これは嫉妬なのかも
最近出かけると、ちょこちょこと町でエタンとアンネ様が一緒にいるのを見かける。エタンの銀髪と、アンネ様の金髪は、遠目から見ても目を引くくらい綺麗でお似合いだ。
自分の少し傷んだ赤毛をつまんでため息をつく。お嬢様の髪はきっと丁寧に手入れがされているんだろうなぁ。
「エタンってば本当に結婚しちゃうのかな。なんか似合わない」
あんまりにも気分が重たいので、パン屋のごみ捨て中に思ってもいないことをぼやいてみる。はーぁ、私のこの嫌な気持ちも売れ残ったパンと一緒に廃棄されちゃわないかな。
最近ため息ばかりでよくないなと思いつつ、店の裏路地にあるごみ捨て場に手早くごみを捨てに行く。ごみを捨てて裏口からお店に戻ろうとした時、路地の向こうから声をかけられた。
「ちょっと貴女、よろしいかしら」
「はい?」
金色の髪にサファイアの瞳。
エタンの婚約者、アンネ様だ。
今一番会いたくない人だったんだけど……声をかけられたら返事をしないわけにはいかないよね。
私が身体ごとアンネ様のほうへと向くと、アンネ様は初日に見せた柔らかい雰囲気とは全然違う、刺々しい雰囲気で私を見据えてきた。
「貴女、エタン様の幼馴染みの方ですってね」
「そうですけど」
エタンと私が幼馴染みなのはこの町の人なら皆知ってること。それを今さら聞いてきて、何が言いたいのかと思っていたら。
「身を、引いてくださらない?」
「はい?」
身を引く?
どういうこと?
「エタン様に我が屋敷に来るようにお願いしているのですけれど……なかなか頷いてくださらなくて。ほら、エタン様ったら、先の戦の英雄でしょう? 悪い虫がついてしまったらと思うと、わたくし、夜も眠れませんの」
アンネ様がほぅとため息をつく。
えぇと、色々と理解が追いついていないのですが……。
「エタンが英雄? 人違いじゃありませんか?」
「まぁ、無礼な方ね。エタン・バード様といったら、ガイア峠の立役者ではありませんか」
小馬鹿にされるように鼻で笑われた。
いつもならこれくらいなんてことないのに……今は胸の奥のもやもやがさらに重くずしっとなって。
エタンは戦争のこと、ちっとも教えてくれない。
騎士として何をしたのか、どんなことがあったのか。悲しいこと、怖いこと、いっぱいあったはずなのに、エタンは私に話してくれない。
そりゃ、そうだよね。
私なんて、ただ幼馴染みの肩書きがあるだけで、記憶のないエタンにとったら絶賛他人みたいな関係だし……。
やだなぁ、悲しいなぁ。
悲しいけど、私には今のエタンの行動を縛る理由なんて、最初から持っていなくて。
だからアンネ様に対する私からの答えは、これしか言えない。
「……エタンが貴女のお屋敷に行くかどうかは、エタンが決めることです。私には関係ありません」
エタンがどうしたいかなんて、エタンが決めること。私がどうこうすることなんて、できやしないもの。
きっぱりと言い切れば、アンネ様はじっと私を見つめ、やがて満足そうに頷いた。
「そう……そうですわよね。たかがパン屋の娘ですもの。それが懸命ですわ。そのお言葉、違えることないように」
そう言い残して、アンネ様は去っていった。
あぁ、嫌な時間だったなー……。
ごみ捨てが終われば、今日の仕事も一段落。明日の仕込みは女将さんの仕事なので、クローズ作業だけして、私は帰路に立った。もやもやした気持ちを抱えたまま、家に帰る。重たい足取りで歩いていると、お隣のバード家にちょっと人だかりができてて騒がしかった。
なになに、今度は何をしたんだろうエタンってば。
気にはなったけど、あんな人だかりにもみくちゃにされるのは嫌だ。ほとぼりさめた頃にフェリママに聞いてみようかな。
そう思いながら家に入ると、今一番会いたくない人No.2の人がいた。リビングのソファーを我が物顔で占領してる。
「ちょっとエタン、なんでいるの」
「あ、おかえりー、ニケちゃん」
「ちゃん付けはやめてってば」
銀色の後頭部に話しかければ、エタンが首を後ろに倒して私を見てくる。よく伸びる首だなとか思っちゃった私は悪くない。
私はコートをハンガーラックにかけると、エタンの座ってるソファーの前に回り込む。
「で、なんでいるの」
「ごめんねー、ニケちゃん。ちょっと今、物々しくて」
「あれ? フェリママもいる」
キッチンのほうからひょっこり顔を出したのはフェリママだ。バード家が二人ともうちに来てる。フェリママだけならともかく、エタンも一緒なのが珍しすぎるんだけど?
疑問符を飛ばしていたら、私のママがフェリママの後ろから顔を出した。
「お隣、今ちょっと厄介なことになってるみたいで、一時的にこっちに来てもらってるのよ」
ピンときた。
帰ってきた時に見かけたあの人だかりか!
理由は分かったけど、原因が分からないのでソファーでくつろいでるエタンを正面から見下ろした。
「なんであんなことになってるの?」
「なんか僕、有名人」
「どういうこと?」
「うちの家今、僕の自称婚約者だらけ」
「どういうこと??」
自称婚約者だらけって、なにエタンったら、あちこちで浮気してたの!?
