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76話

 


 ――全ての場所で戦闘が始まったのと同じ頃、残された倶利伽羅達もまた、複雑な感情を絡み合わせ、睨み合いを果たしていた。




「永新……っ、まずは、こっちが、先……!!!」

「……皆さん、相手は倶利伽羅です。例え俱利伽羅であろうとも、妖魔の側に付くようであれば、例外なく敵です。覚悟を決めてください。この場は、私が指揮を執ります」

勇哉(いさや)……。嘘だろ、おい……!! 俺は、お前の事を、家族だと本気で……、思ってたのに……ッ!」

「晴也! しっかりして!!」



 連盟本部一階のエントランスホール。

 その場に集いし者達が、それぞれ異なる思惑で命を懸けて戦う中、その一角に取り残された黄金世代の子供達もまた、立ちはだかる強敵を前に覚悟を決めねばならなかった。


 黄金世代を代表する小暮日永恋、火加々美甘奈、天炎晴也、御厨七星の四名と対峙するのは、彼女らと同じ倶利伽羅に位置する先達である、叢雨(むらさめ)勇哉(いさや)

 この男は、何を隠そう、四家指南役として天炎晴也の家庭教師を担っていた男であり、晴也が言うように彼にとっては家族同然の間柄。そんな男が、天炎家のみならず、四家を、ひいては倶利伽羅全体を裏切るような真似をして妖魔の味方に付くなどという馬鹿げた現実を突如として突き付けられた晴也は受け入れられずにいた。


 しかし、現実は無情にも夢を見せてくれることは無く、どんなに残酷であろうとも晴也の目には、一切の脚色が為されていない「叢雨勇哉が裏切った」と言うありのままの現実が映るのであった。



「そんな……! 嘘だと、言ってくれよ……。勇哉……ッ!!!!」

「ぁんの馬鹿ッ!! あたしが正気に戻してくる――」



 それでも、断固として目の前の現実を受け入れられない晴也が、縋るように勇哉へとふらつく足取りのまま歩いて行くのを、七星だけが止めようと動いた――その瞬間だった。



「ぁ、が――ッ!?!!?」



 永恋、甘奈、七星が敷く間合いの外側の一線。それを晴也が超えた刹那の一瞬。


 その一瞬で叢雨勇哉は距離を詰めたかと思えば、なんの躊躇もなく、晴也の胴に拳を叩き込んだ。



「「「ッ!?」」」



 パァン、と小気味よい音が鳴ったかと思うと、三人の間を晴也の体が通り過ぎ、拳を打たれるなどとは考えもしていなかった晴也は、満足に受け身を取る事すら出来ずに盛大に床を転がっていく。


 後方から呻き声が聞こえてくる以上、晴也は死んでいない。

 けれども、晴也が物心ついた頃から成人の儀を経て正式な倶利伽羅に就任するまでの長い間、晴也にとってみれば自分の一生の大半を師弟の間柄で過ごした間柄であるにもかかわらず、なんの躊躇もなく晴也の事を殴り飛ばした、と言う事実はいとも容易く晴也の心を殺し、三人の間に改めて「叢雨勇哉は裏切った」と言う確信が走った。


 故に、追撃に備えて再び叢雨勇哉から距離を取るべく動いた三人であったが、その予想は大きく外れ、当の本人は更なる追撃に動く事は無かった。



「――本当に、晴也坊ちゃんは素直で……、何よりも馬鹿で操りやすい」



「狙いは、新型霊具……!?」



 叢雨勇哉が追撃しない理由。それは、彼がその手に収めた道具に付随し、恍惚とした表情で己が手に収まった霊具を眺めて、感慨深く息を吐く。


 彼が手に収めていた物、それは、永恋が取り寄せた実験段階の新型霊具であり、黄金世代の合流時にそれぞれに合った新型霊具を一つずつ手渡していたものであった。


 小暮日永恋は、弓矢型霊具・(こがらし)を。

 火加々美甘奈には、刀剣型霊具・時雨(しぐれ)を。

 御厨七星には、新規開発の護符一式・極光(きょっこう)を。

 そして、天炎晴也には、小手型霊具・(ひでり)を渡し与えていた。


 その内の一つ、天炎晴也が持っていた小手型霊具が、いつの間にか叢雨勇哉の手に渡っていたのであった。


 叢雨勇哉が味方する妖魔の側、人形使いと呼ばれる妖魔の狙いは、初めから四家が主導かつ秘密裏に開発した、倶利伽羅の能力を底上げすると言われている新型霊具。

 それを、目の前の男は手にしてしまったという事態に誰もが瞠目せざるを得ないのだが、誰よりも目を瞠るのは、それを奪われた天炎晴也。



「……は?」



 何とか起き上がる事に成功した晴也であったが、彼は心に一抹の期待を宿していた。


 この場において、叢雨勇哉がどのような人物であるか、ましてや彼の実力の程を最も知っているのは、勇哉と最も長い時間を過ごした天炎晴也。裏を返せば、晴也こそが叢雨勇哉攻略の鍵となる存在であったのだが、晴也は叢雨勇哉が敵だと知ってから完全に戦意を喪失しており、それが故に敵の眼前に無防備に歩み出て行くなど言う、()()()()()()()()()()()()行為を取ってしまった。


