73話
「――我流・千変万火」
それは、羅威竿とルゥの下で学んだことを生かして永新が編み出した新たな霊技。
纏炎の身体能力向上に上乗せする形で霊力による加速を乗せる事で瞬間的とは言え実現させた、羅威竿の最高速。生身の只人であれば簡単に四肢が千切れかねない負荷は纏炎でカバーする事で、迫る相手の手をギリギリまで引き付けた上で回避して見せると言う芸当が可能になる。
加えて、その速度の中でも目的を見失わない動体視力に加え、相手の一挙一動を見逃さない観察眼はルゥから学んだもので、その二つを組み合わせる事で、永新の肉体はありとあらゆる状況、千の環境に適応する事を可能とする霊技。
消耗する霊力も、永新が励起する事の出来る範囲で事足りる為、実質的な消耗はゼロ。
完遂されれば相手の全ての手を見破る事も可能にし、解析が終わればこちらから攻勢に出る事も出来る、言わば、相手の手札だけを削る強力な霊技であった。
――しかしそれも、完成していればの話であるが。
「くっ……!」
妖魔と倶利伽羅、二人の猛攻を前にチッ、と永新の頬を掠ったのは、倶利伽羅の方、虎徹の刀だった。
理論上、千変万火が完成していれば例え二対一の場面であろうとも永新の体に敵の攻撃が触れる事はない。それこそ、まるで霞のように目の前に永新の体があると思いきや、攻撃を出せば必ず空を切る。あらゆる状況、あらゆる環境へと適応し、姿を変えるからこそ「千変万火」と呼ぶのだが、たった今こうして攻撃を受けた以上、永新の「千変万火」は完成していない証拠だった。
「それ、でも――っ!!」
それでも、ギリギリの猛攻を凌ぐ永新の顔には笑みが浮かんでおり、あらゆる手を尽くして一瞬の攻防を繰り返す時間、それは永新にとって感覚が研ぎ澄まされていくのを感じ、永新はそれを自己の成長に繋がると信じて止まない。
それも全て真宵との修行で幾度となく生死の境を踏み倒しては踏み越えてきた経験が故であり、永新の生涯で最も成長したと実感ある時期は真宵との時間である、と自信を持って言えるからこその弊害でもあった。
故にこそ、永新は笑う。
成長を噛み締めて笑う永新に対して、教本通りの自分の攻撃が一切通らない磐田陸人は、それを見て頭に血を昇らせる。自分が馬鹿にされているのではないかと勘繰って、彼の心に宿っていた羨望が引っ繰り返って、激しい憎悪に変わっていく。
「燼月、永新ンッッッ!!!!!!!!!」
「聞こえてるよ、妖魔堕ち!!!!!」
「いつの、間に――ぐ、うぅッ!??」
血が沸き立つ、という感覚をたった今味わっている永新は、昂る気持ちそのままに返事を口にして、一瞬とは言え見えた隙を突いて磐田の背後に回ると、体の内側を破壊する掌底を叩き付ける。その角度は巧みで、人形使いの操る倶利伽羅が永新に向かって刀を振れば、まず最初に磐田の体が両断されると言う、敵を肉壁とした上で攻撃を仕掛ける攻防合わさる立ち位置を取っているが故に、俱利伽羅は磐田の助太刀を諦め、攻撃後の隙を突いてこようと動きを見せる。
「我流・邪空之葬」
「……」
永新の手に炎が宿ったのを見て、倶利伽羅の男ではなく人形使いに変化が訪れたが、俱利伽羅の男は藩王を示すことなく攻めに来る。
――斬り下ろし、からの切り返し。即座に腕を引いて突きの構え、それを予見した永新が右手側に回ったのを見てから体を反転させ、次に飛んできた永新の攻撃を止める。そしてすかさず反撃の蹴り上げに、後退する永新へと追撃の殴打の雨を浴びせるも、永新は最高速で即座に離脱。
離脱した永新は蹴りによる一撃を受けた腹部を擦って、じんじんと響く鈍痛に顔を顰める。
息もつかせぬ猛攻を見せる倶利伽羅を前に、永新は目の前の男が操られていて良かったと胸を撫で下ろしながら目を向ける。
