第九話 最低な手がかり
1
話が纏まったため、三人は宿に戻って改めて亭主に謝罪した。
そして食堂で昼食を取りながら、まずは軽い自己紹介をすることになった。
「改めて、あたしはフォリント・エスペル! 出身はソルグレンよ。
弓とナイフ、それから罠の解除方法とかもある程度は勉強しているわ。
おじいちゃんが探していたある弓を手に入れたくて冒険者を始めたの。よろしくね!」
「弓? お宝というのはそれですか、どういったものなんです?」
宝とは聞いていたが武器とは思わず、レディエールが問うた。
アニスも興味津々に頷いている。レディエールもだが、お宝探しという言葉に少なからずロマンを抱いているのだろう。
「ふっふっふ、いいわよ、話してあげる。
これはね、何千年も前のこと、覇王オルゴイっていう人と魔族を統べた王が持っていたって弓なの!
なんでもその弓で射ると星の反対側まで届いて、あらゆる敵を貫くらしいの。
あたしの家系はどうやらその王様の家臣の血みたいでね、その逸話が残っていたのよ。
おじいちゃんが五十年もかけて探したんだけど、見つからなくってあたしに託したってわけ」
実に眉唾な話である。オルゴイなどという王の名も、そんな伝説級の弓の話もレディエールは聞いたことがなかった。
まず星の反対側まで届くというのがでたらめが過ぎる。仮に実在するのであればそれこそ神器に等しく、そんなものは当然のように何処かの国が管理しているはずである。
家臣の家系というのもよく聞く作り話だ。五十年かけても見つからなかったというのが、そんなものが存在していないという証左ではないか。
そう思いつつちらとアニスを見れば、随分と目を輝かせて話を聞いている。
水を差すのも悪いか、とここは黙って聞くこととした。
「なるほど……でも、そんな凄い弓を手に入れてフォリントさんはどうするんですか?
まさか、その覇王さんみたいに世界を……?」
「まっさかー! あたしはおじいちゃんの探した宝が本当にあるのか確かめたいだけよ。
見つけたら然るべきところ、そうね。マリアベルにでも預けようと思ってる」
マリアベルはローエン教の総本山であり、芸術と宗教を主とする国である。
組合の受付嬢が持っていたアガナンの鎖を作ったのもマリアベルの術師であり、人が管理する国の中では最も権威があるとされている。
聖遺物や伝説級の武具の管理も生業としており、オルゴイの弓とやらが実在するのであれば確かにマリアベルに託すべき代物だ。
「それで、あなたたちの目的は?
村の治癒師さんが世界中を旅することになったんだもの、なにかのっぴきならない理由があるんでしょ?」
「ええ、実は姉を探しているんです」
アニスはフォリントになるべく詳細に説明した。
本当に仲間になるかはまだ分からないのにそんなに話してもいいのかとレディエールは思ったが、きっと話したいのだとアニスの顔を見て気づき、止めなかった。
心のはけ口は、多ければ多いほどよい。
話を聞いているうちにフォリントはどんどん涙ぐんでいき、終わった頃にはすっかりぐずっていた。
どうやら情には脆いようで、少しだけ親近感が湧いた。
「アニス、あなた、苦労しているのねぇ……っ。
お姉さん、絶対見つけましょうね!」
涙を拭うこともなくアニスの手を両手で包むように握って、身を乗り出して翡翠の瞳を見つめた。
その勢いに飲まれてアニスまでも目に涙を浮かべてこくこく頷いていた。
「ぐずっ、それで……あたしの力を見るって、どうするの?
あたしとしてはなにか適当な依頼でも受ければいいんじゃないかって思うんだけど」
まだ目を赤くしているフォリントがずびずびと垂れる鼻水を裾で拭きながら問う。
それに関してはレディエールも考えていた。確かにフォリントが言うように依頼を三人で請けるというのも手である。
ただ、見知らぬ他人の困りごとを勝手に実力を測るための場とするのはどうにも気が引けた。
自分が依頼人であれば、決していい気分にはならないだろう。
「いえ、今回は依頼ではなく魔獣討伐にしましょう。
万が一失敗した場合でも、依頼人に迷惑はかかりませんし」
「あら、随分慎重なのね。でもそっか、急造のパーティだし何が起こるかわからないもんね。
もともと手長熊を狩るつもりだったもの、腕が鳴るわ! で、いつ出る?
