17話
「……永恋、大丈夫か?」
「まだ、永新と連絡がつかないの……」
今日は、永新が十五歳の誕生日を迎える日。
永新よりも一日早く十五歳を迎えた永恋であったが、彼女は家の意向も周囲の声も無視して、十五歳から与えられる成人の儀の挑戦権を一日保留にした。
幼き頃より切望され続け、永恋自身も憧れを抱いていた正式な倶利伽羅の証明。
それを得る機会が目の前にぶら下がっていながらも、期待を抱いてくれた家族の意向も何もかもを全てを放り投げてでも、永恋はかつて永新と交わした「約束」を優先した。
そして訪れた約束の日。
望みを抱いて空に薄雲がかかる冬の日。
――永新は学園に姿を見せなかった。
永新が孤立を選んだあの日から、六年。
母親が――、新夏が息を引き取った日は永新の誕生日よりも前であったため、先日に七回忌を執り行った事は、燼月家と繋がりを持つ小暮日家は情報を持っており、永恋はそれを知っていた。
本来ならば永新の口から教えてもらいたかった話も、永恋に報せるのは小暮日家が雇った人物の口から聞かされる。
それが示す事実と言うのは、今もまだ永恋は永新から心を開かれていないと言う点で、永新は学園の誰に対しても心を開こうとはしていなかった。
孤高、と言うには些か寂し過ぎて。
孤独、と言うには手を差し伸べる余裕も無い。
永新の立ち居振る舞いを一言で表すなら、正に「孤立」が良く当て嵌まるもので、自分以外の何者にも興味を抱かない、そんな素振りに誰も永新に近寄る事は叶わず、これまで永新を排除すべく影で動いていた四家でさえもすっかり動きを見せなくなった。
その中でもたった一人。
永恋だけが、学園内で声を掛け続けようと行動を取り続けていた。
この六年と少しの間、永恋は毎週のように燼月家に手紙を送り続けていた。
しかし、永新が心を開かない現状が意味するのは、手紙が読まれていないか、もしくは読まれている上で拒絶されているかの二択。
もし仮に後者だとしても、二人の間で今も生き続ける「約束」がある限り永恋は諦める事など、出来るはずが無い。
永恋が信じる選択肢は「永新に許してもらい一緒に居る」か、「永新に許されなくても一緒に居る」のどちらか。これから先も続く彼女の人生に永新の存在が無いと言う事実は決して認められるものでは無く、どんな手を使おうとも永新と共に生きると心に誓っていた。
その心の誓いを、この約束の日に永新に打ち明けるはずだったのだが――。
永新は今日も、学園に姿を見せない。
この六年の間で、永新や永恋のみならず、あまねく生徒の立場は大きく変わっていた。
生徒の多くは十二歳になるまでに破魔弓術の中級までを修め、そこから三年間は現場で生きる倶利伽羅の補佐に出て経験を積んでいく。つまり、実地研修となる。
倶利伽羅の活動は、日付も時間帯も様々。故に学園を休んででも妖魔退治に駆り出される事は良くある話で、補佐経験も二年が経つ頃には、日によって教室の半分以上が居ないまま授業が進められる、と言うのは珍しくない。
実際に永恋や四家も実地研修で忙しく、この三年間は月の半分もまともに授業に参加出来ていなかった。
しかし、それらは全て破魔弓術中級を修めた者に限る話であり――。
「燼月は確か、中級は疎か、初級すら収められていないと聞くが……何を理由に休んでいる?」
「それを、あたし達が言うの……?」
「……? 七星ちゃん達は、何か知ってるの? 永新が、休んでる、理由」
「いんや、何も? 永恋が知っている情報しか、俺達は持ち得てないぜ」
「……そっか」
神来戸獅子王が口にしたように、破魔弓術中級は疎か、初級さえも修められていない永新が実地研修に出られる訳も無く、永新が休んでいる理由は誰にも思い当たらない。
そして、そんな獅子王が永新の精神を限界まで追い詰めるまで扇動した人物である、という事実を永恋は知らないでいた。
そもそも永新が虐められていたという事実は、永新が本当の意味で追い込まれたあの日から無かったものとして扱われるようになっている為、その事実すらも永恋は知らなかった。
