表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/129

12話

 

「……」


 人の気配が失せる早朝の校舎に、永新は目的も無いまま彷徨う。

 神来戸(けらと)獅子王(ししお)に受けた忠告の通り、永新にとってたった一人の「友人」と呼べる大切な存在を自ら手放した翌朝、永新は覇気の無い様子で朝早くに学園へと赴いた。

 それは永恋を避ける為であると同時に、母親である新夏に自分の心を見透かされるのを防ぐ二つの意味があった。永新の変化に敏い新夏であれば、永新の空虚になった胸の内を簡単に見抜いて、永新が本当に望んだ行動ができるように背中を押してくれるだろう。だが、それではいけないのだ。


 永新が永恋の傍に居るから永恋は謂れの無い非難を浴びてしまう。その事で小暮日家から詰められる程度ならば永新が我慢すればいい事なのだが、もしも万が一、自分が傍に居る事が原因で小暮日家が侮られ永恋に危害が及んでしまったら――永新にとっては、永恋に危害が及ぶ可能性があると言う事実が何よりも怖かった。


 永新だって、出来る事なら永恋と離れる選択など無い方が良い。欲を言えば、永恋の隣に並び立てるだけの人間になりたかった。だが、定められた運命と言うのは残酷で、永新が永恋に追いつく事は、生まれた血筋を持って不可能だと証明されており、現在進行形で永新の霊力が伸びない事が何よりの証拠であった。


 それでも一縷の希望に賭けて老教師の言う通りに鍛錬を重ねてきたものの現実は非情で、事態の好転など夢のまた夢と消え、遂には永恋と繋ぐ手すらも許されないとまで告げられる始末。

 結果、永新が幾ら望んだところで周囲は決して永新の事を認めてなどくれずに、無残にも二人の仲を切り裂く。

 ――だがしかし、永新が諦めたとて永恋が諦めるとは限らなかった。


 明くる日の朝、いつもの通学路で永恋は永新の到来を待ち続ける。

 車の中で、祈る様に道行く人々を眺めながら。

 今までのように、沈んだ顔で学園までに道程を歩く永新がやって来ることを信じて。

 自分が駆け寄った時に見せる、花開くような愛らしい笑顔を夢に見て、永恋は待ち続ける。


「……ごめんなさい、永恋」


 恋焦がれるように待つ永恋を他所に、永新の体は既に学園にあり、誰に聞こえる訳でも無い声で窓の外に向かって謝罪を口にしていた。


 重い蓋をしたかのように広がる今にも雨が降り出しそうな曇天は、まるで誰かの心模様を表しているようだった。






 通る道も変えて、一時間以上早く登校した永新だが、教室にいたとしても奇異の目を向けられる上、もし仮に永恋が早い時間に登校してきた場合、席が隣り合っている以上どうしても避ける事は叶わない。

 となると永新は元々居場所のなかった教室以外に、時間を潰せる場所を探さなければならなかった。

 昨日、永恋と別れた後に世話を焼いてくれた真宵先生の元に駆け込むのも頭に浮かんだが、彼女はこの学園で数少ない治癒術のスペシャリスト。ただでさえ倶利伽羅の授業で出張らなければならないのに、職務に関係のない自分の面倒を見てもらうなど無礼にも程がある、と考え、永新は程良い場所を探し求めて校舎を彷徨い続けていた。

 足を止めてしまえば永恋の方に向いてしまいそうな思いを隠すような意味合いも込められていたのだが、永新はその事には気付かぬまま重たい荷物を担いで彷徨い続けた。


「……第二、図書館」


 そんな永新が足を止めたのは、数多くの資料が集まる第一図書館と比べて規模も利用者も少なく、修練場からも離れた日陰の場所に設立された第二図書館。

 そこには倶利伽羅の活動とは関係のない、世間一般で販売されているような娯楽を目的とした本ばかりが並んでいて、倶利伽羅の間では不必要とされる教養が学べる場所。


 鍵はいつから壊れているのか分からない程に錆びているのが、この場所がどれだけ放置されているのかが分かると同時に、ここならば息を潜められそうだ、と言う安心感を与えてくれる。

 横に引くドアは思いの外軽く、永新は不思議な魅力に取りつかれたかのように、吸い込まれるようにして第二図書館に足を踏み入れる。


 第二図書館に足を踏み入れた永新を歓迎したのは、埃臭い匂いと数少ない蔵書。

 入り口からみて「コ」の字を描くように置かれた背の低い本棚の半分も埋まってない様子からして、それだけ不必要だと判断されたものだろうが、永新にとってみれば却ってその方がありがたいとさえ思えるもの。