あたしは今からでも構わないわよ!」
そうしたいのは山々だが、まだアニスの冒険者登録が済んでいない。
登録が済んでいないうちは冒険者としては認められず、功績もつかない。折角ならアニスの初功績ともしたいところだ。
そのように二人に説明するとアニスが申し訳無さそうにするので、気にする必要ないわよとフォリントが明るく笑い飛ばした。
思ったより雰囲気がよい。聞いているより粗野な人物ではないのかもしれないなと、レディエールはフォリントの評価を改めた。
翌日。いよいよアニスの面接日である。
面接と言っても小難しいことを聞かれるわけではない。志願理由だとか、どんな冒険者になりたいかなどを口頭で説明するのだ。
よほどな内容でない限り話の中身よりも話し方だとか雰囲気だとかを見られる。
但しレディエールの場合は書類提出の際に嘘をついたので、根掘り葉掘り聞かれる羽目になった。
その結果国どころか本名や身分まで知られてしまい、なんとか伏せてくれないかと懇願したのである。
あれから一年。フェルドランドから使いが来ないということは隠してくれているのだろう。
感傷に浸っていると、階下からフォリントが手を振っているのが見えた。
昨日昼食を終えた後、何やら思いついたらしく別れていたのだ。
「おっはよ二人共!
面接の景気づけに、ちょっとこれ見てくんない? 自信作なんだけど!」
部屋に招くやいなや自信満々に一枚の紙を広げた。見ればレディエールもアニスも思わず息を呑む。
三匹の蝶が美しい花園で休んでいる、精緻かつ典雅な紋章が描かれているのである。
蔓草が巻き付いた縁には「聖蝶の園」と洒落た書体で銘されており、どこの貴族のものかと見紛う出来栄えである。
「フォッ、フォリントさんこれは……!?」
「パーティを組むんだもの、名前が要るでしょ?
それに人探しのコツはね、こっちも目立つことにあるのよ。
だからうんと豪華な紋章にしてみたんだけど、どう? 名前は変えたいなら全然変更できるけど」
「いや、理由はわかりましたけどこの絵ですよ、絵!
え、これフォリントさんが描いたんですか!?」
アニスの興奮も分かる。凄まじい芸術の才である。細かい装飾のどれ一つをとっても、レディエールには到底思いつけぬ図案であった。
凄すぎて、これでは実力がいまいちだった時どうすればよいのかと内心頭を抱えた。言わずもがなこの三匹の蝶はアニスたち三人を表しているのだろう。
理由付けも見事で、外堀の埋め方としてはこれ以上ない。寧ろそれが目当てかと勘ぐりたくなるほどだ。
そう思ってじっとフォリントを見ると満面の笑みで迎えられる。下衆な勘繰りをした自分を恥じ、ふうと息を一つ吐いた。
「素晴らしい出来栄えです、これなら確かに目立つでしょうね。
フォリントにこんな才能があるなんて思いませんでした、助かります」
当然よっと満足気に鼻を鳴らす。そういうところも、どこか猫を彷彿とさせる女性である。
良いか悪いかは置いておいて、パーティの雰囲気を明るくする存在だ。どことなく先日感じた刺々しさも丸くなっている気がする。
きっとあれは、彼女なりの虚勢なのだ。女だてらに冒険者を名乗っていれば、当然舐めてくる男たちも多い。
現にレディエールもそれを感じてソロでの活動を続けていた。
女しかいないこのパーティが、きっと居心地良いのだろう。似た者同士なのかもしれないな、とレディエールは感じた。
「こんな凄いもの頂いたんですもの、絶対合格しないといけませんね……!」
アニスにも良いモチベーションになったようだ。もとよりそこまで気負う必要のないものだが、やる気が出るに越したことはない。
これはもう、決まりかもなあ。
多少腕は劣る程度なら、許すことにしますか。
レディエールをしてそう思わせる程度には、フォリントは得難い人材であった。
2
「アニス・フロワーゼさん。どうぞお入り下さい」
正午前、朝食を取った後協会へ赴くと、三人まとめて客間で待つよう言われた。
どうやら先客がいるらしく、二、三十分待つと一人の男性が出てきて、入れ替わりにアニスが呼ばれた。
