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七色のローレリア -蝶の魔女編-  作者: 龍ヶ崎キョウ
第一章 旅の始まり
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第二十五話 虹の影



「成程、成程。

 一人では困難でも二人なら、ということですか。

 いやはや、相も変わらずお二人の絆は強いものですなあ、天晴です」


 粉々に砕かれた鏡を見てなお余裕たっぷりの笑みを浮かべながら、のんきに拍手をするバゲニーゼにいら立ちが募る。

 結局はどれほど魔術具を破っても意味がない。バゲニーゼ自身に何らかのダメージを与えなければ話が進まないのだ。

 ぜい、ぜいと乱れた呼吸を整えながら何か策がないかと辺りを見回した。

 鷹の如き鋭い琥珀の瞳が、一本の槍を捉える。

 部屋と同じように金で造られたそれは細身でどちらかといえば芸術品に近かったが、使えなくはなさそうだ。


「さて、ではお次は質より数で攻めてみましょうか?

 随分お疲れのご様子ですが……騎士殿ならなんとかしてくださいますよねぇ?」


 にいと口端を歪め指を鳴らせば、床からじゅわりと粘性を帯びた液体がいくつも沸き立ち、形を形成していく。

 長い耳、低くまるまった背、醜悪且つ姑息な顔立ち

 小邪鬼(ゴブリン)の群れである。

 単体では雑魚そのものだが群れると厄介な敵の代名詞的存在だ。それが少なく見積もっても三十はいる。


「おおっ、なんと悍ましい!

 このような醜悪な生き物を生み出す魔術具など使いたくはなかったのですが……。

 ですが数多の敵を屠る騎士殿はきっと美しいのでしょう?

 さあ、見せてください、あなたの勇姿を!」


 なんたる屈辱か! 幼少のみぎりより訓練に明け暮れ培った技術が、力が見世物として消費されているのにレディエールは我慢ならなかった。

 疲労に喘ぐ吐息も、流れる汗も、バゲニーゼにとっては堪能すべき娯楽なのだ。

 金に物言わせて買い集めた高価な魔術具を愉しみのためだけに浪費するその姿は、欲望の権化と言ってよい。

 アニスの蝶がレディエールの周囲を飛び始める。心なしか普段より大きい。アニスもまた、憤っているのだ。


「はァッ!」


 重厚な両刃剣はゴブリンの肌など容易く引き裂く。ギャッギャギャッギャと不快な断末魔が一振りでいくつも上がった。

 どういうわけかゴブリンはすべてレディエールに向かっている。

 彼らは狡賢い生き物だ、アニスの方へ何匹か流れ人質に取るぐらいはするだろうと思って対処法を考えていたが、これは好都合であった。

 恐らく、バゲニーゼの指示だ。万が一にもアニスに傷をつけたくないのだろう。


  本当に、どこまで舐めれば気が済むのかッ!


