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七つの罪と七つの剣  作者: 九条欅
AN:game start
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色欲と暴食

「おっと! やーっと見つけたわー!」


 突如聞こえた声に日夏詩恵梨が頭を動かすと、一人の女性が緩やかな傾斜を伝って慎重に滑り降りてきていた。


「いやー、行けども行けども火山ばっかで似たような景色ばっかり。本当にゲームが始まったのか疑問に思ってたところだったのよー」


 癖っ毛で少ししなったショートヘアに、少女のような活発な印象を与える女性が、特に警戒することもなく恵梨の元へと近づいてくる。


「貴女はどなた様でしょう?」


「ああ、アタシ? アタシは楓泉恭子!『キョウコちゃん☆』って、マンガだったら背景に「きゃるーん☆」って付きそうな感じで呼んでくれればいいわ!」


「あらあら〜。……なかなか美味しそうな方ですわね〜」


 一言目にそう口をこぼす。上品な佇まいとは裏腹に、相手をまず性の対象としてどうかを思索する彼女の下品さがよく伝わる一言だ。


「美味しそう……?」


 恭子は少し首を傾げたが、直後に一人納得したように首を縦に振る。


「もしかしてアンタも暴食として呼ばれた(くち)?」


「はい?」


「いやー、一つの大罪にニンゲンが一人ずつだと思ったら違ったのかー。なんだなんだ、まさか仲間がいるとはねー」


「……はあ」


 どうやらとんでもない勘違いをしているようだ、と恵梨は呆れていた。まさか、ここまで能天気でいられるとは。命の奪い合いをしている自覚はないのだろうか。

 生きている人間から見れば、死を迎えているのに命を奪い合うとは、いささかおかしなことではあるのだが。恵梨はそこには気づいていないようだった。


「……ええ、そうですわね〜。それでしたら、これから二人仲良くいたしましょ〜」


 しかし、恭子の勘違いは恵梨にとっては都合のいい勘違いだった。油断していれば相手をすぐに仕留めることができる。そうすれば、無駄に体力を消費する必要もない。ただでさえ、女性であり体力が低いうえに、先ほどまでアスモデウスとの〝こと〟もあって、ほかの誰よりも体力の消費が著しい。なのでそのまま彼女の言葉に乗る。


「でも奇遇ねー」


 純粋な少女のように恭子は喜んだ様子を魅せた。


「アタシもアンタのこと、美味しそうだと思ってたのよー」


 表情だけを見れば、彼女の笑顔は誰が見ても素敵に思える笑顔であった。……そう、表情だけを見れば。


「……ッ!」


 恭子の手に握られた、剣よりも槍に近い形状の凶器の先が恵梨をいつの間にか貫いていた。

 その剣の全長の半分ほどが彼女の背から生えたように伸びる。刃先のみならず、貫いた柄にもべっとりと赤い液体が付着していた。

 殺気どころか空気の流れすら恵梨には感じることができなかった。

 いきなり現れた腹部の異物感と遅れて襲い来る痛み。死ぬのは免れないことを彼女は悟る。


「別に仲間なんていらないし、美味しそうだったから、つい手が出ちゃったわー」


 先ほど見せた表情が幻だったと思えるほど正反対のニヤニヤと下劣な笑みを浮かべた恭子が、その顔を恵梨へと近づける。


「うーん、ちょっと香水のニオイが強いわねー。生でいく気にはならないかなー」


「近づいたらわかりましたわ……。貴女、私と同じ匂いがしますわ……」


 腹部の痛みに耐えながらも、その痛みをできるだけ顔に出さず余裕であるように装いながら、苦しそうな声で恵梨はそう呟いた。


「へぇ……。自分で言うのもアレだけど、アタシ、ガサツだからアンタみたいに香水付けたりしないんだよね。それでも同じニオイする? 単なるメスの匂いじゃない?」


「違いますわ……。貴女からは“人殺し”の匂いがしますわ。私よりも遙かにドス黒い殺気を含んだ匂いが……」


 恵梨の言葉を聞いた恭子は嬉しそうであった。


「なかなかいいカン持ってるじゃん。すぐにアンタを刺したのをちょっと後悔してきたわ。もう少し話せてたら仲良くできたかもね」


「今さら、ですわ……」


「まあ、いいや。アンタはこれからアタシの一部になるんだから。アタシとはともかく、アタシのカラダとは仲良くしてやってくれ」


「なるほど。……暴食の名に相応しい悪食のようですわね」


「いやーん、褒められてもテレるー」


 貼り付けた仮面のような笑みと感情が込められておきながら感情的に聞こえないそのセリフを口にし、恭子は自身の剣を恵梨の身体から引き抜く。


「くっ……!」


 再び身体の中を駆け抜ける異物感。刃は帰り際にも彼女の肉を引き裂く。


「ふむふむ。胸は大きくて柔らかいし、お尻もなかなかな大きさと肉付きね。かなりいいカラダつきしてるわねー。女性的で美味しそうよ」


 両膝をついて倒れかけた恵梨を受け止めると、返り血で服が汚れることなど構いもせずに、そのままその身体を品定めを行う。

 楽しみなことを期待する、純粋な子供のようにキラキラと輝く瞳とは裏腹に、下品な舌舐めずりを見せる。その舌の上で“転がされた”人間はいったいどれほどの数なのか。


「私が言うのと貴女が言うのでは、まったく意味が違う台詞ですわ……」


「意味が違う? ……あー、アタシ勘違いしてたか。アンタ暴食じゃなくて色欲ね。このカラダつきは確かにそっちの方がしっくりくるわー」


 恵梨の身体を隅々まで弄った恭子は納得した様子だった。


「仲間だろうと御構いなしの貴女のような脳筋殺戮魔と仲間だなんて御遠慮いたしますわ」


「同性だろうと構いやしないっていう下半身と脳が直結してそうな色欲魔に脳筋って言われてもねぇ……」


 恭子は呆れた様子だった。


「まあ、いいやー。剣だ、剣。一応、本来の目的はこっちってことだから、この剣、アタシが貰っとくわね」


 恭子は雌雄のシンボルを象る剣の片方を手に握る。


「さて、自分の剣と自分のカラダにお別れを言いなさい」


「何がお別れですわ……。ク・ソ・食・ら・え、ですわ☆」


 恵梨は最後の力を振り絞り腕を胸の高さまであげると、恭子に向けて中指を立てた。せめてもの彼女の反抗だ。


「ホント、アンタ結構スキよ」


 そして、恭子は躊躇することなく、彼女の剣をその首元に向けて真一文字に薙いだ。

 斬れ味の鋭いその剣は、その一薙ぎで元の持ち主であった日夏詩恵梨の首を切り落とす。


「さて、解体ショーは始まったばかりよ。もっと食べやすくしないとね」


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