↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紅椿ノ守 ―令和吉原綺譚―  作者: はの
第六章 裂けた襟紋

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/54

五十四軒目 去る

「全部お前の仕業だろ! 私をまた陥れるために! 出てってやる! こんなところ、出てってやるよ!」

 

 商人との密会を咎められた如月は、こともあろうに開き直っていた。

 密会をしなければならない状況にまで追い詰めたのは紅楼。

 すべては紅椿が薄紅派を全て追い出すための企み。

 心のうちで作り上げただろうストーリーを、ひたすらに叫び散らかしていた。

 

「私は、そんなことをしていないわ」

「五月蠅い! 私たちの幸せを壊しやがって! お姉様を返せ! 悪魔! 卑怯者!」

 

 紅椿が何を言おうとも、如月の態度が変わることはなかった。

 先程まで額に青筋を立てていたお万も、如月が叫び始めてしばらくすると、呆れ返った表情に変わっていた。

 

「で、なんだい? あんたは、うちを出て行きたいって言うのかい?」

「ええ! ええ! 出て行く! 出て行ってやる! お姉様を潰したところなんて、頼まれたって居座るもんか!」

 

 如月は懐からグシャグシャの封筒を取り出して、床へと投げつけた。

 そして、大きな足音を立てながら遣手部屋を飛び出していった。

 部屋を出る瞬間、紅椿は殺意の籠った視線で睨みつけられる。

 襖が大きな音を立てて閉じられ、勢いが強すぎたせいで跳ね返り、半開きになる。

 どすどすという足音が廊下に鳴り響き、遣手部屋から離れて行く。

 

 お万は、床に転がった封筒を拾い上げ、中身を確認した。

 封筒の中に入っていた紙には、怒りのまま殴り書きしたであろう乱暴な字で、辞表と書かれていた。

 如月なりの理由も書かれていたが、内容も支離滅裂で、お万は途中で読むのを止めていた。

 

「お万。これ、受け取るの?」

 

 紅椿は、お万へと尋ねる。

 

「受け取るさ」

「でも、如月花魁は今、気分が高ぶっているだけで」

「限度がある。妓楼の規則を破った上、こんなお粗末な後始末。客の前で暴れなかっただけ、良しとしなきゃね」

 

 荒い足音が再び遣手部屋に近づいて来て、そのまま通過する。

 大きな音を立てて階段を下りる音が聞こえた後、一階から如月と若い者の言い争う声が聞こえてきた。

 その後、先程までの騒ぎが嘘のように静まり返る。

 

 紅椿は、半開きだった扉をそっと閉めて、お万へと向き直る。

 

「お万」

「あいつが決めたことだ」

 

 紅椿は、心の中で如月を引き止められないかを考えていた。

 しかし、先の如月の状況。

 自信がどれだけ言葉を弄しても、本人を説得するのは難しいだろうともわかっていた。

 であればお万を説得し、辞表の受け取りを保留してもらうしかないが、お万にその気がなければどうにもできない。

 そもそも、薄紅のときとは事情が違う。

 客に現(うつつ)を抜かしたとはいえ、遊女と客の一線を守り続けた薄紅に対し、如月の行動は一線を超えている。

 

「……わかったわ」

 

 紅椿が諦めたように俯いくと、お万は如月の辞表を懐にしまい込み、紅椿の背を平手で叩いた。

 

「湿気た面してんじゃないよ。あんたには、まだやることが残ってんだろう?」

 

 ジンと痛む背中に熱を感じながら、紅椿は顔を上げた。

 

「そうね」

 

 薄紅を壊し、睦月も如月も壊した。

 その事実への怒りをふつふつと胸の中で沸かせながら、紅椿は書類を一束掴み、ある場所へと向かった。

 

 

 

 ぎしりぎしりと、廊下がきしむ。

 襖の前に足った紅椿は、重く静かな声で、中にいる人物へ話しかける。

 

「今、いいかしら?」

 

 しばしの沈黙が流れる。

 

「ど、どうぞ」

 

 部屋の主の承諾を得て、紅椿は部屋の中へと入る。

 

「あの……なんの御用でしょうか?」

 

 二人きりの部屋の中。

 弥生は怯えた表情で、紅椿を見ていた。

 まるで小動物のように臆病そうな仕草に、いつもの紅椿であれば、「怖がらないで」と警戒を解こうとしたかもしれない。

 

 が、紅椿は躊躇うことなく、弥生へと近づいた。

 

「さっき、如月花魁が辞表を出していったわ」

「え!? き、如月花魁が……。そんな……」

 

 弥生は両手で顔を覆い、紅椿に背を向けると、小刻みに体を震わせた。

 両手の隙間からは、すすり泣くような声が聞こえてくる。

 

 しかし、紅椿は足を止めない。

 

