が小首を傾げるようにした。
「俺の態度のどこを見てそう感じるんだ?」
フェスが涼子を睨んだ。
「あら、フェスっていつも気に入った子には……」
「そうだよな、お前っていつもそう。気に入った奴には意地悪だよな」
涼子の肩に止まっているフェスを観がくすぐった。
「止せ、観。お前誰のおかげで助かったと思ってんだ」
「よく言うよ。もっと早く来てくれるはずじゃなかったのか」
フェスと観が笑いあった。涼子が涙を流している。茫然として二人を見ていると、
「ねえ、これは一体どういうことなの」
美住が困惑しきって聞いた。
「説明は後だ。とにかくここにこれ以上とどまるのはまずい。総一郎が魔界の門を閉じる頃だ」
フェスが羽根を広げた。黄金の光をまき散らしながら、俺達の周りを飛ぶ。瞬間、辺りが真っ白になった。
温かな陽光に目を開けると、のどかな田園風景が広がっていた。
「ここは、空界?」
「ようやく学習したか」
フェスの皮肉気な声が聞こえた。振り返るとフェス、美住、観、涼子が立っている。
「そもそもの始まりは一週間前。って言うか人間界だと14年前になるけど」
涼子が口を開いた。
「とにかくあの時、内結界を張る儀式の最中。ちょうど内結界を張り終えた直後のこと。わたしは魔界に落ちた。というより、連れ去られた」
涼子の目が悲しそうに沈んだ。




