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72話

 


 倶利伽羅の心臓部、情報の全てが集約する連盟本部に居た永新と真宵は、倶利伽羅内部に潜り込ませていた妖魔側の内通者、虎鐘(こがね)の案内の元、倶利伽羅に、ひいては(ハク)に弓を引く妖魔を排除しに動いていた。


 多くの倶利伽羅が出払う大作戦の決行の日。

 それでも連盟本部に残る僅かな連盟職員の目を掻い潜る為に二人を先導する虎鐘は、非常階段を選択した。


 かつて医務官として連盟本部にも足を運んだ事のある真宵であれば、容疑のかかった人物がいるであろう場所に好きなだけ瞬間移動できると言うのにもかかわらず自分たちの足で向かう事にした虎鐘は「私めの指示に従って下さい」と騒ぎを起こしたくない一心で二人を納得させたかのように思えたのだが、真宵だけはその言葉に納得できていないようで、虎鐘の背に向ける視線が険しくなった真宵と、先導に矜持を見せるかのような虎鐘の間に挟まれた永新は長い沈黙を経て連盟本部一階に辿り着いた。


 一階へと降りる途中から聞こえて来た戦闘音からして、何かしらの異常事態が起こっているのは確認するまでも無いのだが、虎鐘が覗き込んで確認するまで動かないようにとの発言を聞いて待っていた、その瞬間だった。



「――来たか」



 刹那、これまで重苦しい沈黙を保っていた真宵が、これまで見た事も無いような獰猛な笑みを浮かべたかと思えば、彼女は爛々と輝く瞳孔を開いて瞬く間に姿を消す。残された陽炎に揺られる永新は呆然としながらも、彼女の後に続くべく頭を抱えた虎鐘の制止も振り切って階段の影から出て行くと、豪快に破壊されたエレベーターのすぐ傍で攻防鬩ぎ合う俱利伽羅同士の対決に割り込んだのであった。



「――さて、と。どう言う状況なのか、教えてもらってもいいですか?」



 エントランスホールの、端と端。

 そこから飛ばされた檄にいざ立ち入ってはみたものの、永新が握っている情報はただ一つだけ。


 永新の登場に目を丸くする、スーツの男が妖魔である事。ただそれだけ。

 自分の背後で頭から流血して膝を付く女性と、その彼女と戦っていた筋骨隆々の男性が誰であるかなど、決して知り得ない。


 故に聞くべし。

 背後の女性が敵なのか、それとも敵では無いのか。



「燼月、永新……!? どうして、貴方がここに……!?」



 しかし、返って来たのは永新に対する質問のみ。

 かと言って永新は背後の女性と面識がある訳でも無いのだが、と思い至ったところで、倶利伽羅全体に指名手配されていると言う噂を思い出して、鼻で笑う。自分は本当に、倶利伽羅から敵と見られているのだと言う事実を改めて突き付けられた永新は「話にならない」と見限り、その時点で背後の女性を意識の外に追いやって、目の前で立ち尽くす倶利伽羅の男と、標的であるスーツの男に意識を切り替える。


 男は永新が現れてから女との問答の間、長くはなくとも決して短くはない時間、放心した状態を維持し続けていた。呆けた様子で永新を見つめている様は、まるで念願叶ったかのように見えたのも束の間、我に返った本人は瞠っていた目を本来の大きさに戻して、何かが纏わり付くような歪み切った笑みを浮かべるのだった。



「――燼月、永新ン……!! 会ぁいたかったですねェ、腑抜けた妖魔の王の、最ァ高傑作ゥ、に……!! 私でも成し遂げられない、遥かなる高みの作品にィ……。キヒッ!!!」


「最高傑作……?」


「貴方には、ずっと会いたかったんですよ……? 歴史上を含めて、妖魔に堕ちた唯一の倶利伽羅と言う、希望の存在である貴方にっ!!!」


「気持ち悪い……」


「キヒヒっ。良いですねぇ、その顔ォ……!!!」



 背後で倶利伽羅の女性が「何かキャラ違くない?」と言っているのを他所に、永新はスーツの男の一挙手一投足を観察する。


 荒い呼吸に、開き切った瞳孔。多量の発汗に加えて上気する頬は正しく人間で言う興奮状態であるのは間違いない。男が妖魔とは言え、人化の術は表面上だけではなく全てを人体に擬態する術である以上、男の反応は正しく言葉通りの反応であると言え、倶利伽羅のみならず妖魔からも邂逅を心待ちにされていると言う事実に永新は辟易せざるを得ない。


