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26話

 


「――様子見だと!? 妖魔の王が、復活しているのだ!! そんな悠長にしている暇など、無い!」

「霊力の痕跡も残さず消えた相手をどうやって追跡しろと!? そもそも医務官の離反、ないし彼の者が妖魔であると見抜けなかったのはそちらに責任があるのでは無いか!?」

「人に化ける妖魔などと言う、前例がない事象にどうやって気が付けと言うのか! 元来、倶利伽羅同士の繋がりこそが我等の真骨頂。それを根底から崩してでもお互いに疑い合えとでも言うのか!? それこそ、妖魔の王を後回しにしようとする貴様こそ妖魔ではないのかぁ?」

「貴様……っ、言うに事欠いてこの私を妖魔呼ばわりだと……ッ!? 貴様の管理下から妖魔堕ちした倶利伽羅が出た意味が分からんのか! その一件でこちら側では、貴様が妖魔であって、手駒を増やそうと画策しているのではと言う噂まで流れているぞ?」


「はわわ……! 火加々美様も、灼骨様も落ち着きなさって下さいな……!」


 投影された映像が激しく揺れたのは、映像に映し出された老人が画面の向こうで拳を叩きつけたからに違いない。


 ここは火加々美の邸宅。

 いつかの日、顔合わせの会で永新と永恋が運命の出会いを果たした広大な日本庭園が飾りに見える程に大きな武家造りの屋敷の一室。そこには妖魔の王と外法に手を染めて妖魔に堕ちた燼月永新、それと医務官であった宿無真宵と言う、一連の流れを目撃した倶利伽羅が総じて集められており、畳が敷き詰められた広大な居間の壁には倶利伽羅の盟主と呼ばれる【灼火導連盟】の三人が激しい議論を繰り広げていた。


 東の火加々美。西の灼骨。北の炎導。


 学園では四家の内の一つとも数えられる火加々美家であるが、実際には東の一帯を取り纏める倶利伽羅の代表的名家であり、残る他三家は火加々美に負けず劣らずの実力と歴史がありながらも火加々美が東の頂点に君臨するのにはそれなりの理由があった。

 その火加々美を代表するのが、今世代筆頭に選ばれた火加々美甘奈の父にあたる、火加々美(ひかがみ)十蔵(じゅうぞう)


 着物の上からでも分かる隆起した肉体は、今年で齢七十を数えるとは思えない体つき。刻まれた皺の数々は歴史を物語っており、着物の袖から見える古傷の数々は妖魔との激戦を物語っていた。

 そんな威厳溢れる老人が本気で怒鳴るのだから、集められた中の木っ端の倶利伽羅等はこの場に居合わすだけでも委縮してしまうと言うのに、胃に穴が空くような感覚を味わいながら殊更に小さくなるばかり。


 そんな火加々美十蔵と相対する怖いもの知らずは、大量に蓄えられた白い髭が特徴的な西の盟主たる灼骨家の当主、灼骨(しゃっこつ)燿之助(ようのすけ)


 火加々美十蔵とは反対に細身の体つきをしていながらも、その一挙手一投足は洗練された動きそのもの。剛の十蔵、柔の燿之助と言われる程に相反する二人は、今回の一件に限らず顔を合わせれば喧嘩の絶えない関係にあった。

 西の灼骨家と東の火加々美家は実力も歴史も拮抗しており比較対象として良く持ち出されることが多い。何よりも歴史を重用する俱利伽羅において西の支配権を得る灼骨家は度の倶利伽羅よりも深い歴史を持っているのに対し、近代の倶利伽羅安泰の時を迎えるに当たって尽力した火加々美家が盛隆した事によって、西の灼骨家は憂き目を迎えていた。それ故に、灼骨家と火加々美家は同じ連盟に所属する盟主と言えどもお互いを敵視せざるを得ない関係にある。


