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128話 エピローグ

エピローグ。

 



「――永新、君?」



「絵麻さん!! お目覚めになりまして!? ご自分のお名前が分かりますか? わたくしが、分かりますか……?」

「香織、さん……? ここは……病院?」

「あぁ、良かったですわ!! 絵麻さんは丸三日も眠っていたんですの。何事も無かったわたくしからしたら、もう毎日気が気でない時間が続いておりまして……! ですが、こうして目を覚ましてくれて本当に良かったですわ!! ――ハッ! そうですわ。お医者様を、呼んできますわね!!!」



 ここは、倶利伽羅と縁の深い病院の一室。

 誠一郎の異界にて永新から七星の手に渡り、病院に運び込まれた燦然院本家の娘、燦然院絵麻は、何かに導かれるかのようにして目を覚ました。


 絵麻はこの病院に運ばれてきた経緯を、覚えていない。

 覚えているのは、異界での出来事。永新に触れられた熱を思いの丈を叫んだ興奮を、今でも鮮明に思い出せる。

 彼の、熱い唇の味も、香りも、何もかも、鮮明に覚えているのだ。


 だが、その後でどうやって異界を抜け出したのか、どうやって助け出されたのか。何一つとして記憶にない。

 もしや永新が助けてくれたのか、と淡い期待を胸に寄せるのだが、肝心の永新の姿はどこにも見当たらない。


 長い事眠っていた影響か、体が鈍りのように重たく感じて、上体を起き上がらせる事すらままならない状況ながら、絵麻は覚えている限りの最後の記憶を呼び起こす。

 記憶の流れを浚うように思い出していくと、朧げな頭でもはっきりと思い出せる。



「エマは確か……、永新君と会って話をする為に、あの妖魔の誘いに乗って……それから――」



 関係の無い人からすれば「たかがそんな事で」とお叱りを受けるだろうが、絵麻にとっては、例え倶利伽羅として生きる事が出来なくなったとしても、永新と会って話す事は自分の命を取引の道具にできるくらい大きく、大切な事だったのだ。その結果、自分が倶利伽羅として生きる道が無くなったとしても、燼月永新と言う自分の中で永遠に燻り続ける存在を無視して生きるくらいならば、思いの丈をぶつけてから死んだ方がマシだと、思っていた。


 だからこそ、絵麻は最後の最後で永新の心に触れる事が出来て、心の底から歓喜した。



「永新君……。早く、会いたいなぁ……」



 あの時の感情を、目覚めたばかりの絵麻の脳は一切の脚色なしに、鮮明なまま、ありのままを思い出す事が出来る。再会を願う言葉を口にすると、忽ち湧き上がってくる気恥ずかしい感情に思わず体を委ねる病床に身体を沈めていくのだが、待ち侘びるようなこの感情は、諦めなかったからこそ手に入れられたものだと思うと、この舞い上がるような気分も悪くないものだった。


 決して悪くはない気分の中、医者を呼びに行った絵麻の従姉に当たる燦然院香織が戻ってくると、幸せそうな表情を見せる絵麻を見て今際の際かと勘違いしたのか、必死に呼びかけると言う一悶着があったものの、医者と看護師の制止によって香織が落ち着きを取り戻したところで、ようやく本題へと移るのであった。



「――それって、どう言う……?」



 そこで医者の口から告げられた言葉に、絵麻は言葉を失う他無かった。


 倶利伽羅には霊力による治癒術がある中で、それでも医療が欠かせないのは、人の体を治すのに治癒術が万能ではないからこそ。故に、倶利伽羅は医学会とも繋がりを持っており、俱利伽羅御用達の病院は各地にあった。その病院各位では連盟員として名を連ねる医師が存在しており、俱利伽羅の治療を優先して請け負っていた。絵麻達が運び込まれたこの病院もその一つで、絵麻を診察した目の前の医者は霊力にも精通する特異な人間であった。


 そんな彼が言い放ったのは、絵麻の症状に関する事だった。



「霊力が失われた、って……どう言う事ですか?」

「そのままの意味です。現在、燦然院さん……、燦然院絵麻さんの体は、霊力が喪失した状態にあるのです。……落ち着いて聞いて下さい。それから、この状態が回復する見込みは……ありません。現代の技術では不可能、と言う事になります。つまり、絵麻さんは今後、只人として、生きていかねばならない、と言う事です」


