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92話

 



「制限時間は、今から五分後。それまでに決められなかったら、永新クン……君は両方とも、失うよ? その為にも、罰ゲームは簡単に、分かりやすくいこうか」



 両腕を広げて永新の選択を心待ちにする誠一郎は、そう言うや否や永新の目の前に砂時計を作り出す。


 ここは、誠一郎の作り出した()()

 霊力と時間さえかあれば何でも作れる、何でも出来る、と言う不可能な事など無いと言えるようなこの場所は、誠一郎が作り出す、彼の為だけの舞台。この場に招かれた永新や羅威竿、香織に至るまで、それら全ては誠一郎にとって、演出を生み出す為だけの舞台装置。


 そしてそんな舞台の中心に立つ誠一郎こそがこの舞台の主演――ではなく、彼はあくまでも演出家。主演は他でもない、彼の目に留まってしまった可哀そうな主役、燼月永新。永新の今までの人生全てが、まるでこの瞬間を盛り上げる為の背景に過ぎないかのように、ただ一つのコンテンツとして消化するかのように扱う誠一郎の目は、深淵が如き狂気に満ち溢れているよう。


 そして、それを否定する事も出来なければ従う事しか許されない永新は、その狂気に押し潰されそうになっていた。



「なに、これ……。こんなの……、選べるはずが、無い……ッ!!!」



 永新に迫られたのは、二つの命の選別。

 どちらか一方は救う事が出来ないと言う、思考実験のような、正解の無い問題のような立場に置かれた永新は、ただただ困惑するばかり。もし仮に永新に決断力があったとしても、同じように決めあぐねる立場になっていたのは間違いないだろう。


 片や、血よりも濃い妖魔と言う関係で繋がり、偉大な先輩としての背中を見せてくれた、兄のような存在の羅威竿。

 片や、生まれて初めて出来た対等な立場での友人であり、何気ない言葉で背中を押してくれた、かけがえのない存在の燦然院香織。


 永新にとってどちらが大切か、どちらを救いたいかなど、決められるはずも無い。

 どちらも大切で、どちらも救う。これ以外の答えが見つからない永新は、ただひたすらにこの状況を切り抜ける方法を考えるために頭の中で思考を巡らせ、舌の上で言葉を練り続ける。その結果、導き出される答えは、決まってどちらかを見捨てる方法ないし、両方を助けられない結末。


 それもそのはず、本来であれば導き出される第三の答えである「誠一郎を殺して二人を解放する」、と言う可能性は誠一郎本人の発言によって予め潰されており、イチかバチかを懸けてそれを実行したところで、羅威竿と香織の二人を救う事は出来ない。むしろ、最悪の結果だけが残る可能性が一番大きい為、安易に考え無しのその行動を取る事は、許されない。

 かと言って、二人を大切に思う永新がどちらか一方を選ぶ事など、自らの腹を切るのと同じ思いだった。



 ――どちらを助ければいい。



 苦悩に次ぐ苦悩。

 全ては誠一郎の掌の上で踊らされているかのような感覚。

 こうして悩まされているだけでも永新の精神を削るには十分で、時間の経過と共に累積していく疲労が永新の額に脂のような汗を浮かばせる。


 いくら考えても答えなど出るはずも無い問題を前に、羅威竿を、香織を助けなければならないと言うプレッシャーが重荷となって永新の双肩に重くのしかかっては、我に返って「両方を助ける為には」と思考を巻き戻す。しかし、巻き戻すばかりでは問題は解決には至らず、最後には必ず「どちらを助けるか」に繋がってしまう。



 ――どちらか、ではない。どっちも助けなきゃいけないんだ。



 それの繰り返し。

 目の前の砂時計の砂が落ちていく度に、永新の思考は追い込まれていく。

 思考の壁と言う名の袋小路に追い詰められても尚、永新は両者を救う手立てを考え続ける。


 だと言うのに、永新の視界の隅に佇む理性あるもう一人の自分が語り掛けてくる。淡々とした声で、据わった目で、訴えてくる。どちらもではなく、羅威竿を助けるべきだ、と。


 戦力として数えられない香織ではなく、戦う力を持った羅威竿を救うべきだと。


 そんな永新の足が僅かに羅威竿に向いたのを見逃さなかった誠一郎は、砂の半分が落ちた砂時計に寄り掛かって、追い詰められた永新を更に壁の端にまで追いやるようにして言葉を付け加える。



