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7話

 

 永新と永恋、それから大人の目が無くなった放課後の教室には、今日一日中蔓延していた鬱屈とした空気と入れ替わるようにして幼気な悪意が吐き出されていた。


「……どうするよ。このままじゃ、同期の筆頭は四家でも上位家でもない、無名も無名の最下級、燼月永新に取られちまう。そうなったら俺達は稀代の落第者として家の名に泥を塗る羽目になっちまうぞ」


「そうなってしまえば、私たちは総じて大目玉を食らわざるを得ませんね。揃って勘当が良い所でしょう」


「僕たちの誰かならまだしも、どうしてよりによってあんな最底辺の奴に才能なんかが……! 大体、永恋もどうしてあんな奴を気にかけているんだ。あいつは所詮、僕達のお零れに与る他の連中と同じ、愚者でしかないのに……!」


「言葉が汚いわよ、獅子王。……でも、そうね。気に喰わないのはあたしも同じ。このままじゃ私達の誰一人としてお父様やお母様の期待に応えられない事になりかねないわ。それだけは、どうしても避けなければならない……。となれば、やる事は一つじゃないかしら?」


 何者にも陰りを生ませず、栄光を約束された至高の四家の面々は、生まれて初めて覚えた危機感から物々しい会話を繰り広げていた。

 永新や永恋、大人の目と耳が無くなったとは言え、教室にはまだ生徒の多くが残っているのだが、四家の面々は話の内容を隠そうともせずに開けっ広げに話を進めていく。何かを企てているような四家に制止の声を掛けられる存在はこの場には居ない為、会話の内容を少しでも耳にしたらば「お前も共犯だ」とでも言わんばかりの空気を醸し出していた。

 それでも生徒の多くが危機感を覚えてそそくさと立ち去る素振りを見せる事は無く、それだけ燼月永新の台頭、と言う事実は名家の者達にとっても不満が募る出来事であったと分かる。そしてそれを見通していたからこそ、四家はこうして衆目の場で企てを披露して見せていた。


「問題はどうやって潰すか、ですね」


「これまで通り、周囲から孤立させ続ければ問いだろ。霊力が強い思いに応えるように、霊力の扱いは精神状況が大きく関与している。常に乱し続ければ僕達が抜き去るのも時間の問題だろう」


「今までそれをやって来て、こうなっているんでしょう? それだけじゃ、足りないって事じゃない。やるならもっと……自分から辞めたいと思わせるくらいにしないと、駄目じゃない?」


「おや、晴也さんどうかしましたか? あまり乗り気では無さそうですが」


「……いや、燼月が調子に乗って俺達を見下してくるような嫌な奴だったなら、やりやすくて困らなかったんだけどな」


「――あら、意外ですね。晴也さんは()()を気に入っていまして?」


 嬉々として企てを話し合う火加々美甘奈、神来戸獅子王、御厨七星の輪の中に入ってこようとしない天炎晴也を見かねて甘奈が話を振ると、この謀りを根底から覆しかねない内容が返ってきたためか四家の間に静かな緊張が走る。


 教室の中で歓談を行っているように見えて耳は四家の方へと向けていた生徒の多くにも肌が粟立つような空気が伝播し、教室の中が誰かが息を飲む音が聞こえる程に静寂が満ちる。


 ――倶利伽羅には、その世代を代表とする【世代筆頭】が選ばれる事がある。

 それは世代間において最も優秀な者である証であり、最強の徴でもあった。

 しかしそれは倶利伽羅を目指す者であれば誰もが求める称号――ではなく、選ばれし名家の為に設けられた社会的地位(ステータス)を示すもので、中には世代筆頭の名を持たない優秀な倶利伽羅も存在している。有数の名家以外にとってみれば、与えられる事のない花の冠に過ぎないが故に手を伸ばしすらしない存在。

 けれども、抜きん出た優秀さを求められ、それを強いられる四家や一部の名家において世代筆頭の名はその世代における一際強い発言権を得るようなものである為、親世代は必死になって世代筆頭を育てるべく教育に力を注ぐのであった。


 そんな御家の努力に唾を吐くような晴也の発言に甘奈が噛みつくように鋭い目線を向ける。


 だが、冷や水を浴びせ掛けられたかのような空気も、太陽のような熱さを滾らせる晴也は鼻で笑って軽々と吹き飛ばす。


「……ハンッ。何を考えてるか知らないが、永新の排除に俺は賛成したつもりだぜ? ただあいつが悪いヤツでは無いってだけの話だ。じゃなきゃ、永恋があんなに気にかけるはずがねぇだろ」