これまでの切り結びにおいて、倶利伽羅の男が一度も霊技を使って来なかったのを見るに、人形使いは人形の能力までは引き出せないのだと判断する。もし仮に霊技も織り交ぜられていたとしたら、永新は今の攻防で危機に陥っていてもおかしくなかったのだが、それを見逃しているとは到底思えない。故に、人形使いに人形の能力は引き出せないと判断するのだが、断定はしない。あくまでも可能性の範疇に押し留め、もし仮に人形が霊技を放ってくるようなら、人形使いの前にもう一段階ギアを上げなければならない事を頭の片隅に置くのだった。
「……宿無真宵が来たときは肝を冷やしましたが、あの老人にご執心で助かりました。この隙に、燼月永新を我が手中に収めてしまえばぁ……。キヒッ、キヒヒッ!!!」
目的は、永新の体。その奪取に向けて動く人形使いは肩を揺らしてほくそ笑み、戦場と化した連盟本部一階エントランスホールの状況を取り込みながらありとあらゆる算段を頭の中で構築していく。
見るからに悪い考えを巡らせる人形使いを横目に、永新は果敢にも倶利伽羅の男へと立ち向かっていく。まずは目の前の大きな障害の排除こそが目的であるから。
「キヒヒっ……。油断したぁ……、今がチャンス――」
「ッ!?」
そう信じて飛び込んだ刹那、永新は見た。
人形使いの指先から、糸を伝うようにして倶利伽羅の人形に霊力が届けられた、次の瞬間。
「――紅蓮一刀流、奥伝・朧花月」
「危ないっ!!!!!」
口を閉ざしていた人形が突如として言葉を結び、霊力の発露を見せる。
途端、人形の構える刀から無数の火花が飛び散り、それらは指向性を持って永新へと襲い掛かってくる。
離れた場所で永新の身を案じる声が過るものの、そんなもの見ればわかる、とばかりに永新は既に踏み出していた足を横へと動かしていく。
「ハハッ――」
飛び交う火花は、永新を通り越しては火の花弁同士が衝突して炸裂し、背後で、左右で、上下で同じ事が起こる。
その中を、永新は全身に激しい衝撃を受けながらも致命傷だけを避けられればそれでいい、とばかりに無数に生まれる爆発の海を泳いで行く。
――渾成気闘・蝕。
それは、焔の型とは異なる、永新の新たな力。
本来であれば、朧花月の集約型による爆発は、四方八方ならず、十六方、三十二方、と数えきれないほどの火の花弁が炸裂する事による被害こそが真骨頂であり、永新がこうして爆発から逃げ延びていると言う事自体、有り得ない事象。
一瞬であればまだしも、その中を駆け抜けるなど普通なら有り得るはずが無い、と何度もそれが放たれる瞬間を誰よりも一番近い場所で見てきて、その威力を知る倶利伽羅の女性、赤坂千夏は驚愕で目を見開く。
「嘘……!?」
そして、永新が通った道に残る物を目の当たりにして、人形使いは歓喜に打ち震える。
「す、素晴らしいよ、燼月永新……っ!」
最後に、早々に戦線を離脱し、床に蹲ってただ痛みに耐えていた磐田陸人は、同じ物を見て燼月永新と言う妖魔に恐怖を抱く。
「そんな……、馬鹿な……っ! 黒い炎、だと……ッ!?」
朧花月による爆発が全て消えた後に残されたのは、爆炎を喰らう黒い炎と、舞い上がる土煙。
その黒い炎こそが、「渾成気闘・蝕」の真髄。
この身に迫る脅威、今回で言えば火の花弁同士による衝突で引き起こされる爆発を、爆炎爆風諸共燃やし尽くす黒い炎を生み出せる状態になる、と言う永新の為だけの霊技。けれどもその代償は計り知れず、制御を誤れば自分の身すらも焼き殺さんと迫る諸刃の剣とも言えるもので、千変万火の併用でなければ今頃永新は全身を黒い炎に焼かれていた事だろう。
加えて、黒い炎を作り出すのには相当な霊力を消耗する。霊力の励起と貯蓄霊力を切り崩せば朧花月の上から飲み込むことも可能だったとはいえ、そこで使い果たすなど言語道断。後の人形使いとの戦闘を考えなければならない以上、この場は最低限の消費で切り抜けねばならなかった。故に、永新が生み出した黒い炎は、僅か二度。それ以外の爆風と爆炎は千変万火による回避行動で致命傷だけは避けて切り抜けたと言う、力技。
