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77話

 



 ――纏炎闘術無手焼灼流、中伝・赤烏参式。



 甘奈の瞳が、叢雨勇哉の拳が霊技を繰り出す瞬間を捉えた、刹那の一瞬。

 ようやく動き出した脳が危険を促す警鐘を鳴り響かせる中で甘奈が取った行動は、辛うじて横に一歩ズレる事だけ。それも、倶利伽羅が纏炎による強化を用いて大きく移動する瞬歩ではなく、何の力も持たない只人が動かす本当に小さな一歩。


 だが、その小さな小さな一歩が、甘奈の運命を大きく動かすに至るのであった。



「――略式詠唱、防御血界・炎舞方陣ッ!!!!」


「破魔弓術初級、併せ技・流星火山。破魔弓術中伝、灼落紅葉・五連――」



 横に一歩ズレた甘奈の顔を掠めるように火種が飛来し、甘奈と勇哉の拳の間に、炎が文字を象る方陣が瞬く間に展開される。

 直後、一瞬の内に三度もの殴打が繰り出される霊技が勇哉より放たれ、その全てが方陣によって甘奈を襲う事を阻まれる。しかし、その霊技によって生じる衝撃までもを打ち消す事までは叶わずに甘奈の体が僅かに後退する。その隙を狙って追撃を図る勇哉であったが、更に後方より飛来した一本の火矢に気付いて防御姿勢を取るも、甘奈を通り過ぎた辺りで一本だったはずの矢が分裂し、それぞれが破魔弓術初級の威力を持って勇哉の体に襲い掛かる。



「甘奈! 落ち着いて!!」

「態勢整えたら、次、行ける!」


「――っ、ありがとう、ございます!! ……私達の目的は、障害の排除ではなく、時間稼ぎです! 死なず、通さず、守り抜きましょう!! 小暮日さんは私のフォローを、七星さんは防御に徹し、その傍らで晴也さんを立ち上がらせてください!! お二人には、私が決して近寄らせません!!」



 流星火山が甘奈へと向かおうとした勇哉の足を止めるも、勇哉はその程度では完全に止まる事は無い。しかし、それに重ねるように放った永恋の灼落紅葉が、顔を出したばかりに勇哉に襲い掛かり、勇哉は流星火山の猛襲に加えて落ちてくる五つの星、灼落紅葉を無視する事は叶わなかった。


 そうして生まれた隙のお陰で甘奈は我に返り、態勢を整えるべく感謝を伝えた後、彼女は長い髪を一つに纏めて意識を切り替える。


 自分の知らない経験を負った甘奈の目は一度曇ったものの、立ち直った甘奈の双眸は曇りなく輝いていた。けれどもそれは、甘奈が問題を棚上げして目の前の目標に集中するために思考を切り替えたに過ぎず、問題は解決されていなかった。だが、それでも甘奈は決して挫ける事無く、己の強さを信じて目の前の目標に向かって突き進むだけの強さを持っていた。誰かに責任を擦り付けるのではなく、己の中で優先すべきものを選択できる強さを、彼女は持っているのであった。



「――クハハッ!! 良い、良いぞ、弓使い! 今のは……、小暮日か? 一切の躊躇など無く、敵とみなした者には的確に急所を狙うだけの冷徹さを持ち得るとは、実に将来が有望と見える。だが惜しいかな……、今のままでは、数が多いだけの羽虫の如き存在でしかない。単純に、力不足。故に、仕留めきれずに――反撃を貰う」



「ッ!?」



 ――纏炎闘術無手焼灼流、初伝・飛炎殺。



 一切の傷なく永恋の霊技の猛襲から抜け出した叢雨勇哉は、その手に五本の矢を持っており、圧倒的な実力差を知らしめるかのように衆目の下でそれらを圧し折って見せる。


 そして敵ながら天晴とでも言うかのように賞賛したかと思えば、叢雨勇哉は次の瞬間には褒め称えた相手を殺しにかかる。


 霊力を伴う重撃を地面に向かって叩き付けたかと思えば、頑丈な床板を易々と砕いて己が霊力を纏わせた破片を宙に浮かせ、それらをまるで大砲のように一斉に撃ち出す。狙う先は、弓矢を構えた小暮日永恋ただ一人であり、一斉に撃ち出された礫の一つ一つが、まるで大砲のような威力を持った散弾銃と化して永恋に襲い掛かる。