「小暮日家は、確か過去に上位四家に名を連ねていた歴史があるとも言うが、本当なのか?」


「えぇ、それは間違いありませんよ。ですがそれも、百年以上前の話だとも聞いていますが」


「ならば、永恋はあの燼月の男を取り込んで、四家に返り咲こうと考えているのか? でなければあそこまで執拗に気にかけているのには納得がいかないが……」


「永恋はそう言うのあんまり考えていないと思うけど、あの子は腹の奥じゃ何考えているのか分からないのよね……。その点で言えば、あたしは最下級の家なんかよりも、永恋の方がずっと怖いわ」


「永新の邪魔をするってんなら、自ずと永恋のやつもどうにかしないと駄目だろうな」


「燼月永新と永恋を引き離す、ね……。これはあたし達が変に出しゃばるよりも、他の人に任せた方が適任かしら。あの子はあたし達に対して一線を引いているような、そんな気がするのよね」


「私達では怪しまれかねませんものね。では、神来戸さんと御厨さんはそれと並行して()()が勉学に集中できないように細工をお願いしますね」


「……最終的に、僕と七星に全ての罪を被せて、甘奈、お前は知らぬ存ぜぬを貫くつもりか? お前は何をするつもりなんだ」


「あら、私は()()()()()()()とお願いしているのですが、まさか簡単にバレてしまうような真似をするおつもりですか? そうなっては、私も知らぬ存ぜぬを通さざるを得ませんが……ねぇ?」


「当たり前だ! 僕を誰だと思っている。由緒ある名家筋、神来戸の血を継ぐ者だぞ。僕は筆頭の座を決して譲るつもりは無い。それは他の誰でもない、君達にもだ。その為なら、なんだって完璧に遂行してみせるとも」


「私に対して宣戦布告とは、現時点での力の差を思い知ったばかりではなくって? それと、私は私で()()の心を折る算段はついていますので、心配なさいませんよう」


「永恋よりもずっと、甘奈の方が何考えてるか分かんないわ。本当に。でも、あたしも獅子王と同じ考えよ。誰であろうと負けるつもりは無いもの。その過程で、誰かを蹴落とす事になってもね。それで? 晴也はどうするの?」


「俺はそうだな……そうやって腹の探り合いするのは苦手だからな。もっと分かりやすく、今日と同じように立ち回るだけだ。どっちかって言うと、永新に寄り添う立場で立ち回らせてもらうって訳だ」


「……それであたし達の邪魔をするつもりなら、迷惑だから辞めて頂戴ね」


「苦手ってだけで、出来ない、とは言ってねぇだろ。俺も、お前達と同じように四家の人間として育てられてきてんだ。俺も、必要だと思ったならなんだってするさ。その為にも、先生の目を誤魔化す役が必要……そうだろう?」


「まさか、今日の時点で燼月に近寄って行ったのは、先生の目を予め逸らしておく為か? 晴也にしては周到だな」


「へへっ、まぁな」


「晴也さんのこの反応は、ただの偶然ですよ」


「おいバラすなっての」


「それはともかく、情報共有はマメにお願いしますね。それと、無いとは思いますが、簡単に絆されたりしないようにお願いします。それから――」


 話が一段落付いた甘奈は、その名に相応しくない黒い笑みを湛えて教室中を睥睨する。

 聞き耳を立てていた多くの生徒が背筋を伸ばす中、甘奈は息を小さく吐いてから笑みを崩さずに一言。




「――()()()()、よろしくお願いしますね?」




 瞬間、待っていましたと言わんばかりにガタガタと音を立てて四家の周りに集まり出す生徒達。


 ――自分達に出来る事は無いか。

 ――何をすれば良いか。


 それはさながら餌に群がる池の鯉のよう。

 名家の子供達がこうまでして誇りを捨ててまでも永新を陥れようとしているのは、彼ら彼女らが心の底から永新を憎んでいるから――と言う訳ではない。

 そこには「四家が望んでいるから」と言う永新にとってみればとばっちりでしかない意図だけが含まれており、四家に気に入られる為に永新と言う出る杭は丁度良い、ただそれだけであった。


 世代筆頭、ないし、ただでさえ影響力の大きい四家に付き従い気に入られると言う事は、それだけ御家の存続が叶うと言う事であり、何よりも血筋と歴史を重んずる倶利伽羅としては、なんとしてでも取り入るべき相手であった。

 そんな彼らが「燼月永新」に狙いを定めたとあれば、いの一番に力になる事を証明し、気に入られるよう立ち回らなければならない。何せこの世代には、四家が丸々揃っているのだから、この学園に通う者であれば別の教室であろうとも「機会があれば取り入るように」と親から口酸っぱく言われているのであった。


 そのような機会が早々に舞い込んできたものだから、生徒の多くは四家の望むがままに立ち回る。

 そしてそれは、冬の寒空の下のように、火の手が瞬く間に回っていくようにして永新の取り巻く環境をより一層窮屈なものへと変貌させていく事を、永恋と共に変える永新は知る由も無いのであった。







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