第四十話 付与術士として
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「まっ、に合えーっ!」
妖精喰らいの凶爪がレディエールの頭上へまさに降りかからんとした時、アニスの<<甲虫の加護>>が陣を結び終え、レディエールを包み込む。
――否。レディエール自身にではなく、その盾に。レディエールを救いたいと強く願ったアニスの"想い"がマナとなり、
「こっ、のォ!」
災禍が如く唸るヴォーネの一撃を、レディエールは咄嗟に構えた盾で弾き返した。
容易く引き裂けると慢心していたヴォーネは思わずよろめき、龍眼を見開く。
「お、オオオ!? ワガハイの攻撃を、弾く!?
人間が!?」
動揺している隙にレディエールは大きく後に飛び退く。……見れば、先に出していた青い蝶が消えている。
弾いたは良いものの骨身にかかる衝撃がなかったわけではなく、それらを蝶が癒したのだ。
「助かりました、アニス様! 危うく、一撃でのされるところでした……!」
「よくご無事で……!
ですが、流石に龍……ですね。こちらの攻撃が全然効いてない……」
「あたしも柔いところを狙ったはずなんだけどね。
……もしかして、ガーゴイルの時みたくマナで固くなってるってことない?」
有り得る話だ、とアニスとレディエールが頷く。実際レディエールは、伝説的な魔女から譲り受けた風のマナを込めて斬り掛かったのだ。それが少しも効いていないというのは、いくら龍とはいえ道理に合わない。
ガーゴイルの時はエブリーの魔術でどうにか弱体化に成功したが、今はその力に頼ることができない。
「ぐっぐっぐ。
オマエ達、中々やるじゃんか。ワガハイ、びっくりしたど。
……そうか、魔法使いか。どうりで美味そうだと思ったど」
ヴォーネが愉しげに喉を鳴らし、好戦的な目をアニスに向けた。
緑色だったはずの目が、赤色に爛々と光を放っている。歪んだ口端から漏れる湯気が如き吐息に、時折仄かな火の粉が交じっている。
龍は、何某かの特殊な息吹を持つものだ。龍が多く住まう北でそれらをブレスと呼び始め、やがてその名は広く定着した。
住まう環境や食べているものなどで多種多様な分岐を見せるが、最も一般的かつ危険視されているもの。それが炎のブレスである。
炎は生命の奪取という点で見れば最も効率的かつ直接的、さらに言えば緑豊かな妖精圏に於いては殊更に危険な属性である。
「こっ、こんな所で炎なんて吐いたら……!」
無論妖聖圏に自生する植物らは青々とした生木の上、乾燥地帯というわけでもないのでそう簡単に燃え広がりはしないだろう。
しかしながら、下位とはいえ龍のブレスである。普通の炎とは質が違ってもおかしくはない。あるいは油分を大いに含んだ炎かも知れない。可能性を考えればキリがなかった。
それに燃え広がらないとしたって、炎である。アニスの魔法は炎に対する防護策を持たない。破滅を齎す熱を防ぐ術が、三人にはなかった。
ヴォーネの腹が空気を取り込み膨れ上がる。咄嗟に、レディエールが剣を構えて、瞼を伏せた。
風よ、我が風よ。研ぎ澄まされた無限の刃よ。嵐となりて――
ヴォーネの大顎が勢いよく開くと同時に、真っ赤な放射状の炎が、前衛のレディエール目掛けて一直線に伸びる。
単純な炎ではないのは明らかだ。マナによる強化と制御。轟と音を立てて放たれた炎の息吹は、正しく龍の偉容そのものであった。
「レディさん!!」
「レディ!!」
二人の悲鳴を背に、レディエールもまた、自身の権能を解き放った。
「――炎を、巻き上げろっ!」
自由を求める風ではなく、自身が元来持ち合わせていた刃の風。烈風と呼んで差し支えない銀色の風が、竜巻となって炎を孕み、激しいうねりを上げながら天へと熱を反らす。
「オオオオオーーーッ!?
