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68話

 



「――話を振られた時、この人だけ眉根を寄せてた……と言う事は、顔が引き攣るのを誤魔化す為に顔に力が込められた証拠で、つまりはこの人は嘘を吐いている!! だからこの人が、犯人でしょ!!」


「う~ん、おしい。めのつけどころはわるくないけど、そんなこまかいところまでみることができるのは、じかんとよゆうがあるときだけ。ほんとうにみるべきは、このおとこのしょさと、めのうごき。ひとはうそをつくとき、きんちょうするこころをおちつかせようとむいしきのうちににちじょうてきなどうさをとりいれる。かれのばあいは、てくびをさわるくせ。このあともかれはたびたびてくびをさわっているだろうから、みていればわかる。そして、かれはうそをつくとき、かならずしつもんしゃからめをはなしたりしない」


「会話の相手から目を逸らさないのは普通じゃないの?」


「それはただのれいぎ。それじゃあ、ためしにひとつえいしんにしつもんしようか。えいしんは、ここいっしゅうかんのしょくじをさんしょくすべておもいだせる?」


「えっと――」


「……ほら、えいしんはいま、むいしきにうえをむいた」


「あっ……」


「ひとは、しかくじょうほうがきゅうわりだといわれている。そのため、ひとはかんがえごとをするときやおもいだすさぎょうにはいるとき、よけいなじょうほうをいれないためにもっともじょうほうのすくない、うえやした、もしくはきょうせいてきにまぶたをとじることでじょうほうをせいりしやすくする。つまり、あいてからめをはなさいでじょうきょうせつめいなんて、あらかじめのうないにたたきこまれてないとできない。そしてそんなことをするひつようがあるじんぶつといえば、はんにんしかいないだろうね」


「な、なるほど……!!」






「…………この推理ドラマ、まだ始まって十分しか経ってねぇんだが??」






 永新は今、事務所に置かれたソファに羅威竿、ルゥと並んでテレビを凝視していた。

 どうやって映っているのかも定かではないブラウン管に釘付けになって見ているのは、ルゥ選別のミステリー作品だった。

 そこで、ルゥ曰く人間の心から来る肉体への機微が最も鮮明に描かれている、との事で冒頭にて犯人を探し当てろ、と言う課題を課せられた永新は、容疑者が揃った段階で答え合わせをせざるを得なくなって絞り出した答えは「正解」だったものの過程に問題がある、とルゥにダメ出しを喰らわされていた。


 開始僅か十分らずでネタバレをされた羅威竿は乾いた笑みを浮かべながら「合ってたんだからいいだろ」と愚痴をこぼした刹那、ルゥの少ない口数を激増させる着火剤となってルゥの魂を燃焼させるに至る。



「らいかんはなにもわかってない。ひつようなのはけっかじゃなく、かてい。これはあいてのしょさのひとつをとってすべてをよそくするりっぱなせんとうぎのう。それもわからないはやさばかのらいかんはいつかえいしんにぼこぼこにされてしまえ」


「わ、悪ぃって……。そんな怒んなよ。ほら、金平糖食っとけ」


「ぁむ」



 ボリガリボリガリと金平糖を食んで機嫌を取り戻したルゥに対して、ルゥの発言を受けた永新は自分なりに解釈を経る。



「相手を分析する事は、相手の動きを見定める事に繋がる……。これがもし、戦闘で出来たなら――」



 ここ数日、永新は羅威竿とルゥに指導を受けていた。

 羅威竿からは速度や瞬発力に注力した指導、ルゥからはあらゆる角度で対象をアナライズする技術。

 お陰で永新は日夜疲労困憊になるまでの日々が繰り返されているのだが、地獄のブートキャンプこと真宵の指導と比べれば羅威竿とルゥの指導は何倍も優しいものであった。


 そして、羅威竿やルゥからしても永新の飲み込みの早さに驚きを隠せず、むしろここまでの成長速度を見せる過程で真宵が幾らでも叩き込もうと思ったのが理解できる、とばかりに共感を覚えずにはいられない程に自分の教えた事を次々とものにしていく永新が可愛くて仕方が無かった。


 そうして今も些細な言い回しから汲み取って自分なりに噛み砕いて理解しては、即座に試そうとやってみる。永新は正しく、一を聞いて十を知る人間であると、羅威竿とルゥの二人が贔屓目に見てそう評価づけるのに時間はかからなかった。