 そしてそんな二人の諍いを止めに入るのは、老人二人に対して一際幼い一人の少女。

 北の盟主、炎導家の当主である炎導(えんどう)ササラ。


 二年前に当主の逝去によって代替わりしたのは、炎導家の一人娘であった当時十五歳になったばかりのササラ。当然周囲から反対の声は上がったものの、全ては彼女の持つ才能によって沈黙せざるを得ない程に実力を持った少女であり、彼女の有する青い炎の霊技は唯一無二と謳われている。


 しかし、そんな彼女の天賦の才に匹敵し得ると言われているのが、今代の世代筆頭たる火加々美甘奈であり、それに負けず劣らずの才能を有するのが永恋を含めて四名も居ると言う十五の世代がどれだけ方策は言わずとも知られている。

 そんな世代から、今回妖魔堕ちが出た事に加え、妖魔の王の復活。事態は緊急に緊急を重ねるような状況にあった。


 それぞれが一定の聴取を受けた上で最終判断を待つ時間と言うのは、よりにもよってそれを告げるのが連盟の主たちであると言う事から、末端の倶利伽羅でしか無い物にとってはまるで判決を言い渡される罪人の心地を味わわされる環境。

 実の親を目の前にする火加々美甘奈、それに倣う四家の面々。叢雨勇哉のような四家と関りがあるような人物のみがその緊張感が張り詰めた空間において平静を保つ中、小暮日永恋だけは平静を保ちつつも目の前の事象に全くの興味を示すことなく同席していた。



(……永新。会いたい。永新に会いたい。永新の傍が、一番落ち着くのに。こんな茶番も終わらせて、早く永新と一緒に過ごしたい。約束は……まだ有効だよね。お別れなんて、絶対に認めないんだから。こんな事になるなら、強引にでも、私が動くべきだった。大好きな永新の為に、私が出来た事を……。ああぁ、永新。永新に早く会いたい。永新に会って、この想いを正直に伝えたい。永新と一緒に居られるのなら、私は――)



 永恋の頭の中は変わらず永新で一色に染まっており、その目に光は宿らない。

 何も知らない人から見れば、用意された情報から推察して妖魔堕ちした燼月永新と深い仲だったのだろうと思えるのだろうが、同じ環境に身を置いていた四家の面々からすれば、永恋が危うく見えて仕方が無い。傍で慰めてくれた御厨七星にもアクションを返すことなく、ただひたすらに張り付けた無表情が寒気すら感じるほどに恐ろしく感じてならなかった。

 中でも、永恋に想いを寄せている事を隠しもしない神来戸獅子王は、永恋の心を独り占めする燼月永新に対して嫉妬の感情を抱いて歯噛みする。苦々しい感情は「高潔で在れ」と育てられた神来戸家に不要な感情であるのだが、今の獅子王の胸中には肯定して余りあるほどの妬心が渦巻いていた。



「――実際問題、人に化ける妖魔が居たとして、姿を現す前に判別する事は不可能だ。そして、そいつが妖魔の王と繋がりを持っているかも不明。無い無い尽くしの現状で、こちらから打って出たところで、人に化ける術を使える程の妖魔だ、各個撃破されるのが目に見えている。こんな状況では後進の育成くらいしか出来る事は無い。燿之助よ、妖魔の王の危険性は重々承知している。だからこそ、此処は一度腰を据えてだな……」

「何を言うか臆病者めが!!! 妖魔の王の危険性を理解しているだと!? 惨状を知らぬ愚者が宣いそうな言葉だ! 理解しているのならば動かない訳にはいかないだろう!! 後進の育成など甘い事を抜かしている場合ではない!! すぐに動ける人材を集め、要所の守りを固める以外に出来る事は無いだろうが! 満月の夜は二週間もせずにやってくる……。その時に備えて、我々は力を付けて来たのだろう!? 事態を見誤っているのは貴様の方だ、十蔵よッ!!」

「言っても聞かぬか……! この堅物め……っ。大体、妖魔の王は痕跡も残さずに消える移動手段を要しているのだ! 守るにしても限度があるだろう! 来るかも分からない敵に怯えて相手が準備を整えるのを指を咥えて待つだけならば、過去と何も変わりはしない。それならばいつ襲撃があっても良いように最低限の守りだけを置いて怪しい箇所の調査を進めるしかないはずだ。それと並行して後進の育成を――」

