凸凹コンビの闖入者乱入
誠はどう慰めようか言葉を選ぼうとした時に、窓の外に一本のロープがぶら下がっていることに気づいた。
「西園寺さん……」
誠の言葉よりもかなめの行動の方が素早かった。机の引き出しから愛銃XD40を取り出したかなめは、そのままベランダに出るための窓を静かに開けた。
ロープは静かに揺れている。誠はそのままかなめの後ろをつけて行った。かなめはハンドサインで静かにするように伝えるとそのままロープの真下に座り込んだ。何者かが明らかにこのマンションを上ろうとしている。かなめは突如立ち上がると、ベランダの向こうにいる侵入者に銃を向けた。
「撃たないでー!」
間抜けなナンバルゲニア・シャムラード中尉の声が響く。誠はそのままベランダの下を見下ろした。シャムと吉田俊平少佐がマンションの壁面を登ってきていた。あまりに間抜けな光景に、誠はただ唖然とするしかなかった。
「どうもー……」
消え入るような声で、シャムはベランダに降り立つ。
「こいつ、結構使えるな。今度キムに教えてやるか」
ベランダに降り立った吉田が左腕を前に突き出す。手首の辺りで腕が上下に裂け、中にグレネードランチャーの発射装置のようなものが見えた。おそらくこれで屋上にロープの先端に付けたフックを撃ち込んでこうして二人は上ってきたのだろう。
「なんだ、またギミック搭載したのかよ」
「まあな。でも結構便利だぞ。お前も今度義体換えるときやってみれば?」
そう言うと左腕を元の形に戻してかなめの寝室にさも当然と言うように入り込む。
「靴ぐらい脱げ!馬鹿野郎!」
かなめの叫び声に慌ててシャムと吉田は靴を脱ぐ。二人は靴を誠に手渡す。仕方なく誠は玄関に靴を運んで行った。
「今日は第一小隊は待機じゃないんですか?」
誠の言葉に吉田はにんまりと笑う。
「どうせすることも無いからな。隊長が『かなめが神前を拉致ったらしいから様子を見てこいや』って言うもんで見に来たんだけど……なんもしてないんだな」
「オメエ等帰れ!黙っといてやるから今すぐ帰れ」
かなめは噛みつかんばかりに怒鳴り散らす。それを無視するようにシャムがとりあえずベッドの上に置いた誠がもらったゲームソフトに目を付ける。
「心物語だ!これって結構人気なんだよね。誰の?かなめちゃんの?」
「うぜえんだよ餓鬼!そいつはアタシが誠に……」
勢いで吐きかけた言葉の意味を理解してかなめが口ごもる。吉田、シャムの二人はにんまりと笑いながら誠とかなめを見回した。
「へー、プレゼントしたんだ。良かったね!誠ちゃん!」
シャムが屈託の無い笑顔で誠を見つめる。誠は頭を掻きながらそんなシャムを見ていた。
「それにしても汚ねえ部屋だねえこりゃ」
呆れ果てたと言う表情で埃の積もった床の上に吉田は足先で線を描く。
「余計なお世話だ!」
そんな吉田の頭をかなめが怒りに任せて小突いた。明らかにいつもの不機嫌なかなめの姿に戻っていた。
「これじゃあカウラの部屋の方がまだましなんじゃねえか?」
靴下に付いた埃を見て顔をしかめた吉田がそう言った。カウラと言う言葉を聴いて、かなめの目に殺気がこもる。
「そんな目で見るなよ。それより三時間後にあまさき屋に集合なんだけど、この様子じゃあすることないな」
「だったら帰れよ、な?」
かなめは敵意むき出しで吉田を見つめる。
「あまさき屋で何するんですか?」
誠はかなめと吉田の間にさえぎるように体をねじ込んで尋ねる。
「聞いてないのか?アイシャには伝えたはずなんだけどな」