 例え横方向に逃げたとしても、広域を占める攻撃範囲と飛来する速度からは決して逃げられず、非力を思い知らされた永恋には全てを防ぐ術はない。故に、到達すれば永恋の全身が蜂の巣にされるのは決して逃れられない未来であった。




「――紅蓮一刀流・中伝、火翼の帳(ひよくのとばり)




 しかし、実際にはそんな未来が訪れるはずはなく、意識を切り替えた甘奈の霊技によって炎の翼が展開され、飛来する礫の全ては甘奈の横を通り過ぎる前に次々と炎に包まれ、灰と化していく。



「本番は、ここからです……! 行きますよ、七星さん、小暮日さん!!」


「気にせず、突っ込んで」

「守りは、任せて!!」



 刀を握り替え、腰を落とした甘奈が短く息を吐くと、纏炎によって引き上げられた身体能力をフルに生かして跳ぶように駆け出し、堂々と佇んでいる叢雨勇哉へと肉薄する。



「――紅蓮一刀流、初伝重ね技。桜花一閃・虹鶴」



「クハハッ、そう来なくては、面白くも無い!! お前達が全力でなければ、叩き潰す価値も無いと言うものよ!! 倶利伽羅の技の全てを網羅するこの俺に……っ、教本通りの動きしか出来ない小娘の刃が、届くとでも思ったか!!?!!?」



 甘奈が繰り出したのは、桜花一閃の七連撃。

 息付く間もない連撃は対象の身を削る連撃であり、現代の倶利伽羅において観測される最多の連撃数。


 右から、左から、後ろから、斜めから、前から、上から、下から。

 それら全てを、叢雨勇哉はその場から大して動く事の無い状態で弾き切り、最後の一閃を弾いた、甘奈に訪れる最大の隙を突いて、勇哉は対象を破壊し尽くす頑強な拳の猛打をお見舞いしようと拳を放った、次の瞬間。



「――略式詠唱、防御血界・廻錐天!! 続けて……っ、略式詠唱、付与術式・反転!!!」



 後方から声が飛び、甘奈の胴に拳が届く直前で護符の術式が発動し、拳が置かれる場所に円錐状の盾が出現する。それはまるで丸鋸のように回転し、叢雨勇哉の拳を甘奈の体より逸らしてくれる。

 それに加えて、付け加えるように飛ばされたもう一枚の護符の効果が発動し、衝撃を受けた傍から円錐の先端が伸び、鋭く尖った先が衝撃を加えた人物に対して串刺しにせんと迫るのだが、腕を弾かれた後に素早く身体を翻した勇哉によって片方の腕が差し込まれ、勇哉の体に反撃が届く事は無かった。



「ふぅ、ふぅ……っ!」


「ううむ、新型霊具を用いたとて、使い手が弱いから構わないと思っていたが……。俺の知らない種類の護符を用いられると厄介だな……。先に、潰すか? ――っ」


「……破魔弓術初級、併せ技・乱れ燦花!!」


「……狙いは、的確。急所に当たれば十分に危険だが、守りを抜く威力ではない。小暮日の娘も厄介だが、先に始末するのは……、御厨の娘だな」



 離れた場所から的確に急所を突くように破魔弓術の初級を放ってくる永恋に対して、叢雨勇哉は飛来する矢を全て片手で弾き落として対処する。小暮日永恋、御厨七星の後衛二名は、前衛を務める火加々美甘奈による攻撃の後隙を埋める形で動いている。それは裏を返せば、火加々美甘奈の攻撃後には必ず隙が出来ると言っているようなもので、火加々美甘奈はそもそも前衛には向いていないと言う事でもあった。



「っ……、紅蓮一刀流、初伝重ね技・火仙鳳……ッ!!!!」



 七連撃の反動で呼吸を乱した甘奈は、二人が作り出してくれた時間で息を整えたものの、満足に休む間もなく攻勢に出る。叢雨勇哉がボソリと呟いた不穏な言葉を実現させないために、甘奈は自分を生かす為に繋いでくれた後衛に手出しさせないように攻め続けるしかないが故に、体にかかる負荷を考慮せずに霊技を繋げていく。


 繰り出す「火仙鳳」と言う霊技は、低い姿勢から切り上げ、体を浮かした後に訪れる自由落下を霊力によって加速させ、その威力でもって叩き付けると言う、纏炎による身体強化に加えて空中での姿勢制御と完璧な霊力の操作が求められる習得の困難な技であると同時に、強力な技であった。