燼月永新に対して並々ならぬ感情を向ける永恋がその事実を知った時、四家ですら彼女がどんな行動に出るか想像できない以上、クラスでは暗黙の了解として絶対に口にしてはならないと、後ろ暗いものを背負わなければならなかった。
そんな永新を取り巻く環境を知り得ない永恋は、心配そうにスマホを胸に抱く。
獅子王の言う事は永恋も理解できるとは言え、永新が約束を破る、と言う考えすら、今の彼女の頭の中には無いのであった。
学年の中でも三割程破魔弓術中級を修められずに、俱利伽羅とした大成出来ない者もいる。そんな者の為にも、霊具の開発や、多くの倶利伽羅をあらゆる面で補佐する立場に就くなど、あらゆる道は開かれている。
「でも、前は座額の成績は悪くは無かったのに、最近は学園に折角来たって机に突っ伏しているだけじゃない。霊技の実習の時だって前は追いつこうと必死でメモしていたのに、今ではまるで興味無さそうにしているもの。……もし、諦めたって言うなら、それは少し申し訳――寂しい、わね」
「なんだ、存外永新の事、気にかけてるんだな?」
「んなっ――!? べ、別に気になるとか、そんなんじゃないわよ! ただ、何かが引っかかると言うか……。え、永恋、そんな怖い顔しないでちょうだい。万が一にも、そんな可能性、ある訳ないでしょ……」
渇いた笑みを浮かべ、頭に過る人物の影を振り払いながら七星が永恋を宥めると、晴也が突然思い出したかのように呟く。
「そうだ。インターン先で永新らしき人物を見かけた、って噂なら小耳に挟んだ事があるぜ」
「――それなら、私も見た覚えがありますよ」
「甘奈。今日は来ても良かったの」
「……フン」
「おぉっと。世代筆頭サマのお出ましだな」
「ふふっ。それで皮肉を言っているつもりですか、晴也さん?」
話に割って入ってきたのは、大和撫子を体現したかのような雅な少女、火加々美甘奈。
この場に揃う四家の面々は、永新や永恋と違って既に十五の誕生日を迎え、成人の儀を乗り越えていた。
成人の儀とは、満十五歳になった倶利伽羅の少年少女達が満十六歳二なるまでの一年の間だけ与えられる機会の事。その内容は、これまで培ってきた技術を元に倶利伽羅として必要な教養、及び対処法の様々を活用して潜り抜ける試練が待ち受けているとされており、内容は困難極めるとされていた。
それに合格して初めて「正式な倶利伽羅」として国から認められるのであって、それを受けていない永恋はこの場において唯一正式ではない倶利伽羅、「倶利伽羅見習い」であった。
この世代の生徒の多くは既に成人の儀を通過しており、誰もが何度か挑戦して初めて通過できるところを、四家の面々は皆総じて誕生日に一発で通過すると言う偉業を成し遂げていた。
そんな四家が誇る最優秀な火加々美甘奈こそが、永新が生まれた世代の筆頭。数多ある地方の倶利伽羅の中で、世代で最も優秀な倶利伽羅として選ばれた稀有な存在なのであった。
世代筆頭が正式に言い渡されるのは来年の春なのだが、既に決定事項として多くの倶利伽羅が噂している。
しかし、甘奈が世代筆頭に至る過程においては様々なイレギュラーが起こっていた。
本来であれば四家の中で世代筆頭の座を奪い合うはずだったのだが、七星が早々に争奪戦から離脱し、それに続くように晴也も世代筆頭から手を引いた事により、世代筆頭の座は実質的に甘奈と獅子王、そして永恋の三つ巴となった。
その中で永新以外に興味のない永恋は、筆頭の座など意味も無ければ興味も無いと表明し、甘奈と獅子王による争奪戦へと様相は移り変わった。
結果として四家としての格の違いを見せつけるかのように甘奈が全ての成績において獅子王を上回り、圧倒的なまでの実力差で世代筆頭の座を勝ち得たのは公然の秘密。
何しろ、甘奈はこの年にして破魔弓術の上級は疎か奥義までもを習得しており、紅蓮一刀流に関しても中伝まで使用可能と言う努力と才能を積み重ねた成果を遺憾なく発揮して見せた。