「……」


「え、えぇとね、絵麻さん。絵麻さんが寝ている間に、絵麻さんのお父様が、つまりわたくしの叔父様に当たる方がいらっしゃって……。わたくしの家に絵麻さんを引き渡す、とだけ言っていましたの……。これって、絵麻さんと一緒に暮らせる、って解釈であっていますわよね……? 倶利伽羅様方の礼儀作法を、わたくし知らなかったのでどういう意図か分からなくって……」

「燦然院さん――か、香織さん。今は少し、絵麻さんも混乱しているので、その話は後で――」



 看護師に窘められて慌てて口を塞いだ香織であったが、時すでに遅し。

 少しずつ体に自由を取り戻しつつあった絵麻が、自分の体の重さの理由がはっきりと告げられた事で、どこか呆然とした様子で黙してしまう。

 続けて、医者は「倶利伽羅としての処遇は後程」と伝えてきたが、香織の口から零された本家の対応によって、自分が宗家に移された事はつまりそう言う事だろう、と思考を巡らせた絵麻は、以降の医者の話に対しては終始沈黙を貫いていた。



「――これにて、説明は以上となりますが、何か質問は、ございますか?」


「…………エマを、私を助けてくれた人に会う事は、出来ますか?」


「あぁ、絵麻さんを運び込んで来た人ですね。それでしたら確か……先程再び入院されていますね。軽い経過観察のようなものですが、御相手方に希望が通れば、はい、面会する事は可能ですよ」


「本当ですか!? ……え、入院……ですか? ここに……?」


「えぇ。実は昨日、上級妖魔の討伐作戦がありましてね。大勢の倶利伽羅の皆さんが入院しているところでして――」

「ちょっと、先生?」

「構わないでしょう。絵麻さんも関係者なんですから。それで、ええと、絵麻さんを運び込んでくれた()()()()()()ですよね。ご存知かと思いますが、四家の、御厨七星(みくりやななほし)さん、と言う方ですね。面会の希望、出されますか? あれ? 絵麻さん?」


「……………………はい、お願い、します」



 その後の事は、絵麻はよく覚えていなかった。

 気付けば日も暮れて、絵麻よりもよっぽど早く目を覚ました香織は退院しているため、自分の家に帰っていった。絵麻は、自分がまともに返事をしたかどうかすらも、覚えていなかった。


 それ程までに、医者の口から「燼月永新」の名が出なかった事に驚きを隠せなかったのだ。

 絵麻の頭に残る最後の記憶と言うのは、燼月永新の心に触れたあの瞬間。熱い言葉を送ってくれた、真正面から自分を見てくれた、あの図書館で見た想いを寄せていた少年のような素顔に戻った時の光景だった。その後はとぎれとぎれの記憶しか残っておらず、そこには、香織を食らおうとしている自分、止めようとする永新、それから――鉄錆の匂いがした、熱い唇の感触。それらの記憶はどれも現実味がなく、妄想か何かかと勘違いしそうになるが、あのキスが嘘だったと思いたくない絵麻はどれも真実だと受け止めていた。


 だからこそ、自分は()()()()()()()()のだと思い込んでいたが故に、倶利伽羅の介入があった事を知って、酷く落胆していたのであった。


 故に、明くる日の朝、早朝と言うにもまだ早い時間に絵麻は四人部屋の病人たちを起こさないように病室を抜け出して、御厨七星の病室へと向かった。霊力の無い肉体、と言うのも人一倍鍛えていた絵麻の体であれば慣れればこれまでと遜色ないくらいに動けると言うもので、誰にも気付かれる事無く七星が入院している病室の前までやって来た。


 彼女ならば、永新が何処に行ったのかを知っているはずだと決めつけて、静まり返った扉をノックしようとした、その時。



「……あたしの病室の前で、何してるのかしら?」

「ッ!!!」

「って、あら? 単なる不審者かと思ったらあなた……燦然院、絵麻さん? 三日も目を覚まさない、って聞いて心配してたのよ。目が、覚めたのね。良かったわ」

「……っ」

「……その顔。何か、聞きたい事がある、って顔してるわね。丁度お菓子と飲み物買って来たの。一緒に、どう?」



 持ち上げた手にコンビニ袋をぶら下げた七星は、絵麻の不審な行動を前に訝しむ訳でも無く、むしろ歓迎するかのように招き入れられ、絵麻は困惑する。

 何せ、絵麻が永新の件で一方的に敵視していたにも拘らず、七星はこちらを心配する素振りすら見せられては、お世辞にも強いとは言えない精神性の持ち主である絵麻は、まだ何もしていないのに罪悪感を抱いてしまえると言うもの。


