幼馴染みは英雄らしい
クローズ作業が終わり、さぁ帰宅だと裏口のドアを開くと、アンネ様に待ち伏せされていた。
しかも一人だけじゃなくて、屈強な体格をした護衛みたいな人が二人、アンネ様の両脇に控えている。
女将さんに話して、表から帰ろうかな。
面倒ごとはごめんですと思ってお店の中に戻ろうとしたら、護衛らしき人が私の閉めようとした扉をむんずと掴んで止めた。
「ニケ・カルヴェ。来ていただけるかしら?」
アンネ様がぴしゃりと言い放つ。
私は扉を閉めようと思いっきり力を引く。力強いな、ドア抑えてる人! びくともしないんだけど!
「あの、私のほうには何も用はないんですが」
「だまらっしゃい!」
アンネ様が私を睨んでくる。
私は渋々、扉を引く手を離した。後ろに転んでくれないかなーとか思ったけど、護衛っぽい人はそんな間抜けなことにはならなかった。残念。
改めてアンネ様に対峙すれば、アンネ様は忌々しそうな形相で私を見ていて。
「貴女がいますとエタン様とわたくしの婚約の妨げになりますのよ。しばらく貴女には大人しくしていてもらいたいだけ」
昼間も思いましたが、今の私には心のゆとりがあります。なんたってこの上から目線のお嬢様がエタンの婚約者だなんて冗談みたいなこと、ありえないって、フェリママのお墨付きをもらったのだから!
うちのエタンをどこぞの馬の骨ともしれない女にかっ攫われないと分かっただけで、私の心はだいぶ軽い。特にこの意地の悪そうなアンネ様じゃなくて良かったとほっとしてる。好きな人には幸せになってもらいたいもんね。アンネ様は、エタンを幸せにできなさそうだもの。
なので私は只今無敵状態。
アンネ様なんて怖くありません。
「大人しくって言われても……私は普通に生活しているだけですよ?」
「そう言って、わたくしとエタン様の邪魔をするつもりでしょう? わたくしにはお見通しですのよ! あなたたち、やっておしまい!」
「わぁっ!?」
ごめんなさい、メンタルは無敵モードですがパワーにはさすがに勝てません!
裏口の扉をガードしていたアンネ様の護衛みたいな人が、私の身体をひょいっと持ち上げてしまった。そのまま肩に担がれる。いや、待って!?
「ちょっ、何するの!?」
「言ったでしょう。大人しくしてもらうって」
大人しくって、私をどこかに閉じこめるつもり!?
そこまでして私を追い払いたいとか……! このアンネって人、本性現してきたね……! こんな人なんかにエタンを預けられるわけないじゃん!
私はじたばたもがくけど、さすが貴族のお嬢様の護衛というか、びくともしない。こんな人道にもとることしていいと思ってるの!? 護衛ならお嬢様の暴走を止めるべきでは? それともアンネの家ぐるみの計画とか……!? ちょ、口ふさがないで!
エタンの馬鹿! おかしな女を引っかけてこないでよもう!
心の中でエタンに文句を言っていると、裏口のある路地の先からひょっこりと銀色の髪が見えて。
「胸騒ぎがしたから来てみれば……何をしているんだい?」
「っ、エタン様……!?」
パン屋の表で待っていたエタンが、全然お店から出てこない私を心配して裏口に回ってきてくれたらしい。エタン、ナイスー!