「――強大な敵を前に戦力を散らせてどうする!! それに、妖魔の王が狙う個所など考えずとも分かるものだろう。異界の門を封じる楔に他なるまい! ヤツの封印が解けた以上、同じ封印術式を使っている異界の門を解除するのは妥当……。故に、西と東、それから北に置かれた楔を重点的に守らねば、今度こそ妖魔の手によって日本が滅んでしまう!! それだけは、我らが一族の血をもってしても看過できぬと言うものだ!」

「妖魔の王を再度封印する為には圧倒的に準備が足りていない。今のその状況でまともに相対したところで何が出来る!!? 俺達がすべきは準備が整うまで妖魔の王による被害を最小限に留める事、違うか!?」

「その為には我らが同胞が犠牲になっても構わないとでも言うのか貴様!? 少なくとも俺達は十蔵の考えには同意しかねる!! 平和の犠牲になるにしろ、名誉の死を遂げる道を、俺達は選ぶ!! 貴様のような卑劣な臆病者の話など、耳を傾ける価値など無いわ!!」

「なっ――!? お前……っ、どっちが臆病者か!! 過去の幻影に囚われて真に大切な物を見ようとしないお前の方が――っ、ておい! 燿之助! おい! お前、勝手に切るんじゃない!! …………っ、はぁ。炎導よ、倶利伽羅全体には俺の方から不安を煽らない程度に通達しておく。北の方は任せても良いな?」

「は、はわわ……! はいぃ! ササラも、火加々美様の案に賛成ですので! で、では失礼しますぅ!!」



 お互いに譲れない一線を隔てての連盟会談は堂々巡りで突如として終わりを迎え、炎導ササラに至っては二人の火花散らすやり取りを見て終始「はわわ……!」と口にしているだけだった。

 十蔵としても灼骨家の言いたい事も理解できるのだが、過去と現代とでは状況がまるで異なる。それを踏まえて案を持ち出したのだが、折衷案に至る以前に灼骨側がこれ程までに聞く耳を持たないとは思ってもおらず、炎導家の前だと言うのに目頭を押さえて深い溜め息を吐いてしまった。


 炎導家の通信が切断され、この場に居合わせるのが東の盟主火加々美十蔵のみになると、傍に控えていた連盟勤務の倶利伽羅がこの場に集められた者達から聴取した内容をまとめた資料を手渡し、十蔵は黙してそれに目を通していく。



「……(すめらぎ)殿の奥義を弾き返した黒い炎、か。甘奈、これは事実なのだな?」

「はい、お父様。私の他に、何名か応急処置に当たった先輩方もいらっしゃいました。間違いありません。燼月永新は、敵です」

「そうか……。神童と謳われたあの少年が、な。運命とは分からんものだな。……さて、諸君。此度の一件、沙汰を報せよう――」



 火加々美家当主、十蔵から告げられたのは、今回の一件に関して無暗な吹聴を禁ずる、と言う程度のもの。結局人の口には戸を立てられないのと同じように、西の倶利伽羅連中の動きはそう遠くない内に知れ渡る以上、妖魔の王の一件を隠す事など不可能な話で、それならばいっそ各自の脳内に妖魔の王を意識させ続ける事で少しでも警戒心を高めて貰えば、との判断でその報せを下した。


 そしてそれ以外の倶利伽羅にも妖魔の王を含め、今回の一件については周知するとの事務連絡を挟んだ後、集められた倶利伽羅は解散。永新の父親である、燼月永政だけは十蔵に残るよう告げられ、四家や永恋も解散の運びとなった。


 永恋も永政には色々と聞かねばならない事がある為、別室で待機していた父親に無理を言って永政が出てくるのを待つ事に。父親は妖魔の王の復活による一件でやらねばならぬことが増えたらしく、使用人を一人残して先に帰宅。そうして待っている間も永恋の頭の中は永新で埋め尽くされており、呆然自失の様子が見て取れる。それでも永新の為に、と待っていると一人の男が永恋に近付いてくる。



