第二十一話・規律堕天使の青賀 エルが天界から堕ちてくる
天界──雲の上で一人の男性天使がスマホの画面を見ながら飛んでいた。突然、けたたましいホイッスルの音が響き、女性の怒鳴る声が聞こえてきた。
「スマホ見ながらの飛行禁止! 問答無用のレッドカード! 堕天! 魔界送り!」
飛んでいた天使の前方に黒い穴が開き、男性天使を吸い込む。
「ぐあぁぁぁ!!」
男性天使を吸い込んだ穴は閉じて、何事もなかったような穏やかな風が吹く。
極彩の翼と飾り尾羽を持つ規律天使『青賀 エル』は、取り出した手帳に記入する。
「スマホ飛行の天使一体を地獄送り……と、こらぁ! そこ、煽り飛行禁止! レッドカード! 堕天! 魔界送り!」
ホイッスルが鳴り響き、空を飛んでいた天使たちは、エルから目を反らして慌てて逃げ出した。
青賀 エルは堅物のガチガチ規律天使だった、一応は天使ラグエル〔天使を監視する天使〕所属の天使と言うコトにはなっているが……少々、厳しさが他の規律天使と比べると突出し過ぎていた。
食事の場で、箸の作法が悪かった天使にホイッスルを鳴らして、魔界送りにしたり。
天界宮殿の通路を走った天使に対して、レッドカードのホイッスルを鳴らしたり。
約束で決められた時間を守らず、宿題もやらず風呂にも入らずにゲームを続けていた天使を魔界送りにしたり……エルによって多くの天使が被害を被り魔界に堕され、魔界の住人からは。
「天使ばかり大量に堕としてくるな! 魔界に天使が溢れて、魔界だか天界だかワケがわからなくなっているぞ!」
と、苦情も天界に届き。天界でもエルの扱いには頭を悩ましていた。
見かねたエルの上司の女性天使がエルを呼んで注意した。
「あなたが、規律を最重視するのは規律天使として当然です……ですが、いささか厳しすぎませんか? 多少は大目に見て今回は注意だけで済ます時があっても良いのでは」
「あたしは、天界の風紀委員です……妥協は許しません」
「ですが、それでは天使たちもビクビクの毎日に息が詰まって……」
その時、上司天使の衣服の裾の中から一枚の名刺が落ちて、エルの足元に飛んできた。
エルが拾い上げた名刺には地上の、ホストクラブの店名が印刷されていた。
血相を変えて言い訳をする上司天使。
「そ、それは天使の研修で地上に降りた時に、視察目的でたまたま入った店で……」
「言い訳無用、レッドカード堕天! 魔界送り」
「ち、ちょっと待って! あたし、あなたの上司の……おわぁ!?」
上司天使の足元に穴が開き、上司天使は魔界へと堕ちていく。
穴の中から上司天使の
「ふざけやがって! 覚えてやがれぇぇ! 青賀 エルゥゥゥゥ!」の遠ざかる声が聞こえてきた。
一日の仕事を終わって自宅にもどってきたエルは、頭の光輪を帽子かけに引っかけると、ベットに仰向けに倒れる。
「はぁ……一日終わった、だりぃ」
エルは枕元に手を伸ばして、器に入ったセンベイをパリパリ食べながら、読みかけのマンガを読む。
エルの部屋は、かなり散らかっていた。オフの時のエルは自堕落な天使だった。
センベイをポリポリ食べていると、窓の方から小さな声が聞こえてきた。
「見たぞぅ……正体見たぞぅ」
声が聞こえてきた窓の方を見ると、一人の男性天使が冷ややかな目でエルを見ていた。
「規律天使の正体見たぞぅ……人には厳しいクセに自分は、だらしない生活しているのを見たぞぅ、みんなに言い広めてやる!」
背を向けて、夕空を飛んで逃げていく男性天使に向かってエルは、手慣れた様子で帽子かけに引っ掛けてあった天使の輪を手にする。
縁がノコギリ刃のように変化した光の輪を、逃げていく天使に向かって投げつけるエル。
夕焼けの中……天使が光輪で真っ二つにされるシルエット。
レッドカードを取り出すエル。
「レッドカード! 覗き魔! 堕天! 地獄送り!」
真っ二つになった天使の残骸は、地獄穴の中に消えた。
エルの行き過ぎた規制は、天界でも問題になり。
ついに自分の部屋で自堕落に過ごしていたエルのパソコンに大天使『ラグエル』から一通の人事移動メールが届いた。
『青賀 エルに地上派遣勤務を命じる』
「なになに、地上にいる魔王の息子、ピュアな魂を持つ『魔王真緒』を天使に昇華させるまで天界への帰還は禁じる……か、精神体のみの天使に仮の肉体を与えるため、女性果実ナリーポンの準備が整い次第地上勤務……はぁ、部屋片付けないと面倒くさいなぁ」
◇◇◇◇◇◇
天界にある『ナリーポンとマカリーポン農園』に一人の天使が、人事移動の用紙を持って現れた。
人事部天使は実った女性果実の『ナリーポン』と男性果実の『マカリーポン』の木の下を歩いて、農園内で作業をしている農園主天使に近づいた人事部天使が言った。
「地上勤務になった、女性天使用のナリーポンを一つお願いします」
「あいよ、ついてきな」
農園主は、黄金色に輝くナリーポンとマカリーポンが実る大樹に天使を案内した。
樹の根元には、その昔、黄金色のリンゴを守っていた竜のラドンが幹に巻きついていた。
農園主天使が、竜の頭を撫でると竜は嬉しそうに尻尾を振って、体の半分以上ある大口を開けてから樹から離れた。
農園主天使が人事部天使に訊ねる。
「誰が地上へ行くんだい?」
「規律天使の青賀 エルです」
その名前を聞いた、農園主天使の顔に怪しい笑みが浮かぶ。
「そうか……青賀 エルか。オレの甥はあいつのレッドカードと、回転ノコギリ刃の光輪で魔界送りにされた」
「わたしの妹も、青賀 エルに魔界に送られました……ファストフード店に閉店後も居座って、深夜過ぎまで女子会で持ち込んだカラオケマイクで騒いでいただけなのに」
「これは厳選した特別なナリーポンを用意しなければなぁ……腐ったナリーポンを、ふふふっ」
「お願いします……特別に腐って虫がわいているナリーポンを青賀 エルに……はははは」
「承知しました……あはははっ」
三日後、魔王家の敷地上空──空から「ワクワク」という声が聞こえて、腐ったナリーポンが一個落ちてきた。