はいぃっ、と些か力みの入った返事に苦笑しながらレディエールとフォリントが片方ずつ肩を叩き、大丈夫大丈夫と声をかけた。
多少は緊張がほぐれたらしく、こくりと頷いて扉を開く。
中はよく手入れされた調度品が多く並ぶ感じの良い部屋で、眼鏡を掛けた若い面接官の男性が椅子に腰掛けて書類を見ていた。
机を挟んで面接官と丁度向かい合うように椅子が一つ置かれており、座るよう促される。
随分と上等な椅子だ。革張りの座面は中に綿が入っているのかとても柔らかく座り心地が良い。
「さてと、アニスさん、アニスさんね。
……おや、もしかしてあなたのお姉さんも冒険者ですか?」
「! 分かるんですか!?」
「ええ、ここいらではあまり聞かない家名ですからね。
この街で四年前に登録しているようです」
「やっぱりこの街で……あの、今どこにいるのかって分かるんですか?」
面接官は思案するように顎に手を当て、悩ましげに唸った。
「本来であれば特定冒険者の個人情報は守秘義務の関係でお教えすることができないのですが……。
まあ妹さんということであればよいでしょう。とはいえ、今いるかどうかはわからないのです。
その……リコリスさんはグランフェティで依頼の達成を報告して以来、協会に顔を出していないようですよ」
衝撃である。グランフェティといえば四柱いる魔王の内一人、"享楽"フェティアゴルが統べる魔族の国である。
フェティアゴルは魔王にしてサキュバスという淫魔の女王であり、治める国もありとあらゆる娯楽・快楽・悦楽を集めたとされる背徳の国と呼ばれている。
ついたあだ名が常夜国。人間の訪問も積極的に許可しており国も魔王も親人的ではあるが、一度行けば二度と帰ってこれないとも言われており、ある意味最も危険な国と目されている。
「えっ、ちょっ、よりもよってグランフェティ、ですかっ!?
それじゃあまるで、まるでお姉ちゃんが……!」
「そうと決まったわけではありませんが……覚悟はしておいたほうが良いかと」
思いもよらぬ姉の消息にすっかり放心してしまい、気がつくと面接が終わっていた。
面接官が終始気の毒そうな顔であったことだけは覚えているが、何を聞かれたのか、何を話したのかを全く覚えていない。
よろりと立ち上がって部屋を出ると、魂が抜けたような面持ちのアニスにぎょっとした二人が訳を聞いた。
「グ、グランフェティですか……」
手がかりが掴めたのはいいことだが、手放しには喜べない国である。
この国で消息を絶ったという人間はごまんといる。その大半が淫蕩に溺れ、口にするのも悍ましい行為の数々に身を費やしているというのだ。
アニスの家族に起きた悲劇を聞いた後だと、落差が凄まじい。
誰もが口にしなかったが、不幸を呪って秘事に耽溺するというのはおよそよくある話である。
「……ま、まあ!
行き先はとりあえず決まったじゃない! それに、まだそうなったって決まったわけじゃないし!
自分のお姉ちゃんなんでしょ、信じてあげなさいよ!」
そうだ。
フォリントさんの言う通り、わたしが信じなくてどうするんだ。
お姉ちゃんがその……卑猥なことなんかに負けるはずない!
「そう、そうですよね、わたしは、わたしだけは信じないといけませんよね……!
でも、その。いいんですか。
グランフェティに行くことになっちゃったんですが……」
行きたいか行きたくないかで言えば無論行きたくないに決まっている。それはレディエールもフォリントも、そしてアニスだってそうだ。
途中で見つかって一件落着となるのが一番いい。だが、三人ともきっとそうは行かないのだろうなという謎の核心があった。
「私は。……私は行きますよ。アニス様が行くというのであれば、お守りするのが私の役目ですので」
「あたしだって! それに、おじいちゃんも流石にグランフェティまでは調べてないだろうしね。
案外そういうところに弓の手がかりもあるのかもしれないし!」
フォリントのやせ我慢した笑いが、虚しく客間に響いた。
前途は大いに多難である。
エッチな街に行く羽目になってしまいました