第十話 アルリク
1
面接の結果は午後に明らかになるそうで、昼食を取った後にまた受付に来るように言われたのでその通りにした。
結果は、合格であった。
心ここにあらずといった状態で臨んでしまったが、それは面接官が引き起こしてしまったことであり、また受け答えもそう変ではなかったという。
雰囲気と話しぶりから善良な人物と判断され、否の声もなく合格になったそうだ。
何を言ったのかすら覚えていないアニスとしてはいまいち釈然としなかったが、合格は合格だ。ひとまずは喜んでおくことにした。
冒険者になった証として、革製のタグを渡された、首から下げることで冒険者であることを表し、その素材によって等級を示すのだという。
革は冒険者なりたての一番低い位である。革・鉄・銅・銀・金・金剛石の順で位が上がっていく。
その上には霊銀や虹晶といった希少素材を使ったものもあるが、これは余りに大きな功績を上げた個人に渡されたもので、同じ物のは二つとないそうだった。
次にそういう人物が現れれば、別の素材で作ることになるらしい。殆ど称号のようなものなので、金剛石の位が最上位と考えてよい。
因みにレディエールとフォリントは銅級冒険者である。とはいえレディエールは実力的にはいつ銀に上がってもおかしくなく、一年経たずにここまで上がるのはなかなか珍しいことであった。まさに破竹の活躍である。
「位が上がれば上位の依頼を請けられるようになることは勿論、下位では聞けなかった情報を聞けたり様々な優待を受けることができます。
位を上げるためには依頼を多くこなすことが一番の近道ですが、魔獣をひたすら倒してのし上がった人もいます。
また、革級冒険者にはいくつか制約があります。あなたたちに関係ありそうなものですと、革級のみでの国外移動は許可されていません。
あなたたちの場合は銅級が二人いますので一緒に行く分には問題ありませんが、一応覚えておいてください。
その他の細かい規則はこちらのハンドブックに掲載していますので、必ず読んでくださいね」
アニスが受付嬢から渡されたのは、手のひらに収まる程度の小さな本だ。びっしりと冒険者の規約や心構えが記載されており、これを全部覚えている冒険者などいるのかと疑問に思うほどだ。
少なくともフォリントは覚えていなそうで、ハンドブックから露骨に目を逸らしている。読んでいるかすら怪しい。
それから、受付嬢に正式にパーティの結成を伝えた。
パーティ名にはフォリントが提案した「聖蝶の園」がそのまま採用された。
大げさな名前に受付嬢が怪訝な顔を見せたが、目立つ必要があると説明するととりあえず納得してくれた。紋章とともに提出すれば、おお、と感嘆の声を漏らし、何度も紋章と三人を見比べている。
受付嬢にとってレディエールは心配の種だったらしく、ずっと一人で頑張ってきたのを見ていたのでほっとしたとまで言われたので、流石にレディエールも気恥ずかしそうに頬を掻いて頭を下げた。
「この辺りで最近問題になっている魔獣っていますか?
新しいパーティなので、肩慣らしとは言いませんが調子を見たくて」
レディエールが受付嬢に問うと、思案顔を浮かべながらいくつか書類を見せてくれた。
魔獣の指名手配書である。俄に数を増やし問題になったり、他の個体より抜きん出た強さを持ち大きな被害を出した魔獣を記載したものだ。
強い個体には名が与えられ、出没エリアと難易度、報奨金にそれと大まかな特徴が記載されていた。
「この鷲獅子のアルリクは、最近発行されたものですがなかなか手ごわいと聞いています。
普通の個体よりずっと速く、気性も荒くて目に入るもの全てを手当たり次第に襲っているようなので、優先度は高めにしています」
鷲獅子は鷲の頭と翼を持ち、胴は獅子という奇妙だが美しくもある魔獣である。騎獣としても出回っているが馬よりずっと高価で飼い慣らすのも難しく、乗り熟すのにも相当な技量を要する。
主に山岳地に住むため、平地であるこの辺りに出てくるのは珍しい話であった。
兎にも角にも鷲獅子であれば今回は腕試しには丁度よい。鷲獅子はその大きな翼で飛ぶため、討伐には弓などの遠距離攻撃手段が必要不可欠である。
正しくフォリントの試金石としてぴったりの相手と言えた。
「いいじゃない、グリフォン! 手長熊なんかよりよっぽど歯ごたえがありそうだわっ」
「場所は……ラポーツ平原ですか、そう遠くはありませんね。
私はいいと思いますがアニス様はどうですか、初めての討伐依頼としてはかなり厄介な魔獣になりますが」
燃えるフォリントとは対象的に、アニスは及び腰に見えた。無理もない。革級冒険者が最初に討伐する魔獣としてはランクが高すぎる。
銅級でも不相応な相手である。これを提示されたのはレディエールの銅級に見合わぬ功績が故であった。
「だ、大丈夫なのですか? グリフォンと言えばすごく強いイメージがあるんですけど……」
「そうね、あたしも戦ったことないけど中堅冒険者の壁とはよく聞くし、手強いことは違いないでしょうね。
一人だったらあたしでも断ってたわ。でも今は三人いるし大丈夫大丈夫!