 壁に掛けられた時計を見れば始業開始まであと一時間もあって、時間を潰すにはもってこいの場所だと判断した永新は鞄を投げ捨て、意気揚々と本棚に向かった。


「見た事無い本ばっかりだ……」


 第一図書館に何度か足を運んだことはあるものの、そちらには妖魔の特徴を記した図鑑であったり、霊力の特徴や特性を調べた研究書類に、霊技の細かな説明が乗った指南書など、倶利伽羅に関係する秘密書類ばかり。それらが必要となるのは、成人の儀に向けて準備を整え始める十二歳頃になってからと言うもので、始めは自分もそこに通って霊力への理解を深めるんだ、などと言う理想の姿を夢見ていたものの、現実を思い知らされてからは一切近付く事は無かった。


 それに反して、この第二図書館に集められた蔵書は色とりどりで、どれも目を惹かれる。


 どれにしようかな、と背表紙に見蕩れて本棚を物色していた永新は、ここ第二図書館に近付いてくる足音に気付けないでいると突如として扉がガラリ、と音を立てて開かれる。


「――ぅひゃぁっ!?」

「――ぁひゃぁっ!?」


 未だ静けさを保つ校舎に二つの悲鳴がこだまする。


 永新の悲鳴に共鳴するかのように上がった悲鳴は甲高く、恐る恐ると言った様子で永新が顔だけを振り返らせると、そこには鞄で顔を隠す永新と同じくらいの背丈の少女が立っていた。


「お、おおおおおお、お化け、ですか!?」

「お、落ち着いて……!?」


 驚愕に困惑まで重なった少女が慌てて言葉を口にする様を目の当たりにした永新は、ひとまず落ち着くよう声を掛ける。

 話が通じると分かったからか、少女は次第に落ち着きを取り戻して鞄から顔の半分だけを覗かせて永新を見る。


「ど、どなた、ですか……? ここはエマが先に見つけた場所なんです……!!」


 瓶底眼鏡の奥から覗く橙色の瞳は涙を湛えていて、自分の居場所を守ろうと必死になる姿は同情を誘う。

 彼女も永新同様一人になりたいからこの場所を選んでいるのだと分かる様子を見て、永新はハッとして手に取った本を本棚へと戻す。


「……そっか。ここは、君の居場所なんだね。邪魔して、ごめんね……」

「え……」


 この場合、後から来た永新が邪魔をしている形になる以上、永新は簡単に引き下がる。

 自分一人の時間を邪魔される程、嫌な事は無いと言うのを永新は知っているからこそ引き下がって、第二図書館を後にしようと荷物をまとめていると、更に焦った様子で背後から声がかかると同時に、永新の襟首が力いっぱい引っ張られて永新は後ろにつんのめる。


「あ、えっと、その……、ま、待ってください……!!」

「――ぐぇっ」

「あ! あぁ!! ご、ごめんなさい!!」

「ケㇹ……っ、いや、大丈夫だけど……。どうしたの?」

「……ここは、エマが見つけた場所ですけど、エマだけの場所では無いと言いますか……。その、ええと……エマはクラスに居場所が無い、と言うか、追い出されたからここに逃げているんですけど、その、もしかして、あ、あなたも、一緒、ですか……?」


 オドオド、モジモジと鞄を盾にしながらボソボソと自分の身の上話を始めた少女の話に、永新は聞き逃さないよう耳を傾ける。


「僕も……、そうなんだ」

「! そ、それなら……! もし、もし良かったら、エマと一緒に、ここで過ごしませんか!? 授業には、出ないといけないんですけど、エマはいつも休み時間はここに居るんです。もしあなたが良かったら、エマと一緒に、居てくれませんか……? ずっと一人は、寂しいんです……」


 永新のその言葉を待っていたかのように、瞳を輝かせる女の子は永新の袖を摘まみながら、上目遣いで捲し立てる。

 一緒に居て欲しい。そう訴える仕草は子犬のようで、永新は庇護欲を刺激されながらも、女の子が口にした「一人は寂しい」と言う言葉が痛い程分かるからこそ、渡りに船とばかりに頷き返す。


「本当ですか!? 良かったぁ……。あっ、エマは、絵麻(えま)って言います。燦然院(さんぜんいん)絵麻(えま)です。最近転級してきた人が、絵麻の事変だって言うんです。そしたら皆、今まで仲良くしてた子達も一緒になって絵麻の事を指差して……お前は変だって。でも、絵麻は変なんかじゃない、って言ったら、教室から摘まみ出されちゃって……。貴方も似たような状況なんですか? 貴方はどうしてここに? お名前は?」