 しかし、このまま病室の前で騒がしくして病院の関係者に見つかるのも野暮だと考え、絵麻は七星の誘いに乗って彼女の個室へと招かれるのであった。



「……これは、どう言う事ですか? どうして、()()()が……」



 病室に入るなり絵麻を待ち受けていたのは、今すぐにでも引き返したい、と強く願わざるを得ない面子であり、絵麻とも関係深い四家に加えて、小暮日永恋と言う、面子が揃っていた。ここに絵麻も加わる事で、燼月永新を追い詰めた主要な人物が揃ってしまい、彼らにとって忘れたくも忘れられない過去が蘇るかのようであった。



「上級妖魔討伐の、軽い打ち上げ、みたいな? 本当はもう一人も来るはずだったんだけど、あっちあっちで大人な時間を過ごしているんじゃないかしら?」

「七星ちゃん……」

「だって永恋! あんな男に、あたし達の千夏さんが~~!!」


「……お久しぶりです、燦然院さん。あれから目を覚ましていなかったとお聞きしていましたが、こうして目覚められて、本当に良かったです。ご無事で、何よりです」

「……っ」



 四家、や黄金世代、と仰々しく呼ばれているが、戦場を離れれば年相応の少女のようで、七星と永恋がじゃれ合っている横で、珍しく顔に疲労の色を浮かべた世代筆頭、火加々美甘奈が絵麻の傍に寄ってくる。


 絵麻にとって彼女は、自分の人生を狂わせた張本人とも言える存在であり、関わり合いになりたくないと言うのが本音であった。だと言うのに、七星同様にこちらを気遣う素振りを見せてくるのは、外野から見れば愛想の悪い絵麻が悪役のように見えるため、いたたまれない気分になる。

 甘奈もそれを理解しているのか絵麻が自分から顔を逸らしたと言う事実を受けるや否や、すごすごと引き下がっていく。この時、甘奈の顔には「過去の自分が生み出した罰なのだ」と受け入れ理解していながらも、それで傷付かない訳ではないと受け入れた表情が浮かんでおり、絵麻からすれば傲慢だ、と言わざるを得なかった。到底口にできるようなものでは無かったが。



「あ、あの……ッ!!」



 このままでは話にならない、と断定した絵麻は、黄金世代の中に割り入って無理矢理にでも主導権を握りに行く。絵麻もまた黄金世代ではあるものの、四家や永恋と比べると成績は平年並みでしかなく、黄金世代の中でもそう言った倶利伽羅の事を落伍者、と呼ぶ風潮があり、見下される対象であった。

 そんな「落伍者」に会話の主導権を奪われた病室の空気は最悪と呼ぶに相応しい程の空気に満ちていた。今までの絵麻であれば、その空気の前に「なんでもないです」と情けなく黙するだけだったが、今の絵麻は違う。永新に受け入れてもらって弾みのついた絵麻は、「もう倶利伽羅じゃないし」と感情を振り切って、真なる黄金世代に切り込んでいく。



「永新君……、燼月永新君について、教えてください。皆さんなら……御厨さんなら、今、彼がどこにいるのか知っているはずですよね……! 教えてください……ッ!」



 絵麻が割って入った時点で、彼女が口にする言葉を見透かしていたのか、それとも彼女がここに来た時点で彼女の目的が何かを察していたのか、黄金世代の面々は大した驚きを見せる事無く言葉を紡ぐ。



「……結論から言うと、だな。……俺達は、永新の行き先を知らない。何処に居るか、何をしようとしているのか、ここに居る誰も、知らないんだ」


「う、嘘です……ッ!! だって、エマは、永新君に助けてもらって……なのに、この病院には、あなたが……御厨さんが運んだ、って……。少なくとも、御厨さんは、永新君の行き先を、知っているはずです!!!」


「だそうだが、どうなんだ、七星」


「……あたしも、知らないわよ。あの時、異界で貴方を受け渡された後、彼は何も言わずに去って行ったもの。彼は自分がなにをしようとしているのか、なんて一切話さなかったわ。ただ、あなたについては、少しだけ」


