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紅椿ノ守 ―令和吉原綺譚―  作者: はの
第一章 紅楼の灯

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3/3

三軒目 花魁

 遊女の位は、場所と時代によって変化する。

 令和遊郭の遊女たちは、禿(かむろ)新造(しんぞう)散茶女郎(さんちゃじょろう)格子女郎(こうしじょろう)太夫(だゆう)の五つに分けられている。

 そして、実際に客をとる散茶女郎以上の遊女を、花魁(おいらん)と呼んだ。

 

 

 

「紅椿お姉様、次はどちらへ行くでありんすか?」

「下まで。番頭さんから、新聞を借りようと思って」

「スマホの充電が切れてるのでありんすか? すずね、モバ充持ってるでありんすよ?」

「ありがとう。でも、ネットニュースはもう読んだの。色んな媒体を読めば、一つのニュースがいろんな角度からわかるのよ」

「ほえー。おたんこなすのすずねには、まだまだ難しそうでありんす」

 

 紅椿は、すずねと輝水仙を連れて座敷を出て、廊下を歩く。

 紅椿の姿を見た他の遊女たちは、即座に廊下の端により、目を閉じて頭を下げた。

 太夫に位置する紅椿は、紅楼の遊女の中では最上位。

 誰からも、敬意を示される存在だ。

 

「これはこれは。紅椿花魁ではありませんか」

 

 とはいえ、人の集まる場所において、全ての人間に好意を示されることなど稀だ。

 紅椿同様、廊下の真ん中を歩いていた女性が、道を譲ることなく紅椿の前で立ち止まった。

 

 僅かに空気が張り詰め、廊下の端に避けていた遊女たちにも緊張が走る。

 

「おはよう、薄紅(うすくれない)花魁」

 

 薄紅は、今にも消えてしまいそうな儚げな笑顔のまま、紅椿を見つめた。

 薄い化粧も、装飾を控えた桜色の着物も、素の自分に自信があるが故の勝負服。

 紅椿の纏う打掛を上から下まで眺めた後、視線を紅椿の隣に立つすずねへと移す。

 

 感情の籠らない視線を前に、すずねは思わず身震いし、紅椿の腰にしがみ付いた。

 

「紅椿花魁の禿ですね。随分と、大きくなられましたわねえ」

「どうもでありんす」

 

 薄紅は、すずねの頭頂部と同じ高さに、自身の掌を添える。

 

「以前は、こんなに小さかったでありんしょうに」

 

 そして、その手を同じ場所に添え続けた。

 褒められたのではなく、大きくなっていないと馬鹿にされたのだと気づいたすずねは、カッとなって手に力が入り、しがみ付いていた紅椿の打掛に皴を作った。 

 薄紅の背後に立つ三人の花魁たちが、すずねを見ながらくすくすと笑う。

 

「すずね」

 

 すずねの様子に気づいた輝水仙が、すずねの手を取って打掛から離し、打掛のしわを直しながらすずねを紅椿の背後へと押しやった。

 薄紅の視界からすずねが消え、代わりに紅椿が一歩、前に出た。

 

「薄紅。成長の速さは、人によって違うもの。すずねはまだ十二歳。大きくなるのはこれからよ」

「あら、十二歳でありんしたっけ。てっきり、十歳くらいかと」

「ね。時が経つのは、早いものね」

 

 薄紅は、口論に乗ってこない紅椿をじっと見る。

 紅椿の表情は終始穏やかで、口喧嘩を仕掛けられているにもかかわらず、他愛のない雑談をしている様である。

 

「とはいえ、もしもすずねが小さく見えたのなら、それは私の責任ね」

「紅椿花魁の?」

「ええ。私がすずねたちに、満足にご飯を食べさせられていないということだもの。もっと頑張らなければと、気が引き締まりましたわ」

 

 花魁は、お付けの禿と新造の生活を、自身の収入から賄っている。

 つまり、ご飯を食べさせられないというのは、紅椿が自身の売上をその程度だと言っている自虐だ。

 

「……っ!」

 

 薄紅の喉が、僅かに詰まった。

 紅楼の第一位の自虐は、第三位の薄紅ではさらに禿と新造を支えることなどできないという皮肉。

 禿や新造をほとんど持たない薄紅は、自身の価値を否定された気分になり、初めて表情を不快に染めた。

 

「……行きますわよ。睦月、如月、弥生」

 

 そして、紅椿の横を通り過ぎ、速足でその場を離れた。

 三人の花魁も、それに続く。

 

「いーでありんす!」

 

 すずねが振り返り、去っていく薄紅に向かって舌を出す。

 

「品がない」

 

 輝水仙は、そんなすずねの頭を引っぱたいた。

 

 紅椿は、すずねが元気を取り戻したことに安堵しつつ、楼内の空気を張り詰めさせてしまったことを恥じた。

 

「皆、ごめんなさいね。行くわよ。すずね、輝水仙」

「はい」

「はいでありんす!」

 

 紅椿と薄紅のやりとりを見守っていた遊女たちに軽く頭を下げ、その場を後にした。

 

 

 

「番頭さん、おはようございます」

 

 紅椿は、玄関近くの畳に座る男性――(いわお)(まもる)に声をかけた。

 護の座る場所は、一畳余分に畳が重なっており、そこが護の特等席であると一目でわかる。

 護は、ノートパソコンを叩く手を止め、顔を上げた。

 

「おう、紅椿ちゃ……紅椿花魁。おはようごぜーやす」

「今はお客様もいないし、紅椿ちゃんでもいいですよ。敬語も」

「いいや、駄目だ。こういうのは、ケジメってのが大切なんだ」

 

 不器用ながらも真面目に言葉を選ぶ護を見て、紅椿はくすりと笑った。

 二十近くも年上の人間が自分のような小娘を対等に扱ってくれる可愛らしさに、先の薄紅との衝突の傷もいくらか癒えた。

 

「そうですか」

「そうだ。で、なんか用事があったんじゃねーんですか?」

「ああ、そうでした。新聞をお借りしたくて」

「どこの?」

「全部です」

 

 護は後ろを振り向いて、箱の中をがさがさと漁り、今日の朝刊を五紙取り出した。

 すずねと輝水仙はすかさず護の隣に立って、護から新聞紙を受け取った。

 

「ありがとう、番頭さん」

「おう。もう読み終えたし、気にすんな……です」

 

 用を終えた紅椿が座敷に戻るために振り返ると、護は思い出したように、その背中に声をかけた。

 

「なんかあったら、言えよ。これでも、番頭だからな」

 

 護の言葉に、紅椿は先の二階の出来事を既に知られているのだろうと気づいた。

 若い者の筆頭である番頭は、いつだって耳が速いのだ。

 

 紅椿は番頭の方へ振り向き、にっこりと微笑んだ。

 

「ありがとう、番頭さん」

「おう」

 

 敬意と嫉妬の入り交じる妓楼内。

 そんな中、不器用で優しい番頭の存在が、紅椿はとても心地よかった。

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