「むっ!?」



 そんな習得の難しい技を、正式な俱利伽羅になって一年も経過していない小娘が会得しているなどとは思ってもみなかった勇哉はわずかに動揺を誘われる。技の脅威で言えば先の七連撃の方が遥かに凄まじいのだが、七連撃は火加々美甘奈を語る上では外せないとも言える程に有名であり、前情報として勇哉はそれを知っていた。故に、始めにそれを警戒していたが為に完璧に防ぐことが出来ていたのだが、火仙鳳に関しては完全に不意を突かれた形になってしまった。


 しかし――。



「ぬるいッ!!!」


「っ……!??!」


「りゃ、略式詠唱――」



 勇哉はその頑強な体躯でもって初撃の切り上げによって体を浮かされずに済んでしまう。

 そうなっては、宙に浮いた甘奈の体は無防備に晒されてしまう。その瞬間に勇哉が甘奈に襲い掛かろうと体を動かしたのを見て、七星が咄嗟に甘奈に向けて護符の効果を発動させるのだが、勇哉の足は甘奈ではなく、後衛の七星に向いていた。



「違う――っ、逃げて、七星さん!!!!」


「クハハッ、勘が良いのが仇になったな!!」


「っ、りゃ、略式詠唱――あっ、護符が……!」



 勇哉が立っていた場所から七星の場所までは、勇哉程の実力者ならば三歩……否、二歩もあれば辿り着くだろう。その間に新たな防御用の護符を手に取ろうと動いた七星であったが、その手はホルダーから護符を取り出す際に指を引っ掛けてしまい、護符を取りこぼしてしまう。

 彼女の傍には絶望に打ちひしがれる晴也が蹲っているだけで、宙に浮いた状態の甘奈では一度地上に降りてからと言うワンアクションを挟まなければならない為、追い付いた頃には勇哉の行動が終わった後になってしまう。それはつまり、現時点で彼女の盾になれる存在はおらず、七星が護符を拾い落とした今、勇哉の拳を防ぐ手立ては七星の手の届く範囲には存在し得ないのであった。



「所詮は四家の面汚しである御厨家の息女に過ぎないな。栄光ある四家に相応しくなどない霊力の持ち主よ、苦しい思いはさせん。一撃で、葬ってくれようか――ッ!!!!」


「っ、晴也……!」



 勇哉の言葉に表情を険しくする七星は、肝心なところで失態を犯す今の自分の姿を見て返す言葉の一つも見つけられぬまま、せめて晴也だけでも守らなければ、と勇哉の手から逃れてくれとの一心で、晴也の体を両手で押し出す。殺されるのは、自分一人だけでいいから、と歯を食いしばった――次の瞬間。



「破魔弓術上級、一天(いちてん)……絶矢(ぜっし)



 その声が聞こえた刹那、あらゆる環境音で支配されたはずのエントランスホールに不自然なまでに一瞬の静寂が訪れかと思うと、その静寂を切り裂くように一本の矢が、一つの光となって勇哉に飛来する。それは視認してからでは遅い、不可避の攻撃であり、七星に目掛けて構えられた勇哉の拳を、小手型霊具・(ひでり)諸共貫いて見せる。



「ぐぅっ……!??」


「七星ちゃんはそのまま晴也くんの目を覚まして。甘奈ちゃんと私が、それまで足止めするから――」



 どんなに攻められたとしても余裕を崩さなかった勇哉が、この瞬間、初めて表情を崩して険しさを見せたものの、それを成した永恋は喜ぶ素振りも見せずにどこからともなく姿を現して勇哉との距離を詰めていく。

 そうして繰り出されるのは、破魔弓術と纏炎闘術を組み合わせた近接特化の破魔弓術。


 破魔弓術には二通りの技があり、基本が後方から遠距離による援護射撃なのに対して、別の型と言うのが、これより永恋が繰り出す、破魔弓術を用いた近接格闘であった。

 霊力を蓄え、遠距離から確実に仕留める一撃を放つのとは違い、近接格闘では最低限の霊力で近距離から中距離で最大の威力を発揮する散弾のような霊技をベースにあらゆる体術を組み合わせた立体的かつアクロバティックな動きを取らなければならないと言う、非常に難しい技術。



「姿を現さず、常に移動を図って俺の視界から消えていたのは、上級を狙う為の囮だったか……! クハハッ、下手をすれば味方ごと貫いていたやもしれないと言うのに、お前には何が見えていると言うのだ、小暮日の娘よ!!」