「……羅威竿を救ったのなら、羅威竿の傷は僕が治してあげるよ。人間には悪影響が及ぶだろうけど、羅威竿は元より妖魔だからね、僕の力があれば致命傷だって治す事も出来るから安心してよ。その代わり……羅威竿が選ばれなければ、自分を選ばなかった永新クンを恨みながら死んでいくような処刑をお見舞いして上げる」


「……っ」


「安心してよ。僕は、約束だけは守るからね。これは僕のポリシーでもあるんだ。僕の舞台の上では、誰も嘘を吐けない。それは当然、演出を決める僕も該当しているから、安心してどちらかを選ぶと良いよ。……でも、早く決めないと、羅威竿を助ける事も出来なくなっちゃうかもしれないよ? 僕は治療をすると言っただけで、死んだ妖魔を生き返らせる事は出来ないんだからね」



 永新の弱った心を的確に煽るような誠一郎の言葉に、永新は返す言葉も出せぬまま、羅威竿の方に心が傾く。

 もう一人の理性ある自分が言うように、救うならば羅威竿の方だ。戦力にも数えられるし、何よりも大切な、家族だから。まだまだ羅威竿には教わりたい事がたくさんある、偉大な先輩だから。


 ならばこれ以上、何を悩む事があるのか。誠一郎の言うように、遅くなればなるほど、羅威竿の命は消耗されていく。ならば、決めるのであれば早く。早く羅威竿を救うと、羅威竿を選ぶと決断しなければ――と、磔にされた羅威竿に足を伸ばしたその時だった。



「……燦然院さんには、妖魔になってもらおうかなぁ?」


「――ッ!」



 永新が意図して振り向かなかったのを見て、誠一郎は永新の決断を鈍らせるためだけにその言葉を吐く。

 どこまでも卑劣で、永新の懊悩し、壊れていく姿を見たいが為の己が欲求に正直な誠一郎は、そう簡単に決断させてなるものかと、更に永新の心を揺さぶりにかかる。



「知ってるかい? 妖魔化するのに、その人が霊力に適応できるかどうかは関係ないんだ。だからね、やろうと思えばこの世界の全ての住人を妖魔に変える事も可能なんだ。……ただ、その場合、出来るのは醜くて汚らしい、下級の妖魔。意識が残るかどうかはやって見なきゃわからない。もしも意識が残ったまま妖魔化したとしたら、燦然院さんはどう思うのかな? トモダチの永新クンには裏切られ、見目麗しい外見が、どこまでも汚く、醜く歪んでいく……。そして終いには、裏切った永新クンの手で……始末される。その一部始終にもしも彼女の意識が宿っていたら、彼女はどう思うんだろうね?」


「……っ!!!!!」



 どこまでも永新の憂いを引き出す誠一郎に対して、永新は振り向かざるを得ない。羅威竿を選んだはずの足を、戻さなければならない。

 誠一郎の言った事は、幾らでも考えた。その上で、永新は恨まれる事を覚悟して決断したと言うのに、いざ言葉に表されると永新の心はいとも簡単に揺らいで、罪悪感から目を背けることが出来ない。



 それこそが永新の長所であると同時に、短所である、()()()()



 どんなに変わろうとしても、そう簡単には変わらない、克服できない部分。


 物心ついてから、十の齢を数えるその時まで虐げられ続けてきた永新の心は、どれだけ時間が経ったとしても傷付けられたまま。彼が復讐を望んでいないのも、怒りや憎しみの感情が薄いのも、それだけの激情を抱いた時、自身の心がその負荷に耐えられないと分かっているから。感情的になる事は、自らの心を壊す事だと、分かっているから。


 だからこそ、永新は「自分は変わった」のだと、「自分は強くなった」のだと繰り返し繰り返し自分に言い聞かせて来た。そうやって強がる事で、ひび割れ欠けた心にパッチワークを施して繕う事で、自分の心が壊れないよう、保ってきたのであった。