 そんな永新に対して、突如として男は思い出したかのように手を叩き、深々と礼をして見せる。



「私としたことが、自己紹介を忘れていました。私の名は、喜界嶋(きかいじま)操太(そうた)。しかし、そんなしがない連盟職員は世を忍ぶ仮の姿……。またの名を『人形使い』、本当の姿はあなたと同じ、上級妖魔でございます。その名の通り、私は霊力を糸状にして様々なものを操ります。人も然り、物も然り。ですが……、私は糸で操るよりも、言葉で人を巧みに操る方が好きでしてね。例えばそう……、貴方に会いたいと、近付きたいと、()()()()()()()と切望する愚かな子供の一生を狂わせることが何よりも至福でして……」


「何が言いたい?」


「っと、自分語りが過ぎましたね。ですが、言いたいのは一つだけでございます。貴方に会いたいと乞う方ろ貴方を、引き合わせてあげようかと思いまして――」



 そう言うや否や、人形使いは懐から一枚の護符を取り出し、それに霊力を込めた。

 するとたちまち刻まれた術式に炎が灯り、地面に投げ捨てられる。かと思えば、護符が燃え尽きると同時に白煙が上がり、やがてその白煙が晴れたその場所には――。






「久しぶりだな……。燼月、永新……!!」






 そこには、霊具に身を包んだ倶利伽羅の姿――ではなく、倶利伽羅の霊具に身を包んだ、()()()()の姿がそこにはあり、まるで永新と面識があるかのような物言いで再会の言葉を口にする。

 しかし、永新にはまるで手品のように現れた男の姿など一切記憶になかった。それ故に永新が漏らしたのは必然の言葉であり、激昂を誘うには十分な一言であった。



「……誰?」


「ッ!!!? お、俺だ、俺……! 忘れたなどとは、言わせない……ッ!!」


「もし本当に会った事があるなら謝るよ、ごめん。けど本当に覚えてないんだ。名乗って貰ってもいいかな?」


「……ッ、お、俺は、磐田(いわた)陸人(りくと)、お前と同じ、クラスメイトだった……!」


「君の名前を聞いても、全然思い出せないや。俺と、何か関りがあった人?」


「ッ、俺は……、お前を……、蹴落とそうとした、男だ……!!!」



 何度聞かされても永新の記憶には無い、目の前の男の顔。

 背後で「残酷だわ……」と呟く女性の声も無視して記憶を漁る永新であったが、質問を重ねる度に険しさを増していく男の顔にようやく思い当たるモノが見つかって手を叩く。



「あぁ。あの時の男だ。……俺に、『()()()()()()()()()



 その発言に笑みを深める男、永新の言葉の意図が分からない女性、男とは別の意味を含ませて笑みをたたえる人形使い。

 そんな三者三様の反応を中で、答えに行き着いたことに安堵と興奮を覚えるように体を震わす男は声のトーンを一段階上げて語り出す。



「あぁ、あぁ、そうだよ燼月ッ!! 俺が、お前に『火打ち』を放った犯人だよ!! 憎いか? 憎いだろうな!?」


「いや、別に……」


「――憎いと言えッ!!!!」



 永新の単調な返答に、男はまるで認められない、とでも言いたげな様子で憤慨する。

 覚えてすらなかった事実から、自分が永新の眼中にすらない存在であった事をから目を逸らすかのように。



「……俺は、お前が憎かった!! だから、四家に言われるがまま、お前を襲撃したんだ……! だが、その結果はどうだ……? 俺は四家からも見放され、飛ばされた先で名家の俺に楯突くやつらの中で見せしめに苦しめてやったところで、またしても四家のやつに邪魔をされた……。行使して当然の権利さえも、四家に没収されたんだ……。お陰で、俺の家は没落寸前だ……! 全てはお前だ、燼月永新……、お前のせいで、俺は人生を棒に振る事になったんだ!!!!! ……だがな、だが……まだだ、俺はまだ終わっちゃいなかった――」



 唐突に語り出された男の身の上話は、まるで同情する余地もない程に自分本位で、自分より強い奴には噛み付かない負け犬根性丸出しの話であった。それには同じ倶利伽羅であるはずの女性すらも男を見る目を鋭くしていて、永新にとっては欠片も興味を示す事はなかった。



「俺は、俺は――」


「その話、まだ続く?」


「……ッ、そんなに知りたいなら教えてやるよ。燼月永新……! 俺は、お前が憎かった。憎かった以上に、羨ましかったんだ……!! だから俺は、お前の後を追う……。後を追って、お前を背後から刺す。その為だけに、俺は人形使いの手を借りて、妖魔の力を手にした!!! この力で、俺はお前を超え、て……」


「――纏炎(てんえん)。俺が用があるのは、人形使いだけだから。自分語りがしたいなら、ここじゃないどこか別のところでやってくれる?」



 永新の事を知る磐田は、自分の意思で永新を殺す為に人形使いに与した。


 磐田と言う男、彼は確かに、過去に永新を危険な目に逢わせたり、集団で殴り付けたりと、獅子王の指示の下で永新の脅威となっていた。しかし、永新にとってみれば暴力を振って来る者達は全て同じ存在であり、誰が誰であるかなど区別が付いていなかった。