 一気に永恋に対する警戒心を上げた勇哉は、攻勢のギアを一つ上げたかと思える程に鋭く、確実に死をもたらすべく力を込めて襲い掛かってくるのだが、永恋は頭の中でうるさい程に鳴り響く勘を頼りに幾度も地面を転がってすんでのところで勇哉の拳を避け続ける。


 それから、距離を取っては弓矢による霊技をすかさず挟んで近寄らせず、かと思えば永恋の方から近付いて肉弾戦を仕掛ける。しかし後者はあくまでも牽制に過ぎず、目的は相手の揺さぶりであった。そうして勇哉が永恋に集中せざるを得ない隙に、戻って来た甘奈が加わって二つのヒット&アウェイによる連携の動きが完成するものの、右腕を潰したと言うのにもかかわらず左腕一本でその二人を圧倒せしめるほどに強い勇哉に対して、永恋と甘奈の即興コンビネーションは押し切る事が出来ないどころか、反対に勇哉に押され始めてしまう。


 甘奈も永恋も余裕の表情を崩してはいないものの、内心では焦燥が滲んでおり、そしてそれは長らく二人と時間を共有してきた過去を持つ七星だからこそ、二人に守られる立場で決して長くは持たないと言うのが理解できてしまっていた。その為、七星は急いで自分が突き飛ばした晴也の下に駆け寄り、彼の体を激しく揺すった。



「晴也……! お願い、起きて、戦って……!」


「む、無理だよ……俺は、勇哉は、俺の、家族で、師匠なんだ……!! 裏切るなんて、嘘に決まってる……。俺は、そんな事、認めない……認め、られない……。受け入れ、られないんだよ……!!」



 しかし、彼は、彼自身の身に降りかかった不幸を今すぐに受け入れる事など出来ずに、自分の殻に閉じこもってしまう。


 ――信じた人に裏切られる。


 戦わなければならない事も理解しているのだが、それを実行に移してしまえば「晴也が信じていた叢雨勇哉」と言う彼の中の決して小さくなどないものが嘘だと証明されてしまう。叢雨勇哉と言う男は、天炎晴也にとってそれだけ重大な要素であり、それが欠けると言う事は、晴也を構成する大事なものが欠けると言う事に繋がり、自分と言う存在を見失いかねない。そして、その事実を前にしただけでも自己を喪失した恐怖を味わって動けなくなっているのだ。もしも現実を受け入れて、本当の意味で自己を喪失した時、晴也は自分が自分ではなくなる感覚に耐えられないと頭ではなく心で理解していた。


 それ程に、恐ろしい感覚。

 今も涙を流す度に、目を背けたい現実が本物であると思い知らせてくる。だって、本当に嘘やドッキリなら、涙なんて流れないはずなんだから。



「……っ」



 そんな晴也を前にして、七星はどこまでも苦痛に歪んだ顔を浮かべ、下唇を喰い破って血が出るまで、力強く食い縛っていた。


 それは、晴也に物申さずにはいられないから。



 ――自分達は、その感情から決して目を背けてはならないと、知っているから。



 今でもこの話題を口にするのは憚られる。

 思い出す度に恐怖し、自分たちの行いに悔いる事しか出来ないから。


 それでも、あの時あの場にいた自分達だけは、決してその現実から目を背けてはならないのだと、無数の星を散りばめた銀河のような瞳を瞬かせ、目から大粒の涙を溢れさせながら晴也の胸倉を掴んで持ち上げ、乱暴にでも前を向かせる。






「――燼月はッッッ!!!! ……もっと苦しかったはず、もっと、辛かったはず……! 友情を信じ込ませて、裏切ったのは誰!?!? 燼月の恋心を弄んで傷付けたのは、誰ッ!? あたし達でしょッ!?! それを……っ、その責任から、自分だけ逃れようとなんてしてんじゃ、ないわよッッ!!!!」






「……っ」






「あたし達は、一生許される日は来ないし、一生それと向き合って生きて行かなくちゃいけないの……! それを、晴也……、あんたは今、忘れようとした。逃れようとした……!! これは、あたし達が倶利伽羅である以上、今後一生付き纏う、責任なの。その事を忘れられる日なんて、一生来ないし、この罪に一生苛まれるの!! それが嫌なら、今すぐ倶利伽羅を辞めて。全部忘れて、ひっそりと生きるの。それが嫌なら……ううん。一人の人生を狂わせた責任を取る為に、あたし達は、戦うしか無いの……。それだけが、燼月をあそこまで追い詰めたあたし達ができる、唯一の贖罪。そうでしょ?」