「……っ」


 永新の首肯に橙色の瞳を再度輝かせて、明るい茶髪から流れる二本のおさげ髪を振り乱す勢いで喜びを表現する。


 対して、永新は「燦然院」と言う名前にピンと来ないまま名前やその他の事情を求められて、思わず息を飲む。


 燼月永新、の名前は噂として手広く広まっていて、そのどれもが「燼月永新と言う男は出来損ないでろくでもない」と言うもの。霊力を使えない、と言う俱利伽羅としてあるまじき不良品である事に加え、先日の一件に尾鰭が付いて出回ったりしている。その為、同じ学年に在籍する以上一度は耳にしたことがあるだろうと言う程にまで噂は浸透していて、永新は名乗るのを躊躇ってしまう。

 そんな永新の様子を見て何を察したのか、絵麻は慌てて永新の口を閉ざしにかかる。


「い、言いたくないなら、いいよ。思い出したくない事だって、あると思うから……。絵麻も、本当は思い出したくなんて無いし、あんなクラスになんて、戻りたく無いから……!」

「ごめんね……。ありがとう」

「名前も……、言いたくない?」


 一人歩きする名前を口にするのは憚れたが、ここで口にしないのも礼を失すると考え、永新は覚悟を決めた後に恐る恐ると言った様子で自らの名前を口にした。

 後にも先にも、自分の名前を口にするだけでこんなにも緊張したのは、この瞬間だけだと言えるくらい、永新の胸は大きく鼓動を繰り返していた。


「じっ、燼月、永新……」

「じんげつえいしん……。それじゃあ、永新くん、って呼んでも良いですか? 絵麻の事は、絵麻って呼んで? これから、よろしくね?」

「――! う、うん! よろしく……、よろしく、お願いします……!」


 絵麻は永新の名前を聞いてもそれらしい反応をすることは無く、人懐こい笑みを浮かべて永新の名前を呼んでくる。それは、昨日失ったはずの永恋を思い出すかのようで胸元がざわつくのだが、その正体に気が付く前に始業の鐘が鳴り響く。


「もうこんな時間!? お話し出来るのって、やっぱり楽しいですね。また、ここで待ってますね? ……永新くん」

「う、うん。僕も、また来るよ」

「約束、ですから!」


 まるで夢にまで見た友達同士のようなやり取りに二人して笑みを浮かべ、第二図書館の前で分かれる。

 鐘が鳴り終わる寸前で永新は教室に滑り込む事に成功し、老教師の姿が見えない事からホッと胸を撫で下ろす。


「おはよう、永新! 今日は遅かったな?」

「お、おはよう、天炎くん」

「晴也で良いって言ってるだろ? それで、どこに行って――」


「――鐘は鳴り終わっているぞ、天炎、燼月。聞こえなかったのか? さっさと席につけ」


「げっ、また後でな、永新!」

「あはは……」


 撫で下ろしたのも束の間、寒気すら感じられるようなプレッシャーを放つ老教師が気付けば背後に立っており、肩に腕を回した晴也諸共教室に押し込まれる。

 クラスの人気者、どころか学年は疎か学園中で知らぬ者はいないと噂される程の天炎晴也は、時折こうして永新に気を回す。クラスで仲間外れを出さない、等と言う夢物語の実現のためなのか、それとも周囲からの評価を気にしてかは不明だが、永新にとっては居心地の悪い教室に自分の居場所を作ろうとしてくれているように感じられる為、感謝すらしていた。

 けれども友人と呼ぶにはまだ距離がある関係である以上、永新は晴也に対して心を開き切った訳ではなかった。だがそれも時間の問題と思えるくらい、永新は晴也に対しての警戒を解きつつあった。


 肩に残る熱を感じながら席に着いたところで、永新はようやく永恋の事を思い出して、恐る恐る横目で様子を伺う。


「……永新」

「ッ!」


 永新の名前を呼ぶ声はいつもの天真爛漫さが嘘のように力無く、寂し気に歪められた表情は永恋のものとは思えない程に見るからに元気が無かった。思わず声を掛けてしまいそうになる程に胸が締め付けられるが、永恋越しに見える獅子王が「分かっているだろうな」と言う鋭い視線を受けてしまい、永新は口を一文字に縛らざるを得ない。

