クッキング
「買ってきましたよ!」
勢い良くコンビニ袋を抱えた西が駆け込んできた。両手のコンビニ袋の中には缶入りの飲み物がぎっしりと詰め込まれていた。
「カウラはメロンソーダだろ?」
そう言うとかなめはすばやく西から袋を奪って、その中の緑の缶を手にするとカウラに手渡した。
「なんかイメージ通りですね」
岡部がコーヒーを探し当てながらカウラを見つめている。
「ああ、コイツの髪の色はメロンソーダの合成色素から来ているからな」
「西園寺、あからさまな嘘はつくな」
プルタブを開けながらカウラは緑のポニーテールの毛先を自分で手に取り何か納得したような顔をして缶に口をつけた。
「神前曹長。君はコーラで良いか」
岡部は手にしたコーラを誠に押し付けた。思いを見透かされた誠は苦笑いを浮かべる。その様子を見ながらフェデロは岡部に手に取ったものを押し付けられる前に自分の飲みたいものを探す。
そこにトイレから帰ったアイシャがやってきた。
「ああ、飲み物買ってきたの?言ってくれれば私が出したのに」
アイシャの白々しい言葉にサラとパーラが顔を見合わせる。
「なんなら今から出しても良いんだぞ」
メロンソーダを飲みながら釣りを西から受け取っていたカウラの言葉を聞くとアイシャはそのまま背を向けた。
「どこ行くんだ?」
「コレクション整理よ」
アイシャが出ていくがあまりにも彼女らしい言葉に誰も呼び止めることはしなかった。
「それじゃあココアだ!」
全員がアイシャの方を見ていた間も飲むものに迷っていたフェデロはそう言って袋からココアを取り出した。
「ああ、ごめんね。マルケス中尉。アイシャはこういう時はココアなのよ」
サラはそう言うとフェデロの手からココアを取り上げた。
「サラさん、アイシャさんに届けてあげるんですね。それなら私が持っていきましょうか?」
そう言ったのはジンジャエールを手にしたレベッカだった。
「え?お願いできるの」
サラのの言葉にレベッカは嬉しそうにうなづいた。
「じゃあ僕も行きます」
釣銭を数えていた西がそう言った。立ち上がった二人は昨日と同じく楽しげな笑みを浮かべながら食堂を出て行く。
「おっぱいお化けに手を出そうってつもりだな、西の奴。あれだな、そのうち誰かにシメられるぜ」
かなめはそう言うと緑茶缶を袋から取り出して飲みだす。
「まあ、菰田君達は手を出さないでしょうけど」
パーラはそう言ってカウラを見つめた。菰田の名前を聞いてメロンソーダを飲んでいるカウラの視線が厳しさを増す。
「菰田はツルペッタンマニアだが、嫉妬深さも一流だぜ。あいつの嫉妬には胸の有り無し関係なしだ。自分より下の奴に彼女が出来たらそりゃあ……」
面白いネタを見つけたかなめは満足そうに緑茶を飲んでいた。
誠がコーラを飲みながら食堂の窓をなんとなく見つめた。晩夏の日差しが次第に色を朱に変えつつあった。
「それじゃあ俺達は失礼するかな」
ロナルドが立ち上がるのにあわせて、岡部とフェデロが缶を置く。
「そば、ありがとうございます」
パーラの声にフェデロは軽く手を上げて答える。
「ああ、上の眼鏡っ娘も連れて帰れよ」
「ああ、そう言えばいたんだな。岡部、とりあえず呼んできてくれ」
ロナルドの言葉に、岡部は小走りに食堂を出て行く。
「まあいろいろ思うところはあるかもしれないが、よろしく頼む」
ロナルドはそれだけ言うと振り向くことなく食堂を出ていく。
「そう言うことで」
愛想がウリのフェデロは手を振りながら笑顔を浮かべて去っていく。
「ああ、疲れたねえ。でも飯まで時間が有るよな」
「あのー今日は僕が食事当番なんですけど」
「それがどうした?」
かなめが誠の顔をまじまじと見つめる。
「島田先輩から西園寺さん達に手伝ってもらえって言われたんですけど」
かなめが露骨に嫌そうな顔を向けてくる。
