六章 願い
君がいなくなってからの僕は、幾度も“淋しさ”に呑まれ、
淡い黄緑の影を落としながら想い出に沈んだ。
けれどその度に、君の孫は気づいて優しく寄り添い、
話しかけてくれた。
そんな君に似て優しい孫は、
今では僕にとって「君」と呼ぶ存在になっていた。
キミが亡くなって一年ほどが過ぎた九月。
僕と君は墓参りに来た。
墓石の近くには、赤や白の彼岸花があちこちに咲き乱れている。
君は丁寧に墓石を掃除しながら、キミに話しかけ始める。
家族のこと。
仕事のこと。
最近行った岩山で、珍しい鉱物を見つけたこと。
貰った僕を今でも大切にしていること。
他にもたくさん話した後、
君は墓石の前に布を敷き、僕をそっと置くと、
背を向けて静かに座った。
『……久しぶり、会いに来たよ。
いつもはお互い一方的に話していたけど、
今度は僕だけ一方通行になってしまったね。
……キミはどうしてる?
今も僕らのこと、見守ってくれていたりするのかな。
それとも、変わらず鉱物採取に行ってる?
もし……キミとまた会えたら、そのときはキミと……。』
キミに話しかけていると、ふと思い出す。
初めて言葉を交わしたあの夜、キミが教えてくれた。
橄欖石の石言葉――《幸福》
『……僕は、キミを"幸せ"にできていたのかな。』
“淋しさ”に呑まれ始めた僕に、
君は何気なく気づく。
「……また、会いに来よう。」
君は微笑みを浮かべながら、優しい手つきで僕を持ち上げ、
歩き始める。
君の背中を押すように、ふわっと風が吹く。
“……またね。ペリドット”
風に乗って聞こえた優しい声。
僕のことをその名で呼ぶのは、
硬い岩の闇から見つけ出してくれたキミしかいない。
涙は流せないけれど、それでも堪えきれなかった。
またキミの声で、その名を呼んでもらえるなんて――。
でも君には聞こえなかったようで、そのまま遠ざかっていく。
『お願い……。少し、振り返って……。』
そう呟きながら目を閉じた。
ヂカッ………
僕は無意識のうちに夕陽の光を集めたのか、
少しだけ強く光った気がした。
君は僕を見下ろし、足を止めて振り返る。
けれど、そこにはなにもなかった。
俯く僕の頭上から、ポツリ、ポツリと何かが落ちてきた。
見上げれば、君が涙を流していた。
その涙越しに見えたのは、キミの姿。
キミはあの日と同じように、
僕らを優しい眼差しで見つめていた。
君は啜り泣きながら、僕に話しかける。
「……また、会えたね。」
『……そうだね、“嬉しい”ね。』
そっと応えた僕も、君の涙に濡れて、
“泣いている”ようだった。
でも暑い夏に流した涙は、すぐに乾いてしまった。
それでも、
あの声で名を呼んでもらえたこと、
キミにもう一度会えたこと。
それだけで、この上なく“嬉しかった”。
蝉の声が鳴り止まない帰り道、
僕と君はまた会いに来る約束をした。
僕が橄欖石で良かった。
陽の光、月の光の下でも、
また君とキミに会いに来られる。
この先、どれほど生きるのか分からないけれど。
それでもキミのこと、共に過ごした日々、
想い出させてくれた数々の“感情”を絶対に忘れない。
これからも、きっと、ずっと。
気づけば、辺りはすっかり日が暮れていた。
『キミといつか本当に話せる日がきたらいいのに……。』
澄んだ夜空に、一筋の流れ星が遠く長く流れていく――
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
失うものと、残りゆくもの。
この物語が、読んでくださった皆さんの中に少しでも
残っていたら嬉しいです。