 そして、そんな弱い心が「友人を見捨てた」などと言う罪悪感に耐えられるはずも無ければ、当然の如く「先輩を見捨てた」と言う事実にも耐えられない。であるならば、より傷の少ない前者を選び、それを見て見ぬ振りをするのが、これ以上心が傷付かない選択肢であると判断したと言うのに、そんな永新の薄っぺらな思惑を易々と見抜いた誠一郎は、それを容赦なく指摘する。


 浅はかな思惑が看破された時、永新は表情に深い影を落として、振り返る。



「――あはははっ!!! 良い顔を見せてくれるじゃないか、永新クン!!! そうだよ、僕はその顔を見たかったんだ!! ほらほら、どうするんだい!? もう、考える時間は無いよ!? それとも、まだ諦めるつもりはないかな!? ならばもっと……! 存分に苦しみ、存分に足掻いてごらんよ!!!!!」



 永新の苦痛に歪んだ表情を目の当たりにした誠一郎は、絶頂する自らの震える体を掻き抱いて、口角泡を飛ばす勢いで高らかに叫んだ。


 だがしかし、その声に対して永新はみっともなく蹲り、情けなく泣き崩れるばかりで、敵の目の前だと言うにもかかわらず、完全に心が折れた様子を体現してしまう。



「ぅ、あ゛ぁ……!! ぅぐ、ああああああああ!!!!」



 無理だ、選べるはずがない。羅威竿か、香織か。偉大な先輩か、初めて出来た友人か。どちらも大切。どちらも好きでは、いけないのか。どちらかを救って、どちらかを見捨てる。そんな選択を、どうして俺にそんな責任を押し付けるのか。そんなにも重たい荷物を背負わせるのか。これ以上の罪悪感を抱えて、これから先、生きて行けるはずが無い。どちらも助ける事は……無理。そして、どちらかを選ぶ事も――無理。それならば、選ぶ事を、全てを諦めて殻に籠っていたい。何もかもを忘れて、一人になりたい。こんな事になるのであれば………………、初めから一人で死ねばよかった――。



 ただひたすらに、絶望だけが永新に植え付けられる。

 仲間を、友人を殺す事など、出来るはずが無い。それを選ぶくらいなら、塞ぎ込んでいたい。


 苦痛に満ちた表情で蹲り、悲観の限りを叫んで目と耳を塞ごうとした、その時――。


 俯いた永新の頬を撫でたのは、細い電流だった。



「ッ!!? らい、かん……?」




「がふっ……、選ぶ、のは……! 嬢ちゃんだ、えい、しん……っ! 俺様は、もう、助、からねぇ……! だから……、受け取れ――永新……ッ!!!!」




 磔にされた状態の羅威竿は、吐血を繰り返しながら永新に向かって指先を伸ばす。

 その様は既に何時事切れてもおかしくは無い状態であり、一刻も早く救助が必要だと、永新の素人目でもはっきりと分かる。故に、選ぶなら今であり、羅威竿を助ける為には今すぐ彼の下に駆け寄らなければならない。

 だと言うのに、未だに決めあぐねている永新の足はヨタヨタと覚束ないまま、どちらかを選択する、と言う意思決定を阻んでいるかのように言う事を聞いてくれない。


 今ココで動かなければ、羅威竿は間違いなく死ぬ。それを理解してしまえるからこそ、永新は言う事を聞かない己の足を何度も何度も叩いて、動け、動け、と繰り返し念じるのだが、永新の足は動いてはくれない。


