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48話

 


「でっっっっ、か……!」



 三人との契約が成立してから二日後、永新達は彼女らが通う「楓ケ丘高校」へと足を運んできた。

 問題の本校舎と呼ばれる学び舎を前にして、唖然と呆けた様子で感嘆の声を漏らしたのは、他でもない永新であった。



「楓ケ丘高校。外部からの入学も受け入れているとは言え、注目すべきは幼稚舎から高等学校までエスカレーター式の一貫校。当然、そこに入れるのは日本でもほんの一握りの存在……言うまでもなく、お金持ちばかりが通う学校と言えるね」


「……純粋培養のガキ共を育てるろくでもない学校だ。箱入り連中は所詮、親の七光りに縋るしか能のねぇ奴らの集まり。トラブルなんざそこかしこに転がって居そうだが、俺様達の目的は例の封鎖された教室だ。忘れんなよ」



 誠一郎が口にした通り、朝も早い通勤通学時間に駆り出された永新達の目には楓ケ丘の制服に袖を通した生徒が多く登校してきており、その年齢層は幼少から永新と同年代と様々。

 校舎の前で佇む異様な三人に視線を向ける様子はあれど、その多くが一際目立つ誠一郎に注がれているのは彼がファンサービスを欠かさないからだろう。(ハク)とは異なる方向性で人目を誘う誠一郎は、自分が好奇の目線に晒されていながらも笑顔で手を振って応えては、そこかしこで噂が立つ。

 名のある資産家の子供達と言えども思春期の子供には変わりなく、人好きのする笑みを浮かべる誠一郎は男女問わず魅了していく。



「……こいつ、こんな見た目で中身は変態クソ野郎なんだけどな。外面しか見ねぇやつは大体ここで騙されて泣かされるんだぜ? 俺様達の中でこいつが一番あくどいんだ。覚えておけよ」


「ハハハ、人聞きが悪いじゃないか羅威竿。僕は誰彼構わず騙している訳じゃないよ。ちゃんと騙しやすい子を選別して騙してるんだ。そこは間違えないでくれよ」


「その方が質が悪いんじゃ……」



 都心から少し離れた郊外に建つ楓ケ丘高校の本校舎は、幼稚舎から初等、中等、高等の全てが併設されているお陰でそこいらの商業施設かと見紛う程に巨大。それに加えて本校舎、旧校舎とは別に楓ケ丘に通う生徒の為だけに設立された設備棟だけでも永新が通っていた学園の本校舎並みの大きさがある。


 倶利伽羅を育成する学園は本校舎を上回る規模の修練場が本体のようなものとは言え、建前上は俱利伽羅の血を継ぐ者達は楓ケ丘に通う子息令嬢たちと同等のステータスを持っている以上、体裁を保つために本校舎も立派なものであったが、当然楓ケ丘のそれとは比べ物にはならない。



「日本最大の敷地面積を誇る学校だからね。はいこれ、迷子にならない為の地図とパンフレット」

「誠一郎には後方待機をしてもらう。万が一に備えてな。……サボるんじゃねぇぞ」

「そう簡単に万が一の事は起きないと思うけども……。応援してるよ、頑張ってね」

「あ、あぁ。……それで、俺達はどうする? どうにかして潜入した後、手分けしてその封鎖された教室を探して――」


「潜入? 手分け? 俺様達には、ンなもん必要ないぜ」


「じゃあ、どうやって――」



 楓ケ丘に辿り着いてから何をするかを聞かされていない永新が呆然と質問を口にしたのに対して、羅威竿は大仰に人差し指を立てて左右に振ると、ニヤリと口角を持ち上げて笑う。



「――直接乗り込めばいい。ただそれだけだ」



 イマイチ要領の掴めない羅威竿の言葉に永新は首を傾げるばかりで、登校してくる生徒達に混じって先を進む羅威竿の背を見失わないよう、誠一郎に背中を押されるまま後について行くのであった。