「弥生」

「また、お姉様の大切な……」

「睦月花魁と如月花魁を追いだしたのは、貴女ね?」

「……そんな!? 酷い! 私の友達を追い出したあげく、私に罪を被せるんですか!」

 

 断定するような紅椿の物言いに、弥生は振り返り、涙声で訴えた。

 ぼろぼろと零れ落ちる涙が、畳の床に無数の染みを作る。

 

「いえ、その二人だけじゃないわね。薄紅花魁をそそのかして、私を恨むように仕向けたのも、貴女ね」

 

 紅椿は、手に持っていた書類を、弥生へと突きつける。

 書類に書かれていたのは、ここ数年の帳簿の写し。

 薄紅派の花魁が使っていたお金の流れの証明だ。

 

「貴女が薄紅の下に着いてから、お金の流れが明らかに変わっているわ。丁度、薄紅が花魁になったばかりの頃だから不思議に思わなかったけど。」

「…………」

「金額や取引相手だけなら、まだ理解できるわ。でも、買うものの種類が、明らかに変わっている。薄紅なら、絶対選ばなかったものにね。……誰かの入れ知恵が入ったとしか、考えられないの」

 

 いつの間にか、弥生の震えは止まっていた。

 床を見つめたままで、紅椿から依然、表情が見えない。

 

「私が、お金にの流れに関わっていたという証拠はあるんですか?」

「如月と密会をしていた商人に聞きましょうか? どうしてうちと関わるようになったのか。誰の手引きで如月と仲睦まじくなったのか、ってね」

「二人を追い出して、薄紅花魁をそそのかしたという証拠は?」

「ないわ。でも、どっちでもいいわ。密会の手引き。それだけで、貴女を追い出すには十分だから」

 

 風が窓に叩きつけられて、ガタガタと揺れる。

 太陽が雲に隠されて、部屋の中に闇が落ちる。

 

「……はは」

 

 雲は風によって流され、太陽が再び顔を覗かせる。

 その光が、振り向いた弥生の表情を照らした。

 真っ黒な長髪を垂らしながら、弥生は大きな口を開けて、笑った。

 

「あっははははははははは! あー、はいはい。そうですよー。私がやりましたー。これで満足ですか? 紅椿花魁?」

 

 先程までの、怯えが混じった声はどこへやら。

 泣き跡の残った顔で、まるで泣いていたことが嘘のように、溌溂とした声で弥生は言った。

 

「ずいぶん、あっさりと認めるのね」

「密会させたのがバレた時点で、このゲームは負けたようなものですしねー。私、負けたゲームにうじうじ固執しないタイプなんですよ」

 

 弥生は肩をぐるぐると回し、首を左右へと倒した。

 ゴキッという音が首から響き、弥生は憑き物がとれたような晴れ晴れとした表情で、ぐっと背伸びをした。

 

「教えて、弥生。なんで、こんなことをしたの?」

「理由いります? 貴女を落とすためですよ」

「私を?」

「そ」

 

 弥生は、歩いて紅椿に近づき、顔面を近づけた。

 

「私はね、一番になりたいんですよ。私は、この妓楼の誰よりも、貴女よりも、男を喜ばせる実力が有る。あなたのファンも全員、私の虜にできる。でも、妓楼には推し変を禁止するルールがある。それがある限り、ただ長く居座っているだけのあんたを、どうやっても超えることができない」

  

 弥生は、紅椿から離れて部屋を歩き回り、机に置かれていた写真立てを手に取った。

 写真の中では、薄紅、睦月、如月、そして弥生が、仲良さそうに笑みを浮かべている。

 

「だから、薄紅に近づいたってわけ。私より長く花魁やってたし、花魁たちの中じゃあ一番マシだったから。私が育てて、あんたからナンバー1を奪わせようってね。あんたも、もう三十路のバアアなんだから、ナンバー1から落ちれば諦めが付いて引退するでしょ?」

 

 悪びれることのない弥生の様子に、紅椿は怒りを通り越した不快感を抱き、強い目つきで弥生を睨みつける。

 が、弥生は動じないどころか見下すような視線を紅椿へぶつけ、視線を手にした写真立てへと移す。

 写真立ては、弥生の手をすり抜けて、床へと落ちた。

 

「なのに、あの子。客に熱中し過ぎて自滅しちゃった。ほんっとに、使えない子」

 

 そして、床に転がった写真立てを、弥生は思いっきり踏みつけた。

 額縁が折れ、額縁に納まっていたガラスが割れる。

 写真立てから飛び出した写真を弥生は追いかけて、踵で捻るように潰した。

 

「それが貴女の、本性なのね」

「本性? 私はずっと、私のままよ。紅椿花魁」

 

 弥生は写真を踏みにじるのをやめ、足を上げる。

 足の下からはシワだらけの写真が出てきたので、弥生はそれを掴んで、紅椿の前でビリビリに破いた。

 分かれた四枚の内、一枚が紅椿への足元へと流れて落ちる。

 紅椿は、薄紅の顔半分だけが残された写真を拾い、弥生を睨みつけた。

 