それに対して、獅子王は上級を習得し、奥義の習得に差し掛かったばかり。
僅か十五歳で破魔弓術を上級まで収めることが出来るのは一握りと言われている中でそれを為しているのだから獅子王が優れているのは言うまでもない。いかに成績優秀な学生と言えども、成人の儀を迎えるまでに上級の一つや二つを習得するのが精々であると言えば、獅子王が優れてるのが伝わるだろうが、甘奈はその更に上を行ったのだから、彼女と比べる方が酷と言うもの。
むしろ、それでも尚立ち向かわんとした獅子王の評価が相対的に上がった、と言う事実が、獅子王にとってみれば「甘奈に負けた」と言う事実よりも悔しさが滲むのも無理のない話だった。
それ故に、甘奈の登場に獅子王は露骨に機嫌を悪くさせて鼻を鳴らした。
「それで? 永新を見た、ってのは本当なのか?」
「遠目でしたので断言はできませんが、恐らく。何をしているかは不明でしたが、私が見た時は確か、誰かと一緒のご様子でしたよ」
「誰かと、一緒だった……?」
「えぇ。私が知るのはそれだけですし、七星さんが仰る事に説得力を持たせる一助になるかと」
「つまり、永新はもう、倶利伽羅を諦めてる……って事か?」
「その可能性が高い、と言うだけですよ。それに、誰よりも一番近くで燼月さんを見続けてきた永恋さん……。貴方がその可能性に気付いていない訳が、無いでしょう?」
「――っ、そんな訳、ないもん……! 永新は、永新は必ずっ……!!」
甘奈の言葉に、気付かない振りで貫き通して来た一つの答えに気付きたくない、とでも言うかのように自分に言い聞かせるようにして声を振り絞る永恋。
見るからに痛々しい姿を目にした獅子王は、沈痛な面持ちを披露する永恋を慰めるべく、肩を抱き寄せようと手を伸ばす。その行動は正しく甘奈を敵視してのものだったが、その手が永恋に触れる寸前、突如として教室の扉が荒々しい音を立てて開かれた。
獅子王の手は虚しく空を切り、その場に居合わせた生徒達は皆、例外なく会話を止めて誰もが音のした方へ注目を向ける。
四家と永恋も同様に、初めて浴びせられる異常事態の空気を敏感に察知し、飛び込んできた老教師に目を向ける。
「――全員、動くな!!」
教室に飛び込んできたのは、六歳の頃からこの学園にて面倒を見てもらっている老教師と、その後に続いて雪崩れ込んでくる臨戦態勢の倶利伽羅達。
この教室に集められた四家や名家の子供に対しても平等に厳格であった老教師は、四家にとっても恩師のような存在。そんな彼がこれまで見せた事が無いくらいの慌てようでもって教室に飛び込んできたのだから、総じて空気に緊張が走る。
それに加えて、老教師の後に続いて飛び込んできた倶利伽羅全員が臨戦態勢を取っている事から、永恋と四家は動揺しながらも使命を全うすべく同じように身構える。
老教師に加えて現役の倶利伽羅達が一定時間教室内を見回したかと思えば、その臨戦態勢もすぐに解かれる。
教室の中に満ちた緊張が一瞬緩んだその折を見て、世代筆頭である甘奈が一歩前に歩み出て事態の把握に取り掛かる。
「先生、これは、一体……?」
「う、む……。これは、だな……」
言い渋る老教師は頻りに永恋の方に視線を動かして様子を伺う。
口を開かずとも言うべきか否か、と表す老教師は、一度開きかけた口を閉じる。
老教師の心情を理解してか倶利伽羅が代わりに説明しようかと言う打診に老教師は制止をかけ、呼吸を落ち着かせる間を置いた後に「驚かずに聞いてくれ」と念を押してから慎重に口を開いた。
「燼月に……、燼月永新に――外法を使用した疑いが、かかっている」
「「「「――ッ!?」」」」
四家のみならず、先生の言葉に教室全体が息を飲む。
その中でただ一人、教師の言葉に理解が追い付かない様子の少女が一人。
「――嘘……」
その言葉と共に小暮日永恋の手からスマホが落ちて、返信の来ない画面にヒビが走るのだった。