「――転校生が二人、このクラスに来ました。さ、入って」



 羅威竿に言われるがままに進んだ結果、永新は何故か楓ケ丘の制服に袖を通しており、何故か転校生として教室に入らざるを得ない状況に身を置いていた。


 現役と呼べる範疇の永新の制服姿は着慣れている様子を醸し出すも、永新の内面から滲み出るドロップアウトがどこか不釣り合いな雰囲気を醸し出し、衣だけ整えたところで元の生活には戻れないと示唆されているかのよう。

 そんな永新に反して、小柄な体で制服に着られる側であるはずの羅威竿は早々に制服を着崩した事によって何年も着慣れた空気を纏い、堂々たる振る舞いで教室の中へと足を踏み入れていく。


 自己紹介を、と担任の教諭に促されると、永新は困惑したままで動けないが為に羅威竿が見本を見せるかのように勇んで前に歩み出ては、同年代が放っていいような威厳を放つ。



神々(みわ)羅威竿だ。よろしく頼むぜ」

「燼月、永新……」


「そ、それじゃあ二人は一番後ろの列。燦然院さんの横に空いてる机があるからそこを使ってね」



 余りにも突拍子もない事態に現状の把握すらままならない永新は呆然としたまま右に倣えで自己紹介を済ませると、教諭は早々に朝のホームルームを進めて行く。

 そんな教諭の反応を見る限り、突然の転校生に戸惑っている様子は隠しきれていない事に加えて、教室は一斉総スカンである現状を諦めたようにも思える。



「――ど、どうしてあなた方が……ッ!?!?」



 教室内生徒が一斉総スカンかと思いきや、羅威竿が放った堂々たる威厳に慄くばかりだったようで、机と机の隙間を通り過ぎる度に短い悲鳴が上がる妖魔として相応しい道を進んだ先で、二人を出迎えた金髪縦ロールお嬢様が三人の間にだけ聞こえるような悲鳴を上げた。


 永新達が金持ち学校に割り込んだ上に、依頼者である燦然院香織が在籍するクラスに二人揃って入れられたとなると、明らかに何者かの作為を感じずにはいられないのだが、余りにも多すぎる情報量にショート寸前の永新は受け答えすらままならない。



「……詳しくは羅威竿に聞いて」

「あなた方がいらっしゃると言う事は、当然誠一郎さんもいらっしゃりますのよね!?」

「誠一郎ならいらっしゃらねぇが?」

「なッ!? どうしてですの!? 誠一郎さんの制服姿を――ゴホン。お会いできればと思っていたのですが――」


「――燦然院さん、転校生に興味を持つのは構いませんが、人の話は静かに聞くように」


「は、はい……。申し訳ありませんわ……」



 目先の欲に釣られてついつい声を荒げてしまったお嬢様が教諭からの指摘を受けて羞恥から耳まで赤く染めるのだが、それだけで教室中から冷笑が湧く。



()()()さん怒られてるじゃん――」

「あの変な二人と知り合いなのかしら――」

「野蛮な方とお付き合いされているのね――」



 ただでさえ制服に袖を通すと言う事象一つで学園生活で負ったトラウマが刺激されてナイーブになっていると言うのに、更なる不愉快な思いをさせられた永新は顔色を悪くさせて机に突っ伏す。

 同じ教室内に、香織と共に事務所に相談にやって来た蝶野と蝉岡の二人の姿が見えたものの、どちらも香織の味方になろうと言う振る舞いは見せずに見ない振り聞こえない振りを貫き通す様はいっそ賢いとすら言えるものであった。


 羅威竿から再三に渡って「仕事以外に首を突っ込むな」と釘を刺されている以上、何も知らない永新が首を突っ込む訳にもいかない。



「……燼月さん、顔色が悪いですわ。良かったら保健室に――」


「ほう、そりゃあ良い。――先生、永新の体調が優れないようなので、燦然院さんが保健室に連れて行くそうで~っす!!」


「え? それなら保健委員に――ああ、いえ、燦然院さん、お願いできる?」


「え? わたくしですの? か、かしこまりましたわ……?」



 少し休んでいれば平気だ、と口にする事さえ出来ない永新は羅威竿に尻を叩かれて立ち上がると、香織に手を引かれて教室を後にしていく。背後から香織を笑う声が聞こえてきては増々体調が悪化する永新は足早に教室から離れていく。