 しかしその永新の優秀さこそが永新が歩んできた過去の経験故であり、倶利伽羅として学んできた基盤があるからこそ。実践に移ったところで正しくそれを実行に移せるかどうかはまだ課題の範疇で、永新は自分の他者からの評価など虫けら程度だとしか思えておらず、その上で諦めずに真摯に教えてくれる羅威竿とルゥの顔に泥を塗らない為にも、寄せてくれる期待に応える為にも必死で覚える事しか頭に無いのであった。



「……相手の動きを観測する? その為には回避に専念して……いいや、牽制も挟まないと大技を決められかねないから、こちらを脅威だと思わせる程度で牽制しつつ回避に専念……でもそれは別々の思考を並行して行わなければならなくて……。そんな事、出来るかどうか――いや、できるかどうかじゃなくて、やるしかない……。俺が強くなる為には、信頼に応える為には、出来るようにならなくちゃ、いけないから……」


「永新? おーい永新?」

「えいしんはよく、じぶんのせかいにはいりこむ。ほうっておくとすぐにでてくるけど……」


「――ッ!?!!?」



 ブツブツと頭の中でイメージを組み立てる永新の傍でドラマの続きを見始めた羅威竿とルゥに二人が永新が戻って来るのを待っていると、突如として永新はガバッ、と頭を上げて背後を振り返る。


 思わず永新に釣られて羅威竿とルゥも後ろを振り返ったものの、そこには何かがある訳でも無く、いつもと変わらぬ閑古鳥の鳴いた事務所に段ボールが積み上がっている光景が広がっているのみであった。


 しかしこの時、永新は振り向いた先に何かが無いと知っていながらも振り向かずにはいられなかった。

 それは本能が、永新の粟立つ肌が報せた本能が振り向かせたのであり、首を傾げる二人とは異なり永新はその虚空を見つめ続けていた。


 すると次の瞬間。

 まるで永新が余地でもしたのかと思う程に完璧に、少しのずれもない位置の虚空が熱されたかのようにぐらり、と景色が歪んだかと思えば、瞬き一つの間に人影が生まれ、デジャヴかと思える程の熱波が事務所内に吹き荒れた。






「おーっす。燼月のヤツは元気にしてっかァ?」






 虚空から現れたのは、黒いライダースにパンツスタイルと言うスタイリッシュな出で立ちの、宿無真宵。


 彼女の出現と同時に吹き荒れる熱風によって事務所内が酷く乱れる中、永新は立ち上がって、思わず目を瞠って彼女の名を口にしていた。



「真宵先生!!」


「おー。随分元気そうじゃねぇか」



 ソファの背もたれから身を乗り出す勢いの永新が前につんのめるのを、真宵の手に支えられた永新は瞳を輝かせて顔を上げる。


 永新にとって真宵とは、レイの地獄のフィットネスを経てから確実に恐怖の象徴であるのだが、それ以上に彼女は永新にとって生きる術を教えてくれた唯一無二の恩師。そして、それはつまり、永新に向き合ってくれた初めての大人なのであり、永新が彼女に大きな信頼を寄せて懐いているのは道理のようなものであった。


 しかし、対する真宵としては、永新の事は「一度救えなかった生徒」と言う認識であり、彼女が永新を面倒見ているのは(ハク)からの頼み事に加えて、罪滅ぼしの面が強かった。それでも、真宵は教師と言う聖職の端くれ。償いとは言え、自分を好んで慕ってくれている生徒を可愛く思ってしまうのは仕方が無い事だった。故に指導に力が入り過ぎてしまうのだが、それもまた永新の為だった。



「……なんかしてたのか?」


「今はルゥと羅威竿から色々教わってるところで、人の行動を分析しているところ。これを応用できれば、きっと戦闘面でも役立つ思うから」


「ほう? それで、ルゥ。こいつの飲み込みの方はどうなんだ?」


「もんくなし。まだまだあまいところはあるけど、おしえればきちんとつかえるようになる」


「って事は、もう実戦に出ても平気、って事だな?」


「……あいかわらず、きゅうすぎる。もうじゅんびできたの? ……でも、えいしんならたぶんへいき」


「そうか! んじゃ、ちょっくら借りていくぜ。燼月、しっかり掴まってろよ?」


「え……?」



 ルゥと真宵、二人の会話に耳を傾けながら、永新は自分を支える真宵の手がいつまでも離れない理由にそこでようやく気が付いたが最後、永新の背をルゥが押して倒れると同時に真宵の広げた陽炎に身体が押し込まれて、永新が見ていた目の前の光景が一瞬にして切り替わる。