「……なんて、言ってたの」


「…………燼月にとって、貴方は大切な人なんだ、って。それだけよ」



 七星の言葉に、絵麻は思わず息を飲み、口元を手で覆い隠す。彼にそう思われていた事実に、絵麻の胸からは喜びが溢れ返る。それが歓喜の涙となって零れ落ちるのだが、その感情を押し留めるかのように、世代筆頭の甘奈が口を挟んだ。



「――燼月永新の行方ですが、つい先程、当主より連絡がありました。――妖魔の王が、倒された、と。これについて少し話を聞かせて欲しいと思うのだけれど……よろしいですか?」

「あぁ。僕達の所にも連絡が入っていた。恐らく、黄金世代の中でも一握り……僕達の家だけに通達された内容だろうな」

「ここでその話をブッ込んで来た、って事は、妖魔の王が倒された事に、燼月永新が関わっていると見て、いいのか?」

「十蔵様があたし達四家だけに連絡しているって言うなら違うかもだけど……永恋にも、来てるのでしょう?」

「うん……。これが意味するのって、どう言う事なのかな。永新は、どこで、何をしているの……?」


「俺達が上級妖魔と戦っている裏で、あいつは妖魔の王と戦っていた、ってか? しかも、炎導ササラが関わっているとまで来た。これはもう、話が分かんねぇよ……」

「炎導ササラは、証拠を持ち得ていないのだろう? それはつまり、彼女の虚偽の報告の可能性も……」

「それは有り得ませんね。彼女は若くして盟主の座についているので、そう言った嫌疑がかけられる可能性は重々承知のはず。その上で、こんな大それた虚偽報告をするとは、考えられません。そこまで浅慮だとは、思えないのです」

「あたしも、少ししか関わっていないけど、あの人がそんな真似するとは思えないわね。それに何よりも、現場に残された証拠、って言うのが、宿無真宵……。真宵先生だけ、って言うのが気になるわ」

「裏切りの、医務官。彼女は死んだわけではなくて、逃げただけ、って報告されているみたい。全てを知っているのは、彼女と見て間違いない……?」


「宿無、真宵……」


「ともあれ、妖魔の王の生死については盟主様方のご意向を伺う他、無いでしょう。近々、私達にササラ様の実地検証が降りるかもしれませんし……」

「それに、だ。妖魔の王が仮に本当に死んだとしても、皇龍火を……。先生を殺した最強の妖魔はまだ残ってるんだ。僕達の職務は尽きる事は無いだろうね」

「送られてきた画像の真宵先生はでも……本当に戦った後のように見える、けど……」

「何はともあれ、ササラ様と情報交換がしたいところね……。北の倶利伽羅が持つ妖魔の情報と、色々擦り合わせないといけないんじゃないかしら? 例の裏切ったって言う妖魔から引き出した情報って言うのも、北の俱利伽羅はまだ出し渋っているんでしょ? それが何の為なのかが分からないと……」


「だがまぁ、これ以上は今考えても分からねぇだろうよ。とりあえず今は、人形使いとの闘いの打ち上げと行こうぜ――」



 黄金世代が目の前で輝かしい蹄跡を刻んでいく中、絵麻はただ一人、最早倶利伽羅ですらなくなった体で息を殺して、病室から音も無く去って行く。



「人の身で、何が出来るか分からないけど……! 宿無真宵に、会わなくちゃ……!」



 どうして永新に会いたい。会わなければならない。

 そんな感情が絵麻を突き動かし、運んで行く。


 そしてその日の昼間、香織が会いに来ると同時に、絵麻の姿は病室から、病院から消えており、彼女の行方もまた、燼月永新同様に不明となる。

 彼女の行き着く先に、既に燼月永新は亡き者となっている事を知る日が来るのは、いつになる事か。明日か、明後日か、それとも一年後か、十年後か。それは、唯一残された神にも匹敵する力を持つ、宿無真宵だけが知っているのであった――。











 ――妖魔の王が倒された。


 炎導ササラによって持ち込まれたその報せは、人形使いと言う歴史に名を残さんばかりの強敵、上級妖魔を討伐した事で騒ぎになっていた連盟本部に、さらなる騒動を巻き起こす火種であった。