「――やぁこんにちは。小暮日永恋さん、だよね?」

「……お嬢様に話しかけられる前に、ご自身から名乗ったらどうですか」

「おっと、これは失礼。永恋さんには先ほどお会いしているから不要と思って。そうでしたね、使用人さんには初めましてですもんね。改めて、私はこう言う者です――」

「……連盟の方、でしたか。これは失礼致しました。ご当主より、お嬢様に近付いてくる者には注意しろ、と申し付けられていましたので」

「状況が状況だけに、そうですよねぇ。私は今回、妖魔堕ちした燼月永新君について調査を任じられまして、もしかしたら顔見知りの級友の元に姿を見せるかもしれない、と思ってこうしてそれと思しき人たちに名刺を配っているんですよ」



 縦に長い細身の男は、ただでさえ細い糸目を更に細めてにっこりと微笑み、差し出した名刺によって使用人の疑念を晴らすに至る。

 確かに男の言う通り、男は十蔵の下に仕える連盟職員としてあの場に同席していた。しかしそれで「会った事がある」と称するのは些か無理がある。裏があるのではないか、と訝しむ永恋は永新の事を考える時間を邪魔されて腹立たしく思いながらも警戒心を強めて男の容姿や素振りを観察する。


 永新と同じ黒髪でも、光の角度によって色の移り方が変わる髪色は、永新を愛する永恋からしたら虚仮にされているかのようで、前髪の隙間から覗く細い目に向かって鋭い視線を向ける。

 すると、永恋の目は睫毛の束の更に奥から覗く眼光とハッキリと目が合ってしまい、永恋の体は俄かに強張る。

 男の目線は確かに永恋を庇うように一歩前に出た使用人を捉えていると言うのに、細められた瞼の下から覗く瞳孔はまるで獲物を捉えた狩人のように慄く永恋を見つめていた。

 かと思いきや、不意に緩められた眼が永恋へと移る。



「……万が一にも無いとは言え、万に一つも無いと思われていた妖魔の王の復活を目の当たりにしたんです。こう言った事も、いつか役に立つかもしれないですしね。永恋さんにも、はい。もし何かありましたら、裏に書かれた番号に連絡下さい」

「はい。ですが、もし会いに来るとしたら、小暮日家よりも、お嬢様に直接、だと思います。お力になれるかは……」

「いいんです、いいんです。元々可能性の低い事してるって自覚はありますから。我々連盟は、皆様の情報提供を元にお役に立てている訳ですから。燼月永新君の事、知ってる事を話してくれるだけでもいいんで――お電話、下さいね?」



「――っ!」



「? お嬢様? どうかなさいましたか?」

「いいえ、何にも。もう遅いし、帰りましょう。お母様に会いたいの」

「ですが、燼月家の当主に……いえ。かしこまりました、お嬢様。では連盟の方、失礼致します」


「えぇ。私も、別の方の所に伺わないといけないのでね。お気をつけてお帰り下さいな。()()()()()()()()()()()



 永政を待つ、と言う本来の目的も放棄して背を向けて歩き出した永恋に対して、使用人は永恋の言葉をそっくりそのまま受け取り帰路につく。

 これがもしも傍に居たのが父親であったなら、永恋の変化にも容易に気が付いただろう。

 だが今回は傍に居たのは使用人ただ一人のみで、それはむしろ永恋にとっても幸運だったと言えるだろう。


 永恋が見た名刺の裏側、そこには小さな文字で――






 ――燼月永新君と同じ場所に連れて行ってあげる。






 と、書かれていたのだから。


 永恋は帰り際、その裏に書かれた番号を暗記した後に「下らない」と一言零して名刺を焼き払う。

 万が一にでも家族にそれを見られないように。期待を乗せた笑みを零してしまわない為にも。



「……永新」






 ――必ず、会いに行くから。






 後ろ姿しか見えない使用人には、永恋の笑みは分からない。

 思い人の名を口にする永恋の後ろ姿は、泣いているように震えていたから。


 それが歓喜に沸く心地である事を知っているのは、永恋本人と、愉悦さを滲ませる笑みを深めて見送る連盟の男だけであった。









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