 あらゆる品々が宙を舞っていた事務所の光景から次に切り替わったのは、見慣れない部屋の一室。

 そこは事務所とは異なっての持つが少ないお陰か、紙の束なんかが舞う事は無いながらも、目の前では青い顔をしながらも後ろ手を汲んでにこやかに真宵の到来を歓迎する一人の男の姿があった。



「真宵さん……。も、もう少し、静かにやって来てくれないですかねぇ……」



 事務所同様に真宵の転移によって吹き乱れる激しい乱気流。


 小さな作業部屋に吹くにしては過剰すぎるそれに頭を悩ませながら遠慮がちにそう口にするのは、はち切れんばかりの筋骨隆々な肉体をパツパツのスーツに押し込めた大柄な男性。

 その見た目とは裏腹に柔和な口振りを見せる彼に対し、真宵は悪びれる様子もなく引き合わせた二人を紹介し始める。



「燼月、こいつは虎鐘(こがね)だ。んで、お前が会いたがっていた燼月永新だ」


「!?」


「は、はじめまして……」


「お、おぉ……!!」



 こがね、と紹介された男は、部屋の惨状を目の当たりにして引き攣った笑みを浮かべていたのだが、永新の事を紹介されるとたちまち態度を豹変させ、長身でスレンダーな真宵よりも頭一つ分大きい体躯を永新の目線にまで縮めて感動に打ち震える。

 その余りにも意味不明な状況に永新は苦笑を浮かべる他なく、男が遂には感涙を流し始めた時には思わず一歩、二歩、と逃げるように下がらずにはいられなかった。



「き、君が、噂の……燼月永新君なんだね……!? オォ……、素晴らしい!! こんな小さな体に、我々の希望を、悲願を叶える可能性を湛えているとは……!!!」


「あ、えっと……虎鐘、さん?」


「御子に不肖の私めの名前を呼んでいただけるとは……!! ……おっと失礼。自己紹介がまだでしたね。こちら側が一方的に知っていると言うのはフェアでは無いですからね」



 永新の一挙手一投足のみならず、一声にすらも感動を覚える様子の男はそう言って一度永新の前から立ち上がったかと思えば、永新の眼前で跪いて至上の最敬礼を取り始める。



「私の名は、辰巳(たつみ)虎鐘(こがね)。御子様に置かれましては、辰巳でも虎鐘でも、好きなようにお呼びください」


「えっと、その、御子、って言うのは……?」


「御子様は御子様です!! 貴方様は、私達の悲願を叶えるために使われた神の御使い様……。奇跡の存在なのです……っ!!」


「あー、こいつは妖魔の癖に居るかも分からん神様を信じてる真面目ちゃんだ。霊力は少ねぇから戦力には数えらんねぇ代わりに、こいつは蝙蝠の役割を果たしている」


「こうもり……?」


「スパイだ、スパイ。こいつには、倶利伽羅の情報を流してもらってんだ。オレ達妖魔が動きやすくするためにな」


「……って言う事は!?」



 真宵が言った言葉の意味を理解すると同時に、吹き荒いでいた乱気流が落ち着いた部屋の外から声が聞こえてくる。



「――辰巳さん? なんか、凄い音がしたけど大丈夫? 開けてもいい?」



 扉越しに聞こえてくるくぐもった声は決して聞き覚えがある訳でも無いのに永新は身震いがしてしまう。

 慌てた様子で虎鐘が訪問者を帰す言い訳を口にしている中、永新はゴクリ、と唾を飲み込んだ傍から喉が渇きを訴える。


 何せ、真宵の言葉が真実ならここは……この部屋は――。



「ここって、もしかして……」






「ご明察の通り……、倶利伽羅の心臓部とも呼べる連盟本部。――その内部だ」






 にやり、と笑って答える真宵に対して、余りにも突然の出来事で何の心構えも出来ていない状態だったが故に拒否反応を示した永新の体は「ひゅっ」とか細く喉を鳴らすのであった。








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