婚約者が現れた!
エタンが帰ってきてから半月が経った。
エタンの婚約者はまだ見つからない。
「もうすぐひと月経っちゃうけど、いいの?」
「うーん、相手の人も名乗りをあげてこないしなぁ」
「そんなお気楽な。エタンの悪いところだよ、それ」
「そんなこと言われても」
最初の頃は精力的に婚約者の手がかりを探して町を歩き回っていたエタン。だけど最近は、私の働くパン屋でたむろするようになってしまった。
なんだかんだで私が一番話しやすいのかもしれない。私のいる場所に寄ってくる確率が高い気がする。今もパン屋の女将から色々と餌付けされるようにパンをもらって、頬張っているし。女将、それ私が朝作った不格好な失敗作ですね?
お昼のかきこみ時を過ぎた私はまったり店番をしながら、パン屋のちょっとしたイートインスペースでパンを頬張るエタンを眺める。
「町中、エタンの婚約者探しで噂しているよ」
「それね。小さな町だから、広まるのって早い早い」
「なのにエタンの婚約者が見つからないんだけど。ねぇ、本当に婚約者なんていたの?」
エタンが帰ってきてから早半月。
町に噂も広がって、みんなエタンの嫁探しに興味津々。なのに婚約者は全然現れないんだもん。私が疑っちゃうのも仕方ないよね?
レジカウンターで頬杖をついてエタンを観察していれば、不格好なクリームパンを三口で平らげたエタンがぺろりと唇をなめる。
「ちょっと僕も疑ってたり。これだけ探しても見つからないから、僕ってば虚言癖があったのかなって思えてくる」
「それはそれで嫌なオチね……」
もしそんなオチだったら私の我慢した初恋を返せ! ってエタンをぶん殴ってやろうかな。それくらいの権利あるよね? ね? 健気にエタンに尽くす私が馬鹿らしく思っちゃうもの。
当の本人はお気楽だけどさ。
「ま、会ってみたら、ニケちゃんみたいにちょっとずつ思い出すかもしれないし。向こうも名乗り出ないなら、もしかしたら忘れているのかもしれないしね」
「結婚だよ? 人生をかけた結婚だよ? そんな忘れるかなぁ」
婚約者なんだよね? そんな人生をかけた相手を軽く見るとか……あ、もしかして、子供の頃の口約束を覚えてるみたいなやつとか? やだ、エタンったら、私の知らないところでそんなませたことを!?
「なんか失礼なこと思われてる気配……でもさ、あながちあり得るかもよ? 僕と結婚する価値がないって思い直したとかさ? そうしたら僕、ニケちゃんと結婚したいな〜」
「ちょ、また馬鹿なこと言って……!」
エタンが私の作った不格好なパンにキスをする。その直後に見せた屈託のない笑顔に、思わず私の顔も赤くなっちゃって。
あぁもう……!
最近、エタンからの可愛いアピールがすごい。店内にいたお客さんにも流れ弾が当たってるしさぁ! 私じゃなくて婚約者を口説いてあげてよ、もう……!
私は幼馴染み、私は幼馴染み。というかそのパン。私が作ったやつなんですけど。間接キスですか。そんなことないです。落ち着け私ー! と百面相していると、不意にお店のドアベルがからんころんと鳴った。
「いらっしゃいませー」
「あの、すみません……こちらにエタン様はいらっしゃいますか……?」
入ってきたのは金髪にサファイア色の瞳を持つ女の人。町娘じゃなかなか見ないドレスを着ていて、良いところのお嬢様みたい。もしかして貴族とか……?
「はいはーい、いますよ」
エタンがイートインスペースからひょっこりと顔を出す。軽い足取りで入り口まで来ると、お嬢様らしい人の前で立ち止まる。
エタンを見たお嬢様は、嬉しそうに顔をほころばせて。
「お久しぶりです、エタン様」
「はい?」
エタンが目をぱちくりさせてる。
なに? 知り合い?
なんだか胸がざわついた。
もやもやしたまま成り行きを見守っていると、お嬢様は両手を叩いて喜んで。
「戦地より帰られたと聞いて、本当はすぐに参りたかったのですが……わたくし、父について王都へ買い付けに行っておりましたの。お会いするのが遅くなって、申し訳ありませんわ」
王都に買い付け……? 商人のお嬢様なのかな?