「――妖魔の王が死んだ、だと!? 何を馬鹿な事を……! 大体、証拠は何処にあると言うのだ!? そもそも、上級妖魔でさえも俱利伽羅を百人規模で動員せねばならなかったのだ! 妖魔の王ともなれば数千人……いや、それ以上の、全ての倶利伽羅を動員する総力戦が予想されているのだぞ!? それを……如何に北の盟主と言えども、炎導ササラがたった一人で討伐したと、本気で受け止めているのか、十蔵よ!」

「落ち着け、燿之助よ。私も今、混乱しているところなのだ。ササラ嬢には、人形使い討伐の援助を打診し、受け入れてもらったはずなのだが……ササラ嬢は単独で別の場所に向かっていたようだ。そして、その先で、妖魔の王が倒されたという事実を持ち帰って来た、と言う事らしいが……。我々も、急ぎ確認用の部隊を飛ばしている。妖魔の王が倒される程の激戦であれば、必ず霊力の痕跡が残っているはずだからな。それを確認出来次第――」

「それでは遅いと言っているだろう!!! これがもし仮に炎導ササラと妖魔が繋がっていた場合、倶利伽羅にどんな災禍が降り注ぐか、分かったものではない!! そもそも炎導ササラには、幼少の頃より妖魔との繋がりがあったはずだ。それを断ち切ったと、そう言っていた事自体が嘘だったとしたならば、炎導ササラは明確に倶利伽羅の敵と成り得るのだぞ!!」

「それは無い。この件において、ササラ嬢を罰する事は私の名の下に禁ずる。これは確定事項だ。如何に西の盟主と言えども、古くからのしきたりを破る訳にはいかぬだろう?」

「情で判断を誤るとは……実に愚かなり!! 耄碌したな、十蔵……!」

「ササラ嬢は妖魔との繋がりなど無い。彼女は盟主だ。あるはずが無いだろう。それを信じられない、と言うのは、裏を返せばお前も疑われると言う事に違いないぞ、燿之助よ。今一度、身辺整理をしておくべきと進言してやろうか? ん?」

「チッ……! だが、俺はまだ認めんぞ。炎導ササラに、妖魔との繋がりが無い事を確定する証拠が、出ない限りな」

「それこそ、悪魔の証明になりかねないが……証拠ならある。何せ、ササラ嬢の目的は妖魔の王の討伐などと言う大それた事ではなく、彼女は互いに因縁を持ち合わせた妖魔の討伐に動いていたのだったからな」

「……邂逅を果たしていた、と言う事実には変わりないでは無いか!」

「どこまで頭が固いのだ、お前は。ササラ嬢は、情けを掛ける事無く、妖魔を断じた。送り出した事実確認を果たす部隊から先に確認が取れたと、つい先程一報があってな。ササラ嬢は間違いなくその妖魔を下した。これ以上、何処に疑う余地がある? 申して見よ、西の盟主、灼骨燿之助よ」

「くっ……。だが、あの画像はなんだ!? かつて西で猛威を振るった妖魔が何故、妖魔の王を殺したと宣言する!? 大体、妖魔の王は妖魔には殺されない特別な個体なはずだ!! 何かが、何かがおかしいとは思わないのか!?」

「……確かに、言われてみればそうだが――」

「であるならば、妖魔の言う事なんぞに信憑性など無いに等しいはずだ! 故に、炎導ササラの報告は虚偽であると、少し考えれば分かる事だろう!!」

「燿之助。お前の言い分も良く分かるが……こちらには、【燼月永新】と言う異常個体(イレギュラー)が存在しているのだ。そして、この件には、まず間違いなく【燼月永新】が大きく関わっていると、俺は見ている」

「燼月…………。あぁ。お前の所が出した、妖魔堕ちの穢れか。未だに処分も出来ていない、東の失態を持ち出して、どうしたと言うのか」

「奴は、その最強の妖魔の個体、宿無真宵――呼称【孤狼】が目を掛けていた存在だ。もし仮に、妖魔に堕ちた燼月永新が、妖魔の王を殺す力を発現していたとしたら……どうする?」

「どうするも何も……その【孤狼】が、妖魔の王を殺す為に動いていた、とでも言うのか? 何を言い出すかと思えば……そんなとち狂った話が、通用するとでも思っているのか!?」