ワガハイの炎を、打ち上げた!?」
炎を吐き終えたヴォーネがまたも驚愕に目を丸くさせた。
幸いなことにヴォーネはブレスをそこまで得意としているわけでは無いようで、ごくごく短い時間放射されただけである。それでもその力は驚異的で、渦巻く炎から発せられた熱がその威力を物語っていた。
しかし――
「――ぐ、ぅ」
レディエールがよろめく。一手目の剣戟と、銀嵐による炎からの防護。特に銀嵐で自身のマナを多く消費してしまったのだ。
自由の魔女からマナを譲り受けたとは言え、それから初めての実践である。まだ体に馴染みきっていないのか、消耗が激しいようである。
つまり炎から身を守るすべはもうないということになる。アニスとフォリントの頬に冷や汗が流れる。
問題なのは、ヴォーネがこちらを脅威と見ていないところだ。防御はともかく、攻勢が上手く行っていない。守りが堅いとも攻撃が大したことなければ脅威にはなり得ないものだ。ただただ殴られ放題になってしまう。
なにか妙手を打って、侮りがたい獲物であると認識させなければ撤退も難しい――焦るフォリントの脳裏に、先般レディエールがヴォーネの攻撃を弾いたシーンが再生された。
あれは、アニスの<<甲虫の加護>>が盾に宿ったから。つまり、<<甲虫の加護>>は人だけじゃなくて物にもかけることができるのよね。
ということは――!
「アニス! <<甲虫の加護>>を、あたしの矢にかけて!」
「はっ、はい!?」
守護の力を武器にかけろと言われ理解が追いつかないアニスであったが、言われるがままにナイフで陣を切り、甲虫の跳ね返す力を矢に宿す。
傷をつけることは難しいかも知れない、だが。
「これでっ、――どうだぁっ!!」
びゅうと音を立てて、三本の矢が素早くヴォーネの顎下へ伸びる。先程までであれば硬い鱗やマナに阻まれあえなく弾き返されていたが――ぱんっ、と乾いた音とともに激しい衝撃がヴォーネの顎を襲い、その頭部を天へと弾いた。
「―――――!?」
声にならない声を上げてヴォーネが後方にずしんと倒れた。一瞬の静寂の後、
「逃げるわよ!!」
フォリントが叫ぶ。何が起きたのか理解しないままに二人は慌てて頷いて、一目散に逃げ出した。
それから暫く後、のそりとヴォーネが起き上がった。衝撃により脳が揺さぶられ、気絶していたのだ。
周囲を見渡し、三人がいなくなったことを知って――
「あっいつら……絶対食ってやるどー!!!」
と、怒りの咆哮を上げた。
2.
「つまり<<甲虫の加護>>は、武器に使えば固くなる上に跳ね返す力……っていうのかな。そういうのが宿るのよ!」
走りながら、まだ何が起きたのか理解できていない二人にフォリントが説明をした。
<<甲虫の加護>>が宿った盾は、ヴォーネの一撃を弾き返した。だがただ硬いだけでは龍がよろめく程の衝撃を与えたことに説明がつかない。無論レディエールが渾身の力で弾いたと言えなくもないが、いくら強靭な体を持つレディエールだとしても、それだけでは足りなかっただろう。
甲虫と言っても色々ある。ただ硬い外殻を持つ昆虫であれば、攻撃手段を殆ど持たないものも多い。しかし、昆虫界で甲虫と言ってまず人が連想するのは……樹液を求め、そのために他の昆虫と戦うことに特化した兜虫だろう。
ラーデルは、その強靭な装甲と筋肉で他の昆虫を投げ飛ばす。昆虫界の王とも称される甲虫である。
その力が、単に固くなるだけなのかとフォリントは前々から疑問に思っていたようだ。
「一か八かの賭けだったけど、まさかあんなに効果てきめんだったなんてね!
アニス、これはもう付与魔法よ! あんたは治癒士ってだけじゃなくて、付与術士でもあるのよ!」
「わたしが……エンチャンター……」
開いた両手のひらを、ぐっと握りしめる。母オリヴィエの教えが、思い出が、たしかに自分の血肉になっていることを改めて感じられて、胸になにかこみ上げるものをアニスは感じた。
そんな姿をレディエールは、どこか眩しいものを見る目で見ていた。――自分も、ああなりたいと。どこか羨む気持ちすら抱きながら。
「――で、おめおめと逃げ帰ってきたわけね」
命からがら帰ってきた3人を出迎えたのは、不機嫌そうに腕を組むゾーイであった。