 しかし、晴也は幸運にも無防備の状態でありながらも大した怪我も無く後方に吹き飛ばされただけに過ぎない。それを、晴也は「勇哉はやっぱり……」などと現実から目を背ける期待を胸に顔を上げた直後、自分の腕に嵌めていた霊具を奪って笑みを湛える家族擬きの姿をその目で捉えて、絶望する他無いのであった。


 勇哉の取った行動、それはつまり、晴也の事など初めから眼中になく、狙いはその手に嵌められた新型霊具のみ。そして、晴也の体に大した不可もなく殴り飛ばされたのは、晴也の手から霊具を奪う為の行為であったに過ぎなかったと言うのを、奇しくも顔を背けていた現実によって無情なる答えが晴也の頭に叩き付けられるのであった。



「従来の霊具同様、使い手を選ばぬフィット感。そして何よりも、体の底から霊力を引き出されるかのような、絶対の自信……!! ――クハハッ!! まずは手始めに、お前達から葬ってやろう。倶利伽羅を裏切るだけではなく、期待の新星である黄金世代をこの手で潰す……! 正に破壊的ッ! 正に絶望的ッ!! 俺の悲願が、今この瞬間、達成される……!!! クハハハハハハハッ!!!!!!!!!」



 新型霊具は従来の霊具同様に、サイズの可変性に応用が利く上、調整は自動でされる為、それまで晴也の体の大きさに調整されていた籠手は、二回りも大きな勇哉の剛腕に問題無く拡張され、勇哉の前腕を覆う。


 声高に笑って見せる勇哉に対して三人が臨戦態勢を取る中、信じていたものに裏切られた衝撃で戦意を喪失した晴也は、遂に前を向く事すら出来なくなってしまう。



「う、うぅ……!!」


「っ、小暮日さん、七星さん、私が前衛を務めます! お二人は、晴也さんが立ち上がるまでサポートをお願いします! ――晴也さん! 貴方の力が、必要です! 待っていますから、必ず、立ち上がって下さい!!!」



 ――さもなければ、待っているのは全滅。


 黄金世代の前に立ちはだかった叢雨勇哉は、俱利伽羅ではかなりの実力者として名が通っており、過去には単独で中級妖魔の討伐にも成功している程の強者。それだけであれば、黄金世代の中でも粒揃いの四人が揃って連携を図れば撃退にも成功する可能性は十分にあったのだが、新型霊具の入手によって力の天秤は勇哉の方へと大きく傾いてしまった。それに加えて、前衛の要たる晴也の離脱。


 万能型(オールマイティ)な甘奈が晴也のポイントを埋める形で連携を途切れさせない事は可能ではあるが、戦線の維持に加えて、後方へ火力が向かないよう牽制をする事に加えて、それぞれの指揮となると、甘奈一人の仕事量が遥かに多くなってしまう。そうなれば戦線の維持は長くは持たずに決壊するのは目に見えているため、ここで動かなければ確実に死が待っている。故に甘奈は、普段は抑えている脳の回転をフルで働かせるべく、新型霊具によって引き上げられた霊力を用いて倶利伽羅の裏切り者を、叢雨勇哉と言う障害を本気で殺すつもりで立ち向かうのであった。



「っ、甘奈ちゃん、指示をお願い」


「甘奈!! サポートは任せて!!!」


「陣形は、二天! 攻勢は決して緩めません! ……信じます」



 いつだって「永新第一」の永恋ですら、目の前の障害を排除する事が先決であると判断して、この場において最も優秀である甘奈に指示を委ねる。そして七星も永恋同様に甘奈に采配の全てを委ね、その信頼に信頼を返すかのように甘奈もまた、二人に支援を任せるのであった。



「黄金世代……。実に大仰な名だな。何の苦労も、苦痛もなく地位を昇り詰め、歴史に名を刻むなど、天が許したとて、俺が許さん。その傲慢な一生を、この力でもって捻り潰してくれるッ!!!! 