むしろこれぐらいじゃないとお互いを測れないでしょ?」
「ご安心ください。アニス様はローブで気配を絶ちつつ隠れてもらい、順次回復や補助魔法を使っていただければ大丈夫ですので。
いざとなれば私が必ずお守りいたします」
初めての連携で、そんな強敵と戦って大丈夫なのかなあ。
そう思わずにはいられないアニスであったが、やる気満々の二人に水を差すのも気が引けたので、わかりましたと答えた。
討伐の依頼をパーティとして正式に受諾して、一行はラポーツ平原へと繰り出した。
2
フォリントはパーティに馬がいること、それに屋根付きの馬車までついていることに甚く感動していた。
聞けば今まで組んだパーティはどれも貧乏で、自分含め馬など持つべくもなかったという。
これに関してはレディエールは実に強い首肯を見せた。冒険者にとっては馬は待望の存在なのだ。
顔見せと称しカルドイークを紹介された時、その人懐っこさにフォリントは首を抱き寄せ撫で回した。
普通の馬なら嫌がるところだがそんな素振りも見せず寧ろ嬉しそうに尾を振ったため、人懐っこいというよりただの女好きなのではとレディエールは訝しんだ。
ラポーツ平原はカルドイークを一時間ほど走らせた先にある程近い平野で、木々も少なく見通しが良い。
そのため、鷲獅子のアルリクを見つけるのにそう時間はかからなかった。少し小高くなった丘の上で体を丸め休んでいる。
随分な巨躯である。普通の鷲獅子より二回りは大きい。レディエールが遠眼鏡で状態を見ると、体中酷く傷ついている。
それも刺し傷や切り傷といった人のそれではなく、爪で抉られたような痕である。山地に住む鷲獅子が平原に居着いた理由をレディエールはずっと考えていたが、成る程と得心した。
他の魔獣との縄張り争いに負けて下ってきたのだ。そのため気が立っており、あらゆるものを襲うのだ。
またしても手負いの獣というわけである。レディエールがふぅ、と息を吐き出す。経験上手負いの獣は非常に厄介である。やけにあっさり片付いた手長熊のほうが珍しい部類だ。
レディエールの週に漂う空気がひりつくのを感じたのか、アニスもフォリントも生唾を飲み込んだ。
「フォリント、あなたはどこからの距離であれば正確に射抜くことができますか」
なにせ平原である。せっかく寝ているのでできれば奇襲をかけたいが、遮蔽物がないため気取られることなく近づくのは困難だ。
可能な限りギリギリの距離から先手を打ちたいところである。
「そうねえ……あと十歩ぐらい先まで行ければ、目を射抜けるわよ」
これにはレディエールが驚きに目を見開かせた。気づかれないように遠目に、歩で言うなら二百五十といったところで構えていたので、本当であればなかなかの射程である。
「間違いないですか?
