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1話

 



 現代日本における怪死、変死を遂げる人数は年間で約十五万人。

 中には行方不明者の一部であったり、自殺者であったりと内容は多岐にも渡るが、今も毎日のように日本のどこかで誰かが亡くなっている。


 しかし、それら全てが当人や相手、第三者による殺人とは――()()()()()


 むしろ変死体の多くは、到底人間の力では不可能な殺人が行われており、人の手や野良の獣の手によるものとは考えられない程残忍な殺され方をされているのが多数存在していた。

 警察はそれらを触れてはならないもの(アンタッチャブル)として、禁忌のものとして扱っていた。



 ――それを為す化け物がいる。



 まことしやかに囁かれる都市伝説を裏付けるような対応ながら、その件が外に漏れる事は決してない。

 何故ならば、その化け物は、常人の目には見えざるものであったから。



 化け物の正体、その名は【妖魔】。



 妖魔の姿は通常、人には見えず、目を付けられてしまったが最後、為す術もなく、意味も分からず殺されるのみ。そこに妖魔の意思は存在しておらず、悪意も、興味も、何も無い。人が羽虫を潰すが如く、ただ邪魔であるから殺したに過ぎない程に、妖魔にとって通常の人間は餌にすら為り得ない。


 しかし、そう言った妖魔の多くは【低級】から【中級】と呼ばれ、その更に上位種である【上級】とも呼ばれる妖魔は、人並みかそれ以上に回る知恵を持ち、自ら人のいる場所に赴く事さえある。上級妖魔の出現は天災よりも多くの人が殺されてしまうとさえ言われていた。


 そんな最悪を防ぐために、遥か昔の過去より妖魔と戦い命を散らしては今に繋いできた【俱利伽羅(くりから)】と呼ばれる者達が存在しており、常人蔓延る現世においても人知れず、陰ながらに妖魔との闘いを続けていた。


 倶利伽羅の血には【霊力】と呼ばれる力があり、その目には妖魔が映る。

 その力で妖魔を滅し、妖魔の存在そのものすら知らぬ常人を守る日々。


 倶利伽羅の歴史は妖魔との闘いと言っても過言ではない程に血に塗れたもので、千年以上続く歴史の中で俱利伽羅は多くの命を失ってきた。

 千年前と比べても、現代に生きる倶利伽羅の数は半分以下にまで減少してしまっているのだが、中でも最も多く俱利伽羅の命を奪った存在として挙げられるのが【妖魔の王】と呼ばれる災厄の存在。千年前に俱利伽羅の総力の半数の命を擲ってようやく封印する事に成功した程の、規格外の妖魔。


 そんな妖魔の餌は霊力であり、長い時間をかけて自然界から吸収し育つか、もしくは霊力を漲らせる俱利伽羅を襲う事で上位の存在へと進化していくため、俱利伽羅は低級から中級の掃討を中心に日夜妖魔の討滅を繰り返す日々。


 その成果か、上級妖魔が最後に出現したのは百年近く前であり、今現在は安泰の時を迎えているとも言われていた。






「――その安泰の時を迎えるに当たり、尽力した四家が居るのだが……その四家の名を、そこで堂々たる居眠りをかましている燼月(じんげつ)に答えてもらおうか」


 ここは、倶利伽羅の血を継ぐ者達が集まる学園。

 それも初等部と呼ばれ、齢六になったばかりの子供達が集められているというにも拘らず教室経営は完璧で、老教師の長ったらしい倶利伽羅の歴史の授業も誰もが背を伸ばして耳を傾けていた。

 その光景は俱利伽羅を知らぬ常人であれば異質にも思えるような光景でありながら、俱利伽羅にしてみれば常識の範囲内であった。


 確かに早熟である事実は否めない。何せ、この教室に集められたのは俱利伽羅後を次ぐ者達の中でも特に次世代を担う者として期待を集めている新星であり、そうあるべしとして物覚えついた頃より英才教育を施されてきた子供達であるから。


 そんな中で、老教師の声と共に教室の中のとある一点に注目が集められる。


 老教師が不意に手に持った教本を閉じると、敷き詰められた机の隙間を縫って教室の中央付近で机に突っ伏して眠りこける一人の生徒に向かってポカン、と軽い音を鳴らすかのように畳んだ教本で叩き起こす。