 これ以上罪悪感を積み上げない為にも、永恋から顔を逸らして老教師の授業に集中しようと試みる。


 けれどもその日一日、永新はまともに授業に集中する事など出来ず、休み時間には追い縋る永恋から逃げるように第二図書館へと逃げ込むのであった。


「永新……」


 永恋の手を阻むように永恋の友人たちが壁になって、その向こうから聞こえてきた永新を呼ぶ声が残響のように耳に残る中、永新は絵麻と会話を弾ませる。


「――第二図書館は鍵が壊れていて出入り自由な上、先生方も滅多にこちらに来ないと言う絵麻達の秘密基地にはぴったりの場所なんですよ」

「カーテンを閉めれば光も漏れないし、少しくらいなら大きい声出しても人が居る所にまで聞こえない……。すっごく過ごしやすい場所だよね!」

「そうなんです! それに、面白い物語もたくさんあって……! この雑誌、と言うのも面白いんですよ!」

「い、色んな人がいっぱい映ってる……!」

「絵麻は、もう少し成長したらこんな服が来てみたいんです。……似合いそうですか?」

「かわいいし、派手でいいね。倶利伽羅の霊具は、好きじゃないの?」

「霊具も、似合う人が着たら可愛いと思うんです。例えば、四家の甘奈さんとか、七星さんとか……。でも、絵麻にはきっと似合わないから……」


 第二図書館に置かれた一昔前のファッション雑誌に目を通しながら、絵麻はどのファッションアイテムが自分に似合うかを想像しながら語り、しつこくない頻度で永新に似合うかどうかを尋ねてくる。

 その度に、絵麻が見せるファッションの隣に並ぶヒラヒラの洋服が永恋に似合うだろうな、なんて感想を抱きながら卒のない返事をしていく。その時間は思いの外心地良く、それでいて楽しい時間なのだが、耳に残った残響と脳裏に焼き付いた悲し気な永恋の顔が思い出されて、永新はどうしても永恋の事を考えずにはいられない。


 髪の先端を弄りながら自分にはないものを持つ四家を羨む絵麻に、永新は彼女の顔色伺うようにして言葉を返す。


「……絵麻さんも、きっと似合うようになるよ。絵麻さんは今でも十分魅力的だからね」

「……永新くんって、意外とモテるんですか? そんな歯の浮くようなセリフ言っちゃって……!」

「? だって、絵麻さんは目が綺麗だから、霊具の紅と白が合うかな、って……。もしかして、変なこと言っちゃった!?」

「へ、へぇ? 本当にそう思います……? そ、それなら、霊具を貰えたら一番に永新くんに見せてあげます。だから、永新くんも絵麻に一番に見せに来てくださいね?」

「う、うん……」


 返答のしように困る提案だったが、「約束」と言ってご機嫌な絵麻の邪魔をする訳にもいかず、永新はその場しのぎの嘘を口にする。それが不可能である事は、どうしても言えなくて。

 燼月永新に関する噂など知らない、とでも言うように関わり合ってくれる絵麻の存在が、たった一日でこんなにも大きくなるとは思っておらず、永恋を想えば想う程、絵麻に惹かれていく自分がいる事に気付く。それが何を意味するか、最低な好意であると理解していながらも、永新はこの束の間の心地良い空気に包まれていたかった。


 この部屋から一歩外に踏み出せば、そこには永新に刃を向ける世界が待っているから。日に日にエスカレートしていく嫌がらせに、堪えなければならないから。


 今この一瞬だけは、静かに過ごしたかったからこそ、永新は嘘を吐く。

 叶わぬ約束だとしても、この渇いた心を落ち着かせてくれたこの時間は、手放したくないと思ってしまったから。


「――そうと決まれば、この後の霊力の授業は張り切らざるを得ません! 永新くんも、一緒に頑張りましょうね!!」

「うん。()()()、頑張ろう――」


 瓶底眼鏡の奥でこれ以上無いくらい満面の笑みを浮かべる絵麻の姿に、永新は頷く他無く、一足先に修練場に向かって行く絵麻を静かに見送るばかり。


 絵麻が霊力の鍛錬に一生懸命励む中、永新は一人、外を走らされているとも知らずに、絵麻はやる気を感じさせる。


「……頑張らないと」


 例え嘘だとしても、約束を守ろうと走る事に変わりはない、と自分を奮い立たせて後を追うように修練場――ではなく校庭へと向かって行く永新は、その背を見つめる視線に気が付く事は無かった。



「……あら。あらあらあら――」







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 誰だ最後の?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