諸刃の剣と霊力の過剰な消耗、この二つのデメリットに加えて、永新の妖魔化が進んでしまうと言うデメリットまで含まれていた。
しかし、それらのデメリットに関しては、使用者本人である永新にしか分からない事であり、黒い炎によって永新が生き延びたと言う事実だけを目の当たりにした相手にとっては、「燼月永新が黒い炎を操れる」と言う事実を脅威であると認識する他無い。だからこそ、永新は全身を爆風に焼かれながらも、舞い上がる土煙の中から平然と涼しい顔で姿を現すのだった。
「――」
土煙が晴れ行くのを待たずして姿を現した永新は、全身に火傷を負いながらも土煙を裂いて舞い踊るかのように華麗に、されどもその目は冷静に、冷徹なまでに目標だけを確実に捉えていて、滑るようにして倶利伽羅の男へと肉薄する。
踏み込み、からの永新の全体重を乗せた体当たりは、大技の反動で永新の行動に対する初動が遅れた人形の体を易々と後ろへと引き倒す。
それでも人形は姿勢を崩して地面に倒れる事は無く、床を滑って後退するに留まったのは倶利伽羅の男の地力の強さとも評する事が出来る。そうして姿勢を整えた人形であったが、彼が再び足を前に踏み出す事は、叶わなかった。なぜなら――。
「ベストポジション、ってな」
永新の一声の後、倶利伽羅の男が押し出された周囲の虚空に、まるで筆を奔らせたかのように幾つもの炎の軌跡が浮かび上がる。
そして永新が軽く指を鳴らした直後、炎の軌跡は倶利伽羅の男目掛けて一斉に炎を噴き出し、その体は瞬く間に業火に包まれていく。
「たい、ちょう……!!!?」
「……ち、なつ……?」
「ッ!?」
人形の男は人形らしく、抵抗する素振りすら見せずにただ黙って業火に身を委ね、最後には膝を折って地面へと向かって倒れていく。
「あ、ああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
「邪魔、しないでよ」
「ぁぐっ……!!」
肉が焦げる臭いに眉を顰めながら、炎に包まれる男に駆け寄る女性から視線を上げると同時に、自棄にでもなった様子で永新に襲い掛かってくる磐田陸人。
何の考えも無い、実力差が明確な相手に挑みにかかるなど、挑まれる方からすれば羽虫の如く鬱陶しいばかりで話にならない。永新の言葉通り、邪魔でしか無かった磐田を一蹴すると、彼は地面を転がっていき、気を失ったのか立ち上がる事は無いのであった。
「酷いなぁ、酷いなぁ、燼月永新は級友をああも簡単にあしらってしまうのか……! もう既に、心までも妖魔に堕ちてしまったのか!! ……キヒヒッ」
「御託は良いから、さっさと次の人形、出しなよ」
「あぁ、それもそうですね。では次は……、この方がいいですかねぇ? 確か、名前は……、燼月永政、でしたかねェ?」
「ッ!?」
「――あぁ! 冗談ですよぉ、冗談ン!! キヒヒっ、驚かれたようで何よりです。実の親子同士を戦わせるだなんて酷い真似を、私がすると思いますかぁ? キヒっ、まぁ、やりますけどねぇ?」
「……」
「キヒャッ、そんな怖い目で見ないで下さいよ……? 私、こう見えても紳士なんですから、もっとマシな相手を嗾けますとも。ほら、次はこいつですよ――ッ!?」
人の神経を逆撫でするのに長けた人形使いは、永新の心をズカズカと踏み荒らした後に、軽薄な様で笑って見せる。果てしないクズで、どこまでも腐っている人形使いを前に永新が睨みを利かせた次の瞬間、その余裕が一転し、これまで見えなかった人形使いとしての素が露わになる。
「そんな怖い顔をするなよ、ただ少し、燃えただけだろ?」
磐田陸人を呼び出した時と同じように、懐から霊具の一つである護符を取り出した瞬間を狙って、永新は邪空之葬を発動。突如として虚空に浮かんだ炎の軌跡が噴出し、人形使いが護符を振り翳すと同時に護符を燃やし尽くしたのであった。