「何も冗談を言いたいわけではない。かつて妖魔の王を封印した倶利伽羅……その歴史書を紐解いていたところ、我々倶利伽羅の本懐である黒い炎について読み解けてな。黒い炎は、遍く妖魔の命を刈り取る炎、しかしてその炎を生み出す事は、最盛期においてもたった一人にしか生み出す事が出来なかったとされている」

「……それは間違いないが、何が言いたい?」

「燼月永新が妖魔に堕ちた際、奴は黒い炎を生み出したのだよ。あの時点で、彼は妖魔に堕ちた。だがそれと同時に、妖魔の王を殺す力を身に付けていた……そう考える事が出来るだろう?」

「だとしても……そんなもの、ただのこじつけでは無いか。そんなもので言い包められる程、俺は――」


「かつて妖魔の王を封印した倶利伽羅……。西の盟主、灼骨家の先祖である事は重々承知の上で言わせてもらうが……。お前の先祖が、()()()()()()()()とすれば、今私の語った内容は全て、罷り通る事になるのだよ、燿之助!!」


「ッ、貴様……! 俺の先祖を、愚弄するかッ!?」

「これは、紛れもない事実だ。歴史書を紐解いていった先で、『灼骨家の一人が妖魔に堕ち、その末に妖魔の王を現代まで縛り付ける封印を施した』と記されているのだ。この過去の人物が黒い炎を発現させたのは、妖魔に身を堕としたからに違いない! そうなのであろう、燿之助よ!!! これが真実であれば、全てが一つの線に繋がるのだ!! 答えてくれ、燿之助よ!!!」

「……っ、そうだと、言ったら、どうなる……!?」

「私は何も、西の盟主を弾劾するために言っているのではない。倶利伽羅と妖魔の歴史に、終止符を打ちたいと考えているのだ」

「終止符を、だと……!?」

「あぁ、そうだ。もしもこのまま妖魔の王が死んだのならば、妖魔の出現は減少していくだろう。それこそ、倶利伽羅は規模を縮小させ、異界の穴の監視業務しか残されないかもしれない。だが、それで良いのだ。それこそが、本来の倶利伽羅の本懐。只人が恐れぬ世界を作ること事こそが、目指すべき未来だったはずであろう」

「規模の縮小……一悶着、いや、俺達が死ぬまでに騒動は収まらないだろうな」

「だからこそ、尽力するのだろう。縮小は急激にではなく、緩やかに。仕事の斡旋、情勢の変化を逐一確認せねばならないな。もしかすると、我々の数世代先にまで残る問題になるやもしれぬ。だが、それでも、やらねばならないのだ。妖魔の王が死んだという前提で、動いていかなければ、ならないのだ。愛する子供達の為に。死んでいった、多くの者達の為にも」

「――…………認めよう。そうだ、歴史書の通り、我が灼骨家からは、一人の妖魔堕ちを出した。妖魔の王に見初められ、妖魔に堕ちた倶利伽羅は、黒い炎を宿して妖魔の王に立ち向かった。封印に成功した後、我々一族の手で妖魔として始末し、歴史から名を消した。だが、その事実だけは残さねばならなかったが故に、黒い炎が本懐であると後世にまで伝え、彼の勇姿を決して忘れない事にした。例え嘘を吐いたとしても……。それが顛末である。その、燼月永新が同じ道を辿ったとするならば、そやつもまた、歴史に名を遺す事は無いのであろうな」

「あぁ。だが、灼骨家と同様に、知る者だけが覚えていればいい。そうであろう?」

「そう、かもしれぬな……。それで、これより俺達は、妖魔の王が死んだ前提で動けばよいのだな? 証拠の方は、お前に任せるぞ」

「あぁ、任せてくれ」

「……最後の御役目だ。後悔の無きようにな。ではな――」



 西の盟主、灼骨燿之助との通信が切れた後、暫しの沈黙を空けた東の盟主、火加々美十蔵は、盟主会談において誰の介入を許さないはずの空間にいる影に向かって、問いかける。



「……………………………………これで、良かったのか?」


「ご苦労様。そら、お前の愛すべき妻は返してやるよ」


「貴方……っ!」


「東の盟主は話の分かるやつで助かった。これで心中なんて選択された日には、盟主の家を片っ端から壊して回らなくちゃいけなかったからな。……まぁ、オレとしてはそれでも良かったんだが、白麗様も永新も、そう言うのは嫌いそうだからな。墓前に飾るなら、気に入ってくれるもんを飾る方がいいってもんだ」