「忘れてるな。まああいつは引越しとなるとねえ……どれだけのものを持ち込むかわからねえからな。それの算段を胸のうちでしていて忘れたんだろ」
気を落ち着かせようとかなめはタバコを取り出す。
「明後日から俊平とアタシ、遼南に出張でーす!」
ライターに伸ばされたかなめの手が止まる。
「法術がらみだな」
仏頂面だったかなめの表情に生気が戻る。それを見て黙って吉田は頷いた。
「まあそう言うこと。遼南軍や警察でもかなり法術適正者が発見されたってことで、遼南帝国青銅騎士団団長の御子神さんの戦闘技術指導のお手伝いに行くってわけだ。まあ、隊長が監修した面白くもねえビデオ上映して、さらにこいつの原稿棒読みの講義とか……、とにかくつまんねえことをしにいくわけだ」
シャムはふくれっつらをするが、特に言葉を出すわけではなかった。
「なるほどねえ、それに合わせてあのアメリカさんの歓迎会を今日やるわけだ」
かなめはそう言うと寝室にもしっかり置いてある灰皿を手に取った。
「それと俺等の壮行会な。しかし、まああのシンプソン中尉って結構かわいいよな」
突然、吉田から話題を振られて誠は周りを見回した。シャムは吉田にけなされたまんまのいかにも不満そうな表情で誠を見つめる。誠が目をやるとかなめは黙ってタバコに火をつけていた。こういう場面でわざと視線を泳がせているかなめに下手なことを言えば何をされるかわからない。
「そうですね。特に胸が……」
地雷を踏んだ。そう誠が自分の言葉を飲み込んだとき、かなめは誠の右手に思い切り火の付いたタバコの先を押し付けた。
「それは禁句だろ?な?」
かなめらしいサディスティックな笑顔が誠の目に入った。誠は手の甲を見るがさすがにすぐにかなめが火を遠ざけてくれたおかげで火傷の跡は残っていない。だが明らかに自分の振った話題で予想通りの動きをした二人を満足そうに吉田は見つめている。
「お前もそう思うか?そうだよなあ」
そして吉田はついに笑い始める。しかし、誠は自分で言いだした話なのに横目で見つけたかなめの右手のタバコが震えるのを見て顔を引きつらせた。
「あれだな。形はたぶんアイシャかマリアさんの争いだが、大きさではどこかの人工巨乳を抜いてトップにたったな」
「おい、吉田。オメエいっぺん死んだ方が良いぞ……」
机に置いた銃に手を伸ばそうとするかなめだが、次の瞬間には銃はシャムの手の中にあった。その早業に誠もかなめもただ立ち尽くすしかなかった。
「だめだよかなめちゃん!こんなの持ち出したら。それよりのど渇いた!」
「じゃあビールでも飲むか!あるんだろ?」
マイペースな二人に肩をすくめたかなめがそのまま部屋を出て行った。
「いやあ、あいつからかうと面白れえな!」
「吉田少佐。むやみに挑発するの止めてくださいよ」
泣き言を言う誠を吉田は相変わらず面白そうに見つめている。
「ったく気の小さい奴だな」
「誠ちゃんは臆病だからね!」
あっけらかんと笑う二人に誠はついていけない。ドアが開いてかなめは手にした缶ビールをシャムと吉田に投げる。
「ビール投げるなよ!泡吹くじゃねえか!」
そう言いながら吉田は器用にプルタブを引き、吹き出す泡をうまく口の中に収める。シャムはしばらく落ち着かせようと銃と一緒にテーブルの上に缶を置いた。
「邪魔するなよ」
そう言うとかなめは酒瓶を横に避けて床に置かれた端末の箱を開けた。いくつものコードが複雑に絡み合っている。さすがに技術屋でもある誠にはそのアバウトなかなめの配線を見つめるとため息が漏れた。
「とりあえずそれと寝袋だけか?運ぶのは」
「まあな。そう言うオメエ等は出張の準備は出来たのか?」