 目の前に迫ったリミットを前に、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げた、瞬間。


 磔にされた羅威竿が、決死の思いで永新に向けて伸ばしていた手が――破裂した。



「……駄目だろ、羅威竿。ずるをしちゃぁ……。永新クンも、困惑しちゃってるじゃないか……」



 それを成したのは、この異界の主、誠一郎に他ならず、誠一郎が手を払っただけで、羅威竿の人の体はあんなにも脆く、簡単に消し飛ばされてしまった。

 手首から先が弾け飛び、更なる出血が羅威竿を襲っていると言うのに、それでも羅威竿は顔に浮かべた不敵な笑みを決して崩したりしない。



「ハッ……! 俺様ぁ……、決め、てんだよ……っ。俺様を、殺すやつにゃあ……首だけになっても、噛み付く、ってなぁ……!!」


「……まだ少しだけでも時間が残っているのがこれ程までに憎いとは思わなかったよ」


「かはっ……、は、キハハッ……! 誠一郎……、初めて、笑顔が消えたなぁ……?」


「…………そんな無様な姿で煽られたって、僕は何とも思わないけどね。精々残りの時間、永新クンが苦悩する姿を眺めて、自分が選ばれる事を祈るんだね」



 捨て台詞を吐いて羅威竿に背を向ける誠一郎。

 羅威竿と相対していた時は今まで仲間として過ごして来た時間が嘘のように冷酷な顔を見せる誠一郎の姿だったのが、振り返れば永新の苦悩する顔が大好物かのように頬が緩んだ、砂時計の砂が落ち切るのを心待ちにしているかのような誠一郎の姿があった。


 裏切ったと言う事実が無ければその二面性に驚くところではあったが、今の永新には誠一郎の変わり身をその目で捉えていられる程の余裕などなく、ただひたすらに失う事の恐怖と相対していた。



「――えい゛、しん゛……ッ!!」


「っ……! 羅威竿……!」



 しかし、そんな永新に向かって、血の混じった息を吐く羅威竿が呼びかける。

 下を向くな、こっちを見ろ、と、力強く言い放たれる。


 その声に顔を上げた永新は、生気が失せていく顔ながらも、満面の笑みを浮かべる羅威竿の表情がその目に映る。どんなに視界が涙で滲んでいたとしても、いつだって心強く、頼もしい羅威竿の笑みを、見逃すはずがない。それが、羅威竿の最期の姿だと、理解してしまえたが為に――。






「――白麗(びゃくれい)様を……、頼んだぞ」






「……ッ!!! 羅威竿ッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



「………………は? 嘘だ――ろッ」



 心の底から信頼しているような、そんな言葉だった。

 それを最後に、羅威竿は自ら首を捩じ切り、言葉の通りに、首だけになってでも余裕を見せていた誠一郎に噛みついていく。


 たかだか首一つ、と高を括っていた誠一郎であったが、次の瞬間には首だけになった羅威竿は霊力が迸らせ、首だけが無数の雷を纏う妖魔と化する。


 それは正しく、羅威竿が見せた命の最期の輝き。蠟燭の火が、消える寸前が最も激しく光り輝くように、羅威竿が命の限りを振り絞った霊力は誠一郎の余裕な態度を崩すには十分で、異界に無数の稲妻が落ちてくる。


 その全ては誠一郎を害する目的で降り注ぐのだが、ただ一つだけ、地面と水平に伸びる雷撃が、永新に迫る。



「らい、かん……?」



 その雷撃は、鼓膜を劈くような音と共に永新の胸に直撃し、永新は思わず尻餅をついてしまう。

 しかし、その雷撃が本当に撃ち抜いたのは、永新の首から下がるガラス球。壊れていないかと永新が目線が下ろした途端、永新の目からは感無量の涙が溢れて止まらなくなってしまうのだった。