 晴也の目には、七星の苦痛に満ちた表情が視界一杯に広がっており、心が折れるような現実を突き付けてきて尚も「立ち上がれ」と言ってくる彼女がどこまでも憎く感じる。しかし、それでも、七星の言う事は何一つとして間違っておらず、自分たちが苦しみ藻掻く事こそが、燼月永新と言う一人の優秀な倶利伽羅になるはずだった男の人生を歪めてしまった自分達の責任。その事を再確認させられた晴也は息を飲み、力強く瞼を下ろす。そして再び開いた時には、晴也の目には「覚悟」が据えられているのであった。



「……ごめん、七星。そうだよな、お前の言う通りだ。これは、俺への罰なんだろう。だからこそ、俺は、前に進まなくちゃ、ならない……。そうだろ……、燼月永新」



 己の足で立ち上がった天炎晴也は、大きく息を吐いた後、凪のような霊力を放出する。

 それは、叢雨勇哉にも引けを取らない完璧なまでの纏炎であり、その出力は四家の当主にも匹敵する程のものであった。



「晴也……! 状況は、言わなくても分かるわよね?」

「遅くなって、悪かった。俺は、俺の罰を受け入れる。俺の、やるべき事をやるだけだ――」



 ――霊力は、強い思いに応えてくれる。


 それは正の感情だけではなく、負の感情にも応えてくれるもので、天炎晴也の一挙手一投足全てを重くしてしまえるような恐怖の感情にさえも応えてくれるが故に、目を背けたくなるような現実を前にして恐怖で震える体をも無理矢理動ける程の出力を維持しているのであった。



「――避けろ、二人とも!!!」


「「っ!」」


「クハハッ! 随分と遅いお目覚めですね、晴也坊ちゃん。それに……良い蹴りだ。それでこそ、潰し甲斐があるってもんだ」


「片腕が使い物にならない状態で、俺達を相手取れるとでも思っているのか?」


「坊ちゃん、声が、震えていますよ?」


「……それが、どうした。お前がどうして倶利伽羅を裏切ったのかなど、聞いてはやらん。身内の恥は、身内で処理をする。ただ、それだけの話だ。……天炎家の名を持って沙汰を告げる、叢雨勇哉。今この時を持って、お前は倶利伽羅より永久追放だ。死をもって、罰を受けるがいい」



 睨み合う師と弟子。

 片方は右腕を欠いており、もう片方は非情に成り切れない。そんな二人の間で火花が散ったのも束の間、突如として叢雨勇哉は構えを解いてしまう。



「どうやら、時間切れみたいだ。晴也坊ちゃん、この決着は、次に会った時に持ち越しです。そう遠くないでしょうが、それまでに、もう少し強くなっておけよ? 次は、本気で殺す――」


「っ、逃げるのか!? 待て――」


「晴也さん、相手が逃げてくれるのなら、好都合です。追う必要は、ありません……」


「終わ、ったの……?」



 背を向けて去って行こうとする勇哉に対して、後を追おうとした晴也の肩を掴んで止めたのは、甘奈。肩で激しい呼吸を繰り返す様子は疲労困憊の様子で、そしてそれは足止めを買って出てくれた永恋もまた同じであった。


 しかし、永恋の目は去っていく勇哉ではなく、エントランスホールの端に見える永新を映しており、そこに真宵が合流するのが見えた。

 本来であれば永恋もまた、全てをかなぐり捨ててでも駆け寄りたいのだが、その想いを押し殺してでも、緊張から解放されて床に腰をついた七星に聞かねばならない事があった。


 殺意にすら変換されてしまいそうな程の怒りをひた隠して、弓矢から手を離さずに七星の元へと足を向けた、その時だった。






「――全員、動くな!! この場は既に包囲されている! 無駄な抵抗はお前達の命を削るものだと思え!! ……これで、よろしいですかな、炎導(えんどう)ササラ殿?」


「……下火蔵(したびくら)よ、貴様が出張る意味など、無いだろう」


定道(さだみち)、良い。手間が省けた。……いち、に、さん。それから、よん。妖魔の気配がする連中を、即刻排除しよう――」






 ――大勢の倶利伽羅を引き連れた北の盟主、炎導ササラが、更なる波乱の予感と共に連盟本部一階のエントランスホールへと乗り込んできたのであった。












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