エタンは屈強な男に担がれた私とアンネを見比べると、アメジストの瞳をすぅっと細めた。
「アンネ様。その子をどうするつもりなので?」
エタンの静かな問いかけ。
アンネはにっこりと微笑んで、堂々と言い放つ。
「ほほ……我が家に招待するだけですわ。エタン様もぜひご一緒に」
「嫌がってるみたいだけど?」
「そんなことは」
「嫌がってるよね?」
私はぶんぶんと首を縦にふるし、なんならじたばたと暴れてみせる。全力で嫌がってますアピールをすれば、エタンは真顔でアンネを見据えて。
エタンから放たれてる圧のようなものに、アンネがたじろぐ。
「っ、この子は所詮、平民ですわ! エタン様が目をかける必要などございませんのよ!」
「僕も平民だけど?」
「いいえ、エタン様はこの国の英雄です! エタン様にはこの国の繁栄のためにも、わたくしと婚約するのですわ! そうすれば我が家がエタン様の後見になって、エタン様も良い生活ができますのよ!」
エタンの目がますます細くなる。
あ、これ、エタン怒ってるな……。
夕方のせいか、空気が少し冷たくなる。肌寒さはきっと、夕風のせいだと思いたい。
アンネから視線をそらさないまま、エタンが口を開いた。
「だからといって、嫌がる子を無理やり連れて行くのとは話が違うよね。これ誘拐だよ? 誘拐犯をお嫁さんにするのはちょっとなぁ。まぁ、貴女は僕の婚約者じゃないし、関係ないけど」
ちょっと小首を傾げて淡々と事実を述べていくエタン。久しぶりに見たな、このエタン。エタンが怒ると淡々と論理的に事実をぶつけてくるから怖いんだよね……。
子供の頃は喧嘩してエタンがこのモードになっちゃうと、私は泣くことしかできなくて、エタンが結局折れるなんてことが多かったっけ……なんて現実逃避しちゃうくらい、私はこの淡々としたエタンが怖い。怒られてるの私じゃないのに怖い。視線が、怖い。
なのにアンネはそれに怯えるどころか、むしろ激昂したようで。
「なんですってぇ……!」
「自分の婚約者は自分で決めるから、もう関わらないでくれる?」
アンネの眦が釣り上がる。
エタン待って! 正論だけどさぁ! 正論だけどさぁ! ちょっとその言い方悪い気がするよ!? 火に油を注いでない!? 大丈夫!?
一人はらはらしていると、不意にアンネのほうがエタンから視線を外した。私を一瞥し、ふんっとそっぽを向く。
「貴方たち、それを捨て置きなさい。帰りますわよ」
「はい」
私を担いでいた人が、お騒がせしましたと言いながら私を肩から降ろしてくれた。アンネの命令にはしたがってたけど、あの人、乱暴はしなかったなぁ、なんて思ったり。
アンネ御一行が去ったあと、裏路地に残ったのは私とエタンだけ。
「……帰っちゃったね」
「ニケちゃん、大丈夫?」
「う、うん。なんとか。ありがとう、エタン」
エタンが駆け寄ってきてくれた。私の手を取ったり、後ろにまわったり、ほっぺをむにむにされる。なんですかこのチェックは。
私の全身をチェックして満足したのか、エタンが私に触れていた手を離すと一歩下がる。薄暗い路地だけど夕日が少しだけ差しこんで、エタンの顔がよく見える。アメジストの瞳に浮かぶのは安堵の色だ。
「これくらいなんてことないよ。それにしてもあの人、めんどくさいね」
「めんどくさいって……一応、エタンの婚約者候補だったじゃん」
婚約者かもしれないって思ってあちこちデートに行ってたのに、その言い草は可哀想だと思うよ。まぁ、私もアンネが婚約者じゃないって聞いて小躍りした口なので、人のこと言えないんですけど。私、後からだったら何でも言える悪い子なんです。
エタンは私の指摘が図星だったのか、うなりながら歩きだす。私はその背中を追いかけて。
「んー。いやでもさ、最初からなんとなく違う気はしてたんだよ。あんなの、一緒にいたら疲れそうだもん。結婚なんか無理だろ」
ね? と肩越しにエタンが振り返る。表通りに出ると、その表情が逆光で見えなくなっちゃった。
私はエタンの隣に並ぶ。
「違いない。でもこれでエタンの婚約者探しも振り出しかぁ」
エタンの療養期間ももうすぐ明けちゃう。そうしたらまた国境の砦に戻っていってしまうわけで。そうなる前に本物の婚約者が見つかればいいんだけど。
この町にある心当たりがもうないのも事実なので、そうなると隣町とかにいる可能性が出てくるし。
あーだこーだと考えるけど、当の本人はちょっと苦笑気味。
「別に僕はもう良いかなって思ってるけど。名乗り出てこない時点で、愛想がつかされてるのかも」
「弱気にならないの。英雄になったんでしょ? 堂々としなよ。失恋してる英雄様とか、かっこ悪い」
「やめて〜。僕は別に英雄なんかじゃないから!」
二人でじゃれ合う帰り道。
なんだか子供の頃、二人て夕方まで遊びに出かけた時のような気持ちになった。
あぁ、どうしよう。
エタンの婚約者が見つかりませんようにって、沈む夕陽にお願いをしてしまいそうだ。