「――ン痛ッ!? ハッ!? お、起きてます、起きてます……」

「今起きた、の間違いだろう、燼月。その寝惚け頭でも答えられるような問題だ。倶利伽羅の歴史における平穏の時。それを為した四つの家の名と、それらの総称を答えてみろ。そうすれば居眠りしていたことには目を瞑ってやろう」


 周囲からクスクスと言った嘲笑が上がる中、「燼月」と呼ばれた生徒は一人教室の真ん中で立たされ、霞がかったような頭の中思考を繰り返す。


 口元に付いた涎を拭いながら、真っ白になった頭で目を泳がせていると、一人の女の子が視界に止まる。



「ええと、ええっと……。まず、火加々美(ひかがみ)家」



 教室中の誰もが立たされる少年に目を向ける中、唯一彼女だけは手元の教本に目線を落としたままであった。濡羽色の髪を揺らす事もなく背筋をピンと伸ばした姿は、少年の寝惚けた頭から霞が取れるかのような幼少の頃より完成された美しさを放っていた。

 少年がその名を口にした際にだけ注目がそちらへ移っても横目で様子を伺うかのように目線を動かすだけで「燼月」には一切の興味を示すことは無く、静謐さを体現したかのような大和撫子こそが、少年の口にした名家火加々美家のご令嬢。


 名を、火加々美(ひかがみ)甘奈(かんな)と言う。



「それと、ええと……天炎(てんえん)家」



 続いて少年が口にしたのは、火加々美甘奈から目線を動かして、彼女と並んで座る幼児の家名。

 燼月の様子に沸き立つ教室中を統治するかのように、誰もが彼の右に倣って振舞うと言えば分かるように、赤い染め色の髪と、戦いに飢えたギラギラとした目つきは人の心を掴んで離さない一種のカリスマのようなものを秘めていた。

 苛烈さの残る振る舞いは大人しい火加々美甘奈とは正反対にありながらも、愛嬌のある顔立ちと誰にでも親しみやすい空気の持ち主である彼こそが、火加々美家と対を為すとも言われる天炎家の令息。


 名を、天炎(てんえん)晴也(はるや)と言う。



「それから……神来戸(けらと)家」



 火加々美、天炎と地続きのように並べられた席順に視線を追って行って、次に目に留まったのは眼鏡をかけた一人の少年。

 ぶっきらぼうな物言いと大人振った振る舞いは自分こそが上に立つ者として育てられた弊害にして長所。風が吹く度に揺れるよく手入れされた明るめの茶色の髪と眼鏡のレンズの奥に隠され、燼月の少年を敵視するかのように鋭く吊り上がった目の中にある金色の瞳は、まるで吸い込まれてしまいそうな程澄んでいる。

 背伸びしているとは言え、天炎晴也とは異なる王者の風格を持つそんな彼こそが、神来戸家の子息。


 名を、神来戸(けらと)獅子王(ししお)と言う。



「最後に……御厨(みくりや)家」

「ちょっと! どうしてナナホシが最後なのよ! あんたまで御厨家を下に見てるわけ!?」

「ひっ、ご、ごめん、なさい……」

「おいおい、ナナホシ。そう苛めてやるなよ。燼月クンがすっかり怯えてるじゃんか」

「それを言うなら僕の神来戸家も三番目と言うのが納得いかないが、単純に席順と言うだけだろう」

「細かな順番如きを気にしているのは御厨家くらいのものですよ。同じ四家同士、仲良くしていきましょう?」



 四家の名の通り、神来戸に続く四つ目の家の名を口にした刹那、燼月の少年は棘を差す様な甲高い声で叱られてしまい、思わず肩を縮めてしまう。

 キツい物言いとキンキン響く甲高い声の主は、その口調に合わせたかのように吊り目がちな猫のような目と整った目鼻立ちで、お人形さんみたいに可愛らしい顔をしていた。両サイドに纏めた金の髪の束も彼女の動きに沿って揺れ動く事で注目を集めるものの、長い睫毛の向こう側、星々の輝きを散りばめたかのような、小さな銀河のように煌めく瞳を持つ彼女こそが、御厨家で最も愛される娘。


