46話
「お前らは――、ッたく……。永新、お前はこっちに来い。真宵、お前は片付けしてろ」
「くっ……!」
怒号を張り上げた男、羅威竿はもう一度頭ごなしに叱り付ける素振りを見せたものの、申し訳なさそうに目線を伏せる二人を見てそれ以上の追撃は止めて、永新を自分の下に手招く。それに対して真宵の方には突如として吹き荒れた突風によって荒れた事務所内の掃除を申し付け、真宵も自らの非を認めているからか苦々しい顔を見せながらも渋々了承するのであった。
普段であれば真宵が羅威竿を相手に不承不承とは言え素直に頷くなどあるはずも無く、今回の一件に関しては真宵自身も己の非を認めているため真っ当な罰とも言えるのだが、その他にも真宵が羅威竿に強く出られない理由が存在していた。
それは、真宵や他の妖魔達がこうして人間の暮らしに適応するために必要な準備を整えてくれているのは、主に羅威竿が経営するこの事務所の稼ぎによって支えられているから、と言うのがあった。
羅威竿の粗雑で粗野な振る舞いから知能が低いように思えるが、実際に彼の知能は並外れて優れているわけではない。特筆すべきは彼の演算処理能力であり、数字にめっぽう強い羅威竿はその突出した能力を用いて経営に精を出し、妖魔達の盤石な生活基盤を整えた「超」が付く程に優秀な男なのであった。
口が悪いのと喧嘩っ早い気質を除けば至極真っ当で、凍吉の下で永新達が修行していた際に口にしていた食料のその殆ども、羅威竿が支給したものであるが故に、羅威竿に対して真宵自身が僅かでも非があると認めてしまえば強く出る事が出来ない。反対に、自分に非が無い場合は羅威竿の前でふんぞり返って必要の無い喧嘩まで売り始める為に二人の仲は悪く映ってしまうが、真宵の瞬間移動を併せ持つ地獄耳からもたらされる情報収集能力と羅威竿の演算処理能力と言うのは非常に相性が良いとも言えるため、一概に部分を切り取って仲が悪い、と決め付けるのは悪手だと言うのは関係者外と言う立ち位置の凍吉でさえも知っていた。
「……おれさま坊ちゃんの分際でぇ……!」
――と言うのはあくまでも各々が抱く印象に過ぎないもので、実際は真宵は非を認めたとは言え羅威竿に命令されるのは気に食わないようで、背後から呪詛の如き視線を一身に注がれる羅威竿は聞こえないとばかりに聞き流すも、常人であれば卒倒しかねない真宵の視線に肩を震わせている姿を永新は目撃しながらも見なかった事に務める。
やはり、前回は白がその場に居合わせたと言う事で羅威竿が強く出れず、真宵は調子に乗っていたのだろう。何せ、白がそう望んだ、と言う事実は彼女を信奉する妖魔にとっては絶対に成し得なければならない事象であるが故に「免罪符」のような効力を持っていたのは事実。それが故に前回の真宵は調子に乗ってそれを振り翳していたに過ぎず、実際の力関係は表と裏で拮抗しているのが確認できた永新は静かに乾いた笑みを吐き出すのであった。
見かけによらず超・優秀にして貧乏籤を引かされる羅威竿は、戻って来た永新を荒れ果てた事務所にパーテーションで仕切られたいつぞやの応接ゾーンに先導する道すがら、永新を見上げてポツリと零す。
「……顔付きが、変わったな」
「死ぬほど、扱かれたからね」
「毒が抜けたみてぇな良い顔してるぜ? ま、俺様に比べりゃ、まだまだ青臭ぇけどな」
「……フッ」
「あ゛? ンだよその笑い方はよォ!?」
背丈の高い真宵と並べば子供に見える永新も、先輩風吹かせる羅威竿と並べば兄弟のように見える。どちらが兄かは言うまでもないが、精一杯先輩風を吹かそうと努力する羅威竿の姿は見ていて微笑ましく思える。
けれどもそんな彼も実力で言えば永新の上を行くはずで、何事においても見た目が全てとは限らないのだと思い知る永新はセンパイの散歩後ろをついて行く。
「……まぁいい。今回は俺様達の案件に付き合ってもらうぜ、永新。その鍛えられた力がどう変わったか、見せて貰おうじゃねぇか」
「……なんか、騒がしくない?」
「内容は後で説明するとして……。まぁ、見て貰えれば分かるぜ」
まぁまぁまぁ、と言って永新の背中を押す羅威竿に違和感を覚える永新であったが、それでも前に進む以外の選択肢が無い以上、永新は腹を括ってパーテーションの向こうへと足を踏み入れると、そこには苦笑を浮かべた誠一郎の他に、三人の学生が居た。
それがただの学生ならば何の問題も無かったのだろうが、目を張るべきはその居住まいだ。
その空間に踏み入れてすぐに永新の目を引いたのは、驚く程豊かな胸と、セットするのにどれだけ時間がかかるのか不思議な程に完璧な金髪縦ロールと言う、いかにも「お嬢様然」とした居住まいを見せる少女だった。
「――先程の音は何ですの!? 先日と言い、今日と言い……。わたくし、あなた方に興味が尽きませんの!! 誠一郎さんはここで、一体どんなお仕事を為されているの!? お化けに怪異、幽霊、妖怪までなんでもござれの看板は、やはり退屈の暇がありませんのね! やはり、わたくしの目に狂いはございませんでしたわァ!!」
「落ち着いてね? 少し爆発が起こっただけだから、それ以外には何も無いからね? ほら、落ち着こう、ね?」