 アニスへの心配が不要なのは良いことだが、あからさまに手加減されているという事実には腹が立つ。

 戦いながら、そうとは悟られぬように金の槍に近づく。ゴブリンたちの攻撃は中々どうして鋭く時折アニスの出した蝶が散っていくが、難しいと感じるレベルではない。

 だが、これは本物のゴブリンではなく魔術具で生み出されたゴブリンである。斬ると、再び粘性を帯びた水に戻り床に溶けていく。

 そして少し経つと復活するのだ。倒しても倒しても復活するゴブリン、それがこの魔術具の神髄なのだろう。

 もともとは処刑用の道具だったのかもしれない。今回のように見世物として戦わせ、じりじり消耗していくのを眺め楽しむという悪趣味極まりない道具。

 なるほど、バゲニーゼにはぴったりである。

 確かに、ずっと戦い続けていればいくらレディエールとは言え疲労は避けられない。

 そもそも先程自分自身と戦い消耗したばかりなのだ。

 故に、いつまでもお遊びに付き合ってはいられなかった。


 果たして金の槍を手に取ると、悟られぬようゴブリン相手に即席の武器として振るう。

 無論、目的はゴブリン討伐の一助としてというわけではない。レディエールの中の"嵐"が黄金槍に纏わり始めた。

 レディエールは槍投げなどしたことがない。弓は不得手で、狙いがいつも外れた。

 しかし、この一投にて状況を打破しなければならない。外すわけにはいかぬのだ。

 怒りが鋭く尖った竜巻に姿を変える。渦巻く螺旋が細槍を騎乗槍が如く肥大化せしめ、嵐に触れたゴブリンは忽ち無残に肉を飛び散らせた。


「むむ?」


 バゲニーゼが異変に気付いたが、もう遅い。

 怒号と共に放たれた嵐の槍が一直線にバゲニーゼの下へと駆け抜け、支配の杖ごとその右腕を貫き、ずたずたに引き裂いて消滅させた。

 “銀嵐”を纏わせた槍を投げたらどうなるのか。一か八かの賭けであったがその威力は想定よりもずっと上であったようだ。


「がっ――がァアアアッー!?」


 嵐によって細切れに霧散した右腕はかけらも残されておらず、夥しい鮮血ばかりが飛び散らばった。

 それと同時に、ゴブリンたちが一斉に水に戻り床へと沈んでいった。痛みによりバゲニーゼの思念が途絶え、効果を喪ったのだろう。

 恐らく二人に遠距離攻撃手段はないと踏み、バリヤーも碌に貼っていなかったのだ。

 かなりマナと体力を消耗したが、おかげでうまく隙を突けた。 そして、支配の杖が無くなったという事は――


「フォリントッ、起きなさいっ! 早くこちらへ!」


 はっと生気を取り戻したフォリントがきょろきょろと辺りを見回している。

 フォリントにとっては目が覚めたら知らない場所にいたぐらいの感覚なのだろう、わけのわからぬままレディエールの怒号に背筋をピンと張ってそそくさと駆け寄った。


「なになにっ、何この状況!?」


「あなたはあの男に捕らえられ、眠らされていたのですよ」


 切っ先でバゲニーゼを差す。失くした腕の断面を抑え、凄まじい形相でこちらを睨んでいる。


「こっ、小娘どもがァッ、下手に出ていれば付け上がりおってええっ!!」


 吐き気がするような余裕の笑みもすっかり失せ、口調も乱れている。追いつめてみれば、なんてことはない。

 ただの悪徳貴族の物言いである。

 だが、息が荒いのはこちらも同じである。"銀嵐”はとっておきの必殺技で、一度放てばしばらくまともな戦闘が出来ないほどの疲労感が襲う。

 まして今回はそれの応用である。連戦続きということもあり、レディエールとしては出来れば先の一撃でバゲニーゼを屠りたい所であった。

 狙っていたのはバゲニーゼの心臓であった。レディエールは外したのだ。

 加えてこの殺気である。何か奥の手があるに違いない。上手くいったように見えて、虎の尾を踏んだ格好となってしまった。


「ふーッ、ふーッ……綺麗なまま俺の女にしてやろうと思ったがもう許さんッ、残らず潰して牛の餌にでもしてくれるわッ!」


 バゲニーゼが左手で懐から何かを取り出す。小瓶だ。

 アニスはその小瓶に見覚えがあった。クェンペリが注意しろと言っていたあの薬である。


「なっ、それは……!」


「ククク、ソコルド殿はゆっくりと飲むよう言っていたがもう我慢ならぬわッ!

 今すぐ俺は"虹の力"を全て手に入れるッ!」


 小瓶の蓋を投げ捨てると、どろりとした液体を一息に飲み込んだ。

 アニスの肌がぞわりと逆立つ。上だ。上から、何か来る。

 天井を突き抜けてやってくるのは七色の光だ。天へ続く階のごとくバゲニーゼに降り注ぐ"虹"に、アニスは言いようのない恐怖を覚えた、が――


「おお、おお……!

 光が、我が内に光が満ち……?」


 たなびく幾本もの虹の帯は数度バゲニーゼに触れると、徐々にその光彩を失っていき、やがて途絶えてしまった。

 あなたは違う、そんな風に虹が言ったようにアニスは感じた。


「あっ、ああっ、そんなどうして!?

 光が、神意が消えていくっ!