「……羅威竿、羅威竿、羅威竿……っ!!!」



 永新が掌で包むガラス球には羅威竿の魂とも呼べる最後の雷が宿っていた。

 全てを諦めて塞ぎ込もうとした永新とは違って、彼は、羅威竿は諦めていなかった。例え自分が死んだとしても、後に道を繋げるために。道が繋がっていると、示すために。


 彼は、永新を再び立たせるために、命を賭した。

 永新ならば出来ると、永新ならば問題は無いと、信じて。


 最期の言葉に、もしも続きがあるとするならば――。




 ――お前は、俺様の自慢の後輩だからな。




 そんな声が、ガラス球に宿った羅威竿の最後の霊力から聞こえてくるようで。


 だとすれば、いつまでも俯いてなど、蹲ってなど、いられない。

 羅威竿から授かった物を、途絶えさせるわけにはいかないから。


 あぁ、どうしてこんなにも重いものを背負わせるのか。

 あぁ、どうしてこんなにも苦しい思いを抱かせるのか。

 あぁ、どうしてこんなにも辛い道のりを歩ませるのか。



 ――どうして、こんなにも温かいものを、託してくれるのか。



 どこまでも自分勝手で、好き放題して、死ぬその時まで、格好つけて。

 なのにどうして、足手纏いな自分を、生かす為に死んでしまうのか。


 文句なんてものは、幾らでも湧いて出てくる。

 だがそれ以上に、自分では得られなかった勇気が、欲しかった希望が、無限に湧いてくるのだ。

 ガラス球に宿った、雷が、背中を押してくれるかのようで。



「……っ、ありがとう、ございました……っ!!」



 瞬間、砂時計の砂が落ち切り、永新は下げた頭を勢いよく持ち上げ、香織の元へと駆け寄っていく。

 上げた顔は、晴れやか――とはいかずとも、覚悟の定まった顔をした永新は、その手で香織を救い出す。


 結局、永新は選ぶ事が出来なかった。羅威竿によって選ばされたと言っても過言ではない。けれども、あそこで立ち上がったのは町が無く永新自身の意思であり、永新が決めた覚悟の表れであるのは間違いなかった。



「あーぁ、はは……。まさか本当に首だけになってでも噛み付いて来るとは、予想外だったよ……。僕の腕一本でも、いい冥途の土産にはなるといいけど。はぁ~あ、なんか永新クンも持ち直しちゃってるしさぁ。人選ミスったかなぁ??」



 香織を抱いて後方に下がった永新は、雷が止んで土煙をかき分けて姿を見せる誠一郎に敵意を込めた視線を向けて、彼の一挙手一投足に注目する。

 羅威竿の命懸けの特攻を経て、誠一郎は片腕を喪失していると言うのにも拘らず、彼は何でもないように振舞う。その気味の悪さに、永新は却って警戒心を強めるばかり。



「まぁ、いいや。永新クンに絶望してもらう為の演出は、まだまだ用意してあるしね……。それに、僕は他人の体に干渉出来るんだよ? 自分の体だって、ほら、この通り。本当に無駄な死を遂げたみたいだね、羅威竿の奴は。最後まで意地汚くて、泥臭い……本当に、僕とは相容れない奴だよ、アレは。仲良くする振りも正直気持ち悪くて仕方が無かった――っと、永新クン、そんなに怖い顔をしないで送れよ。あんまり警戒されると、僕も傷付いちゃうよ? ……あぁ、もしかしてその燦然院さんの事で警戒しているのかな? でも安心していいよ。燦然院さんには、これ以上手は出さないから、さ」


「……」



 羅威竿を悪く言う誠一郎に対して永新は眼光を強めるのだが、正しく暖簾に腕押し、かのように気にも留めないどころか、永新の怒りを理解していながらわざとらしく宣う姿は、更に永新の怒りを誘う。

 ただでさえ傷付き、脆くなった心で激情に身を任せてしまえば、それこそ誠一郎の思う壺である。故に永新は、香織の体を静かに地面に下ろし、誠一郎と対峙する。



「遂に、僕と闘る時が来たね……って思ったけど、さっきも言っただろ? 永新クンを絶望させる手立てはまだある、ってさ。次は、こいつだよ――」



 しかして誠一郎は永新と対峙するつもりも無いようで、焦げた肌を晒す誠一郎が大きく手を叩いた瞬間、永新と誠一郎の大きく離れた彼我の距離のちょうど中間に、先程まで無かったはずの人影が出現する。


 その姿を前にした時、永新は香織が気を失っていてくれて助かったと、閉ざしたままの口の中で言葉を転がす。



「……永新君」



 ()()は、伏し目がちに永新と対峙した後、視線を交差させ、纏炎をその身に宿す。



「…………絵麻」



 倶利伽羅だけが許される、霊力を炎に転換し、身体機能を向上させる唯一無二の技法。それは即ち、俱利伽羅にとっての臨戦態勢。

 永新を前に、躊躇いながらも臨戦態勢を取るのは、現役の倶利伽羅にして、永新とも関わり深い人物であるはずの、燦然院(さんぜんいん)絵麻(えま)


 そんな彼女が何故、と永新は驚きを瞳に宿すのだが、彼女が動き出すのを目にすると同時に、永新もまた、その身に纏炎を宿すのであった――。








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