「顔色が酷いですわ。……本当に大丈夫ですの?」

「少し、外の空気が吸いたい……」

「それでしたら中庭に案内いたしますわ。その後で保健室に――」



 案内される道すがら、ブレザーを脱いでネクタイを緩めた永新は、ボタンを外したところでようやく息が詰まるような感覚から解放されると同時に、中庭に出て外の空気を取り込んだ事で落ち着きを取り戻した。



「ここが中庭で――えぇッ!? な、ななな、なんて恰好をしているんですの!? 燼月さん、はしたないですわよ……!?」

「羅威竿も似たような恰好してたでしょ」

「…………そう言えば、そうでしたわね。それにしても、今の燼月さんのような色っぽさは皆無でしたが……」

「少し休めば治るから、保健室に案内はしなくていいよ。先に戻ってて」

「いいえ、そう言う訳にはいきませんわ。わたくしは燼月さんの面倒を見るよう先生から直々に頼まれましたの。そう簡単に目を離したりはしませんわ」



 巨大な本校舎の中にポッカリと空いた空間は、幼、小、中、高とあれだけの生徒が校舎内に詰め込まれているとは思えない程に静寂に包まれており、校舎内を吹き抜ける風が火照った体を冷ましてくれるようで心地良い。


 背もたれの無い木のベンチに一人分のスペースを空けて横たわった永新の頭上に、遠慮する様子で腰を下ろした香織は胸を張って佇んでいるが、その横顔はどこか気の抜けた雰囲気で、どこか安堵した様子が見える。そんな香織に、永新は知らぬ内に声を掛けていた。



「……息詰まるよな。あんなところだと」


「ほェッ!? あ……っ、な、ななな、なんの事かわたくしにはさっぱりですわぁ……」


「あの二人は、助けてくれないのか」


「……燦然院家の者として、誰かに弱っている部分など、見せられるはずもありませんわ。それが例え、わたくしの友達だとしても」


「友達、ね……」


「あら、燼月さんはわたくしのお友達を疑っているのかしら。失礼な話だわ。あの二人は、孤立するわたくしに声を掛けてくれたのよ。助けて、ってね」


「…………それは、今回の件で初めて関わったと言っているのか?」


「えぇ、そうよ。あの時、一にも二にもなくわたくしに駆け寄って来ては、わたくしを頼りにしてくれましたの。そこでわたくしは言ったんですの。わたくし達は、お友達ね! と。そしたら二人は顔を見合わせてもちろん、と頷いてくれましたのよ!! 正真正銘、わたくしは蝶野さん、蝉岡さんのお二人とはお友達の関係を築いていますの」


「…………」



 呆れて物も言えない永新は言葉を失う。


 そんなものはどう考えても良いように扱われているだけと言うのに、香織は何故その事に気付かずに愚かにも信じ抜けるのか、と永新は想ったことをそのまま口にしようと、見るだけ無駄だと夢から覚めるように伝えるべく上体を起こした、その時――。


 ――永新の目は、愚直なまでに真っ直ぐで信じる事を疑わない眩しい輝きを放つ香織の双眸に目を奪われた。



「……二人を、信じてるんだな」


「えぇ、もちろんですわ。お二人は内部進学組のわたくし達とは違って、高等部からの受験組。相当な競争に勝ってこの楓ケ丘に足を踏み入れた猛者ですもの。わたくしも、学ぶところが多くありますわ」