 何故ですっ、何故私を選んで下さらないのですっ、こんなっ、こんなにも欲を深めたというのにいぃっ」


 天を仰ぎ慟哭するバゲニーゼの体が、ぶくぶくと水泡めいて醜く膨らむ。煮え立つという表現が正しいだろう。

 いくつも肉の泡が生まれ、もともと巨体だったものが二倍、三倍とどんどん膨張していった。


「いけないっ、二人ともここを離れますよ!」


 この後どうなるかは自明の理である。巻き込まれる前にと三人は慌てて宝物庫を後にした。

 地上に上がる階段に差し掛かったところで、断末魔と共に肉が破裂する音が生々しく響い夜にまみれた領主の哀れな最期であった。





 そこから先は大変だった。

 三人には領主殺しの嫌疑がかかり、あわば投獄されるところであった。

 そこヘドリスタスが駆け付け、冒険者協会の指示で調査していたことを説明してくれたため難を逃れることができた。

 結局一度もモルデオンの協会長とは話さなかったが、レディエールが癒着を指摘しこちらは逮捕に踏み出した。

 ところが執務室に彼の姿はなく、なんと協会の地下牢でひどく衰弱した様子で発見されたのだ。

 何者かに成り代わられていたと見てよい。ドリスタスはその者こそ黒幕だろうと徹底的に痕跡を調べたが、髪の毛一本採取できなかった。

 なんにせよ、アニス達の仕事は終了である。


「しかし、まさか倒してしまうとは。

 そういう可能性もあるだろうなとは思っていたけど……まったく、君たちは本当に意外な方へ進むね」


「まったく、はこちらのセリフです。

 最初っからバレてましたよ。なんならあなたと会ってることも筒抜けでした。

 それに倒したのではありません、あれは自滅です」


 レディエールが口を尖らせて言うと、ドリスタスは肩を落とす。

 今回の不手際は彼としても恥じ入るものがあったようで、深々と頭を下げた。


「それに関しては本当に申し訳ない。魔術具を展開して警戒していたんだけどね、なーんで見つけられなかったのかなあ……。

 やっぱりその薬っていうのが関係しているのかね。ええと、時の魔女が警戒しろと言っていた薬にそっくりだったんだね?」


 アニスが頷き、瓶の形まで同じであったことを告げるとドリスタスが腕組して唸った。


「あの時の魔女を苦しめる薬となると尋常の薬ではないことは確かだね。

 虹と言われてぱっと思いつくのは全ての属性を表す比喩表現としてのものだが、それが何に関わってくるのか……」


「少なくても危険な薬であること、そして飲むことで何者かによる選別が始まるという事は確かだと思います。

 ……もしあの人が選ばれていたとしたらどうなっていたかと思うと、ぞっとしますけど」


 選ばれることでどういう変化が起きるのかはわからないが、決してアニス達にとっていいことにならなかっただろう。

 それはバゲニーゼが破裂したことからも容易に読み取れた。


「……まあ、あとはこちらで調査しておくよ。もともとそういう契約だったしね。

 でも、なにかわかったら教えてほしい。これは僕の冒険者としてのカンだけど、君たちの方が早く真相にたどり着きそうだ。

 さて、では約束の品だ。君たちの旅にはきっと必須になるだろう」


 何の変哲もないただの鞄を取り出されて、そういえば報酬があることを三人はやっと思い出した。

 虚空の鞄。生物以外ならなんでも、どれだけでもしまえる魔術具である。

 これ一つで王都の一等地に家が建つと言われている貴重な品だ。


「フーン、見た目はふっつーなのね。

 もっと宝石がじゃらじゃらついてたりして如何にもお高いって感じかと思ってたわ」


「勿論そういうのもあるけど、冒険者にそんな装飾は不要だろう?

 盗まれる可能性もぐっと上がるしね。まさかバゲニーゼといて成金趣味が根付いちゃったかな?」


 フン、とフォリントが嫌そうに鼻を鳴らす。アニスとレディエールとしても心外な言葉である。


「冗談! あーんな趣味悪いトコ、二度とごめんよ!

 ま、ゴハンは美味しかったけどね」


「ならよかった。……しかし、あれだね。君たちはもう一人ぐらい仲間がいてもいいかもね。

 それも魔術に明るい人がいい。神秘的なことに関して対応できる人がいた方が、君たちの場合はいいよ」


 それは今回のことでレディエールも痛感していた。アニスは魔法が使えるが、詳しいというわけではない。

 レディエールとフォリントに至っては殆ど無知と言ってよい。ましてや魔界に赴くのであれば、魔術が使える仲間は必須である。


「でもフリーの魔術師なんてそうそうおっこちてないでしょ。

 大体大学出てそのまま大手に引き抜かれるじゃない。ツテでもいるの?」


「うーん、男性でも構わないなら何人か紹介できるけど……」


 レディエールが露骨に嫌そうに顔を顰めるので、ドリスタスは苦笑に肩を揺らした。


「ま、だよね。僕としてもせっかく華やかなパーティなのに野郎を混ぜたいとは思ってないよ。

 いい人材を見つけたら連絡するけど、君たちも探しておくといい。

 仲間ってのは結局のところ自分で探すものだからね」


 合う合わないは話してみないとわからないしね、と続いた言葉には三人とも頷くところである。

 鞄のほかに不手際のお詫びとして、金貨もたんまりもらった。当分路銀には困らないし、装備も更新できる。

 今日はひとまずモルデオンで宿を借りて、明日買い物をするという運びになった。





「あーあ、だめだったかあ。 いいセン行ってると思ったんだけどなあ」


 夕日が沈む街道で、がっくりと肩を落とす少年が一人。

 少女と見紛う可憐さであるがれっきとした男である。

 レースがふんだんに使われたふりふりのドレスを着こみつつ、ふてくされたように大股開きで歩く姿がなんともちぐはぐだ。


「やっぱり欲望がまだ浅かったかなあ。あいっかわらず何を気に入るのか読みづらいお姫さまだよね。

 結構時間かけて育てたんだけどなあ……まったく、なんだろあの子たち。

 一人ヤバい奴の加護まで受けてるし、まさか今更仔龍の角? 勘弁してよーもー」


 ぶつくさ文句を垂れながらさらさらとした銀髪を掻き毟る。


「……ま、いいや。他にもまだいるし。とりあえず転生龍に目え付けられてる子がいるって知れただけ収穫としますか。

 あーあ、イライオンの奴まーた機嫌悪くすんだろうなー、めんどくさー」


 はあ、とため息をつくと眼前に黒い靄が現れ、少年が中に入っていき出てくることはなかった。

年末進行のため投稿スケジュールが乱れたり、一週お休みをいただく可能性があります、申し訳ありません。

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