意地や虚勢で言っているなら怒りませんから正直に言ってください。
ここで嘘を言われると大変困るのです」
「こんなところで嘘付いたってすぐバレるじゃない、本当よ。
言ったでしょ、あたし弓には自身があるのよ」
俄には信じがたい話であるが、やたら得意げな顔を見るに少なくとも本人は確信しているのだろう。もし成功したならかなりの戦果である。
もとよりフォリントの実力を見るための場ということも会ったので、今回は任せてみることにした。
フォリントが外套についたフードを目深に被って目立つ金髪を隠すと、アニスが癒やしの蝶の魔法をかけようとした。
「ごめんアニス、今はそれちょっとナシ。
あのちょうちょはきれいで便利だけど、目立っちゃうから」
ハッとして陣を描きつつあった腕を引っ込めて、下唇に丸めた手を添えた。アニスが考え事をするときの癖であるというのは、レディエールも最近知ったところだ。
「それでは、甲虫の守護という魔法にしましょう。一度だけ攻撃を防ぐ魔法ですが、発動するまでは見えませんので目立たないと思います」
紋が複雑な上に使うマナの量が多いし、その割に一回しか発動しないからあんまり使わないんですよね、と苦笑いを浮かべながら先程とは異なる腕運びで陣を描く。
どことなく角張りの多い模様なのはレディエールの気の所為ではないだろう。たしかに甲虫を彷彿とさせる図案である。
それにしても、一度とは言え攻撃を防ぐ魔法である。あるいは癒やしの蝶よりもずっと実戦向きだ。
「どんな攻撃も防いでくれるんですか?」
「ああいえ、流石に上限はあります。
上限を超える攻撃は防げはしませんが、軽減はしますよ」
つまり、相手の力量を測る目的にも使えるということである。マナの量は確かに考えなければならない問題ではあるが、使わないと言うにはあまりにももったいない魔法だ。
これは敵と対峙したときのスタンスによる意識の違いであるとレディエールは踏んだ。
敵と出会したらまず逃げることを考えるアニスにとって、一度や二度防いだところで焼け石に水なのだろう。
だが、もとより近接を生業としているレディエールにとっては、一度の防護がどれほど頼りになるか。
相手に気づかれずに発動できれば隙すら作れるのだ。これはとても大きい。
「アニス様、この魔法は積極的に使っていきましょう。
我々、特に私にとっては事と次第によっては蝶よりも助かるかもしれません」
「えぇ、そうなんですか?
うぅーん……わかりました、レディさんがそう言うなら」
この様子だと使わずに埃を被った魔法がまだまだありそうだなあ……。
一度どんな魔法を使えるのか全部見せてもらったほうがいいかもしれない。
アルリクの片が付いたら聞き出すかと心に決めながら、レディエールは静かに剣を抜いてフォリントの後を追った。
十歩近づく。言うは易いが気取られずに近づくとなるとなかなかの距離である。
鷲獅子は元々警戒心の強い魔獣である。ましてネームド、まして手負いである。倍は鋭敏と考えてよい。
一歩ずつ慎重に慎重を重ね踏み出す。それでいて視線は常に鷲獅子に注いだ。些細な動きも見逃さんと、フォリントもレディエールも呼吸すら忘れて食い入っている。
その甲斐あってフォリントの射程までは何事もなく接近できた。しかし、まだ気は抜けない。本番はここからである。
背に掛けている長弓を音も立てず、それでいて素早く構える。矢筒から一本抜き取って、きり、きりと弦を引いた。
緊張がアニスにも伝わり、心の臓が鼓動を早める。
静寂の中を、風の音だけが通り抜けている。時間が極々早く、そしてあまりにも遅く流れているように三人は感じた。
奇妙な一体感の中、ひゅう、と風を切る音が響く。稲妻が如く空を疾走る矢は、確かにアルリクの眼を真正面に捉え――刹那、静かにそよいでいた風が乱れた。
アルリクは最初から気づいていたのだ。臭いを、マナを、草をかき分ける音を、心臓の鼓動をすらも。
翼を大きく広げたアルリクの周囲を、野蛮な風のマナが吹き荒れる。か細い矢などは軽々と吹き飛ばされ、明後日の方向へと飛んでいった。
甲高い猛禽の声がけたたましく鳴り響く。それは死闘の始まりを告げる鐘の音であった。
短めですが戦いまで含めると長くなり過ぎなのでいったんここで締めます
次回アルリク戦