興奮した様子で口を開いてみれば、見た目にそぐわぬ口振りで、絵に描いたようなお嬢様っぷりを見せる少女に、誠一郎は変わらぬ笑みを湛えてはいるが、額に薄らと滲んだ汗が珍しくも彼の焦燥を表していた。
そんな誠一郎に助力するかのように、金髪縦ロールお嬢様の左右に居合わせた男女がお嬢様の学生服の裾を引く。
「か、香織さん、これでは話が進みません。一旦落ち着いて、話を聞いてもらわなければいつまで経っても終わりません!」
「そうですよお嬢様! ここでまた追い出されては、僕達は行く当てが無くなってしまいます……!」
「……そうね。わたくしとした事が、失念していましたわ。二人の言う通り、落ち着きますわ。二人が言うのだからきっと間違いではありませんもの。――スゥ、ハァ……。申し訳ございませんでしたわ、誠一郎さん。わたくし落ち着きましたわ」
二人の言う事を聞いて深呼吸を繰り返したお嬢様は、先程までの興奮が嘘のように冷めた顔付きへと変わり、永新は出会って間もなくお嬢様を「変わった人」判定する。
「――あ、久し振りだね、永新君。っと挨拶は後でにして、まずは紹介するよ。こちらは、燦然院香織さん。僕の広い伝手の一つで繋がっている、見ての通りのお嬢様だよ」
「燦然、院……っ!?」
「オホホ。ご紹介に与りました、わたくし、燦然院家の一人娘、香織と申します。以後お見知りおきを……。――それであなたッ!! 以前、わたくし達が此処に足を運んだ際に、こちらに突然現れた方と同じ方、ですわよね!? アレは一体どうやったのかしら。あの時は驚いて呆然としてしまったのだけれど、アレを目の当たりにしたお陰でより一層、誠一郎さんのお仕事と言うものに興味を持ったの。それで、アレはどうやったのかしら? 虚空から突然姿が現れるだなんて、マジックでも見たことが無いわ! あれはそう、まるで魔法のような体験でしたわ……! あなた、良かったら――」
「はいはい、はいはいはい。落ち着いたかと思えばすぐこれだ。そこの嬢ちゃんの言葉を借りるようだが、こんなんじゃいつまで経っても話が進まねぇ。そこの二人と話が出来れば問題はねぇんだ。これ以上邪魔するようなら、出て行ってもらうぞ?」
「あぁぁぁぁあ! 申し訳ございません! わたくし、ついつい興奮してしまって、お喋りが止まらなくなってしまうの。しばらく静かにしていますので、同席だけはお許しくださいな」
彼女の言う先日、と言うのは永新が妖魔に堕ちた日であり、真宵によって白と共にこの事務所に移動してきた時の事だろう。思い出してみればあの時、似たような三人組が居たような記憶があるが、顔までは思い出す事が出来ない。あの時の永新にはそんな余裕、無かったのだ。
天然なのか、それとも作為的なのかは不明だが、羅威竿の言う事を素直に受け止める辺り悪い人物では無さそうに思えるが、人は見かけによらない、と言う事を今し方思い知ったはずだろう。
だがしかし、永新にはそんな事を考えるよりも彼女の出自に驚きを隠せず、困惑の渦中にあった。
「……燦然院、って」
「……永新君の考えている通り、あの燦然院家で間違いないよ。倶利伽羅の中には表向きに外面を整える家も少なくないからね。でも、その多くは秘密を隠し持つ本家と何も知らない分家とで仲が悪いのさ。目の前の彼女も同じでね。そう言った分家の多くは自分達が本家だと思い込んじゃうんだけど、彼女も例に漏れず……。もしかした彼女経由で倶利伽羅の方の本家に僕達の事が伝わるんじゃないか、って危惧して遠ざけたつもりだったんだけど、ほら、彼女変わってるからさ。こうして乗り込んできたのさ」
リスク管理はしたつもりなんだけど、と言い訳を口にする誠一郎だが、その口ぶりからは永新の過去に関しては知らない様子。彼の伝手、と言うのがどこまで広がっているのかは分からないが、もしも過去にあった燦然院家と永新の関わりを知った上でお嬢様を呼んだのであれば――と永新が密かに警戒を強めたところで、お嬢様の隣に座っていた女性がおずおずと手を挙げて疑問を口にした。
「――あ、あの……。その前に、ここって、本当に私達の相談に、乗ってくれるんですよね……? 詐欺とかじゃ、無いですよね……?」
「疑う気持ちはよく分かる。だが安心しろ。ここはこの世に二つとない最高の仕事屋、怪異、妖怪、お化けに幽霊、なんでもござれの駆け込み寺だァ……。金さえ払ってもらえれば、どんな問題でもマルっとスリっと解決よ。そんで、俺様は神々、神々羅威竿だ。そんでこっちが夕薙誠一郎で、燼月永新だ。……納得できたか?」
「お金の事なら心配する必要はございませんわ! これは、他でもないお友達の為です。わたくしのポケットマネーを少し崩すくらい、なんでもありませんもの!!」
「香織……」
右から、大人ぶった子供に、警戒心駄々洩れの不愛想な同年代と来て、最後に爽やかイケメンが並ぶ目の前の光景に頭を悩ませる少女であったが、最後にお嬢様の一声で決心がついたのか、一つ頷いた後に静かに語り出す。
「私達は楓ケ丘高校に通う同じ三年生で……。あ、えっと、私は、蝶野真琴って言います」
「僕は、蝉岡将司って言います。よろしくお願いします」
二人が自己紹介を果たして、この場において全員が顔見知りになったところで、真琴は緊張抜けきらぬ様子でポツポツと話し出す――。
「これは、楓ケ丘に古くから残る怪談、なんですが――」




