そんな彼らはボウケンシャー!
とある国の都市オーリアの郊外。
森の中に揺らめきながら佇むその場所に、数人の冒険者がいる。
強力な魔物の領域が滲み出てしまう現象により発生したその場所は、さながら苔むした遺跡のような佇まいだった。ある日突然現れて、ある日突然消えていく蜃気楼のようなものだ。
ダンジョン、などと呼ばれるここは、見た目よりも広い。主たる魔物の力によって世界の境界線が捻じ曲がっていて、内装も広さも主たる魔物の力でどうとでも変わる。一説では向こう側の世界では、特定の魔物が王のような立ち位置にあり、その力で弱小な魔物を下僕として使役しているという。そんな彼らの『城』が主や下僕も全部纏めて、こうしてこちらに滲み出てしまうのだ。ヒトに勝るとも劣らない、むしろヒトより高度なのではないかといわれる彼らの気まぐれなのか、戯れなのか、そういう仕組みの自然現象なのかはわからないが。
ともかく、冒険者にとってダンジョンとは、必ず魔物が存在している特別な場所だ。通常は噂を頼りに探しに行くことになり、三日彷徨って一度も遭遇しないという場合もよくある。
しかしここでは、それはまずないのだ。
統率者がいるゆえに通常の魔物より強いと言われ、ダンジョンの中で消息を経ってしまう冒険者がいるということを踏まえても、彼らはこの場所を探し、見つければ入り込む。魔物の強さの割りに儲けがいいダンジョンの情報は高く売れ、それで生計を立てる者までいるほどだ。
このダンジョンに入り込んだ彼ら四人も、そんな生業をする男から情報を買って、一週間ほどの予定でやってきた。ダンジョン傍に結界をはり、夜営しているのだが。
「絶対、ぜーったいに許さんのです」
現在の時刻は夜中近く。
焚き火を囲んで休息している四人の、表情は険しい。そして、全員が大なり小なりの負傷をしていて、あちこちにガーゼを張っていたり包帯を巻いていたりしていた。
「許さんのです」
見た目に反する低い声で、許さない、と繰り返すのは獣人の少女。雪のような銀色の髪を血や泥で汚し、脱いで傍らにおいてある外套もあちこち破けて汚れて悲惨な有様だ。
彼女――アポフィラは、獣の耳をぴくくと動かし。
「せっかく、いい魔石が見つかったのに……見つかったのに」
うぅうううう、と膝を抱えて、そこに顔をうずめた。普段、あまり何かを悔しがったりしない少女ではあるが、こと魔石に関することでは人一倍感情のふり幅が大きくなる。
そんな彼女の頭を、よしよし、と撫でるのは赤毛の少女だ。ニノンという彼女もまたあちこちに擦り傷などがあり、顔にはしっかりとした疲労が滲んでいるのが暗くともわかる。
彼女らの向かい側には、二人の青年。一人は眠っているわけではないが、腕を組んで目を閉じている。身体を休めているのだろうが、武器はすぐ傍らの手の届くところにおいてあった。
そして最後の一人、不機嫌さを隠しもしない茶髪の青年は、先ほどから適当に雑草を引っこ抜いては焚き火に放り込んでいた。ぶつぶつと、ここにいないある人物への恨みを呟きつつ。
「レグの野郎、何が『初心者向けで安全らしいぜぇ?』だよ……」
「……っていうか、あんなやつの話信じるとか、正気の沙汰じゃないって言うか」
「言うな。オレだって後悔中なんだから」
はぁ、と青年はため息をこぼす。
ことの始まりは、彼が旧知の関係にある男だった。ダンジョンなど冒険者向けの情報を取り扱っている男に、このダンジョンが多少魔物が面倒だが取れる魔石がいい、と聞いたのは数日前のこと。すぐに仲間に話したところ、アポフィラが真っ先に食いつき、今に至る。
確かに儲けはありそうだった。
魔物の強さも程よく、手に入る魔石などの質もいい。
彼の話は間違ってはいなかった。
ただ。
「いきなり下級ドラゴンがご登場とか、どこが初心者向けだっつーの」
初心者向けという謳い文句に、少しのズレがあったというだけのことである。
■ □ ■
一行がこの地にたどり着いたのは、昨日の夕暮れ間近の頃合。
そのまま近くで休息をとって、昼前に準備を整えてダンジョンに向かった。
腕組をしている青年ヒイラギを戦闘に、もう一人の青年セツナが続き、ニノン、アポフィラと続く夫人でダンジョンに意気揚々と突入した四人。そんな彼らの前に立ちふさがったのは子供でも倒せるといわれる、最弱の魔物などの『雑魚』と呼ばれる類ではなく。
口から吐息のように炎をくゆらせる、赤い鱗を艶めかせるドラゴンであった。
初心者向け、と称されるダンジョンにいるはずがない、要るだけで上級者向けとなる魔物の王たる種族を前に、誰一人として動けない。何か大きいものがいるのは、物音などでわかってはいた。いたがまさか、ドラゴンだなどと誰が想像しただろう。
わかっている。いくらダンジョンなどの情報を取り扱うとはいえ、それは『完全』ではないことぐらいは、ニノンもアポフィラも、ちゃんとわかっている。しかし未だ二人から、目の前に迫った死の影は消えない。これまでダンジョンなどで危険な目にあったが、あれほど濃厚な死を目の前にしたのは初めてだった。手を出せば必ず死ぬ、という運命がそこにいた。
判断は一瞬。
一言も声を発することは無く、全員がいっせいにその場から逃げ出した。
あれほど全員の息が合ったことは、そこそこいろんなダンジョンに出向いてきたが数える程度だと思う。もちろん相手は侵入者に牙を向いたし、炎も吐かれた。途中で別のところからやってきた魔物も切り捨てて、あるいは引っかかれたりして。ひたすら出口を目指して走った。
彼らがダンジョンの外に出られないという理に全力で感謝しつつ、それでも追いかけられているのではという思いのまま、昨夜休息をとった地点まで逃げ戻ってきたわけである。
さすがにオーリアまで帰る気力は無く、こうして沈みきった気分のまま野宿中であった。
「うぅ、魔石……」
アポフィラはいつの間にかころんと横たわり、ぶつぶつと愚痴をこぼしている。
途中、必要に迫られて魔石に魔術をこめてばら撒き、目くらましにするなどもした。せっせと拾い集めた魔石は全部使ってしまい、手元には何も残っていない。命あっての、という言葉は確かに正しいのだが、それで損失を納得できるかというとそういうわけでもなかった。
こと、魔石が重要になってくる魔術を扱うアポフィラだから、その損失は他の三人よりずっと思いのだろう。そう思った三人は、彼女をしばらくそっとしておくことにした。
「あの男、消し炭にしてやるです……いや、もっとおぞましい恥辱を与えねばならんです。人前で裸にひん剥くだけでは、足らないですな。もっとこう、心をえぐるような傷を与えねば」
――物騒な呟きは、聞かなかったことにしつつ。
冒険者と呼ばれる彼らは戦う、目の前に立った魔物を倒す。
それぞれの願い、あるいは目的のために。