「なら仕方ないな。西園寺、アイシャを連れて来い」
「食事当番ねえ」
そう言いながらかなめが食堂を出て行った。
「私達も手伝おうか?」
パーラの申し出にカウラは即座に首を横に振る。
「ここに世話になる人間だけでいい。手出しされると要領がつかめなくなる」
「とりあえず夜はカレーだそうです。それに整備班は今日は徹夜だそうですから、人数は20人前くらいで良いらしいですよ」
誠の言葉にカウラは少しばかり驚いた表情を浮かべた。
「20人前か。大丈夫なのか?」
カウラは不安そうに誠の顔を覗き込む。
「やっぱり私達手伝うわね。誠君、材料は買ってあるの?」
かなめとカウラは料理を期待するのは無理があった。そしてアイシャの驚異的な創意と工夫で人知を超えた食品を作り上げる才能についてはパーラ自身がよく知っている。そのせいだろうかパーラは諦めて立ち上がる。
「一番奥の冷蔵庫にそろっているはずですよ」
誠はそう言うとそのままカウラとパーラ、それにサラをつれて厨房に入った。誠が食堂の方を振り返るとあからさまに嫌な顔をしているアイシャがいた。
「何よ、食事当番ならもっと適当な奴がいるじゃないの」
その場の全員が、自称食通ことヨハンを思い出していた。
「アイシャ……その適当な人間が今夜は残業なんだ。早くこっちに来てジャガイモの皮を剥け」
カウラの言葉にアイシャはあきらめた調子でそのまま厨房に入ってくる。
「西園寺、鍋をかき混ぜるぐらいならできるだろ?」
「わかったよ、その段取りになったら呼んでくれ」
かなめはそのままタバコを取り出し喫煙所に向かう。パーラが取り出した食材をカウラは立ったまままな板の横で眺めている。
「ジャガイモ、牛肉、にんじん、たまねぎ」
「ちゃんと揃えてあるのね」
感心したようにパーラは誠を見た。
「本来は買出しなんかも担当するんですが、今日は島田先輩が用意してくれましたから」
そう言うと誠はにんじんに手を伸ばした。
「カレーのルーはブロックの奴なのね」
「ああ、この前まではシン大尉が持ってきてくれた特製ルーが有ったんですが切れちゃいましてね。まあ代用はこれが一番だろうってお勧めのルーを使っているんですよ」
「ああ、あの人カレーにはこだわるもんね」
渋々厨房に入ってきたアイシャはそう言うと皮むき気でジャガイモを剥き始める。パーラは鍋を火にかけ油を敷いた。
「にんにく有る?」
「にんにく入れるの?」
パーラの言葉にアイシャは露骨に嫌そうな顔をしていた。
「ああ、そちらの奥の棚にありますよ」
「サラ、とりあえず二かけくらい剥いてよ」
サラは棚からにんにくを取り出すと剥き始める。
「臭くなっちゃうじゃない」
ぽつりと呟くアイシャの隣のカウラが冷静にサラのにんにくを剥く手に目をやった。
「当たり前のことを言うな」
カウラは再び誠から受け取った慣れない包丁でにんじんを輪切りにする。そして一本を切り終えるとカウラの視線が食堂に注がれる。
「かなめちゃん!手伝ってよ」
喫煙所から帰ってきたかなめが手持ち無沙汰にしているのをアイシャが見つけてそう言った。その言葉を聴いて躊躇するかなめだったが、誠と目が合うとあきらめたように厨房に入ってきた。
「何すればいいんだ?」
「ジャガイモ剥いていくから適当な大きさに切ってよ」
アイシャに渡されたジャガイモをかなめはしばらく眺める。
「所詮コイツはお姫様だ。下々のすることなど関係が無いんだろ?」
挑発的な言葉を発したカウラに一瞥かました後、むきになったようにかなめはジャガイモとの格闘を始めた。
「あまり無茶はしないでね」
そう言うとパーラは油を引いた大鍋ににんにくのかけらを放り込んだ。
「誠君、肉とって」
手際よく作業を進めるパーラの声にあわせて細切れ肉を誠は手渡す。
「良いねえ、アタシはこの時の音と匂いが好きなんだよ」