貴族ではなさそうでちょっとほっとしたけど、エタンの表情が怪訝そう。知り合いじゃない感じ……?
「ええと、君は……?」
「まぁ、わたくしをお忘れなんてひどいですわ。ダルセー男爵令嬢アンネでございます。エタン様は婚約者のお顔をお忘れで?」
ぴた、とお店の空気が停止した。
エタンの視線が、お嬢様に釘付けになる。私もお嬢様をガン見した。
この人が、エタンの婚約者さん……?
前言撤回、貴族様じゃないですかぁ……!
店の奥からパンを焼いてたはずの女将さんも出てくる。私は女将さんと顔を見合わせて、それからエタンを見て。
「え……?」
「婚約者、本当にいたの……?」
エタンから間抜けな声が上がる。
私も状況を整理するようにぽつりと。
その意味をようやく飲み込んだ時、お店の中がざわついた。
エタンの婚約者が本当に存在したことにびっくりはしたけれど、とはいえエタンの記憶がすぐに戻るわけもなく。エタンは男爵令嬢のアンネ様と一緒に、思い出を探しに出かけることが増えた。
ぶっちゃけ。私はそれが面白くない。
「エタンが鼻の下を伸ばしてる」
お店で焼いたマドレーヌをエタンにも食べさせてあげようとバード家に来たら、案の定エタンはアンネ様とお出かけ中。でもフェリママがいたので、そのまま一緒におやつタイムとなりました。
マドレーヌを肴に、エタンのことをちくちくフェリママへ告げ口する。態度悪くて自己嫌悪になりそう。あーもー、こんな私が嫌だと落ち込む直前に、フェリママがにっこり笑った。
「そうねぇ。あのドラ息子、いつの間にあんな阿婆擦れをひっかけてきたのやら……」
「フェリママ?」
「うふふ。記憶が戻った時が楽しみね、ニケちゃん」
「は、はい」
なんか一瞬悪寒が走ったんだけど、気のせいだよね……?
フェリママは楽しそうに笑っているけど、私はなんだか胸が痛い。エタンの隣はずっと私だと思っていた気持ちが主張してきて、胸に秘めていた思いまでいつか口走ってしまいそう。それくらい突然現れたアンネ様の存在にもやもやしていて、気分は重い。
はぁ、とため息をつきながら、マドレーヌのカップを指でつつく。
「ニケちゃん。このマドレーヌ、綺麗に焼けているわ。また一段と腕を上げたのね。美味しいわ〜」
フェリママがマドレーヌを食べて褒めてくれる。それだけでエタンに感じていたもやもやが少しだけ軽くなった気がした。
「ほんとう? でもまだお店に並べさせてもらえないの」
「あのパン屋の主人、職人気質だものね。味は間違いなく、この町で一番美味しいけれど」
そうなの……! さすがフェリママ分かってる! 私があのパン屋で働くのを決めたのは、あそこのパンがこの町で一番美味しいからなんだよね!
フェリママがもう一個マドレーヌに手を伸ばす。美味しそうに食べてくれるなら、何個でも貢いじゃうよ! エタンの分はありません!
私が内心そんなことを思ってることなんて気づいていないのか、フェリママはふふふと笑ってる。
「ニケちゃんがうちに来たら、毎日安泰ねぇ」
「なぁに、私にエタンのお姉ちゃんになれって?」
「うふふ。ノエラに聞いてみようかしら」
「むしろフェリママが私のお姉ちゃんになるのが早いかも?」
「それもいいかもしれないわね。でもそれだとニケちゃんはエタンのおばさんになっちゃうけど」
「うっ、それは嫌」
エタンにおばさんと呼ばれる自分を想像して、顔が変になる。絶対嫌。ないない。絶対にない!
ていうか、エタンとはもう家族みたいなものだし。こんだけ家の距離も近くて、昔から一緒にいたんだもん。半分家族みたいなものじゃん。
それでも、私の胸にくすぶってるこの気持ちは……。
私は笑いながらそっと蓋をする。
せっかく婚約者が見つかったんだもんね。
エタンを心から祝福してあげられるように、ちゃんと気持ちを切り替えなきゃ!