 右目を覆う眼帯と、使い馴染んだライダース姿。

 夕闇に染まる空の色をそのまま落とし込んだような髪色のウルフカットは、彼女の持つ獰猛さをより際立たせる。


 当主の妻を脅しに使い、火加々美家の当主を思うがままに操っていたのは、他でもない、今しがた話題にも上がった最強の妖魔、宿無真宵その人であった。



「言った通り、よろしく頼むぜ。燼月永新の尊厳を踏み躙った手前ら倶利伽羅には、相応の罰を受けて貰わねぇといけねぇからな。死ぬまでオレの恐怖に怯え、二度と安息は訪れないと知れ。永新は、最期まで自分を貫いて死んだ。たった一人の家族の為にだ。お前らも、家族を失いたくなけりゃあ、死ぬまで働き続けるんだな」

「ま、待ってくれ……! 俺たち以外には、手を出さないと約束――」

「ンな事ぁ、知らねぇよ。全てはお前の、お前達の働き次第だ。永新同様に、歴史に残らない働きっぷりを見せてくれよ?」

「……ッ」



 真宵はそれだけを言い残し、空気に溶け入るようにして姿を消す。


 この約一年後、妖魔の王が倒された事が倶利伽羅全体に周知される。


 一年かけて妖魔の減少が確認されたが故の判断であると同時に、東の盟主の口よりその事実を秘匿してきた事も開示された。それは俱利伽羅全体に混乱が生じる事を危惧しての判断であった。

 そして妖魔の王の消失と妖魔の減少により、国から褒章を授かった後、国からの支援が縮小され、倶利伽羅としての規模を縮小させる事が決定した。

 当初は大きな反発があったものの、火加々美家の尽力と黄金世代と呼ばれる者達の台頭によって、十年、二十年と時間をかけたものの、多くの倶利伽羅や連盟員は後を引く事となり、斡旋された仕事に就いて人間社会の一つに溶け込んでいった。

 ただし、火加々美家の尽力の裏に潜んでいた、最強の妖魔の影は、誰も知り得る事は無かった。十蔵が次期当主として名指しした甘奈にすらも、十蔵は真宵の存在を仄めかす事は無いまま逝去していったのであった。


 妖魔の王が討伐されたとは言え、霊力の淀みによって生じる妖魔は永遠に残る問題であり、火加々美家当主の座を継いだ火加々美甘奈は、その根絶を図るべく、異界の穴を『封印』ではなく『破壊』する方法の研究に着手していた。そして彼女の隣には、天炎晴也の名を改め、火加々美晴也となった夫の姿があり、仲睦まじい家庭を築いたとされている。

 神来戸獅子王はこれまでの自分を捨て去るケジメとして一度家名を捨てて野に下った際「必ず迎えに来る」と御厨七星に宣言した言葉を実行に移したものの、その男気とは裏腹に家庭では彼女の尻に敷かれる余生を送ったとされている。


 そして黄金世代の中でも変則的な存在、小暮日永恋は生涯誰かと一緒になる事は無く、その一生を人探しに費やしたとされる。目的の人物が見つかったか否かは定かではないが、年の暮れ近くになると黄金世代の面々で集まるのだと言う。そこで毎回、人を探して回った世界中の話を振舞ったとか、なんとか。











 そして、火加々美家を陰で脅かし続けていた最強の妖魔の行方は、誰も知らない。

 十蔵を脅迫したのを最後に消息を断っており、それ以降、彼女は誰の前にも現れる事は無かった。



「……白麗様、永新。……オレも、そっちに連れて行ってくれよ……っ――」



 世界のどこか。

 誰も知らない、誰にも知られない場所に置かれた二つの墓の前で、真宵は一人、涙を流す。


 後悔の味が広がる口の中、真宵はどこまでも寂しそうに呟き、コンコンと溢れてくる涙を流し続ける。

 終わりのない、救いのない未来永劫、この世界から霊力が尽きるその日を、待ち侘びながら。どこまでも広がった空の下、並んだ墓の下に眠る二人が、来世では幸福である事を祈りながら――。














紅蓮の落胤 ~完~

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