 そんな永新が「その中の一人だ」と宣言して目の前に現れたとて憎しみを抱く事すらままならず、まるで磐田の一人三文芝居が無様に繰り広げられるだけなのであった。

 磐田が永新に一際強い感情を抱いていようとも、永新には磐田への感情など一切無い。そう言った認識の違いが二人の間にこれ程の差を生み、決して噛み合わないやり取りが繰り広げられていた。


 磐田陸人と言う男にとっては、一世一代の大勝負。しかし永新にとっては人形使いへの道を阻む邪魔な壁。


 そんな認識の違い。そんな覚悟の違いが、この場の決着を大きく左右するとは、この時誰も知り得なかった。



「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」



 永新が臨戦態勢に入ったのを見て、磐田もまた全身に刻まれた術式に霊力を奔らせ、臨戦態勢を取る。

 磐田のそれは、かつて俱利伽羅であったにもかかわらず、俱利伽羅の標準装備にして妖魔との地力の差を明確にする技法、「纏炎」ではない事に気付いて永新は眉を寄せる。

 そしてそれは永新の「纏炎」を見た磐田も同じだったようで、お互いに微かな困惑を表情に浮かべて疑問を口にする。



「……纏炎じゃ、ない?」

「何故、纏炎を、使える……!?」



 その際、磐田の背後で「キヒヒ」と肩を震わせて笑いを堪える人形使いを視界に収めて、永新はつい最近聞いたばかりの話を思い出す。



 ――倶利伽羅は、決して妖魔にはなれない。



 それと共に思い浮かぶのは、倶利伽羅を妖魔に堕とした時の結末。

 生きた痕跡すら残せず、塵となって消えていく、余りにも残酷な結末。



「……君の体は、妖魔になった、って言ったね」


「そうだ……!! その所為で、俺は倶利伽羅としての技を何一つとして使えなくなった……。だが、俺は後悔などしていない! 新たに授かった妖魔の力は、俺の体に面白い程馴染むんだ……! 燼月永新、お前が、初級の技すら手に出来なかった落ちこぼれのお前が……ッ、妖魔に堕ちたお前が倶利伽羅の技を使うなど、倶利伽羅に対する愚弄だッッ!!! 俺は、倶利伽羅としてお前を殺し、妖魔としてお前を超える……! 俺の目的はただ一つ、燼月永新……ッ、お前の死だッッッ!!!!!!!」



 目の前の磐田がその未来を知っているとは思えず忠告に動こうとしたものの、磐田は聞く耳など持つ様子は無く、そのまま突っ込んでくる。



「キヒヒッ。では私の方も、動かしましょうか……!!」

「……」


虎徹(こてつ)さん……ッ!」



 磐田が妖魔としての実力をどれだけ持っているかは、対峙しただけで分かる。

 倶利伽羅として元より霊力に触れて来たから霊力の扱いには長けているが、ただそれだけ。

 教本通りの体術しか持ち得ない磐田では、知性があるとは言え中級下位の妖魔と同等だとしか言えない。


 妖魔の強さは、妖魔として在る時間とその濃密さに比例するため、永新でさえも一朝一夕で真宵や羅威竿に並ぶ事は不可能。しかし先達の過剰とも言える修行を課せられた永新に、ぽっと出の磐田が並ぶ事、ましてや彼の言うように超える事など、例え天地がひっくり返っても不可能。

 それくらい、永新と磐田の戦力差は明らかなものであった。


 それ故に、人形使いもそれまで待機させていた倶利伽羅の男を動かし始める。

 倶利伽羅の男は、それまで微塵も動きを取る事無く正しく人形のように静かに佇んだままであったのが、人形使いがクイッ、と指先を動かすとまるで息を吹き返したかのように生きている人間と遜色ない動きで、磐田よりも鋭い動きを見せる。

 背後の女性から、その倶利伽羅の男と思しき人物の名が口にされるが、膝を付いた状態の女性は、既に満足に立ち上がる事すら困難なようであった。



「三対一、か」


「キヒッ、安心してくれてですよ? 私は参加するつもりは無いですから。私が欲しいのは……貴方の体ですので。貴方さえ手に入ってしまえば、私はもう、これ以上危険を冒して倶利伽羅に潜入する必要も、無いですからねぇ……?」


「……なら、お前の相手は後だ。まず先に――露を払う」



 そう言うや否や、永新は足を大きく後ろに引いて身構え、妖魔化の浸食が進行する四肢に霊力を滾らせる。

 背中越しに「待って」と声が掛かるのも束の間、永新はその声に構わず迫る二つの影に向かって攻勢に出るのであった。




「――我流・千変万火(せんぺんばんか)




 直後、磐田と虎徹、永新の三人が激突し、激しい火花が上がる――。








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