自分の仕事であるジャガイモを切り分けることに飽きてかなめはそれを手の上で転がしている。
「かなめちゃん、手が止まってるわよ」
「うるせえ!」
アイシャに注意されたのが気に入らないのかそう言うとかなめはぞんざいにジャガイモを切り始めた。
「西園寺、貴様と言う奴は……」
「カウラ。それ言ったらおしまいよ」
不恰好なジャガイモのかけら。カウラはつい注意する。そしてアイシャが余計なことを言ってかなめににらみつけられた。
「誠っち!ご飯は?」
サラがそう言って巨大な炊飯器の釜に入れた白米を持ってくる。
「ああ、それ僕が研ぎますから」
そう言うと誠はサラから釜を受け取って流しにそれを置く。
「ずいぶんと慣れてるわね」
「まあ週に一回は回ってきますから。どうって事は無いですよ」
そう言いながら器用にコメを研ぐ誠を感心したように三人は見ている。
「じゃあここで水を」
パーラはサラに汲ませた水を鍋に注ぎ、コンソメの塊を放り込んだ。
「ジャガイモ、準備終わったぞ」
「じゃあ今度はにんじんとたまねぎを頼む」
「おい、カウラ。そのくらいテメエでやれ!」
「切るのはお前の十八番だろ?」
「わかったわよ!かなめちゃん私がやるから包丁頂戴」
仕事の押し付け合いをするカウラとかなめに呆れたように、かなめから包丁を奪ったアイシャがまな板
の上でにんじんとたまねぎを刻む。
「意外とうまいんですね」
確かにアイシャの包丁さばきはカウラやかなめよりもはるかに手馴れていた。
「そう?時々追い込みの時に夜食とか作るからね」
「同人誌作りも役に立つ技量が得られるんだな」
「そうよ、かなめちゃん。冬コミの手伝い来てくれる?」
「誰が!どうせ売り子はアタシ等に押し付けて買いだしツアーに行くくせに」
そう言いながらかなめはアイシャが切り終えた食材をざるに移した。
「いい匂いだな」
食堂に来たのは菰田だった。厨房の中を覗き込んで、そこにカウラがいるのを見つけるとすぐさま厨房に入ってくる。
「菰田。テメエ邪魔」
近づく彼に鋭くかなめが言い放った。
「そんな、西園寺さん。別に邪魔はしませんから」
「ああ、あなたは存在自体が邪魔」
そう言うとアイシャは手で菰田を追い払うように動かす。思わず笑いを漏らした誠を、菰田は鬼の形相でにらみつける。しかし、相手はかなめとアイシャである。仕方なく彼はそのまま出て行った。
「あの馬鹿と毎日面を合わせるわけか。こりゃあ誤算だったぜ!」
かなめがカウラを見やる。まな板を洗っていたカウラはいまいちピンと来てない様な顔をした。
「なるほど、もうそんな時間なわけね。誠君、ご飯は」
「もうセットしましたよ」
「後は煮えるのを待つだけだね」
サラがそう言うと食堂に入ってきた西の姿を捉えた。
「西園寺大尉!」
西は慌てていた。呼ばれたかなめは手を洗い終わると、そのまま厨房をでる。
「慌てんなよ。なんだ?」
「代引きで荷物が届いてますけど」
「そうか、ありがとな」
そう言ってかなめは食堂から出ていく。
「かなめちゃんが代引き?私はよく使うけど」
「どうせ酒じゃないのか?」
カウラはそう言って手にした固形のカレールーを割っている。
「さすがの西園寺さんでもそんな……」
言葉を継ぐことを忘れた誠の前に、ウォッカのケースを抱えて入ってくるかなめの姿があった。
「おい!これがアタシの引っ越し祝いだ」
あまりに予想にたがわないかなめの行動に、カウラと誠は頭を抱えた。
「これ……全部飲むんですか?」
誠がざっと見ただけで三ダースあった。
「飲まないでどうするよ。これでしばらく晩飯後の晩酌には事欠かないだろ?」
得意満面でかなめは胸を張って誠達を見回した。
「神前、飲みすぎるなよ」
カウラの言葉でおそらくウォッカの消費に自分が貢献しなければならないことを察して誠は頭を抱えた。