かなめは端末のコードを一本一本絡んでいるのを戻しながらジャックを引き抜いてはまとめる。
「俺はトランク一つあれば十分だ。シャム、お前はどうした?」
「あのね。あっちで買うから大丈夫。それにアイシャちゃんにアタシのチェックしている番組の録画も頼んだし」
「どうせ特撮とアニメだけだろ?」
かなめは一際長い電源コードをまとめる。図星と言うようにシャムは頭を掻く。
「それにしてもずいぶん古い端末使ってんな。島田辺りに最新の奴選んでもらったらどうだ?」
吉田の一言、またかなめが不機嫌になる。
「余計なお世話だ。それにこいつには胡州陸軍関係のデータも入ってる。そう簡単には交換できるもんじゃねえよ」
「ふーん」
特に関心も無いというように吉田はビールを飲みながら作業を続けるかなめを眺めていた。シャムはもう良いだろうと缶を開けたが、不意に吹き出した泡に慌てて口をつけた。
「リモコン見っけ!」
泡を吹こうとハンカチを出してしゃがんだシャムがかなめの持ち上げた端末の下から薄い何かを見つけた。
「備え付けのAVシステムかよ。こりゃ良いわ」
そう言うとかなめの許可も得ずに吉田はスイッチを押す。
「邪魔になるようなことはするなよ」
あきらめたような顔でかなめはつぶやいた。天井から巨大な画面が降りてくる。シャムの目が、急に輝きだしたのが誠からも良く見えた。
「ちょっと何が入ってるのかな」
そう言って吉田は内部データを検索する。
「ドアーズ、ツェッペリン、ピストルズかよ。ずいぶん偏っていると言うかつまみ食い趣味と言うか……」
「なんだ、ボブ・マーリーが無いのがそんなに不満か?」
かなめが端末を緩衝材ではさんでいる。
「なんだ、クラッシックもあるじゃねえの。ホルストの惑星。展覧会の絵。ピーターと狼。ずいぶんこれもなんだかよくわからねえ趣味だな」
「最近の曲は無いの?」
「ちょっと待ってろよ」
まるで自分達の部屋のように振舞う吉田とシャムに切れたかなめが吉田の手からリモコンを取り上げた。
「好き勝手なこと言うんじゃねえ!これでも見てろ」
そう言うとかなめはリモコンを奪い返して浪曲専門チャンネルに合わせた。
「あのなあ。俺は隊長と違ってこう言う趣味はねえんだけどな」
「叔父貴との付き合いはオメエ等が一番長いんだ。上司を理解するのも大事な仕事だろ?」
そう言うとかなめはリモコンをポケットに入れて緩衝材ではさんだ端末をダンボールに押し込み始めた。一方部屋の半分の大きさもあろうと言う画面で、実物大の禿げた頭の浪曲師が森の石松の一説をうなっている。
「西園寺、あっさりこれが出てきたって事は見てるのか?」
吉田は画面を不思議そうに見ているシャムから目を離すと箱にどう見ても入りそうに無いコードの束を押し込んでいるかなめに声をかけた。
「爺さんが好きだったからな。ガキの頃よく家にもそちらの方面の人間が出入りしてたし」
「世に言う『西園寺サロン』って奴か。その割にはまるっきりそう言う趣味ないよなお前」
吉田はそう言うとビールの缶を空にした。その隣で床に腰を下ろしたシャムは石松の最期のくだりを聞きながらなぜか大うけしていた。
「終わった」
一言そう言ってかなめは酒瓶に手を伸ばす。確かに箱には入ったがコードがその隙間から飛び出していてとても箱に入れたといえる状況では無い。
「早過ぎないか?まあ西園寺らしいがな」
そう言うと吉田はかなめからリモコンを奪い取りモニターを消した。静かに上がって収納されていく画面をシャムは不思議そうに眺めた。