「キヒ……。それ、厄介ですねェ……?」
「修行の成果が出てる、と言ってくれ。……それと、一つ聞いてもいいか?」
「……どうぞ、どうぞ。私に答えられる事でしたら、なんでも答えて差し上げますよォ?」
「お前、本当に上級妖魔なのか?」
「…………それは、どう言う意味で? 返答次第では、私、うっかりしてしまいそうです。うっかり、殺してしまいそうにねぇ?」
「お前にとって嫌な事を聞くようだったら申し訳ないんだが……お前、上級妖魔にしては、霊力の総量が少なすぎると思ってな」
「………………今謝るなら、半殺しで済ませてあげますよッ!!!!!!!」
永新の問いに一度は顔を伏せた人形使いではあったが、再び顔を上げた時には変わらずの笑顔を浮かべていながらもそれは引き攣っていて、額に青筋の浮かんだ様子に加えて一枚の護符に霊力を灯していた。
「敵討ちですよ、進藤天音さん」
人形使いのその声に呼応するように護符より呼び出されたのは、先の倶利伽羅の男同様に霊具に身を包んだ、またしても同じ俱利伽羅であった。
永新にとっては見た事も聞いた事もない倶利伽羅であり、加えて人形使いが操る人形と化した倶利伽羅からは「死臭」がする。故に永新は例え倶利伽羅を相手にしているとは言っても、体が強張る事は無い。
「――紅蓮一刀流、初伝・桜花一閃」
「キヒヒャハハッ!!」
先とは異なり、人形は初めから霊技を放って永新へと襲い来る。
それに加えて、指先から霊力の糸を飛ばす人形使いが瓦礫を操って永新を押し潰さんとする。
二対一。
まだまだ手を隠していると思われる自称上級妖魔の人形使いに加えて、実力の未知数な倶利伽羅の男を相手にする状況は、永新にとってはさほど苦ではない。
何せ、先と同じように観察を繰り返し、適応し、自分の有利に事が運ぶよう場を整えて行けばいいだけの話だから。それに、倶利伽羅の男は所詮は人形。在るべきものを、在るべき形にするだけの行為である以上、永新の体は面白いように言う事を聞いてくれる。
――そう、今のままであれば。
右から、左から、前から、上から――と迫るのは、人形使いが操る無数の瓦礫たち。
それらがまるで意志を持ったかのように様々な角度から飛来しては、永新が掻い潜り、時には破壊して前に進む。けれども、それはまるで永新の歩みを止めるべく襲い来る為、千変万火によるトリッキーな動きすらも封じられていく。
襲い来る瓦礫に混じって、時折もう一人の俱利伽羅の男が切りつけてくるのだが、隙を埋めるように攻めてくる瓦礫に、永新は男の姿をすぐに見失ってしまう。
まるで自分がやっている事をそのままやり返されているかのような感覚に、永新は思わず舌打ちを繰り出す。
そんな中、またしても男の斬撃から視界を覆うように瓦礫の雨が降り注いだ、次の瞬間だった。
「邪、魔……っ!?」
刹那、ドスッ、と刃物が突き立てる音が聞こえると同時、永新の体に肉が裂かれる感覚が走り、永新は思わず一瞬呆けてしまう。
けれども、自分の脇腹に生えた刃物の先端を掴んで固定しながら背後を振り返ると、瞳に怒りと憎悪の激情を涙と共に宿した倶利伽羅の女性、赤坂千夏が、永新に対して刀を突き立てているのが目に映った。
「――ッ、隊長の、仇……!!!!! 天音先輩は、殺、させない……ッッ!!!!!!!」
心の奥底から吐き出すかのような呪詛。
身に覚えのない憎悪を叩き付けられながら、これ以上傷口が広げられないよう刀の刃先を抑えつけたものの、千夏は永新の腹を両断するかのように手にした刀剣型霊具・時雨を引く。
それと同時に傷口から大量の出血が起こり、千夏に意識を裂かれた永新は遠巻きに聞こえる人形使いの笑い声を最後に、意識が薄れていくのであった。
――キヒッ。