 その輝きは、きっといつかの日の永新(自分)も湛えていたであろう輝き。

 その光は決して曇る事が無いと信じて疑わなかった、希望に満ちた愚かな眼差し。


 故にこそ、永新は沈黙を貫く他無く、ただ黙って椅子から立ち上がるのだった。



「もう平気ですの?」

「あぁ、お陰様でな。教室に、帰ろう。迷子にならないよう、案内頼めるか?」

「不肖ながら、このわたくしが燼月さんをエスコートして差し上げますわ」

「それはどうも」

「……そう言えば、燼月さんと羅威竿さんの年齢を聞いてはおりませんでしたわね。同い年と言う認識であっているかしら」

「羅威竿の年齢は俺も知らないけど、俺は十五になったばっかりだな」

「あら、まさか年下だとは思いませんでしたわ。燼月さんは誠一郎さんに次いで大人びていましたから。慣れない環境、慣れない勉強だと思いますが、分からない事があればなんでも聞いて下さいまし。依頼をしたのはわたくし達ですから、最大限のサポートは致しますわ!」

「それは、頼もしいよ」

「えぇ! 大船に乗った気で、いてくださいまし!!」



 永新は隣を歩く香織の事は嫌いになれず、むしろ好印象すら抱く。

 香織には自分と同じ目には逢ってほしくない、そんな思いを抱いて目を細める永新に対して、香織は永新がそんな事を考えているとは露知らず、その豊かな胸を叩いて双丘を揺らしたかと思うと、姉に憧れている少女のように爛漫な笑みを永新に向けてくるのであった。


 その後、教室に戻った永新は羅威竿に茶化された後、既に履修した範囲の座学に復讐がてら取り組む。隣に座る香織は座学に苦戦しているようで、教諭からの問いに答えられずにクラス中から冷笑が浴びせられる場面が何度か見られた。

 それでも決して挫ける様子を見せずに諦めずにノートや教科書、板書と向き合う姿勢は羅威竿でさえも好感を抱いたようで、隣では何か思案した様子を見せていた。


 その羅威竿は、学校生活と言うものに憧れでも抱いていたのか、始めは期待に満ち溢れた目をしていたもののそれも数時間で飽きた様子で、昼前最後の授業で行われた抜き打ちテストで満点を叩きだしたかと思えば仮病を使って授業を抜け出していく始末。

 そうして昼休憩の時間が始まったかと思えば、ケロッとした様子で戻ってくると言う自由過ぎる態度に、永新は「何がしたいんだ」と思う他無いのであった。



「この年代は語呂合わせで覚えると簡単で――」

「なるほどですわ……! 燼月さん、わたくしよりも頭がよろしいですわ……!!」

「あんなに大見栄きったのにね」

「それは言わないで下さいまし……! わたくし、お勉強は少しばかり苦手ですの……!!」



 昼休み、羅威竿同様に小テストで満点を取った永新は勉強のやり方と言うものを香織に叩き込んでいた。しかしながら香織は些かおつむが弱く、四苦八苦しながらその内容について行く。その間にも教室中から様々な目線が送られてきている事に気が付きながらも、永新はそれらを慣れた様子で華麗にスルー。


 蝶野と蝉岡が周囲の反応を伺いながら、恐る恐ると言った様子で香織に近付いてくる中、堂々と仮病を使って授業をサボった羅威竿が四人を纏めて呼び寄せる。



「お前らァ、例の件で話し合うぞ。ここじゃアレだからな、場所変えるぞ」

「どこも人いっぱいだと思うけど、どこ行くの?」

「どこって、そりゃあ決まってんだろ。高校と来たら――屋上、だろ?」

「決まってるの……?」


「いえ、楓ケ丘は屋上は封鎖されていて、立ち入り禁止のはずですわ――」


「関係ねぇ。行くぞ」

「……ほら、ついて行こう」

「えっ? えぇ……?」



 奇異の目線に晒されるのもなんのその、すっかり慣れてしまった永新も同様で、不思議に思って首を傾げる香織と、ここまで来ても衆目の面前で関わり合いになりたくないと顔に書いてある蝶野と蝉岡を引き連れて、羅威竿は立ち入りが禁止されているはずの屋上へと向かって進むのであった。







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