「酷い真似を」

「もう、いない人じゃない。私、負け犬に尻尾を振る趣味ないの」

 

 弥生は、予め用意していただろう荷物をとり、部屋から出ようとする。

 

「どこへ行くの?」

「どこって、外よ。どのみち私は、如月をあてがった罰で首よね? だから、さっさと出て行くの」

「……ずいぶん、諦めが速いのね。ナンバー1になりたいんじゃなかったの?」

「んー」

 

 弥生は襖を開けようとした手を止め、天井を見上げた。

 人差し指を唇にあてて、アイドルのような可愛げのある仕草で、首を傾げる。

 

「やり方、間違ってたなって」

「やり方?」

「ナンバー1の花魁になりたかったから、ナンバー1の妓楼に入って一位を目指したんだけど、順番が逆でもよかったなって」

「逆?」

「私が一位になれる妓楼に入って、一位になってから、紅楼をナンバー1から引きずり下ろす。そうすれば、私がナンバー1の花魁になるじゃない!」

 

 まるでパズルを解いた子供のように、無邪気な声を出す弥生を見て、紅椿は背筋が震えた。

 あまりにも純粋。

 故に、あまりにも邪悪。

 紅椿は自身の袖を強く掴み、キッと弥生を睨みつける。

 

「そう簡単に、紅楼は負けたりしないわよ」

「えー。どうだかー。禿一匹逃げただけで、アホ客たちは皆ギャーギャー騒ぐんだよ? ちょっとつつけば、妓楼の順位なんて簡単に入れ替わる。例えばそう、遊女が自殺でもするとか、ね」

 

 信じられないという表情を向ける紅椿をよそに、弥生は襖を開けて、廊下へ出た。

 

「行くよー。皆」

 

 そして、廊下の奥に向かって声をかけた。

 

 その瞬間、一斉に襖が開き、弥生と同様、荷物を持った遊女たちが廊下へと出てきた。

 その中には、禿や新造はおろか、花魁たちも含まれている。

 誰もかれも、薄紅派に属していた者たちだ。

 

「な!? これは!?」

 

 紅椿は廊下へ飛び出し、その異様な光景に目を見開く。

 弥生が階段に向かって一歩歩くと、遊女たちも弥生について行くように、一歩踏み出した。

 

「あ、貴女たち! 何をしてるの!」

「えー? 退職ですよ、退職。皆、薄紅お姉様をいじめた紅楼に、もうい続けたくないみたいですよー」

 

 弥生の言葉を確認するように、紅椿が遊女たちの方を見ると、遊女たちは気まずそうに顔を逸らした。

 逆に、紅椿を睨みつけてきた者も含まれていた。

 

 廊下に、無数の足音が響く。

 何事かと顔を出した他の花魁や若い者は、紅椿同様、異常な光景に目を見開く。

 

「何をやってんだい! 弥生! 説明しな!」

 

 異変に気付いたお万もまた、弥生の元へと駆けつけた。

 周囲の遊女たちに睨みを利かせ得た後、弥生の前へ立ちふさがった。

 

「どいてくれます? 私たち、退職するんで」

「そんな勝手が、まかり通ると思ってんのかい!?」

「思ってますよ。禿や新造は、保護先に紅楼を選んでいるだけ。本人が望めば、出て行けるはずですが?」

「禿や新造はそうだ。だが!」

「花魁たちはそうはいかないって? あっはっは。甘いですね、ババア様。正当な理由なしの移籍には違約金がいるのはわかってます。逆を言えば、違約金さえ払えば、私たちはどこへ行くのも自由ですよね?」

 

 弥生は懐からスマートフォンを取り出して、お万の目の前へと突きつけた。

 そこには、薄紅派の花魁全員分の違約金が、紅楼の口座へ振り込まれた形跡が映っていた。

 

「馬鹿な!」

「はい、そんな訳で、私たちは自由でーす。邪魔なんでそこどいてくれますか? ババア様」

「弥生。あんたに、こんな大金が用意できる訳」

「金の出所なんてどうでもいいでしょ? どかないなら、監禁で訴えますよ? もう紅楼でもない女を、無理に引き止めようとしてるんですから。……いつまでも立場が上だと思ってんじゃねえぞ、ババア」

 

 弥生は、お万を突き飛ばすように、廊下の端へと寄せる。

 そして、誰にも邪魔されずに廊下を歩き、振り返ることなくひらひらと手を振った。

 その後を、薄紅派の遊女たちがついて行く。

 

 まるで、弥生を先頭とした花魁道中のように。

 

「くそっ!」

 

 お万の怒り声が響く。

 

「……薄紅」

 

 見えなくなっていく遊女たちの後姿を、紅椿は悲しそうな瞳で見続けていた。

第六章完結。第七章の書き溜め時間を頂きます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。