 名を、御厨(みくりや)七星(ななほし)と言う。



 教本にも記されているような名家である四つの家の子が一堂に集結するなど本来は有り得ない事なのだが、今この場、この時代においては不思議ではない。

 それは天文学的な確率でもなんでもない、火加々美、天炎、神来戸、御厨の四家の子が同じ年に生まれ、同じ学園に通わせている、と言うだけの話。



「その四家の別名、と言うか、総称が……ええと、えっと……」

「――四位一体(クアドリガ)、だよ」



 燼月の少年が答えに躓いたところで、教室中には呆れた嘆息や失笑、嘲笑の類で溢れる。

 それは四家の子供達も似たような反応を見せる中でたった一人、燼月の隣に座していた少女がひっそりと答えを耳打ちするのだが、その光景も含めて全て老教師は見ている。


「く、四位一体(クアドリガ)、です」

「……よろしい。座っていいぞ。だが燼月、放課後私の元に来るように」

「うぇッ!? こ、答えたら許してくれるって……!」

「居眠りを()()()()事には目を瞑る、と言っただけだ。私がするのは居眠りを()()事についてだからな。覚悟しておくように。――それでは授業の続きだ。教本の六十七頁を開くように。以上の事から――」


「うぅ……」

「――どんまいだよ、永新(えいしん)

「――教えてくれてありがとう、永恋(えれん)。って、そもそも起こしてくれれば良かったのに……」

「――永新の寝顔を見てたら、起こすに起こせなくって。かわいかったよ?」

「――いや……うん……なんでもないよ」


 老教師の授業の内容を右から左へ聞き流しながら、耳打ちしてくれた少女に苦々しさと感謝の念が半々になったような複雑な感情のまま礼を告げる燼月の少年。


 色惚けのような発言をしては、少年を見つめて嬉しそうに微笑む彼女の名は、小暮日(こぐれび)永恋(えれん)

 柔らかく膨らませたような、その名に相応しいような淡い恋の色をした髪から――否、少女の全身から放たれるフェロモンのような甘い香りと、澄み渡る青空が如き色の瞳はくりりとして愛らしく、少女が無意識ながらに振り翳す暴力的なまでの色香に誘われ恋に落ちる異性は数多い。


 そんな彼女の家、小暮日家もまた四家に匹敵するような名家であり、倶利伽羅としての歴史が深い家のご令嬢。


 そんな彼女から熱い愛を送られる燼月の少年、その名は燼月(じんげつ)永新(えいしん)

 黒髪黒目である以外は何の特徴も無い、至って普通の幼児である永新にとって、四家や小暮日家、それ以外にも俱利伽羅のコミュニティでは知らぬ者なしと謳われるような存在の家の子供達に囲まれる環境は、名を馳せてもいなければ歴史的功績がある訳でも無いポッと出の燼月家の一人息子にとってみれば地獄でしかない。

 そんな、何者でもない彼、永新が四家と同じ学園は疎か同じ教室で授業を共にしているのも、全ては彼に熱い恋の視線を送る少女、永恋が原因であった。

 ふとした出会いに永恋の方から一目惚れをされた永新は、家の力の差もあって幼いうちから半強制的に婚約を結ばされた結果、倶利伽羅として永恋と同じかそれ以上の成績を求められ、この学園に入る羽目になってしまっていた。


 古くから高貴な血筋、名家の血筋であった良家である俱利伽羅の一族は皆一様に見目麗しい。永新も決して顔は悪い訳では無いのだが、美形である事を強いられているような環境で生まれ育った彼らと燼月家のようなポッと出の倶利伽羅を比べてみれば月とスッポン。埋没する個性とは正しく永新を指す、永新の為のような表現であった。


「――燼月、居眠りの次はお喋りか?」

「ご、ごめんなさい!!」


 彼が注目を集めるのは、いつだって嘲笑の渦の中でのみ。

 唯一の味方であって欲しいはずの永恋は、永新の一挙手一投足に微笑みかけるばかりで、永新にふりかかる悪意からは決して守ってなどはくれない。永新を守るな、とでも言い付けられているかのように思える振る舞いは、永新にとって救いが無い現実よりもずっと深い谷底に叩き落されるような感覚であった。

 けれども永新がそれを訴える事は不可能である為、黙って下唇を噛んで乗り越えるのみ。


 何処にいても肩身の狭い思いを強いられる永新は、今日も下を向いて一日を乗り切るので精一杯なのであった。








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