私がハッとすれば、エタンがジト目で私を見てくる。なんですかその目は。身から出た錆では? と思っていたら、エタンがおもむろに教えてくれる。
「どうやら王都にも詳しく今回の戦争の話が伝わったみたいで、療養中の僕のもとに押しかけに来たみたい。で、僕が婚約者を探してるってのがバレて、あんな大事に」
なるほどねぇ。なるべくしてなったというか、やっぱり身から出た錆っていうか。
エタンが疲れたようにソファーに沈んでいく。
「もてもてね」
「嬉しくないよ〜。疲れるし、気軽に町にいけなくなるし。母さんにも迷惑かけちゃったし……ねぇ、母さん、そろそろ僕の婚約者が誰か教えてよ」
エタンが駄々をこねるように声を上げる。フェリママがキッチンから美味しそうな匂いのする揚げ物のお皿を持って、ダイニングテーブルに置いた。やった、今日は唐揚げだ!
つまみ食いしちゃ駄目かなってダイニングテーブルに行くと、フェリママが内緒ねって仕草をしてつまみ食いを許可してくれた。早速一個くすねようと熱々の唐揚げをつまむ私の前で、フェリママが腰に手を当てて呆れたようにエタンに言葉をかける。
「まぁ、少なくともあんたが振り回されているあのご令嬢ではないわねぇ〜」
「ふぇっ」
「やっぱり? 思い出話、全然出てこないんだよね」
あっつぃ! あっつぃ!
ちょ、待って、フェリママ! いやエタン!? アンネ様、婚約者じゃないの!?
喉もとにこもる熱に何も言えずにじたばたしてると、ママがキッチンのほうから出てきた。
「フェリス、エタン、今日泊まっていくでしょう?」
「そうね、そうするわ」
「ニケ、お風呂沸かしてあげて」
「んぐぅ……っ、なんで私がっ」
「唐揚げつまみ食いしたでしょ」
あぁ〜、バレてる〜!
私は仕方なくお風呂を沸かしにリビングを出た。
婚約者があの高飛車な人じゃなくて良かったなんて思ってしまったこと。誰にもバレていないといいな、なんて思いながら。
エタンの療養期間が終わるまでもう少し。
自称婚約者とか婚約者候補が溢れかえったけど、未だにエタンの婚約者は見つからないままだ。つまりエタンの記憶も戻らないまま。
「ニーケちゃん、パンください」
「また来たのね、暇人」
アンネ様に対しても断ったらしくて、またエタンのパン屋通いが始まった。
私はお店に来た人の接客をしながら、合間にエタンと少しだけおしゃべり。女将がまた私の不出来なパンをエタンに食べさせてる。最近はたくさん食べて申し訳ないからって言って、エタンは私の作ったパンにお金を払うようになった。
今日もエタンはレジカウンターにまでくると、私にパンをおねだりしてくる。
「ニケちゃんつれないな〜。ねぇ、パン買うからデートして?」
「仕事中に冗談はよしてよ」
パン代を盾にデートとか、そんなムードのないことはしません。それくらいのプライドは私にもあるんだからね!
お店のお客さんも途切れたタイミング。レジカウンターでたむろするエタンを適当にあしらっていると、からんころんとドアベルを鳴らして、金髪のお嬢様が来店した。
「エタン様、お探ししましたわ!」
「やぁ、アンネ様。先日ぶりです」
表向き、エタンはにこやかに笑ってアンネ様に応対した。アンネ様はエタンに笑顔を浮かべたあと、その後ろ、レジカウンター越しにいる私を見下したように見てきて。
「貴女、先日の言葉をお忘れなのかしら?」
先日のといえば……あー……あれか、身を引くどうのこうののやつ。私、ちゃんとエタン次第だって言ったのに。
どう言い返すべきかと考えていると、当の本人であるエタンが私のほうを伺ってくる。
「ニケちゃん、知り合い?」
「私じゃなくてあんたの知り合いでしょうが」
私がアンネ様に絡まれるのは、だいたいエタンのせいだ。顔見知り程度かもしれないけど、別に仲良くしたいわけでもないし。
そう言い合っているのも癪に障るのか、エタンとこそこそ話しているだけで、アンネ様は眦をつりあげた。
「ちょっと貴女っ! エタン様になれなれしいわよ!」
「ですって。営業妨害なのでパンを買った人は出てってくださーい」
「えー」
ほらほら、帰った帰ったとエタンの背中を押して方向転換させる。そのまま出入り口まで言ってほしいのに、エタンはその場で足踏みするだけだ。
あぁ、もうほら。私とエタンのちょっとしたやりとりも気に障るのか、アンネ様が顔を真っ赤にさせてるじゃない。
「エタン様! こんな貧相なパンなんかより、私の屋敷のシェフに焼かせたほうが何倍も美味しくてよ!」
「ですってエタン。良かったわね、美味しいものが食べられて」
「えー、僕、ニケちゃんの手作りが食べたいなぁ」
何を言っているのかこの男は! 散々、私の失敗作のパンを食べてるくせして! もう!
さぁさぁ、営業妨害ですとエタンの背中をグイグイ押していると、アンネ様がヒールをカッカッと鳴らしてレジのほうまで近づいてきて。
「エタン様!」
アンネ様の袖がパンにぶつかった。袖に弾かれて、その勢いのままパンがテーブルから落ちそうなのをエタンがキャッチ。一個のライ麦パンの生命が救われ、彼は美味しく食べられることでしょう。お見事、エタン!
とはいえ、そちらも品物ですので。
「あ、触っちゃった。ニケちゃん、これ買うね」
「まいどー」
今日のエタンはライ麦パンを正規のお値段でご購入。そのパンは夕食に食べるにはすっごく歯ごたえがあっておすすめだよ。
私がパンを包んでいる間、すごい刺々しい視線をびしばしと感じた。
うん、アンネ様です。
気づいてますが、めっちゃ睨まれてます。
睨まれてますが、今日の私はアンネ様がエタンの婚約者じゃないと知っているので心にゆとりがあるんです。
私は素知らぬふりでエタンに包んだパンを差し出した。