「――紅蓮一刀流、中伝。重ね技・斬裂赤火(ざんれつせっか)



 纏炎を解放した勇哉は、その場でただ立って力むだけで周囲に暴威を撒き散らす。

 けれども、勇哉が言うような生半可な生を、与えられるだけの生を過ごして来た訳ではない甘奈は、その暴威をものともせずに斬り進み、勇哉の無防備な肉体目掛けて刀を振るう。


 霊技によって炎を宿した刀身は、二重、三重にも分裂する。その一閃はまるで爪で引っ掻いたかのように引かれるが故に、甘奈の下した霊技は、別名「獣宿し」とも呼ばれており、甘奈が息つく暇もなく振るった刀が軌跡を描くように、床に激しい爪痕を残していく。



「はああぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!!!!」



 甘奈はこれまで、優秀と呼ばれる更に上の成績を常に取り続けてきた。

 それは甘奈が生まれ持った才能に加えて、影の努力が実を結んだ成果とも言えるのだが、その泥臭い努力を甘奈は決して表には出して来なかった。必然的に、周囲からは甘奈は才能の塊で、なんでも涼しい顔をして熟してしまうのだと思われてきた。

 それは妖魔との闘いでも変わらず、彼女はいつでもどんな時でさえも、眉一つ動かさずに対処してきた。それは彼女がこれまで自分よりも格上の存在と対峙した事が無いから、と言う訳ではなく、単純に、彼女が表情を歪める程に本気を出さざるを得ない相手と対峙した事が無かったから、と言うのが真実。


 晴也に叢雨勇哉と言う男が付いたように、甘奈にも家庭教師兼指南役として上位の倶利伽羅が付いている。当然、四家筆頭の火加々美家であるが故に叢雨勇哉と並ぶかそれ以上の実力者が付いている為、格上との試合は何度も経験してきた。しかし、それは全て、所詮は試合と言うもの。負けそうになれば相手は刀を止めるし、傷付かぬよう刃だって潰してある命の保証がされている状態。それでも、多少の覚悟は必要ではあるが、本物の命のやり取りをした事は、一度も無かった。


 故に、甘奈にとっての初めての殺し合いは、今この瞬間。

 叢雨勇哉は、決して寸止めなんてしてくれないし、顔だって、急所だって的確に狙ってくる。

 そんな状態で涼しい顔を保つ事など出来るはずもなく、生まれて初めて人前に見せる、火加々美甘奈の本気の表情。慣れない殺意を滾らせて、目の前の倶利伽羅に本気で命を奪う為に斬りかかる。


 しかし――。



「クハハハッ!!! 甘い、甘すぎるな、火加々美甘奈ッ!!!」


「あッ……!!?」



 斬り付けたのは一度や二度では無い。

 甘奈にとって数え切れないほどに刀を振ったのにも拘らず、甘奈の刀が届いたのは、叢雨勇哉が纏う霊具の一端のみ。殺意に満ち溢れた獣をその身に宿したと言うのに、甘奈の放った斬撃は、全て勇哉の手によって完璧に防がれてしまい、最後には弾かれた隙を突かれて刀身を素手で取られてしまうのであった。



「知らないようなら教えてやろう。同じ倶利伽羅同士、人間同士で戦う上で狙うべきは、人体の急所だ。……額、こめかみ、鼻、顎、首、肩、鳩尾、腹、下腹部、膝裏――どれも、一発で動けなくなる急所だ」



 勇哉は、まるで授業をするかのように甘奈が握った刀を持って、先端を順に当てていく。その間、甘奈は自分の手が持っているはずの刀を一切自由に動かす事が出来ない事に戸惑いながらもその手を離す訳にはいかず、勇哉の言葉に耳を傾けざるを得ない。



「それが、なんだ? お前は、その恵まれた力で、どこを狙った? 前腕、脇腹、脛ばかり。どれも致命傷になんか、ならない。差し違える覚悟も無いようでは、所詮は、ガキのお嬢様だった、と言う事か。失望するには十分だ。ならば、もうお前には、用はない――」



 甘奈の手に自由が戻った、刹那。

 目の前で爆発的に霊力が膨れ上がり、甘奈の頭は一瞬動作を止めてしまう。

 それは、勇哉の言葉が図星だったせいであり、たった一度の失敗を恐怖して、甘奈の体は硬直を受け入れざるを得なかった。生まれながらにして成功のみを続けてきた甘奈にとって、自分の力が、常識が一切通用しない相手を前にして、彼女は自分が「失敗した」のだと悟り、生まれて初めて経験する失敗と言う名の恐怖に囚われてしまう。


 それは神来戸獅子王が心の底から願うたった一度の成功を夢見て失敗を重ねるのと真逆ながらも、似たような状態に陥っており、新型霊具によって引き上げられた勇哉の霊力が霊技と言う形を成して自分の身に襲い掛かるのを、まるで他人事のように眺めるのであった。



 ――纏炎闘術無手焼灼流、中伝・紅烏参式。



 甘奈が止まっていたのは、時間にして一秒にも満たない時間。

 されども、その一秒さえあれば勇哉の技の準備が整うには事足りる。


 脳の働きをようやく取り戻したは良いものの、甘奈が動けたのは、只人の歩幅で情けなく一歩横にズレる程度のものであり、勇哉の間合いからは決して逃れられずにいた。


 そして次の瞬間、甘奈の瞳の中で、光が弾け飛んだ――。








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